【第12回】因果推論×MMMによるマーケティング投資の最適化―エディオン×博報堂がGoogleと共同で実践するデータドリブンな意思決定―
ショッパーマーケティング・コマース領域を専門とする組織「コマースコンサルティング局(CC局)」に迫る本連載。
近年、Cookieレスをはじめとするデータ環境の変化やメディアの多様化に伴い、マーケティングの投資対効果(ROI)を可視化する「Marketing Mix Modeling(MMM)」が再評価されています。こうした流れと並行して、観察データから因果関係を識別するための「因果推論」という手法も、マーケティング分野において注目されつつあります。
第12回となる今回は、家電量販店エディオンの長谷川 剛氏、秋田 大輔氏、瀧尻 磨樹氏、Googleで意思決定科学(Decision Science)の研究開発を行う中原 啓智氏、そして博報堂のデータサイエンティスト長澤、川端が推進したマーケティング投資の最適化プロジェクトに迫ります。先進的な「因果推論×MMM」を用いて長年の常識を覆した共創の軌跡と今後の展望について、プロジェクトメンバー6名で議論を行いました。
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長谷川 剛
エディオン
上席執行役員
営業本部 マーケティング統括部長
秋田 大輔
エディオン
営業本部 マーケティング統括部
デジタルマーケティング部 部長
瀧尻 磨樹
エディオン
営業本部 マーケティング統括部
マーケティング部 部長
中原 啓智
Google Asia Pacific
Consumer and Market Insights
Senior Marketing Effectiveness Research Manager
長澤 大樹
博報堂
コマースコンサルティング局 ECコンサルティング部
データサイエンティストディレクター
川端 俊也
博報堂
コマースコンサルティング局 ECコンサルティング部
データサイエンティスト
メディア投資の意思決定を難しくする「地域差」と「外部要因」の壁
- 長澤
- 今回のプロジェクトは、エディオンが抱えていたメディア投資における課題に対し、Googleと博報堂のデータサイエンスチームが最先端の技術を用いて向き合った、非常に挑戦的かつ画期的な取り組みでした。
まずはマーケティング部門の統括の長谷川さん、デジタル施策を担当されている秋田さん、オフライン施策を担当されている瀧尻さんより、エディオンが抱えていた問題意識や課題感についてお聞かせいただけますでしょうか。
- 長谷川
- エディオンは全国に約1,200店舗を展開しており、地域に密着した営業活動を強みとしています。長年、各地域のお客様に情報をお届けするための主力メディアは、折込チラシを中心とした紙媒体でした。しかし、近年の生活者の情報収集行動の変化に伴い、紙媒体からデジタル施策へのシフトは経営レベルでも大きなテーマとなっていました。
一方で、店舗ビジネスを展開する我々としては、地域によって新聞購読率やお客様の反応が大きく異なることも肌で感じています。そのため、単純に全国一律で紙媒体を減らし、デジタルを増やせば本当によいのかという強い問題意識がありました。

- 瀧尻
- 実際に折込チラシやダイレクトメール(DM)を運用する現場としても、一律での見直しにはリスクを感じていました。過去にエリア別に施策の効果を測るA/Bテストも行いましたが、他のさまざまな施策も同時に走らせているため、「どの媒体が、どのエリアで、どれだけ効いているのか」を正確に測ることは難しく、A/Bテストごとに結果が異なるという事例も少なくはありませんでした。
- 秋田
- 家電業界は、天候や各自治体の補助金といった「外部要因」に売上が大きく左右される特性があります。多岐にわたる施策を同時に走らせている中で、こういった外部要因も複雑に絡み合うため、それぞれの施策の真の貢献度がブラックボックス化していました。我々としては、過去の踏襲ではなく、データに基づいた投資配分の明確な根拠を求めていました。

- 長澤
- 秋田さんがおっしゃるような、複雑な外部環境のもと、同時並行で走る施策の効果測定は、エディオンに限らず、私たちが日々ご支援している多くの企業が直面している共通の課題です。マーケティングの現場では、プロモーションが重なるだけでなく、競合の動向や季節性といった外部要因にもKPIが大きく左右されるため、正確性や再現性の高いPDCAを回すことは容易ではありません。そこで我々が着目したのが、因果推論とMMMを統合したアプローチでした。
因果機械学習とMMMを組み合わせ、地域差やメディア投資の効果を精緻に分析
- 中原
- マーケティング活動の評価や改善においては、単なる相関関係ではなく、施策と成果の因果関係を出来る限り正確に捉えることが重要です。因果推論を用いてモデルを考える際、私はビジネス側の皆様にも分かりやすい「X・T・Y」というフレームワークをご紹介しています。自分が投資して変えられる変数(広告費やDMの枚数など)を「T(Treatment)」、来店者数や売上といった結果指標を「Y(Outcome)」と置きます。そして最も重要なのが、TとYの両方に影響を及ぼす外部変数である「X(Confounder)」の存在です。例えば、季節性や気温、競合の動向、自治体の補助金などがこれにあたります。この「X」を適切にモデルに組み込むことで、バイアスを取り除き、施策の因果効果をより正確に捉えることができます。
MMMは、複数のメディアを横断して全体の平均的な傾向を俯瞰し、予算配分など大きな投資判断の方向性を定めることに非常に優れています。今回はこのMMMの強みに加えて、「因果機械学習(Causal ML)」を組み合わせました。これにより、MMMが導き出した全体傾向をベースにしつつ、地域特性や市場環境といった特定の条件ごとにおける効果、専門的な言葉でいうと「条件付き平均処置効果(Conditional Average Treatment Effect: CATE)」までをより柔軟に、かつ解像度高く分析することが可能になります。

- 長澤
- まさにこの点は、今回のプロジェクトで重視していたところでした。エリア別に予算配分の最適化を行ううえでは、地域特性や市場環境で条件付けられた因果効果を推定することが重要になります。
そこで今回は、MMMを構築する前段の分析として、Causal MLを組み込むアーキテクチャを採用しました。各エリアの特性をはじめとする、成果指標に影響し得る「X」を機械学習によって柔軟に調整し、全体平均だけでは見えにくい地域ごとの違いや、市場環境に応じたメディア投資の因果効果をより精緻に捉える設計です。

- 中原
- 技術的な補足をすると、長澤さんの言うアーキテクチャを支えているのが、今回採用した 「Double/Debiased Machine Learning(DML)」です。DMLは、成果指標に影響する要因と、広告出稿の意思決定に関わる要因を機械学習で柔軟に調整したうえで、施策と成果の因果関係を推定する手法です。DMLは広告出稿量のような連続変数のデータを持つ施策に対しても活用でき、「T」と「Y」の両方から「X」の影響を取り除いたうえで、地域ごとの異質性を加味した因果効果を推定できます。
- 川端
- また、今回のプロジェクトのポイントは、DMLで算出したエリアごとのROIを、MMMの事前分布に直接組み込んだ点にあります。今回用いたAnalytics AaaS powered by Meridianはベイズ推論(事前の知識をデータで更新しながら、不確実性を確率的に扱う統計手法)の枠組みを採用しているため、外部の分析から得られた知見を、事前情報として柔軟にモデルへ取り入れることができます。
先ほどのご説明にもあったように、DMLでは、地域特性や市場環境の違いを考慮したうえで、エリアごとの因果効果を推定しています。この結果をMMMの事前情報として活用することで、メディア投資と成果指標の関係を全体として推定する際にも、地域ごとの実証的な知見が反映されます。つまり、DMLで得られたエリア別の因果効果をアンカーとして用いることで、MMMの推定結果がデータ上のばらつきや識別仮定(観測データ上の関係を因果効果として解釈するために必要な前提条件)に過度に左右されることを抑えられます。
これにより、メディアごとの貢献やROIの推定をより安定化させるだけでなく、最適化シミュレーションの信頼性を高めることができます。DMLによる地域別の因果効果推定とMMMによるメディア間の横断的評価を接続した点が、今回のアプローチの大きな特徴です。

精緻な分析により、販促の「聖域なき見直し」に踏み切った
- 長澤
- こうした高度な技術基盤の上に導き出された分析結果は、我々にとっても、そしてエディオンにとっても非常にインパクトのあるものでした。今回ご報告した分析結果に対するご所感はいかがでしたか。
- 瀧尻
- 最も驚かされたのは、長年の注力販促であったDMにおいて、エリアごとに投資対効果のばらつきがあることが可視化された点です。結果をもとに、全体の実施規模を見直し適正化することになったのですが、社内においてDMは「効果があり、やるべきもの」という常識として根付いており、見直し対象の俎上に載ることはほとんどなかった領域でした。

- 長谷川
- 長年培ってきた感覚からすると、にわかには信じがたい事実でした。しかし、地域特性や外部要因といった要素を踏まえた極めて客観的かつ論理的な分析内容であり、単なる勘や経験ではなく、きちんと説得力のあるエビデンスを提示されたことで、聖域なき見直しへと踏み切る決断ができました。
- 秋田
- また、エリアや施策によっては、投資効率に4倍程度の地域差があることがわかった点も、非常に示唆に富む結果でした。「紙媒体が依然として有効な地域と、デジタルをより強化すべき地域があるのではないか」という我々の疑問に対し、明確な答えを出してくれました。「この地域では折込チラシやDMといった紙媒体施策を、別の地域ではYouTubeなどの動画広告を強化するべき」という、エリアと施策の最適な組み合わせが特定でき、マーケティング施策全体の最適化に繋がりました。
- 中原
- 地域差のような条件による施策効果の違いも精緻に分析できる点こそが、因果推論、特にCausal MLの最大のメリットです。因果推論×MMMという枠組みを用いたからこそ、より細かな粒度でインサイトを得ることができたのだと思います。
単純なデジタルシフトに留まらず、長期的な顧客との関係構築につなげるのが真のマーケティング変革
- 長澤
- 今回の分析結果を受けて、エディオンでは既に具体的なアクションを起こしていると伺っています。単純なデジタルシフトという言葉に留まらない、今後の戦略的な展望についてお聞かせください。

- 瀧尻
- 今回のエビデンスを強力な後押しとして、長年の主力であった特定のDM施策を見直す決断を下しました。しかし、これはあくまでスタート地点です。今回は家電業界における商戦期(6~7月)を中心とした分析でしたが、今後は需要が落ち着く閑散期において、販促をどう適正化すべきかという問いにも向き合っていく必要があります。一過性の見直しで終わらせず、季節や時期ごとのデータ検証を重ね、年間を通じた全体最適のPDCAサイクルを回していくことが目標です。
- 秋田
- デジタルの強みであるターゲティングや柔軟性を活かしたエリア最適化もさらに進めていきます。例えば、弊社の店舗基盤が比較的弱いエリアにおいて、広域に流れるテレビCMでは投資効率が課題になることがありました。しかし、YouTubeやTVerなどの動画広告を活用することで、無駄を抑えつつ必要なエリアへピンポイントでリーチを最大化することができます。こうした各メディアの特性と地域差を踏まえたメディアミックスを、より高度化していきたいと考えています。
- 長谷川
- また、マーケティング全体を俯瞰した視点も欠かせません。店舗への集客を目的としたオフライン販促と、ECサイト向けのデジタル販促という社内の垣根を取り払い、オンラインとオフラインをシームレスに繋ぐ「OMO(Online Merges with Offline)」の最適化を目指し、お客様にとってより良い購買体験を提供していく必要があります。

- 中原
- 今回の分析の過程では「ブランドに対する信頼」の重要性も話題に上がりましたね。我々がグローバルで分析をご支援する中で、どれだけ値引きやキャンペーンといった価格訴求を行っても、そもそもブランドへの信頼が構築されていない地域では効果が薄いというデータが出ています。販促効果を最大化するためには、まずはブランドを知り、信頼していただくためのコミュニケーション基盤が不可欠です。
- 長谷川
- まさにその通りです。我々が今回目指したのは、紙媒体からデジタルへのシフトという単なる手段の変更ではありません。マーケティング投資配分の適正化によって創出されたリソースを、将来にわたって長くご利用いただける新規のお客様へアプローチする原資として戦略的に再投資します。短期的な効率だけを追うのではなく、この最適化で生まれたリソースを活用して、中長期的なお客様との関係性を深めていくことに努めていく。それこそが、エディオンが目指す真のマーケティング変革だと考えています。
- 川端
- 我々の次のステップとしては、まず今回の戦略転換にともなう事後的な効果検証をしっかりと行うことが挙げられます。その上で、現在の「来店」をゴールとした分析からさらに一歩踏み込み、より事業成果に直結する「売上」や、アイテム・カテゴリー単位の細かい粒度での分析へと拡張していく予定です。これにより、さらに精緻なROIの算出と、事業成長に寄与するシミュレーションが可能になると考えています。

- 長澤
- 一過性の分析で終わらせず、戦略転換の事後検証をしっかりと積み重ねていく。そして売上をベースとした次なるフェーズへと分析を深化させていく一連のプロセスにおいても、我々博報堂はデータサイエンスの力でエディオンのパートナーとして伴走してまいります。本日は貴重なお話をありがとうございました。
※肩書は取材当時のものです
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長谷川 剛エディオン
上席執行役員
営業本部 マーケティング統括部長2015年から営業部長等の要職を歴任。2023年にマーケティング統括部長に就任。営業の最前線で培った知見を活かし、店舗とデジタルを融合するOMO戦略を牽引。現在は上席執行役員としてデータ駆動型の市場創造で、全社のマーケティング戦略を統括する。
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秋田 大輔エディオン
営業本部 マーケティング統括部
デジタルマーケティング部 部長新卒入社後、約20年間営業の最前線で店長等を歴任。本社マーケティング部課長を経て、現在はデジタルマーケティング部部長としてCDP活用や新規ビジネスを推進。店舗・会員基盤を活かしたリテールメディア事業を統括。
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瀧尻 磨樹エディオン
営業本部 マーケティング統括部
マーケティング部 部長1999年に入社し、約10年間営業の現場を経験。その後、本社マーケティング部で各種媒体制作に関わり、現在はマーケティング部部長として、オフライン施策、テレビCM及び、自社ブランド、オフィシャルキャラクターのブランディング活動等を統括。
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中原 啓智Google Asia Pacific
Consumer and Market Insights
Senior Marketing Effectiveness Research ManagerGoogleでは因果推論を用いたマーケティングの投資対効果の計測・最適化手法の研究・開発を担当。加えて、リテールメディア、クリエイターエコノミー、販促費効率化、リテール店内オペレーション効率化等の重要トピックのマーケットリサーチや実証実験等について、APACをスコープに取り組む。シンガポール国立大学理学修士。
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博報堂
コマースコンサルティング局 ECコンサルティング部
データサイエンティストディレクター2014年に鉄道会社に入社し、中長期の需要予測や輸送計画、それにかかわる設備計画の策定業務に従事。
2022年に博報堂に入社し、消費財メーカー・流通小売を中心にデータ分析に基づくマーケティング戦略・施策コンサルティングを担当。統計モデルを用いたソリューションのPdMを担う。
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博報堂
コマースコンサルティング局 ECコンサルティング部
データサイエンティスト一橋大学大学院経営管理研究科研究者養成コース修了。在学中はミクロ経済学や計量経済学、統計的因果推論を用いて、イノベーションと企業ダイナミクスの関係を理論と実証の両面から研究。
2024年に博報堂にデータサイエンティストとして新卒入社。ショッパーマーケティング・コマース領域において、統計学や機械学習に基づくソリューション開発、MMMや統計的因果推論によるマーケティング施策の効果検証、CRM戦略・戦術の策定など、幅広い業務に従事。修士(商学)。

