あくまで「人間が主役」のプロダクト。超高齢社会の課題にテクノロジーでアプローチするRADIO TIME MACHINE
ラジオのダイヤルを回すと流れてくるのは、なつかしいあの頃のニュースや音楽…。TBWA\HAKUHODOが開発した「RADIO TIME MACHINE(ラジオタイムマシーン)」は、超高齢社会を迎えた日本の課題にテクノロジーでアプローチするために生まれたAIラジオです。
生成AIを単なる業務効率化の手段に留めず、人と人とのコミュニケーションを支えるために活用した発想力と技術力が認められ、カンヌライオンズ2026のInnovation部門で銀賞を受賞した本プロジェクト。開発の中心を担ったメンバーに、プロダクトに込めた思いや開発の裏側をききました。
RADIO TIME MACHINEとは

過去の西暦にダイヤルを合わせると、その年のニュースとヒット曲を紹介する音声コンテンツが自動生成されるAIラジオ。音声コンテンツはシステムによって毎日自動的に更新され、その日ごとに新しいコンテンツを楽しむことができる。医療・介護サービスなどを提供する株式会社ニチイ学館の施設で導入検証がスタートした。
チームの定例会議から生まれたアイデア。「周波数メーターが年代グラフに見えた」ことが糸口に

-はじめにRADIO TIME MACHINEのアイデアが生まれた経緯から教えてください。
- 新目
- TBWA\HAKUHODOは、クリエイティビティで世の中に「意味ある変化」をもたらすことがミッション。僕らのチームも月一でアイデア開発のための定例会を行なっているのですが、そのなかで超高齢社会の課題にチャレンジしたいという意見があり、このプロジェクトがスタートしました。

- 鈴木
- 親族が認知症を患っているというメンバーもいましたし、僕らにとっても身近な問題。弊社は「注文をまちがえる料理店*」にも携わっていて、クリエイティブなアイデアで超高齢社会の課題にもアプローチできることを肌で感じていました。では、「注文をまちがえる料理店」とも違う、オリジナルの手法でできることはないか。いろいろ調べるなかで「回想法」の存在を知ったんです。
*注文をまちがえる料理店・・・認知症の方がホールスタッフを務めるイベント型レストラン。「まちがえてもいい社会」を体現するプロジェクトとして生まれ、2017年に初開催された。
-回想法とは?
- 新目
- 写真や思い出の品などを見ながら、昔の出来事を語り合う認知症ケアです。心の安定やコミュニケーションの促進につながるとされているのですが、実際の介護現場ではそのための人手を確保することがむずかしいという課題があります。
- 鈴木
- もっと手軽に回想法を体験できるよう、テクノロジーを活用できないかと考えていたとき、新目さんがAIを使ったラジオのアイデアを出してくれたんですよね。
それでチームがすごく盛りあがって、一気にプロジェクトが動きはじめました。

-回想法からラジオというアイデアはすぐにつながったのですか?
- 新目
- もともと自分がラジオ好きだったこともあって、点と点がつながった感じですね。ラジオの周波数メーターが、ちょうど年代グラフみたいに見えるなと思ったんです。
それで簡単なカンプを描いて、周波数の部分を年代に変えて見せたらチームのみんなが一瞬で理解してくれた。これはいけるかもと思いました。それが2023年のことです。
- 黒川
- はじめは画面上で動きが見られるビデオプロトタイプからはじめて、そのあとティッシュボックスを使った簡易的なプロトタイプをつくって社内のメンバーにも試してもらいました。みんな一様に「おもしろい!」と反応してくれたので、手応えを感じましたね。
「ラジオらしさ」と、AIだけに頼らない「人を介したコンテンツ選定」にこだわり
-開発をすすめるうえで大切にしたポイントは?
- 新目
- 「ラジオの体験」とはどんなものであるかをひとつひとつ詰めて考えました。チャンネルを変える動作ひとつとっても、スキップボタンで飛ばすのではなく、ラジオをチューニングするのと同じようにダイアルを回すことにこだわりました。チューニング中の雑音も再現して、本当に電波を受け取っているかのよう感じられるんです。
プログラムの構成も、季節の話題があって、その時々のニュースや流行りの音楽が流れ、番組ごとのジングルがある。そんな「ラジオらしさ」を大切にしました。
- 渡辺
- ニュースソースとしていまはウィキペディアを使っているのですが、ただ機械的にトピックを選ぶのではなく、なるべく高齢者の方が反応しやすいようなエポックメイキングな出来事を選ぶことにもこだわっています。当時人気を集めた商品や流行語、万博のようなビッグイベントなどですね。
- 黒川
- 原稿生成と音声生成はAIが自動で行なっていますが、どういうニュースが回想法に向いているかというのは我々が人的に選んでいる。プログラムは75年分あるので大変な作業ではありましたが、それ自体がこのプロジェクトの独自性であり価値になると考えています。

- 新目
- 音楽の選定もAIだけには頼らず、CMソングやドラマの主題歌など印象に残りやすいものを僕たちでセレクトしていますし、リリースされた年と流行した年がずれているものに関してはきちんと流行った年のプログラムに流れるように微調整して、独自の楽曲リストをつくっているんです。
30人分のボイスクローンから年代に応じた話し方を生成。「力士」の名前も正しく読める工夫を
-選曲やどんなトピックを選ぶかにも人の目を大切にしているのですね。かなり大変な作業のように思いますが、ほかにも苦労されたところはありますか?
- 黒川
- 3年前の開発当初はいまほどAIの性能が高くなく、原稿生成の部分にはかなり時間をかけました。ユーザーにとって不快な表現がないか、完全とまで言わなくとも間違った情報が出ないか、何度も改善を繰り返しましたね。昨年からは、生成した原稿を事前にチェックするAIも活用することで、なるべく間違いが起きないよう対応しています。
- 渡辺
- 海外製の音声生成AIを使っているので、たとえば力士の名前の読み間違いが多いんです(笑)。それを事前チェックのAIがすべて平仮名にして読めるようにしている。細かいことですが、そういったケアも大切にしています。
あとは、年代によってアナウンサーの話し方が変化しているので、原稿の読み方も時代に合わせて変えています。社内のボランティアを募って30人分のボイスクローンをつくり、そこから時代ごとに音声生成をしているんです。
- 鈴木
- 話すテンポはどれくらいがいいか、どんな内容のニュースに興味を持っていただけるかなどの細かな調整は、ニチイ学館の介護施設にご協力いただいて利用者さまの反応を見ながらアップデートを重ねていきました。筐体のデザインも、試作機は少し近代的だったものを、高齢者の方が慣れ親しんだラジオのデザインに近づけるよう修正したんです。

試作機
高齢者だけでなく、介護を担う人のサポートにも。全国の介護施設から問い合わせが
-利用者さまの声を開発に活かしたということですが、実際に体験いただいた際の印象的なエピソードがあれば教えてください。
- 鈴木
- 昔のニュースを聞くことで当時の記憶が蘇ったようで、身振り手振りをつけてたくさん思い出話をしてくださる方もいらっしゃいましたし、重度の認知症で日中もほとんど寝て過ごされている方が、RADIO TIME MACHINEから音楽が流れると首を少し揺らしたり、手拍子するような動作を見せてくれたのはとても印象的な出来事でした。

ニチイケアセンターにて実施した実証実験では、発話量に加え笑顔の値や身振り手振りの量も増加した。
利用者さまの反応はもちろんですが、介護施設で働く方からも「3年間いっしょに過ごしてきたけれど、こんなお話しを聞かせてくれたのははじめて」とか「ほかの作業をしながらでも、ラジオをきっかけに気軽にコミュニケーションが取れるようになった」といった声も。もともと認知症ケアのために開発したプロダクトですが、介護を担う人たちなど、周辺へのいい影響も生み出すことができると感じました。
-RADIO TIME MACHINEの実証実験について今年3月に発表されましたが、その後どのような反響がありましたか?
- 鈴木
- ありがたいことに全国の施設さまからお問い合わせのメールをいただいています。僕らの活動を知って「介護の専門外の人が向き合ってくれることが嬉しいし、希望である」と言ってくださる方もいて、とても励まされる気持ちです。あとは、認知症を患われている方のご家族から「うちにもほしい」というお声もいただきますね。残念ながらいまRADIO TIME MACHINEの実機はこの1台しかなく、商品化されていない状態。まずは介護施設向けにつくって、そこから個人向けへとステップを踏んでいく計画なので、すぐにはお届けできないのですが、求めてくださる声が多いのはうれしいです。
プロトタイプ先行型が奏功。今後も多くのパートナーとプロジェクトを推し進めたい
-さいごに、このプロジェクトを通じての気づきや今後の展望などをお聞かせください。
- 渡辺
- ニチイ学館との実証実験のなかで、表情や身体の動き、発話の量などを独自に分析してきたのですが、今後は北里大学の先生方と学術論文の発表を見据えた連携を行なっていくことが決まっています。
- 鈴木
- 僕らは認知症の専門家ではありませんので、発案当初は認知症ケアについての知識はほぼゼロ。その都度、認知症予防財団や北里大学などの専門家に助言をいただきながらアップデートを重ね、ここまで開発を進めることができたんです。
- 新目
- たくさんの方に協力いただいてプロジェクトを進めることができたのは、やはりプロトタイプの存在が大きかったと思います。いくらいいアイデアだったとしても、現場の方に共感してもらえなければ意味がない。時間をかけて丁寧にプロトタイプをつくることで、実際に体験してもらいながらアップデートを重ねることができました。
- 渡辺
- 企画書を書いて終わりじゃなく、実際触れるプロトタイプがあることで「WOW!」を生み出すことができるんですよね。プロトタイプ先行型のプロジェクトは僕ららしいやり方。これからもこの手法でさまざまな課題に取り組んでいきたいです。

- 黒川
- 僕らのチームは、クリエイティブのなかでもテクノロジーに特化したチーム。今回もAIを使ったプロジェクトではありますが、人間が主役のプロダクトであることが重要だと考えています。このRADIO TIME MACHINEが、人と人とのコミュニケーションを生み出すハブになってほしいですし、今後もテクノロジーの発展を取り入れながら新しいクリエイティブを生み出していきたいです。
- 鈴木
- RADIO TIME MACHINEについては、ニチイ学館をはじめ介護施設に導入いただけるよう準備を進めるのはもちろん、今後はグローバル展開も視野に活動をしていきたいと考えています。そのためにラジオ本体を量産するためのパートナーが必要です。
僕たちがやろうとしていることは、たくさんのパートナーがいてはじめて成立するもの。このプロジェクトの社会的意義に共感してくださる企業、団体さまがいらっしゃいましたら、ぜひご一報頂ければと思います!

※肩書は取材当時のものです
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TBWA\HAKUHODO
Senior Creative DirectorTBWA\HAKUHODOに入社後、自動車、飲食、ITサービスなどの統合コミュニケーション開発に従事。2022年より、サービスやプロダクト開発などのイノベーション開発チームをリード。RADIO TIME MACHINE事業責任者として、介護施設をはじめとしたパートナー企業との連携を推進。
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TBWA\HAKUHODO
Creative Tech Directorテクノロジーとブランド体験を軸に、広告からプロダクト開発、イベント、店頭まで、ユーザー体験を起点としたクリエイティブディレクションを手がける。RADIO TIME MACHINEでは、プロダクト開発チームをリード。高齢者に愛されるユニバーサルな体験デザインを設計する。
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TBWA\HAKUHODO
Associate Creative Director / Experience Planner2022年からTBWA\HAKUHODOに所属。自動車メーカーやファストフードチェーンなどのクライアントのアクティベーション企画に従事。SNSやイベントなど幅広いアウトプットで、生活者の体験をデザインする。RADIO TIME MACHINEでは企画段階からプラナーとして従事し、観察調査をリードしている。
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TBWA\HAKUHODO
Technical Director / Programmer2023年よりTBWA\HAKUHODOに参加。情報技術とメディア表現の統合を通じ、アイデアを体験として具現化する技術設計・実装を担う。RADIO TIME MACHINEでは、生成AIシステムの設計からデバイス制作に至るまで、ソフトウェア/ハードウェア両面の開発を担当。


