人とAIが並走する組織の最適解とは(前編)
博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO 兼 Human-Centered AI Institute代表の森正弥が、業界をリードするトップ人材と語り合うシリーズ対談「Human-Centered AI Insights」。
今回は、AI Work Transformation Companyを掲げるシンシアリー CEOの國本知里氏を迎え、博報堂でBPR(業務変革)に取り組む小林明子とともに、AIによる自動化・効率化の先にある、人間の能力拡張と組織の最適解について議論しました。前編では、組織へのAI浸透や「スーパー事務職」の誕生といった、企業内におけるAI実装の現在地に迫ります。
AI導入で重要なのは、業務プロセスに合わせた“翻訳”
- 森
- はじめに、國本さんが取り組まれていることや、どのような思いでAI分野に関わってこられたのかについて教えてください。
- 國本
- 約8年前、当時はまだ現在のような盛り上がりを見せる前でしたが、「AIが働き方や社会構造を根本から変える」という確信を持って、AI分野に本格的に関わり始めました。その後、シンシアリーを創業した頃に生成AIが爆発的に普及し、AIが「一部の専門家が作る側」から「誰もが日常的に使う側」へと大きく変化しました。
シンシアリーでは、企業に対してAI活用やAIエージェントの導入を支援し、実質的な業務変革を推進しています。またAIの進展により、AIを活用した高度な業務への期待が高まっており、こうした変化に対応するため、AIと向き合い、新たなキャリアを考える重要性を強く感じています。
その一環として、女性のAI活用を支援する一般社団法人「Women AI Initiative Japan(WAIJ)」を立ち上げ、学びと就業機会の創出にも取り組んでいます。
- 森
- WAIJを設立された背景には、どのような課題意識があったのでしょうか。
- 國本
- あるカンファレンスを主催した時に、自分以外の登壇者が全員男性であったり、来日していた海外の女性リーダーに「これほど男性ばかりのカンファレンスは多様性に欠ける、参加できない」と断られたりしたことがありました。
当時の私には女性リーダーの知り合いが少なく、また日本全体で見ても、女性リーダー同士が繋がる場が乏しいことを痛感し、共に学び、繋がれるコミュニティとして2年前にWAIJを設立しました。

- 森
- 確かにAIは急速に普及しましたが、もともと研究者コミュニティを起点として発展してきた背景もあり、ホモジニアス(同質的)な集まりになりがちです。日本のAI業界の発展には、多様な視点、特に生活者視点やジェンダーの多様性が価値を生むはずで、今後はそういった視点を取り入れることが不可欠になるでしょう。
それでは次に、小林さんからも自己紹介をお願いします。
- 小林
- 私は博報堂に入社後、長年、クライアントと向き合う営業職を務め、2年前に働き方改革を推進する部署に異動してきました。そして昨年、全社にGoogle Geminiを導入する担当となり、これまで生成AIに少し触れる程度だったのが、この1年は本格的にAIと向き合ってきました。
Geminiの全社導入にあたっては、環境設定から社員へのアカウント配布、利用促進の施策を進めてきており、現在は「導入できたものを、どう活用していくか」を考える段階で、ワークスタイルや業務プロセスの変革にチャレンジしていきたいです。
- 國本
- AI推進の担当者に、小林さんのような営業出身の方がいらっしゃるのは、非常に理にかなっています。AI導入の本質は「技術的な知識」よりも、「いかに人を巻き込み、組織の文化を動かすか」という、人間心理に関わる部分が大きいからです。
- 小林
- おっしゃる通り、技術寄りの説明だけでは現場にリアリティが伝わりません。外部からの導入説明に加えて「博報堂の業務プロセスならこう翻訳できる」と、社内に伝える役割を担えたのではと思います。
実際、環境を整えた途端に社員が自発的に新しい使い方を次々と編み出していき、マニュアルを配るよりも、現場から生まれた「この作業が5分で終わる」というアイデアの方が圧倒的に早く浸透しました。
業務の枠を超える「スーパー事務職」
- 森
- 小林さんたちのチームが推進する研修も、非常に規模が大きいです。2025年は博報堂DYグループ全体で約300回の研修を実施し、のべ3万人以上が参加しました。
まさに、AIの進化に合わせて教育環境をアップデートし続ける姿勢こそが重要だと思うのですが、國本さんの周りではどのような変化が起きていますか?
- 國本
- 当社は女性社員が半数以上を占めており、多くの方が育児や遠方での居住といった事情から時短勤務を選択しているのですが、フルタイム並みの成果を出す方が増えており、週4勤務でも高いパフォーマンスを発揮しています。
元来、優秀な能力をお持ちだったこともありますが、ほぼIT未経験の事務職の方でも、AIを活用することで、従来の単純なアシスタント業務に留まらず、PRやマーケティング、コーポレート業務まで幅広くこなせるようになりました。
AIが事務職を代替するなんて話もありますが、むしろ「スーパー事務職」を増やすことが、組織にとって大きな価値になるという発見もありましたね。
- 森
- 「スーパー事務職」になっていく人は、どのような特徴があるのでしょうか。
- 國本
- まずは「やってみよう」というAIに対する純粋な好奇心、そして「業務を言語化する力」だと思います。事務職の方は、さまざまな人から多様な依頼を受けるため、言語化能力が自然に身につき、その結果、普段の仕事をそのまま口頭でAIに説明するだけで、業務自動化のプロンプトを作れるわけです。

- 小林
- 本人が自走できるまで、どのようにサポートをされていますか。
- 國本
- 始めはAIへの「問いかけ」が抽象的になりがちなので、「もっとこういった背景を伝えてみて」といったフィードバックを繰り返していますね。
- 小林
- 社内のAIの利活用推進においても、一方的なレクチャーではなく「一緒にやりましょう」と寄り添いながら進める方が、はるかに浸透する感覚があります。やろうとしていることは最先端のAIなのに、その進め方は“アナログ”が適しているのは、AI活用を成功させる本質なのかもしれませんね。
- 森
- 以前から自分なりのマニュアルやFAQを工夫していた人が、AIを活用して新たな挑戦に取り組み、それを周囲に広めているのが、私から見ても印象的でした。

- 國本
- そういった方たちの強みは、自分が周囲に教えることでさらに様々な相談が舞い込み、応用範囲が広がり、業務知識も深まることです。これは年齢に関係なく、20代半ばの若手でも、キャリアを重ねてきた40~50歳の方でもAIを同じように学び、実践できると思います。
- 小林
- AIを積極的に活用する方は、AIによって業務の幅が広がっており、例えば本来の専門分野から周辺領域へと自身の職域を拡大させるなど、職種の壁を越えた仕事、いわゆる多技能化が起きています。
一方で、AIによるコラボレーションも進んでいます。全員が同じ情報にアクセスし、同じ前提で議論できる環境が整いつつあり、チーム員が自走する領域が広がった話も聞きます。
まだ過渡期ではありますが、「専門性を深める方向」と「情報を共有してチームで動く方向」の両方が存在し、特に後者はAIだからこそ実現できる価値だと感じています。

経営層に問われる「AIで高めた生産性」の再投資
- 森
- AIを使いこなせる個人についてはイメージが掴めてきましたが、組織として成長していくためには何が必要なのでしょうか。
- 國本
- AI活用で最も難しいのが、「何を解くべきか」という課題定義の共通認識です。組織として考えると、売上を伸ばしたいのか、利益率を上げたいのか。それとも社員のQOLを上げたいのかなど、その目的によってAIの使い方は全く異なります。
ROIの観点で「どの深い課題を解くべきか」を定義し、会社として明確に方向性を示さないと、改善コストばかりがかさみ、チームとしてのまとまりがなくなってしまうでしょう。
- 森
- 「AIで効率化はできたが、社員の『コーヒータイム』が増えただけで、組織全体のPLには何の影響も出ていない」という話も耳にします。個人の生産性が上がった部分を、どのように組織の価値に再投資するかの設計が必要ですね。
- 國本
- 「業務時間の短縮」や「生産性の向上」が生成AIの導入におけるメリットとして強調されがちですが、「その削減した時間をどう活かすか」という設計がほとんどされていません。
生産性の高い人は、限られた時間でどうミッションを達成するかを常に考えています。そう考えると、働き方そのものを再設計するセンスが経営層に問われていると言えるでしょう。
- 小林
- 現場では、AI活用によって生まれた時間は別の仕事で埋められてしまいがちです。「この領域だけは人間が関わらない」と明確に決めるなど、仕組みレベルでの踏み込んだ意思決定が不可欠なのではないでしょうか?
- 森
- たしかにそうだと思います。既存の業務プロセスを一気に変えるのは難しいため、AIエージェントだけで構成された「第2部署を作る」というアプローチもあります。例えば既存のチームとは別に、その部署の手続きを学んだAIエージェントだけで構成された「第2チーム」を立ち上げ、実際の業務を再現・運用してみるというものです。その上で、AIチームで対応できる業務は徐々にそちらへ移管し、難しい部分や高度な判断が必要な領域は従来通り人間が担当する。
このように、人とAIを並走させながら検証していき、適材適所で役割分担をしながら最適化していくのが良いのではと思いました。

※肩書は取材当時のものです
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國本 知里氏シンシアリー株式会社 代表取締役CEO早稲⽥⼤学⼤学院卒業後、SAP・AI スタートアップにてSaaS・AI領域の大手向けコンサルティング営業・事業開発に従事。その後、1 社創業し AI 領域の事業開発支援・DX特化ハイクラスエージェントを⽴ち上げ。2022 年に シンシアリーを創業し、企業向け生成AI人材育成・AI定着化コンサルティング・開発事業等、AI Work Transformationを推進。女性のAIリスキリングに取り組む、一般社団法人Women AI Initiative Japan 代表理事。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。一般社団法人 生成AI活用普及協会 常任協議員。「ビジネスパーソンのためのChatGPT活用大全」「クリエイターのためのChatGPT活用大全」監修・Amazonベストセラー1位。
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株式会社博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer/
Human-Centered AI Institute代表1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。
内閣府AI戦略専門調査会委員、日本ディープラーニング協会顧問、慶應義塾大学 xDignity (クロスディグニティ)センター アドバイザリーボードメンバー。
著訳書に『ウェブ大変化パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイトトーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。
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株式会社博報堂
経営デザインセンター経営企画室 経営企画室業務DX推進部 部長2005年博報堂入社。営業職として、多様な領域を経験後、2024年より経営企画室にて、全社へのAI導入を担当。2026年より現職にて、博報堂でのDX推進を担当する。

