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AIがもたらす生活価値デザインの未来。人間の主体性を奪わない「余白の持たせ方」と「視点の与え方」後編
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AIがもたらす生活価値デザインの未来。人間の主体性を奪わない「余白の持たせ方」と「視点の与え方」後編

生成AIの社会浸透に伴う、人間とテクノロジーの新たな関係性を紐解く書籍の出版記念対談の後編。前編では、生活者視点から「愛着AI」の現状やグローバルな規制動向を見つめ、「生活価値デザイナー」へと進化するAIの可能性と、それに伴う「AI浅慮」を防ぐ方法について議論しました。
後編では、AIとの関わりの中で人間の主体性や創造性をいかに守り、育むかを探ります。すべてをAIに任せるのではなく、あえて人が思考し工夫する「余白」の設計の重要性や、AIに的確なディレクションを行うための「視点」の与え方について深く掘り下げ、これからのAI時代を豊かに生き抜くためのヒントに迫ります。

 

ユーザーの主体性を奪わない“余白”をいかに設計するか

山本
本書の第3章では「CES 2026」のレポートも記載していますが、そのなかで特に印象に残ったのはボッシュ(BOSCH)のキッチンに対するAIの考え方でした。彼らが目指しているのは、「AIがすべてを自動でやってくれるキッチン」ではなく、「人間が自分で作りたいものを作る」という主体性を残しながら、料理が失敗しないように裏側でサポートする立ち位置です。
AIに聞きながら料理をすると、美味しくできたとしても、「もう少し自分好みの味に寄せたい」と感じることもあると思います。AIという「知能」を前にすると、どうしても提示されたものを100%の“正解”として受け取りがちになってしまう。
でも実際には、「なんだかこの味付けは違うな」といった、うまくいかない部分や試行錯誤の余地が出てくるわけで。そこをどう残しながら、AIと一緒に挑戦している感覚をつくっていく体験設計が秀逸だと感じました。

調理には、温度管理や火加減など、人が失敗しやすいプロセスが存在します。そこをAIが「今ひっくり返すタイミングですよ」と教えてくれて、誰もが安心して料理を楽しめる環境を整えてくれる。
あくまで人間が自分で料理する楽しさを大切にしながら、AIはその体験をより良いものにするための黒子役に徹するからこそ、「どう味付けするか」「どう盛り付けるか」といった創造的な部分に人間が集中できるわけです。

近頃はAIとの付き合い方も「アディクション(中毒)」ではなく「アスピレーション(向上心)」へ向かうことが大切だと言われています。AIに依存するのではなく、自分が本当にやりたいことや挑戦したいことを見つけ、それを実現するための後押しとしてAIを活用するという考え方です。

AIと人間の関係を考えるうえで、IDEOのデイヴィッド・ケリーが提唱した「クリエイティブ・コンフィデンス(創造力に対する自信)」という概念は重要な示唆を与えてくれます。これは「自分には創造性があり、それを実際の行動に移す力がある」と信じるマインドのことで、AIは、まさにこの自信を育むパートナーになり得る存在です。

つまり、単に作業を効率化して人間を楽にするだけではなく、「やってみよう」と思える勇気や前向きな気持ちを後押しするのが、AIの本来の可能性だと言えるのです。

最近のAIの設計思想も、「主語をユーザーに残す」方向へと向かっています。生活者自身が主体となり、AIはその伴走者として機能する。「AIがやってくれた」ではなく「自分がAIと一緒にやり遂げた」と感じられる体験をいかに生み出せるかが鍵を握るということです。

しかし、現在のAIは100%の答えを出しすぎるため、ユーザーに考える余地が残りにくいという課題があります。すべてをAIが埋めるのではなく、人間が判断する余白を設計することで、主体性や創造性がより育まれるのではないでしょうか。

山本
フィジカルAIの世界ではカテゴリーごとに最適化していくのが有効だと思いますが、人間の知性や感情と向き合うAIも同様に、生活の悩み相談や精神的なサポートといった役割を分けた方が良いのでしょうか?
AIにも「創造性が必要な場面」と「創造性を抑えるべき場面」があり、AIエージェントに関しては、領域ごとに専門性を分けていくほうがよいと思います。例えば、医療のような安全性が最優先される領域では、AIに自由な発想を求めるのは危険であり、創造性よりも「正確さ」や「慎重さ」が求められます。

そのため、「医療の品質をチェックするAI」を用意するなど、AI同士が連携しながら精度を担保する仕組みが必要になってくるわけですね。

AI時代は「もっと先へ」と掘り下げていく体力が大事になる

山本
そうなると、生活の中には人間が自分で工夫したり選んだりする余地が残っていたほうが、むしろ楽しさにつながるのではないかと思いますね。エージェントが何でも自動化するのではなく、「ここはあえて人が工夫できる余白を残す」といった方向に進化していく可能性もあり得そうです。

そうしたなかで、世の中の情報接触は「テキスト中心から映像・画像中心」へと急速にシフトしています。また、AIに対して「なぜそうなのか」「本当に正しいのか」と問いを立て、深く思考を掘り下げられる人は、実はそれほど多くないのではないかとも感じています。

これからAIデバイドがさらに広がっていくことも考えられますが、森さんはこの点に関してどう捉えていますか。

まさに山本さんからお話いただいた内容は、「メタシンキング」そのものであり、これからの時代を生きるための基礎能力になっていくでしょう。

例えば最新のAIに「ピタゴラスの定理を分かりやすく説明する動画を作って」と依頼すると、非常にわかりやすい教材を短時間で生成してくれる。その一方で、AIが生成した情報や表現を、そのまま正しいものとして受け取ってしまうAI浅慮が増えていきそうな気がするんですよね。だからこそ、ますます重要になるのが「クリティカルシンキング」だと思います。

思考法にはそれ以外にも、ロジカルシンキングやラテラルシンキング、バックキャストシンキング、クリエイティブシンキングなど様々な種類があります。

特に興味深いのが、チェスプレイヤーのジェニファー・シャハデさんが提唱している「サイドウェイシンキング」という考え方です。チェスの強い選手は「オプションを考える能力が長けている」と言われています。そのように、複数の選択肢や可能性を想像できる人は、精神的にも安定しやすい傾向があるそうです。
近年注目されている「アブダクション(仮説的推論)」のような能力も、AIが出した情報の品質を検証するだけでなく、そこからさらに価値を付け加えてより良いものに変えていくために必要な能力です。

こうした「考える力」を持つ人と持たない人の差は、今後一段と加速すると予想されるでしょう。

山本
なるほど。逆に言うと、楽な方へ流されようと思えば、どこまでも流されていってしまう。今のAIはテキストで長々と出力してくるため、それを読解しようとすると知的能力が試されるじゃないですか。でも、もしその出力が音声や動画で「わかった気になる」形で提示されるようになったら、それこそ学びや思考は止まってしまうかもしれませんね。
結局のところ、「自分を見失わないこと」が大切なんですよね。とある企業の役員の方が「AIの使い方がわからない」と悩む方々に向けて、「とにかくAIにリクエストし続けなさい」とアドバイスしている、というのを聞いたことがあります。
アイデア出しからWebページ作成まで、まるで音量が徐々に高まるクレッシェンドのように、AIへリクエストを重ねていく。このように、「もっと引き出せるはずだ」と深く掘り下げていく姿勢こそが、結果として自分自身の限界を押し広げ、新しい可能性を切り開く原動力になるのではないでしょうか。

車の運転でも、速度を上げていい場所と、絶対に落とすべき場所を見極めることがドライバーに求められます。住宅街や通学路など、安全を守るべき場面では慎重に運転する一方で、高速道路のような場所では、周囲の流れを止めずに適切なスピードで進む。

AIとの付き合い方も同様で、慎重に検証すべき局面では立ち止まり、効率よく進めるべき領域ではアクセルを全力で踏み込むといった適切な判断が肝になります。

山本
AIが出してきたものに対して満足しないということですね。見失わず、めんどくさがらず、わかった気にならない。そういうところを明文化しながらAIと付き合っていかないと、本当にまずい局面に入ってきた気がします。

AIへのディレクションで最も大切な「視点の設計」

私が一番大事だと思っているのは、「視点(パースペクティブ)」です。AIにないもので、人間らしさの核と言えるのは、まさにこの視点だと思います。AIは膨大なデータと推論能力を持っていますが、基本的には特定の視点を持っているわけではなく、あらゆる視点に立てる俯瞰的な存在に近い。でも、私たちが本当に向き合いたい問いは、基本的には個別具体の話なんですよ。

ビジネスでは「顧客の視点に立て」と言われますし、生活者発想においては「生活者の視点」が不可欠です。未来シナリオを描くなら「未来世代の視点」に立ち、鳥の目のような「俯瞰した視点」も必要になるでしょう。

だからこそ、AIへのディレクションで最も大切なのは「視点を与えること」です。さらに人間にとって重要なのは、「自分はどんな視点を持てるか」を自覚し、鍛えていくことです。今井先生が本書の中で語った「特殊な経験をした人間が面白い」というのは、まさにそうした独自の視点を持てる人だからでしょう。

視点を持てれば、主体性も生まれ、創造性も育ち、責任を持つ姿勢も身につく。
AI時代において人間が注力すべきは、「視点の設計」なのではないでしょうか。

山本
これまでの工業社会では、システムの中でいかに効率よく働くかが人間の価値とされてきました。しかし、AIによって「機械が人間のように振る舞う」ことが可能になりつつあり、感情労働にしても、24時間休まず働き続けられるAIがいる。

そうなったときに、逆に「人間らしさとは何か」という問いが浮かび上がってくるなかで、私が思うのは「意味のない時間を分かち合える」ということの価値です。

「遊び」という一見無駄に見える行為を誰かと共有することは、人間にしかできない知性の営みです。私たちの「何かをしたい」という欲求の多くは、生身の友達との関わりの中で育まれるからこそ、これからの時代は「友達」の存在がさらに不可欠になるのではと考えています。

友達と一緒に経験を積み、会話を交わし、意味のないことを共にする。そこから生まれる「やりたい」という気持ちこそが、これからの時代において、何よりも大きな価値を持つようになると思います。

おっしゃる通りだと思います。深堀していくと、今起きている変化の背景には、西洋的な「知性あるものが支配する」という古来のヒエラルキーの揺らぎがあります。こうしたなかで、例えば、海外から日本の小学校が注目されているのは、知性の話ではなく「共同体で一緒に生きていく力」を育んでいるからだとされています。

日本人が大切にしてきたのは、「人は一人では生きていけない」という「ケア」の思想です。互いの「できなさ」を認め合い、支え合うことでコミュニティを維持してきた。そんな日本ならではの共生のあり方の延長線上に、「愛着AI」も存在しているのかもしれません。

山本
現時点で、AIに対して漠然とした怖さや不安を感じている方もいるでしょう。しかし、適切な向き合い方さえ知っていれば、AIは自分の「やりたいこと」の実現を手助けしてくれる存在です。人生を豊かにし、未来の選択肢を広げてくれるAIの可能性を、本書を通じてぜひ体感していただけると嬉しいです。
私自身も、「前向きに開き直る」というのを大切にしていきたいですね。
とある歌に「行こうぜ、ピリオドの向こうへ」というフレーズがあるんですけど、AIと一緒だと、本当にその向こうに行ける気がするんですよ。今までは自分で打ったピリオドという“限界”があったじゃないですか。でも、そのピリオドの向こうに踏み出すことを、AIが後押ししてくれるような気がしています。

※肩書は取材当時のものです

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  • 株式会社博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer/
    Human-Centered AI Institute代表/人間中心のAIコンソーシアム共同代表
    1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。  
    内閣府AI戦略専門調査会委員、日本ディープラーニング協会顧問、慶應義塾大学 xDignity (クロスディグニティ)センター アドバイザリーボードメンバー。   
    著訳書に『ウェブ大変化パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイトトーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。
  • 博報堂 メディア環境研究所 所長
    2003年博報堂入社。マーケティングプラナーとしてコミュニケーションプラニングを担当。11年から生活総合研究所で生活者の未来洞察に従事。15年より買物研究所、20年に所長。複雑化する情報・購買環境下における買物インサイトを洞察。21年よりメディア環境研究所へ異動。メディア・コミュニティ・コマースの際がなくなる時代のメディア環境について問題意識を持ちながら洞察と発信を行っている。著書に「なぜそれが買われるか?~情報爆発時代に選ばれる商品の法則(朝日新書)」等。2025年6月よりメディア環境研究所所長。