「人間中心のAIコンソーシアム」設立 ―人間の創造性と主体性を尊重するAIへ
7月21日(火)に、博報堂DYホールディングスのAIの先端研究や技術開発を行う組織であるHuman-Centered AI Instituteと、日立製作所、GMOペパボ、スマートガバナンスが「人間中心のAI」の研究・開発・社会実装・政策提言等の活動を通じ、社会における健全なAIの活用を推進することを目的とした一般社団法人 人間中心のAIコンソーシアムを共同で設立しました。
設立日には発表会が開催され、AIを自動化や効率化のためだけに使うのではなく、人の主体性と創造性を尊重しながら、生活者と社会を豊かにする方向で開発・活用・管理していくことを前提に、理事から設立背景、理念、分科会の概要、コンソーシアムの展望について説明されました。
登壇者(登壇順)
・森 正弥(人間中心の AI コンソーシアム 共同代表理事、株式会社博報堂DYホールディングス執行役員・CAIO)
・山本 龍彦(人間中心のAIコンソーシアム 共同代表理事、慶應義塾大学大学院法務研究科 教授 / 同大学 X Dignity センター共同代表)
・國本 知里(人間中心のAIコンソーシアム 理事、シンシアリー株式会社 代表取締役)
・栗林 健太郎(人間中心のAIコンソーシアム 理事、GMOペパボ株式会社 取締役CTO)
・池尻 雄督(人間中心のAIコンソーシアム 理事、株式会社Ballista 取締役)
・羽深 宏樹(人間中心のAIコンソーシアム 理事、スマートガバナンス株式会社 代表取締役CEO /一般社団法人AIガバナンス協会代表理事)
・安立 大介(人間中心のAIコンソーシアム 理事、株式会社日立製作所 ITデジタル統括本部長 兼 DX戦略本部長)
「人の主体性を尊重するAIの使い方、人間中心のAI」

森正弥 共同代表理事
この「人間中心のAIコンソーシアム」の設立にあたって、冒頭、森共同代表理事から、その背景や意図を説明しました。
- 森
- AIを自動化、効率化のためだけに使うのではなく、いかに人の主体性を尊重し、創造性を高めていくか、そして生活者と社会をいかに豊かにしていくか、そのためのAIの開発、活用、管理を追求していくことが重要です。本コンソーシアムでは、学術的な側面だけではなく、実際にAIを利活用する生活者の理解、企業における創造的なユースケースの開発、そして社会における新しいガバナンスの環境について研究とその実践を追求します。
人間中心のAIという言葉自体は新しいものではありません。ルーツは1990年代における「人間中心設計(Human-Centered Design)」にあります。1999年にISOによって定義され、UI/UX等の設計原則として国際的に定着しました。ここから、設計原則としての「人間中心のAI」という概念が生まれています。つまり、AIが人にとって使いやすいか、また人の意思決定を支援しているかの観点からのAIへのアプローチということです。
それから2000年代にインターネットが普及し、2010年代以降、クラウドの普及、ビッグデータ活用の展開とともに、AI(機械学習モデル)が様々な産業や社会の基盤として使われるようになり、AIがいかに世の中にとって安全・公平であるか、プライバシーをいかに守るか、透明性をどう確保するかについても議論されるようになりました。ここで、「人間中心のAI」の、それまでの設計原則に、ガバナンスの視点が加わったということになります。
そしてそのようなガバナンスの観点から、日本においても、内閣府が2019年に「人間中心のAI社会原則」を日本国のAI原則として示し、これを我が国のAI政策の大前提の一つと位置づけてきました。
その後、AIは安全であり、人間の便益を守る存在であるということに加え、新たな視点として、人の主体性を尊重し、また創造性(クリエイティビティ)をいかに高めるか、そういった観点での「人間中心のAI」が議論されるようになりました。象徴的な例としては、スタンフォード大学に2019年に設立された「Stanford Institute for Human-Centered AI(HAI)」です。HAIでは、人間中心のAIのコンセプトに、創造性の拡張というテーマも加え、アーティストやクリエイターによる研究プロジェクトにも取り組んでいます。
このように、「人間中心のAI」という考え方は、日本国内においても、国際的にも、重要なポジションをもっており、さらに進化を重ねております。そして、近年の生成AIの開発の進展により、AIのハルシネーションや誤用、AIへの依存問題、著作権侵害、社会的格差の拡大など、新たな課題も提起されるようになりました。こうした課題に対処する上でも、「人間中心のAI」というコンセプトをいかに適切に普及・発展させていくかということが重要な意味をもってきています。実際、ダボス会議に代表される様々な国際会議でも、このテーマは繰り返し議論されています。
しかし日本国内では、この「人間中心のAI」という概念がまだ十分に世の中に浸透しておらず、それを専門的に扱う組織も限られています。さらに人の創造性(クリエイティビティ)をいかに高めるかという観点や、AIを幅広く利用している今の生活者視点でのAIに関する議論はまだ十分ではありません。欧米の専門家からも「なぜ日本ではこのテーマがもっと語られないのか」と疑問の声が挙がるほどです。
ですが、いくつか動きはあります。日立製作所グループや博報堂DYグループ等、いくつかの企業は「人間中心のAI」を企業のAI原則として掲げ、ガバナンスの拡充のみならず、AIによる人間の生産性・創造性の向上、生活者視点でのAIの活用に関する取り組みを始めています。
そして、私たちは、「人間中心のAI」という概念を、これからの人々・社会を支えるための指針・コンパスとして、幅広い議論を通してアップデートを進めようと考えています。
「生活者視点でのアップデート、創造性視点でのアップデート」
重ねて、森共同代表理事はコンソーシアムのビジョンについても語りました。
- 森
- コンソーシアムの理念は、生活者視点でのAI活用と開発を導きながら、人間の創造性の進化と拡張を実現し、生活者と社会を支えていくことです。
効率化や自動化といったこれまでのAI開発やAI活用で見ていた方向から、創造性の進化へ向かうこと、さらに生活者を含むマルチステークホルダーや将来世代を見据えた持続可能な社会を実現することを目指します。そのために、AIのサービスプロバイダーやベンダーといった提供者側だけの視点ではなく、それらを利用する生活者の視点を持ったアップデートが重要になってきています。

活動としては、生活者調査を通じて受け入れられやすいAIを探り、創造性を高めるユースケースを開発し、それらを踏まえたサービス設計やガイドライン整備、企業におけるAI変革の推進に向けて、政府や関連業界団体、企業に働きかけていく方針です。

「人間とはなんぞや」という問いが必要になる
山本龍彦 共同代表理事
続いて、山本龍彦共同代表理事からは、「人間中心のAI」の必要性と、本コンソーシアムでの検討テーマについて話をしました。
- 山本
- 今、「人間中心のAI」については、学術的および倫理的、ガバナンス的な観点から、再定義を要するのではないでしょうか?現在のAIは単なる業務効率化のツールではなく、人間の意思決定や価値判断そのものに影響を与える存在になってきています。その変化は、産業革命よりもさらに深い、ルネッサンスや宗教改革の時代にまでさかのぼるようなパラダイムシフトかもしれません。
単に技術の性能や利便性を評価したり監査したりするだけではなくて、人間との関係性そのものだったり、もっと言うと、「人間とはなんぞや」というような根本的な問いが必要になってくるでしょう。
特に重視しているのが人間の尊厳とAIの関係です。AIが意思決定や判断に関与する場面では、そのプロセスや結果が人間の尊厳とどのように調和するのかが、今後の社会設計において避けて通れない課題になります。アメリカでは責任スポンジ論というものが出てきており、AIの意思決定プロセスに人間を組み込んだハイブリッドな意思決定を行うヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-loop)について、楽観視できないと指摘されています。プロセスに組み込まれた人間は主体的に意思決定に関与できず、責任を取るだけの存在になっていくのではないか、といった「尊厳」を取り巻く課題として意見が上がっています。
本コンソーシアムのHCAI概念分科会では、尊厳(Dignity)という概念を中心に、法学、哲学、倫理学、歴史学、情報科学を横断した基礎研究を進める方針です。さらに慶應大学でも取り組んでいる情報的健康、つまりAIによる情報の最適化が人間の認知やアテンション資源の重要性にどのような影響を及ぼしているかを研究します。単なる理念や概念にとどまらず、実際のAI設計や制度設計に応用可能なフレームワークとして提示していくことを目指しています。
続いて、各分科会の概要について説明しました。
「生活者視点のAI設計のヒントに」―生活者調査分科会

國本知里 理事
- 國本
- 今では日本中誰もが、子どもであっても使えるようなAIになってきました。そうなると、生活者がAIにどのような期待をし、そして不安を持っているのか、様々な理解が必要になってきます。
また、AIは会話型にとどまらず、AIエージェントやフィジカルAIへと広がり、任せるAIにもなってきています。何をAIに任せていくのかについても、生活者の視点を得ることが重要だと考え、生活者調査分科会を進めていきます。
分科会の方針は大きく2つです。
• 生活者の意識や利用の変化を把握すること
• 生活者本位のサービス設計への示唆を導くこと
期待、不安、利用実態などの変化について定量的・定点的にアンケート調査を行い、結果分析、そしてその結果を様々なサービス開発者、また政府の制度設計の重要なヒントとなるよう、生活者調査レポートの発信を行います。シニア、子ども、働く女性など、立場や環境によってAIへの期待や不安は変わるという認識のもと、開発者視点だけでは見えない実態を可視化していく方針です。生活者視点を得ることで、常に開発者が生活者に寄り添っていくことが非常に重要になります。

「AIに作業をやらせるのと、AIと一緒に作るのはまったく別のこと」―創造性ユースケース分科会

栗林健太郎 理事
- 栗林
- AIに作業をやらせるのと、AIと一緒に作るのはまったく別のことです。私たちはAIを人間の創造性を拡張する存在として位置づけ直し、その社会実装を目指します」。
分科会の取り組みは4つです。これらの活動を通じ、創造性とウェルビーイング(Well-being)の両方を追求していきます。
• 創造性の理論整理:AIエージェントを前提とした世界で創造性をどう定義するかを示す
• 具体的な創造性ユースケースの収集と創出:世界中の事例を集め、前例のない領域から新しいユースケースを自ら創出する
• AIガバナンスとの関係性の整理:創造性が十分に発揮されるための場の設計について、AIガバナンス分科会とも連携
• 共創プロジェクトの推進:多方面の参画を経て、プロジェクト実施の結果の公開

池尻雄督 理事
- 池尻
- そもそも創造性とは何かを定義するために、創造性を生み出す主体者は誰なのか、どのような視点で捉えるのか、どのように測定するのか、といったところを整理しておく必要があります。
対象は個人と組織で、組織には企業、部署、プロジェクト、チーム、各種コミュニティーなど一定の目的をもった団体を指します。また、創造性は、思考プロセスそのもの、アウトプットそのもの、さらに両者の循環という3つの視点から捉えていく方針です。
また本分科会はユースケースを収集するだけでなく、自ら検証・創出していきます。例えば、「AIエージェントはクリエイターの創造性をどのように拡張できるか」という問いをもとに、クリエイター自身が育てたAIエージェントが常駐し、自律的に業務を行うかの検証を実際に行います。
創造性を支えるためには、守りの要素としてのガバナンスも重要です。AIに奪われるでも委ねるでもなく、AIによって創造性が拡張する方法を具体的に示していきたい。その一例として、AI Slop時代の創作プラットフォームの実践も考えています。AIによる大量生成物が流れ込む環境のなかで、クリエイターが安心して活動できるよう、著作権や知的財産権、各種ルールへの抵触をAIが支援する、ガバナンスプラットフォームも検討しています。削除や放置ではなく、創造性を萎縮させない設計を目指す点が特徴です。
AIによる創造性の拡張に関心がある方や、多様な視点・専門性を持つ団体や個人の方に幅広く参画いただく共創プロジェクトでは、一つひとつのプロジェクトの組成、実証実験を行い、結果によっては社会実装を見据えた活動につなげていきます。

「ガバナンスの前提そのものを問い直す」―AIガバナンス分科会

羽深宏樹 理事
- 羽深
- これまでのAIガバナンスは、AIを人間にとってのツールとみなし、人がそれをどうコントロールするかという観点で語られてきました。その一方で、現実社会では、AIが人間に働きかけ、認知や感情、人生の大事な選択にまで影響を及ぼすことが散見されており、従来のガバナンス観だけでは対応しきれない新しい状況に面しています。
この変化は、ガバナンスの前提そのものを問い直す必要性を示しています。従来のガバナンスは、自立した人間が、ツールであるAIに対しての客観的な安全性や精度に着目したものであり、人間の感情との結びつきは必ずしも前提としたものではありません。ただ今後は、AIが人間に語りかけてくる、それが良い影響の場合も悪い影響の場合もある、といったように客観的な安全性を判断することが難しくなってきます。
このような状況を踏まえ、人間とAIの関係性のあり方、適切なガイドライン、責任の所在について議論していくことが重要であり、日本的な関係性の結び方を確立していることが重要です。

安立大介 理事
- 安立
- AIは人間の創造性を阻害するものではありません。ステークホルダーがAIの利活用においてどのような点に気をつければ人間の創造性を拡張できるのか、寄与できるのかを考えていく必要があります。しかし最近では、従来からあった差別的判断の助長、ブラックボックス化による説明困難性に加え、AIエージェントがサイバー攻撃を受けて情報漏えいの危険にさらされる懸念や、人間の行動そのものに影響を与えるなど新たな状況が生まれてきています。
AIエージェントが人間のIDを用いて外部システムや社内データにアクセスし、自動的に操作を行う状況についても、監査、内部統制、透明性、権限付与の妥当性、説明責任の観点から検討が必要です。
AIガバナンス分科会はまず、先端的な適用事例や研究、企業内での取り組みを集め、何が起きているのかを見える化し、世の中に問いかけていきます。将来的には、海外機関との連携や国際会議への参加も視野に入れ、企業、行政が日常的な業務の中で参照できるような実践的な指針を目指して設計します。

コンソーシアムの展望
一般社団法人 人間中心のAIコンソーシアムは、生活者視点、創造性、尊厳、ガバナンスを軸に、AIを単なる効率化の手段としてではなく、人間の主体性と創造性を尊重し、生活者と社会を支えるものとして位置づけています。
4つの分科会はそれぞれ異なる角度から相互に連携し、人間中心のAIの概念を実装可能な形へと落とし込んでいく構えです。
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