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Hakuhodo DY ONE 広告技術研究所レポート Vol.2 酷暑テックで挑む、気候変動への「適応」
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Hakuhodo DY ONE 広告技術研究所レポート Vol.2 酷暑テックで挑む、気候変動への「適応」

ここ数年、常態化しつつある夏の酷暑。ビジネスシーンやマーケティングへのネガティブな影響が懸念されるなか、酷暑を新たな機会として捉え、事業展開につなげる動きも活発化し始めています。「酷暑テック」をめぐる注目すべき動きや事例などについて、Hakuhodo DY ONEの永松範之、陳辰、高橋二稀に、博報堂 研究デザインセンターの島野真が聞いていきます。

■各産業で活発化する酷暑への対策

島野
ここ数年、温暖化に起因する異常気象の影響は地球規模で拡大しています。日本でも毎年の夏の猛暑や酷暑はもはや避けることのできない現象となっており、農業をはじめとするさまざまな産業に深刻な影響を及ぼしています。一方で、ビジネス面での動きもあるそうですね。
永松
まず前提として、2000年代以降、日本の気温上昇は世界平均と比較しても顕著だというデータがあります。特に2025年は国内各地で最高気温を続々と更新するような状況でした。東京の7~9月の気温はマニラやニューデリー並み、しかも湿度はバンコクや上海を上回る水準になることもあり、東京の亜熱帯化が指摘され始めています。
日本がこれほど暑くなる背景には、3つの高気圧の存在があります。
よく知られる太平洋高気圧は、梅雨前線を北へ押し出し気温上昇を抑えてくれますが、昨夏はこれがなかなか作用してくれず梅雨が遅れて、気温が上がり続けました。そして、大陸から熱い空気をもたらすチベット高気圧があり、さらにここに、近年発見された南北傾斜高気圧が入ってきて、北東からの冷風をブロックするようになりました。これら3つの高気圧が上空で重なることで地上の熱が封じ込まれます。ここに水蒸気フィードバックといわれる現象も重なり、気温が上がり続けているのが、最近の状況です。

さまざまなデータから、今後少なくとも数十年は気温が上昇し続けることが予測されています。「対策」にとどまらず、もはや私たちは「適応」を考え始めなければならない状況にあるといえます。

酷暑がもたらすインパクトに関しては、健康面では、熱中症による死亡者数が災害並みに増えていることが厚生労働省の人口動態統計からわかりますし、さまざまな疫病――たとえば虫の生態変化から伝染病が流行しやすくなる恐れがあり、特に免疫力の低い乳幼児や高齢者には影響が大きいと考えられます。経済面では、平均気温が1℃上昇することにより、その後10年にわたり複層的な影響が生じ、GDPを押し下げる可能性を示すデータもあります。さらに、屋外での労働時間に関して、労働法の見直しなどの影響も出てきます。

一方で、農業においては寒冷地で熱帯性果実などの新たな品種が栽培可能になったり、従来は寒さのため旅行に適さなかった地域への観光促進、気温が下がる夜間のナイトレジャーなどが活発化しつつもあります。

島野
各産業でどのような対策が生まれているのか、具体的に教えていただけますか。
高橋
建設業では労働者の熱中症対策が進んでいます。作業場に体を冷やす休憩所を設けたり、仮設トイレにクーラーを設置して簡易的なクーリングシェルターに改造したりする例があります。熱中症対策に塩分や栄養補給ができる食品を自社で開発するケースもあります。また、建材に活用できる特殊な冷却フィルムシートを開発したスタートアップも話題となっていました。

食品分野では、暑い室内で火を使って調理をしなくてもいいように、冷凍食品をはじめ調理の手間を省ける新商品が増えています。また、清涼感をポイントとした塩デザートやレモンデザートなどのコンビニスイーツ、凍らせた出汁を使った冷たい弁当などの商品も生まれています。

日用品分野では、寝具などで清涼感や冷却感を重視した商品開発が進んでいます。電気製品でも、たとえば入浴後に本体の上に乗ることで足元から上向きに風が出て全身で涼むことができる扇風機などが製品化されています。

保険分野では、熱中症の治療費や入院費、救急搬送費用などに対応した保険が登場しています。また、暑さを避けるために屋外イベントの開催時刻を変更するなどの対応が求められることもあるため、そうしたビジネス機会損失に備えて天候指数に応じた保険も登場しています。

レジャーやエンタメ分野では、プールや水族館、植物園、ゴルフなど夜間に楽しめるナイトタイムレジャーが増えています。ナイトサファリといえばシンガポールやフィリピンなどが知られていましたが、日本でも浸透し始めています。さらには、日中の子どもの公園遊びも難しくなりますから、安全で涼しい屋内の遊戯施設が増えつつあります。

■酷暑を逆手に取ったユニークなマーケティング事例

島野
酷暑に対して、データを活用したマーケティング事例も増えているようですね。
近年は、より細かな時間単位の気象データが使えるようになってきました。メディアが企業向けに気象データを提供し、そうしたデータを活用して需要予測などを行う企業も増えています。たとえばアイスクリームを販売するグローバル食品メーカーでは、AIも活用しながら適切な生産量の調整を図っていて、気象データをもとにちょうど売り切れる量、廃棄を減らせる量を無駄なく生産するシステムを構築されているそうです。
高橋
国内の食品メーカーでも、日本気象協会などのデータをもとにエリア別の需要予測をし、マーケティング施策の強弱に応じて予算配分を変えるといった取り組みが始まっています。
永松
ここでポイントなのは、気象データを単なる販促の参考情報としてではなく、商品の回転や在庫管理、生産、販売計画にまで活かしている点です。
高橋
世界的な飲料メーカーが実施した、暑い時間帯や暑い場所を狙った DOOHキャンペーンの事例もあります。ブラジルやフィリピン、ベトナムなど酷暑地域で、フェス会場やビーチ、バスケットコートといった暑さを感じやすい場所を対象に展開されたキャンペーンで、気温や地表面温度、体感指数、湿度、風速など、暑さを感じるさまざまな指標をもとに屋外広告を展開しました。
島野
なるほど。精緻なデータに基づき、その商品をもっとも魅力的に感じてもらえる可能性の高い場所を選定しているわけですね。屋外広告という比較的古くからあるメディアでも、そうした新しい活用方法が生まれているのは興味深いです。

高橋
そうですね。また、エージェンシーと連携して、酷暑に対応した商品パッケージ開発を行うケースもあります。カナダのある食品メーカーは、暑さによる商品の劣化を防ぐために、断熱性の高い新素材を使ったラベルを採用。食品包装に活用しています。
また別の食品メーカーでは、大人より背が低く地面に近いため、暑さをより感じやすい子どもたちに着目し、熱中症対策の啓発と組み合わせたキャンペーンを展開しています。

■生活者の行動変容に対応する新しいマーケティングが求められる

島野
メディアの事例としてはどのようなものがありますか。
高橋
現在多くの人がスマートフォンを持ち、自分がいる場所や天気の情報を投稿できる時代です。その結果、局所的な気象状況が詳細に把握できるようになりました。そうしたユーザーの投稿を活用したUGCが、気象アプリや気象ニュースメディアの中で生まれてきているのは面白い現象だと思います。
島野
これまでの気象観測装置では、気温や湿度といった数値情報しかわかりませんでしたが、現在はユーザーに空や雲の写真を撮影して投稿してもらうことで、予報精度の精緻化につなげることができるのですよね。データドリブンな施策としても、ビッグデータの活用可能性としても、注目すべき点だと思います。ユーザーにとっても、そうした情報が便利で役立つと実感できるからこそ、自分たちも積極的に写真を投稿しようという動きにつながる。コミュニティ形成という観点でも非常に参考になります。
永松
ライブ配信と連携するなど、コンテンツとしてユーザー投稿も活用しながら、ボランティアでの投稿そのものが社会的に意義のある行動だと感じてもらえるような設計にもなっています。 非常に効果的に機能していると思います。
高橋
さらに、気温、湿度だけでなく、照度なども含めた1分ごとのデータを取得できるビジネス向けIoTセンサーも開発されています。ピンポイントで暑さ指数と寒さ指数を導き出し、熱中症や低体温症などのリスクを可視化できるようになっています。
島野
機器の進化とユーザーコミュニティの両方を組み合わせることで、データの厚みが増していく。その結果がまたメディアに反映されていくわけですね。
高橋
酷暑ならではの現象に着目した機能としては、太陽の高さや建物の立体的な情報を把握した上で、「日陰ルート」を計算して案内してくれる歩数計アプリもあります。ペットオーナー向けには、気圧や気温から、犬の散歩に適しているかどうかを知らせてくれる機能を備えたアプリもあります。豊富な気象データをもとに、より生活者向けに必要な情報に加工して提供するケースが増えているのを感じます。

また、ビジネス向けの天気データを提供するアプリもあり、売上や来店客数の予測などに活用できるようになっています。APIも提供されており、事業者の熱中症対策などに組み込めるようになっています。

島野
APIの活用によって、気象データを用いたデータドリブンな取り組みがさらに推進できそうですね。
永松
こうした企業の取り組み事例からは、自社の従業員の労働環境を考慮しながら、酷暑が続く夏の現場環境をいかに改善できるかを試行錯誤している様子がうかがえます。
広告会社としてもこうした変化をふまえたマーケティング支援に積極的に取り組んでいきたいですね。

島野
本当にその通りですね。酷暑は、数十年単位でとらえるべき大きなトレンドとして、今後も向き合っていかなくてはなりません。私たちの生活の足元の部分でどう対応し、どう適応していくべきか。今回ご紹介いただいた事例から多くのヒントが得られたと感じます 今後も酷暑テック周辺領域のビジネスはますます活発化し、伸びていくことが予想されますね。
高橋
いずれにしても、酷暑の生活環境では、これまでのように気温だけを基準に期間や時間を区切ってマーケティングを考えるのではもはや不十分といえるかもしれません。暑さを避けるために屋外での活動が減り、屋内や日陰といった場所へ人が移動することが前提になると、これからはロケーションの変化もふまえたマーケティング分析が不可欠になってくると考えています。
島野
酷暑は新たな行動の変容や習慣の変化を生み出しつつあります。
マーケターは、そのあたりも生活者の実態としてきちんと理解していくことが重要といえそうですね。
酷暑の季節を前に、大変示唆に富んだ話をうかがうことができました。ありがとうございました。

※肩書は取材当時のものです

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  • Hakuhodo DY ONE
    テクノロジーR&D本部 研究開発局長
    2004年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム入社(現 株式会社Hakuhodo DY ONE)、デジタルマーケティングのリサーチや効果指標開発、オーディエンスターゲティングやアフィリエイト、動画広告、ゲーム広告等の事業開発に従事。2019年より研究開発局長として、AIやIoT、XR等のテクノロジーを活用したデジタルビジネスの研究開発に取り組む。専門学校「HAL」の講師、共著に「ネット広告ハンドブック」(日本能率協会マネジメントセンター刊)等。
  • Hakuhodo DY ONE 
    テクノロジーR&D本部 研究開発局 広告技術研究部長
    2023年 Hakuhodo DY ONE入社。テクノロジーR&D本部 研究開発局 広告技術研究部にて、先端テクノロジーや海外エージェンシー・法規制の調査を軸に、広告領域への応用可能性を分析。AI・センサー・半導体・ゲーム・UGCなど幅広い技術潮流を俯瞰し、企業の事業機会創出に向けたナレッジ提供および新規領域の研究開発を推進。
  • Hakuhodo DY ONE 
    テクノロジーR&D本部 研究開発局 広告技術研究部
    2020年 デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(現 Hakuhodo DY ONE)入社。アドテクやソーシャルメディア、生活者に近いテクノロジーを中心としてデジタルビジネスのトレンド調査、事業開発に従事。
  • 博報堂 研究デザインセンター 研究主幹
    博報堂に入社後マーケティング部門に在籍し、通信、自動車、ITサービス、流通、飲料など数々の得意先の統合コミュニケーション開発他に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング領域の新設部門でマーケティングとメディアのデータを統合した戦略立案の高度化、ソリューション開発、DX推進等を担当。2020年よりメディア環境研究所所長 兼 ナレッジイノベーション局局長として、メディア環境の未来予測他の研究発表を行う。25年より現職。

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