プラットフォームと共創する「生活者インサイト」の捉え方 vol.4~ユーザーの生活に音で寄り添う。Spotifyだからこそ可能なアプローチ
X、Instagram、TikTok、Spotify、YouTube――いまやプラットフォームは単なるメディアを超え、生活者の感情や行動がリアルタイムに交錯する「生活インフラ」へと進化しました。
そこで求められるのは、クリエイティブにおける“二刀流”の視点です。ブランドの意志を届け、中長期的な資産を築く「ブランディング」。そして、緻密な設計によって、ダイレクトなビジネス成果を生み出す「ビジネスパフォーマンス」。本連載では、プラットフォームの特性を知り尽くしたエキスパートと博報堂クリエイターの対談を通して、刻一刻と変化する生活者のインサイトをいかに捉え、社会の中に熱狂的な「うねり」を作り出していくのかを解き明かします。第4回は、今やオーディオプラットフォームとして幅広く浸透したSpotifyをたずね、音声広告の可能性について話し合いました。
橋本昇平氏
スポティファイジャパン / 広告事業クリエイティブ戦略統括
石下(いしおろし)佳奈子
博報堂 クリエイティブ局 クリエイティブディレクター・コピーライター
大井椋介
博報堂クリエイティブ局 / SIX コピーライター・映像プラナー
Spotifyは「1日のあらゆるシーンで没入して聴ける場所」
――今回はSpotifyと、Spotifyにかかわりの深いクリエイターとともに、音声広告の可能性をお話ししていきます。橋本さんは日本の広告事業部で「Creative Lab」というチームを率いておられますね。
- 橋本
- はい。私たちのチームはSpotifyのプラットフォームを通して、広告主や広告会社の皆さんとともに、先進的な広告の取り組みを推進しています。クリエイターの皆さんとのパートナーシップは、我々にとって不可欠ですね。
――まず、現在のユーザー層や利用環境について聞かせてください。10-20代にはほぼ浸透していると耳にしますが、最近の変化はいかがでしょうか?
- 橋本
- たしかに若年層から広がりましたが、この3年間で上の年齢層へも非常に拡大し、それによって毎年2桁成長を続けています。現在のユーザー構成はZ世代が約3分の1、ミレニアル世代(44歳まで)が約3分の1、そして45歳以上の層が約3分の1という、ちょうど「3分割」の状態ですね。実は、直近で最も伸び率が高いのは40代以降の層なんです。

- 石下
- 45歳以上がそれほど増えているというのは、意外でもありつつ、納得もできます。音楽フェスの盛り上がりを見ても、音楽を愛する層の厚さを感じますね。

- 橋本
- 1日を通しての利用時間帯を見ると、朝8時台がもっとも高くなっています。次の山が、帰宅時間帯ですね。動画やテキストを中心としたプラットフォームの多くは利用が夕方から夜間の帰宅後に集中すると聞いたことがありますが、それに対して「移動時間」を捉えているのがSpotifyの特徴だと思います。

- 橋本
- 利用環境も非常にユニークです。日本のユーザーの約9割がスマートフォンで利用しており、そのうち約82%がイヤフォンやヘッドフォンを着用しています。これは他のプラットフォームと決定的に違う点で、ユーザーが最初から“音を聴く”前提で、非常に高い没入感を持ってコンテンツに接していることを示しています。
- 石下
- 地下鉄など、Wi-Fiがつながりにくい環境でもオフラインで聴ける点も、日常に根付いている要因だと思います。
私が特に注目しているのは、Spotifyのデイタイムリーチの強さです。先ほど橋本さんがおっしゃったように、動画プラットフォームは夕方以降の可処分時間の奪い合いになりがちですが、Spotifyはむしろ生活者が「プライベートでスマホを見ない時間帯」に活発に利用されている。デイタイムのBGMとしての利用も定着している様子がうかがえます。
- 大井
- 「スマホは見られないけれど、音は聞ける」という時間は、1日の中で意外と多いですよね。仕事中や、家事や作業中など、生活者の日常の導線に自然に入り込める。この“ながら聴き”の時間は、クリエイティブを設計する上でも非常に面白いポイントだと思っています。
広告が「割り込み」ではなく「体験の一部」に
――音声広告は、他のメディアの広告と比べて、どのような点が特徴的なのでしょうか?
- 橋本
- 最大の特徴は、30秒間の広告がスキップされず、音楽の流れの延長として独占的に届くことです。
スキップできる広告は、短時間にどれだけ情報を詰め込むかという勝負にもなりがちですが、Spotifyではユーザーにしっかり聞いてもらえる環境があると思います。だからこそ、情報を詰め込むのではなく、音の広がりや環境音を活かして、リッチで豊かなストーリーを伝える「ブランド体験」としての広告設計が可能になります。
- 石下
- 「ブランド体験のリッチ化」という点は、社内でもよく議論になります。音声広告は、イヤフォンを通じて耳元で囁かれるような、生活者との物理的・心理的な距離が非常に近いメディアです。プライベートで、個人の悩みに寄り添うような商材とも非常に相性が良いと感じます。

- 大井
- 音声広告は、ユーザーが「音楽を聴きに来ている」という文脈を壊さずに、メッセージを届けられます。音楽の流れに馴染ませてメッセージを持ち帰ってもらうような作り方は、広告をノイズにしない理想的な形ですよね。無理やり伝えるのではなく、自然な流れの中で心に留めてもらう。
- 石下
- そうですね。ユーザーが今、通勤中なのか、ワークアウト中なのか、あるいは自宅でリラックスしているのか。その“モーメント”に合わせてクリエイティブを使い分けることが、没入感を高める鍵になります。また、特定のアーティストを支持するファンダムの熱量を捉え、共感を通じてブランド認知を育むアプローチも、Spotifyならではの強みだと感じています。

ガムを「集中ツール」に再定義:ロッテ『Shu-Chew Beats』
――そのモーメントを捉えた具体例として、Spotify Hits Japan 2025では、ロッテさんのキャンペーン『Shu-Chew Beats』がファイナリストに選ばれたそうですね。
- 橋本
- はい。2024年から実施しているSpotify広告のクリエイティブアワード「Spotify Hits」では、実際に配信された音声広告やキャンペーンを表彰する企業部門と、企業の課題解決にSpotify広告を活用して取り組む30歳以下の若手クリエイターを対象にしたFuture Hitmakers部門があります。昨年は企業部門の中で、大井さんが企画された『Shu-Chew Beats』が「Seized The Moment ― ベストモーメントキャンペーン」部門のファイナリスト作品に選出されました。
BGMに乗ってガムを噛むことで、集中力の向上を提案するプロジェクトで、実際に昨年3月から配信しました。音声広告としても展開し、複数のメディアにも取り上げていただきました。
- 大井
- このプロジェクトでは、ガムというカテゴリーの立ち位置を「最強の集中ツール」として再定義しました。ガムを噛む咀嚼リズムが、集中力を高めるセロトニンの分泌を促すという、ロッテさんの知見をベースにしています。脳科学者の方の協力を得ながら、集中できるBGMのテンポを探りました。
――ガムを噛みながら、仕事や家事、作業の集中力を高めるBGMなのですね。
- 大井
- はい。背景には、コロナ禍からのオフィス回帰という社会状況の変化があります。調査をしたところ、約8割の人が「オフィスで集中できていない」と感じているのに、その対策を知っているのはわずか4人に1人であるという深刻なインサイトが見えてきました。
そこで、ガムが持つ「一定のリズムで咀嚼し続ける」という特性と、音楽の「ビート」を掛け合わせたのが、『Shu-Chew Beats』です。単に「ガムは集中にいいですよ」と広告で言うのではなく、実際に集中を助ける「装置」としてのコンテンツを開発しました。

- 橋本
- この企画が素晴らしかったのは、Spotifyで作業用BGMを探しているというユーザーの行動導線上に、解決策を置いた点です。
- 大井
- まさにそこが狙いでした。
集中したいけれどできない人が、Spotifyで「集中できる音楽」を能動的に探している。そのモーメントに対して、脳科学的根拠に基づいたBGMを提供するというコンテクスト設計を行いました。
ターゲットが「集中したい」モーメントに、BGMとして寄り添う
――具体的にどのような「音」を作られたのでしょうか。
- 大井
- 脳科学者の方の監修のもと、集中効果のある3つのテンポ(BPM 140/120/66)を導き出しました。例えば、BPM140は作業効率を上げるためのアップテンポなもの、BPM120は心拍に近いナチュラルな集中、BPM66はリラックスして深い集中に入るためのものです。
そしてそれぞれ、大沢伸一さん、パソコン音楽クラブさん、網守将平さんという音楽ファンから絶大な支持を得ている方々に楽曲制作を依頼しました。
- 橋本
- アーティストの皆さんの「音へのこだわり」が、企画の説得力をさらに高めていましたね。
- 大井
- そうですね。単なるBGMではなく、楽曲としてのクオリティを極限まで高めることで、何度も聴きたくなる、没入できる体験を目指しました。
- 石下
- 各アーティストのファンダムへのリーチも、企画段階から意識したのですか?
- 大井
- そうですね。今回、メインターゲットは仕事中のビジネスパーソンでしたが、一方でSpotifyは幅広い領域でそれぞれコアな音楽ファンに支持されています。Spotifyを通して、各アーティストのファンダムの方々に届いたことも、プロジェクトが広がった要因だと考えています。
また、実は音源には、ガムの咀嚼音を忍ばせているんです。
――ガムを噛む音を?
- 大井
- はい。大沢伸一さんとの打ち合わせで生まれたアイデアなのですが、咀嚼音をビートの構成音の1つとして入れることで、自然と音楽に合わせてガムを噛みたくなる工夫を施しています。イヤフォンで聴いていると、自分の咀嚼音と音源のビートがシンクロし、没入感がさらに深まるんです。
- 石下
- 音声コンテンツならではの工夫ですね。コピーライターとしても、「Shu-Chew(集中・噛む)」という言葉遊びの落とし所を含め、緻密に計算されたクラフトの力を感じます。
科学的根拠と高いクオリティでインサイトに応える
――データや科学的な裏付けという点では、どのような手応えがありましたか?
- 大井
- 「専門家が監修した集中できる音楽があれば活用したい」というニーズが約7割に上ることが調査で分かっていました。発信側の独りよがりではなく、脳科学の論文や監修に基づくことで、ユーザーの信頼を得ることができたと感じています。
- 橋本
- 今回の事例では、特定のメッセージを一方的に投げかけるのではなく、プラットフォームの中で「本当にありがたく聞いてもらえるもの」を提供できたことが、成功の要因だと思います。
- 大井
- そうですね。実際に、「ガムを噛みながら聴くとかなり捗るから仕事の作業中いつも聴いている」という話を何人もの知人から聞き、社会実装的なソリューションとして機能した手応えがあります。
- 石下
- 脳科学の実験では、音声広告は映像広告よりも“自分ごと化”されやすく、記憶の維持率が高いというデータも出ています。また、音は人が生まれる前から胎内で聴いている、最も原初的な感覚とも言われますし、人の嗅覚や視覚的な記憶を呼び起こす力もありますよね。波の音を聞けば海の匂いを思い出し、蝉の声を聞けば夏休みを思い出すように、音は人を一瞬でどこへでも連れて行くことができる。それが音の可能性の一つだと実感しています。
- 大井
- 映像は情報が「全部盛り」だからこそ、想像の余地が狭まってしまう面もありますが、音は削ぎ落とされている分、自由度が高い。その分、生活者の頭の中に無限のイメージを広げることができると思います。
同時に今回は、ガムの購買促進利用促進という広告的側面がありながら、ユーザーが自然にSpotifyを聴く中で「集中したい」という課題を解決できる社会的側面も込めていました。実際、この音源が前述のように「装置」として活用されて、手応えがありました。

音だけで、どこまで人の心を動かせるか。チーム力で挑む音声広告の未来
――では今後、博報堂とSpotifyさんとで取り組んでいく、新しい音声表現の形について教えてください。
- 石下
- 現在、私たちのコピーライターチームとSpotifyさんで、「音を使ってどこまで新しい表現に挑めるか」をテーマに、セミナーや勉強会を通じて音声広告の可能性を拡張する取り組みを推進しています。
私たちが大切にしたいのは、古くからラジオ広告で培われてきた技や知見を、デジタルプラットフォームの時代に合わせて継承し、進化させることです。耳元で語りかける言葉の温度感や、1ミリ単位で調整する音響設計といったクラフトの力と、Spotifyが持つモーメントや、アーティストのファンダムといった特性を融合させていきたいですね。
- 橋本
- 当社では、たとえば検証パッケージも充実してきており、音声広告が具体的にどう態度変容に寄与したかを証明できるようになっています。動画広告と音声広告を組み合わせることで、ブランドへの没入感をよりリッチにするという手法もこれから増えていくでしょう。
博報堂の生活者発想と、Spotifyのデータやテクノロジーを掛け合わせることで、まだまだ面白いことができるはずです。
石下さんがおっしゃった、ラジオ広告の知見にも、大いに期待しています。やはりクリエイターの方々の企画力があって、新しい体験が生み出されていくと思うので、デジタルネイティブ世代のクリエイターからラジオ広告のレジェンドの方々まで、ぜひSpotifyの音声広告に注目してもらえたらうれしいです。
- 大井
- 発想次第で、たとえばデバイス情報やGPSを活用して、ドライブ中や自宅でのシーンに合わせたターゲティングも可能なのはSpotifyならではだと思います。コンビニに立ち寄る前のモーメントに、その時にぴったりの音を届けて、生活者の行動変容を促す……といったことも可能ですよね?
- 橋本
- はい、できますね。そうした企画の効果検証も進めていますし、事例もつくっていきたいです。
- 大井
- ピンポイントで特定のターゲットに届けられる点は、クリエイターとしてとても発想が掻き立てられます。受け手に想像力を広げてもらえる、音ならではのアプローチの仕方を、今後も追求していきたいですね。

※肩書は取材当時のものです
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橋本 昇平スポティファイジャパン / 広告事業クリエイティブ戦略統括ブランドがプラットフォーム上の多様なオーディエンスとつながり、音声広告の可能性を広げるようなクリエイティブなコラボレーション支援を統括。キャリアの半分以上をデジタル領域で積み重ねており、常にテクノロジーと創造性の融合による新しい価値創出に挑み続けている。
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博報堂 クリエイティブディレクター・コピーライターコピーライティングの「言葉」を軸に、TVCM、ブランディング、ネーミング、商品開発、事業開発、体験設計などに携わる。
Cannes Lions、D&AD、LIA、Spikes ASIA、ADFEST、ACC、TCC新人賞 他多数を各チームの皆さんと受賞。
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博報堂 クリエイティブ局 / SIX コピーライター・映像プラナー1996年生まれ。2020年 博報堂入社。2026年からSIX INC.に参加。
ブランドと生活者のカルチャーをつなぐ太いコンセプト開発を軸として、TVCMからWEB動画・体験・Social施策まで手法を問わず一気通貫して企画/制作しています。
Spotify Hits Finalist / ヤングカンヌ2部門日本代表 / BOVAシルバーなど受賞。
学生時代はバンドでベースを担当。好きなベーシストはPrimal ScreamのManiとVulfpeckのJoe Dart。


