メタバース生活者たちと共にデジタル世界のこれからを考える vol.7~メタバース生活者と表現(すること)」~最先端テクノロジーでひらく伝統文化の未来
博報堂は、2024年11月にメタバース空間における新しい生活者価値の創出と、イノベーションを生み出すことを目指し、研究員全員がメタバース生活者当事者によって構成されたコミュニティ型プロジェクト「メタバース生活者ラボ™」を設立しました。
本連載では、メタバース生活者ラボの理念に共感いただいている、メタバース生活者当事者でもあるゲストとの対話を通じて、メタバース生活者の未来を探求していきます。
第7回は、短歌とメタバースの融合による新しい空間表現に挑戦しているタカン・ポーさんをお招きし、メタバース生活者ラボのメンバーとともに座談会を行いました。
堀 隆博(タカン・ポー)
歌人
瀧﨑 絵里香
メタバース生活者ラボ リーダー
博報堂 生活者発想技術研究所 上席研究員
十河 瑠璃
メタバース生活者ラボ 研究員
博報堂 生活者発想技術研究所 上席研究員
三浦 慎平
メタバース生活者ラボ 研究員
博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジーセンター
佐野 めい
メタバース生活者ラボ 研究員
博報堂 生活者発想技術研究所
短歌歴40年の歌人がメタバースの世界へ入った背景とは
- 瀧﨑
- メタバース生活者ラボでは、現実の名前や人格とは異なる“もう一人の自分”を持って活動している方々を「メタバース生活者」と定義し、メタバース生活の価値の研究を行っています。
タカン・ポーさんは、「表現する」というジャンルにおいて、メタバースの価値を体感されてきたと思うのですが、まずはこれまでのメタバースでの活動について、実体験を交えながらお話しいただけますか。
- タカン・ポー
- 私がメタバース上で活動を始めたのは2022年6月ごろでした。当時からずっと短歌を作っていて、リアルでは「堀隆博(ほり たかひろ)」という歌人名で活動しています。2024年10月には、メタバースをテーマにした歌集『遊離する地平へ』を出版したのですが、あとがきには「この歌集はメタバースを題材にしています」と明記していて、仮想空間での体験をもとにした作品集になっています。

現在は、短歌とメタバースを組み合わせた新しい表現に挑戦しています。2022年に「メタバース」という言葉が世間的に盛り上がったことで興味を持ち、色々と調べていくうちに、「短歌と融合すると面白いかもしれない」というインスピレーションが広がり、それがメタバースの世界に入るきっかけになりました。
ただ、メタバース自体は完全に未経験で、ゲームも全くやってこなかったので、メタバース内でゲーム用語が飛び交う会話についていけないことも多かったんですよ。そこでまずは、本や専門書を読みながら、理想のワールドを制作するために準備を進めました。その一環としてゲーミングPCを購入し、さらには大型VRゴーグルも導入したのです。
- 瀧﨑
- 最初から結構な投資をされたんですね!
- タカン・ポー
- 右も左も分からない状態のまま、思い切って機材に投資し、メタバースの世界へ踏み込みました。それも、「メタバースで新しい表現領域を生み出す」という明確な目的があったからこそだと思います。
それが結果として、短歌歴40年の私にとって初の歌集出版にもつながりました。メタバースという新しい舞台に出会ったことで、創作意欲が大きく刺激され、「メタバースを題材にした歌集を出す」という思いが歌集を出す原動力になったんです。
バーチャルでの活動面では、制作したワールドのお披露目イベントを開いたり、メタバース内のさまざまなワールドやイベントに参加し、その体験を短歌にしてXで発信したりしています。また、メタバース内のコミュニティ活動にも積極的に関わっていて、過去には地方自治体と連携したリアル×バーチャルの取り組みで、地域の写真に短歌を添えて展示する企画にも関わりました。
- 瀧﨑
- メタバースやゲームというと、特に大人世代の方にはハードルが高いと思われがちです。それでも、タカン・ポーさんがあまり抵抗なくメタバースを始められたのは、何か理由やきっかけがあったのでしょうか?

- タカン・ポー
- 私は短歌をやりつつ、実験化学のエンジニアとして働いていました。学生時代にはプログラミングにも少しだけ触れていましたが、もしかしたらメタバースに入るときも、そうした過去の経験が少なからず影響しているのかもしれません。ただ、以前の職場でもプログラミングやシステム設計をしている人の中には文系出身者も多くて、技術系でないとメタバースは難しいということはないと思っていますね。
- 三浦
- ハードルの高さよりも、「目指したいものが先にあった」という点が大きかったように感じました。メタバースが注目された時期に、短歌の表現をさらに広げる可能性を見出し、それが新しい世界へ踏み出す一歩になっているのかなと。
博報堂DYホールディングスが実施した、メタバース生活者定点調査2025 でも、「メタバースを、自分のつくりたいものを表現できる場所」だと感じている人は7割ほどいることがわかっていますが、そこから実際にやってみるというアクションまではなかなか踏み出せない方が多い。つまり、最初の一歩を生み出す“導線をいかに作れるかがポイントになるわけです。
メタバースで変わった短歌との向き合い方
- 瀧﨑
- 短歌があったからこそ、逆に抵抗を感じずにメタバースを始められたのかもしれませんね。実際に作られた作品で、見せて頂けるものがございましたらぜひご紹介ください。
- タカン・ポー
- 最初のワールドは、自分の歌集の発売に合わせて制作したのですが、内容としては画像が動く程度のシンプルなものでした。それが、2作目のワールド『第2章 水星 滅の章』では、色々と扱えるギミックの幅が広がり、表現にもさまざまな工夫を盛り込めるようになりました。技術を学びきってから始めるのではなく、実際に制作しながら学んで表現の幅を広げていくという姿勢を意識してきました。

メタバースプラットフォームcluster内のワールドへの入り口(タカン・ポー氏制作)
- 瀧﨑
- 長く短歌を続けてきたなかで、メタバースという新しい表現手段が加わったことで、短歌との向き合い方や楽しみ方に何か変化はありましたか?
- タカン・ポー
- メタバースに触れたことで、短歌そのものが“仮想空間”と深く結びついているのを明確に認識するようになりました。実はもともと、「この世は仮の姿」という仏教的な世界観をイメージして短歌を作っていたこともあり、メタバースとは相性が良かったのかもしれません。
心象風景のような抽象的な世界でもメタバースなら具現化できますし、現実には存在しない世界も表現できる。こうした空間と短歌を組み合わせることで、表現の幅が一気に広がったと感じています。今では、自然とメタバースの世界を思い描きながら短歌を作るようになりました。

- 瀧﨑
- ある種、短歌の高尚な世界がメタバースを通じて短歌に馴染みのない人にもアクセスしやすくなったというわけですかね。
- タカン・ポー
- まさにそうだと思います。短歌にもさまざまなタイプがあって、俵万智さんの作品のように、とてもわかりやすい短歌もあれば、若い世代が詠む甘酸っぱい恋をテーマにした短歌や幻想的な世界を描くタイプの短歌もあります。
そのような抽象度の高い作品に対しても、メタバースを通じてひとつのイメージを与えることで、詠み手の世界に触れる可能性が広がったと感じています。
- 瀧﨑
- 三浦さんは博報堂DYホールディングスの研究開発組織で、XR体験の研究を推進してきた立場だと思いますが、映像と文字という異なる表現をデジタル空間で結びつけて、新しい表現を生み出すタカン・ポーさんの取り組みについてどう思いますか。
- 三浦
- やはりメタバースで映像化されると、物理的な制約にとらわれることなく、多くの方に短歌を届けられる可能性がありますよね。つまり、これまでにないメディアとして価値を持っている点は、とても大きな可能性のひとつだと感じています。
私が個人的にタカン・ポーさんのワールドを訪れた際に思ったのは、「心象風景」や「想像の外側」に、自然と連れて行ってもらえるような体験ができたことでした。テキストの表現だけだと想像できない部分も、エフェクト表現が加わることで自然と入り込みやすくなるというか、親しみやすさが生まれるように思いました。
1400年ほど続く短歌の伝統的な形式に、新たなアップデートをもたらしているのはすごく興味深いですね。

- 瀧﨑
- 実際のところ、タカン・ポーさんの作品にメタバース上で触れた方々から、何か反響やリアクションはありましたか?
- タカン・ポー
- メタバースで作品に触れてくれた方には、短歌をまったく知らない人も多いんですが、なかには短歌の仲間を引き連れて見てもらったこともあって、「こんな表現があるんだね」と高い評価をいただきました。また、歌集の出版記念会の際にワールドを動画で紹介したんですが、それを見てくれた人たちからも「没入感がまったく違う」と非常に好評でした。
あとは「文学フリマ」の会場にVRゴーグルを持ち込み、来場者に実際にワールドを体験してもらったこともあるんですが、そこで強く心を動かされた方がいて、その方が後日noteに感想を書いて公開してくれたのは本当に嬉しかったですね。
三次元の空間に入って体験する感覚はSNSでは味わえない
- 瀧﨑
- まさに今のお話に関連して、メディアとしての反響という観点でお伺いしたいのですが、例えば「胸キュン短歌」がXでバズって若い世代に広まったように、これまで短歌の拡散や受容の中心にはSNSがあったと思います。短歌にとって、SNSとメタバースの違いはどのようなところにあると思いますか。
- タカン・ポー
- やはり、三次元の空間に入って体験するという感覚を、SNSでは味わえないのが大きいですよね。情報のやりとりだけであればSNSで十分ですが、表現がアート寄りになるほど三次元空間で得られる体験の差が大きくなります。
例えばVRゴーグルをかけると、本当に岩が飛んでくるように見えたり、戦車の砲身が頭の上をかすめたりするような体験ができますし、ゴーグルによる没入感が加わることで、SNSとは決定的な差別化が生まれると思っています。
- 瀧﨑
- 確かに、今はAIの台頭で情報があふれ、何が本当かもわからなくなってきています。そんななかで、三次元の空間で自分の感覚に訴えかけられるような情報が出てくるというのは、表現者にとっても大きな出来事だと思います。
- 十河
- タカン・ポーさんが、「メタバースの世界を作ろう」と思い立って、バーチャル世界に飛び込まれた背景には、もう少し立体的で没入感のある体験を人に届けたいとか、自身がそうした体験に価値を感じたという思いもあったのでしょうか?

- タカン・ポー
- そうですね。発想のきっかけになったのはメタバースの出現なんですよ。メタバースに出会う前は、そんな発想自体思いつかなかったんです。定年退職したら、のんびり平安貴族のように短歌を楽しんで過ごそうかなと考えていたところにメタバースと出会って。そこから、いろんな構想が沸き上がってきた感じです。
現実ではためらってしまうことも、アバターの姿なら自由に表現できる
- 瀧﨑
- メタバースなら、現実の自分とは違う“もう一人の自分”として振る舞えるからこそ、これまで恥ずかしくて言えなかった内容も、短歌として素直に表現できる気がします。そういう意味では、表現したいのにできなかった人たちが、メタバースという場を通じて短歌やさまざまな文化に触れ、楽しめるようになると感じました。

メタバースプラットフォームcluster内に作ったワールド体験の様子((タカン・ポー氏制作)
- 三浦
- 例えば、自分のアバターで短歌を詠んだ瞬間に、その短歌の世界が空間上に広がるような仕組みがあったら面白いなと感じました。ゲームのエモート機能のように、訪れた空間で短歌を詠むだけでその情景が立ち上がり、短歌の世界観を拡張できるフォーマットがあったら素敵だなと。昨今の生成AIの技術進化により、可能になるかもしれません。
Webだったらスクロールやタップといった制約の下で表現すると思うんですよね。でもメタバースは他のメディアよりも制約そのものが緩いというか。テキストや音声、エモートも何でも使っていいというなかで、逆に緩やかな制約を作ってあげると、メタバースでの表現が活性化するのではと思っています。
短歌も「5・7・5・7・7」というフォーマットがあるからこそ、その制約を楽しみながら文化として発展してきた側面があるかと思います。メタバースでも同じように、「この形式で表現すると面白い」という共通のフォーマットが生まれてくれば、コミュニティやカルチャーが一気に広がっていく気がします。
- 瀧﨑
- ここまでのお話を踏まえて、タカン・ポーさんが感じている「メタバース生活者としての価値」や「この世界ならではの魅力や体験」についてお聞きかせください。
- タカン・ポー
- メタバースをやっていない人によく伝えるのは、「メタバースにいるアバターは仮想の存在ではなく、生身の人間そのもの」だということです。現実世界では年齢や性別、容姿といった外見的なものにどうしても縛られますよね。
でもメタバースなら、自分の姿も声も自由に作れるわけで、「私は本当はこういう人間なんです」という自分のコアな部分を表に出せる。そんな“素の自分”を出した人たちが同じ空間・時間を共有し、触れ合うことができるのはメタバース空間ならではの大きな価値だと感じます。
また、現実では絶対に存在しえない景色や演出を体験できるし、自分でゼロから創り出すこともできる。そのような可能性の広がりも含めて、メタバースならではの魅力だと考えています。

メタバースプラットフォームcluster内に作ったワールド(タカン・ポー氏制作)
- 瀧﨑
- 短歌も「女性だからこう詠むべき」とか「年齢的にこうあるべき」といった枠に縛られず、自分が本当に感じていることをそのまま言葉にできる点では、メタバースとの親和性を感じました。もし、同世代の方にメタバースの魅力を紹介するとしたら、どのように伝えますか?
- タカン・ポー
- 私自身も、東京と宮崎を往復する生活で環境が激変しましたが、メタバースはどこにいても場所の制約がなく、仲間と同じように会話や交流を楽しめるのにすごく救われているんですね。
メタバースにはバーやイベント会場もあり、東京にいる時と変わらず人と交流ができます。このように物理的制約を超えて、誰とでも交流できる体験は、年齢を重ねた方にもぜひ体験してほしいメタバースならではの大きな魅力です。

クリエイターエコノミーの仕組みづくりがメタバースの発展に不可欠
- 瀧﨑
- 今回のお話を受けて、最近は企業でもメタバースに関心を持つところが増えていますが、「そこには生身の人がいる」という視点がとても重要だとあらためて感じました。単なる“イベント用のハコ”としてではなく、生身の人が存在し、交流している場だと理解したうえで、ワールドづくりやイベント運営を考える必要があるんですよね。
そういう意味では、今後多くの企業がメタバースに参入してきた場合に、メタバース生活者として「企業にはここを気をつけてほしい」と思うことがあれば教えていただけますか?
- タカン・ポー
- ワールド制作には膨大な時間と労力がかかるため、メタバースの持続的な発展にはクリエイターエコノミーの確立が不可欠です。企業が投資に見合うリターンを得るためにも、ボランティア依存ではなく、クリエイターへ正当に利益が還元される仕組みが必要です。

メタバースプラットフォームcluster内に作ったワールド(タカン・ポー氏制作)
- 瀧﨑
- SNSではイラストレーターが直接収益を得られる仕組みが整ってきていますし、ゲームの世界でもインディー開発者を出版社が資金面で支援する動きが進んでいます。そうした流れを考えると、メタバースだけがいまだに、技術や才能を持つ人がきちんと稼げる仕組みが十分に整っていないのは大きな課題だと感じました。
- 三浦
- 出版社が原稿料を支払いながら、まだ無名の漫画家を発掘し、育てていく過程でヒット作を生み出して投資回収していく仕組みがありますよね。
メタバースにも、そのような才能を育てるエコシステムがあってもいいのに、まだ十分に整っていないと感じています。
これから伸びていくクリエイターを早い段階で見つけ、スポンサーとして伴走するような土壌が求められていることを、今日のお話を伺いながら強く思いました。
もちろん、メタバースの中で実際に体験してもらうのが一番ですが、まだメタバースに入ったことのない人たちが、そこで活躍しているクリエイターの存在を知る入り口も必要ですよね。
- 十河
- リアルの場でいうと、文学フリマやコミックマーケット(コミケ)のようなクリエイターが集まる場所では、企業側も「将来有望なプロの卵が集まっている」という意識が根付いており、優秀な人を見つけたらスカウトするという流れが自然と起きていますよね。
でもメタバースに対しては、クリエイターが集まる場という認識がまだ薄いなと感じました。一方で、その認識さえ企業が持てれば、一気にメタバースの可能性は広がると思っています。
AIが身近になった今、SNSでそのアカウントが「どんな人か」見抜くことが判別が難しい時代です。でもメタバースなら、「そこにいるのは確かに実際の人間である」ことがわかりやすいんですよね。
- 佐野
- タカン・ポーさんの歌集を読んだ後にワールドへ行った際、文字だけでは想像しきれなかった景色が広がって、自分が好きだと思った短歌とワールドの風景が一致する瞬間があるとすごく嬉しくなりました。
例えば、短歌のリアルのイベントに来てくださいと言われても、私には敷居が高く感じてしまいますが、メタバースだと気軽に入れて、しかもその作品の世界観を体験できる。まさにメタバースが短歌の世界との距離を縮めてくれたように思います。
本日はありがとうございました。


※肩書は取材当時のものです
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堀 隆博(タカン・ポー)歌人
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メタバース生活者ラボ リーダー
博報堂 生活者発想技術研究所 上席研究員
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メタバース生活者ラボ 研究員
博報堂 生活者発想技術研究所 上席研究員
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メタバース生活者ラボ 研究員
博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジーセンター
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メタバース生活者ラボ 研究員
博報堂 生活者発想技術研究所

