今後のCRM予算は、ファンからの融資? ~応援を可視化し、ファン投資家を創造する新手法~
顧客のブランドへの愛着を高め、LTVの最大化を図るマーケティング施策として、ロイヤリティプログラムの重要性は高まっています。しかし、ポイントや特典を提供しても、それがブランドへの信頼や長期的な関係構築に必ずしも結びつかず、何を重視すべきか見えにくいと感じる企業は少なくありません。
そんななか、博報堂キースリーと博報堂 マーケティングシステムコンサルティング(MSC)局では、デジタル社債を活用した次世代のロイヤリティ戦略をもとに、新たな体験価値やブランドロイヤリティ向上に取り組んでいます。今回は、このデジタル社債の具体的な内容や、資金を集めながらファンを育成する「ブランディング・ファイナンス」の可能性と未来について、プロジェクトメンバー2名が語りました。
(写真右から)
博報堂キースリー
COO/取締役副社長
寺内 康人
博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局 マーケティングプロセスコンサルティング部
事業プロデューサー
德田 晃弥
現状のロイヤリティプログラムでは「解像度の高い顧客データ」を取得できない
── はじめに、現在取り組んでいる事業内容についてお聞かせください。
- 德田
- MSC局では、主に得意先の経営/事業戦略領域~システム領域まで一気通貫したコンサルティングサービスを提供しています。私個人はそのなかでも経営/事業戦略支援を得意領域としていますが、ここ2年ほどは得意先からのご要望が高まっているロイヤリティプログラムサービスの開発と提供にも注力しています。
- 寺内
- 博報堂キースリーはブロックチェーン技術を活用し、得意先やパートナー企業と共に新しい挑戦を進めることを目的として2022年に設立した会社です。
最近はWeb3やブロックチェーンという言葉がメディアで減少傾向にありますが、アメリカではトランプ政権の後押しもあり、金融インフラとして定着しつつあります。日本でもその動きが徐々に始まってきており、博報堂キースリーでも「広告×金融」の文脈で新たなチャレンジを模索している状況です。
── 現状のロイヤリティプログラムには、どのような課題があるとお考えですか。
- 德田
- 国内市場を中心に事業を展開している企業では、サービスや製品を購入する顧客数が圧倒的に減っているという状況があります。そうなると、事業者が次に目指すのは、顧客一人あたりの収益を向上させることです。そのためには購入点数を増やすか、より高単価な商品を購入いただくかの方法がありますが、いずれも顧客との関係構築が鍵となります。
日常的な接点から顧客とコミュニケーションを重ねて、購買意欲が“高まる”タイミングを捉える。あるいはサポートを通じて、購買意欲を“高める”アプローチも必要になってきています。こうした観点から、顧客のロイヤリティ醸成に対して必要性を強く感じる得意先が増えています。
ロイヤリティ醸成の一つの手段として、日本では「ポイントサービス」が根付いており、日常生活ではあらゆるポイントが付与される状況になっています。海外事例も調査していますが、ここまでポイント文化が浸透している国はなかなかありません。その結果、かつては「少しでも安く買える」というだけで購買を促せた時代もありましたが、現在は生活者が“ポイント疲れ”を起こしており、単なる価格訴求では動かなくなっています。

また、ここ10年ほどでMA(マーケティングオートメーション)やCDP(カスタマーデータプラットフォーム)など、データ活用のためのソリューションは大きく発展してきました。しかし本質的に重要なのは、企業が生活者からどのようにデータを提供してもらい、どれだけ深く理解できるかという点です。
単にいつ、どこで、何を買ったかという表面的な情報だけでは、顧客がなぜその商品を選び、どう使っているのかまでは見えてきません。 つまり、生活者の本音や行動の背景まで把握できる「解像度の高い顧客データ」の取得が、現状のロイヤリティプログラムやマーケティングツールでは難しいわけですね。
- 寺内
- 企業のロイヤリティプログラムは、当たり前ですが「最もお金を使う人が優遇される」仕組みというものが基本思想となっています。
また、日本のロイヤリティプログラムの現状として「過剰なポイント還元合戦」が行われているような気がしています。一方、アメリカでは日常生活に関わる多くの企業がPEファンドに買収されており、事業の最適化がどんどん進んでおり、結果商品やサービスから企業の個性が失われているとも聞いています。このようなビジネスとしての最適化だけが進んでいくと、企業と生活者の感情的な繋がりが希薄になる、要するに関係性がただの「取引」になっていく。そんな危機感を強く持っていました。
そのため、単なる経済的インセンティブではなく、企業と生活者の間で新しい関係構築のあり方を模索したいと思い、今回のデジタル社債ソリューションの開発に至ったのです。
「自己募集型デジタル社債」で新しい金融体験を作っていく
── デジタル社債ソリューションの概要を教えてください。
- 寺内
- 企業が資金調達する手段としては株式(エクイティ)か融資(デッド)といった選択肢がありますが、今回のスキームは融資に位置づけられるものです。従来の社債は証券会社が間に入り、発行体の格付けや利回り、発行額などを精査したうえで発行され、主に機関投資家向けに売買されてきました。
そのため1口100万円、安くても10万円といった単位が一般的で、個人にとってはハードルの高い金融商品でした。そこで、証券会社が担ってきた役割の一部をブロックチェーン技術で代替し、一口1万円以下という低コストで発行できるようにしたものがデジタル社債です。
さらに重要なのは、企業から投資家へダイレクトに社債を販売できる「Direct to Investors」という考え方になります。発行企業と購入者との間に直接的な関係性を築き、購入者に対して特別な体験や優待を設計することで、金融資産でありながらCRM・ロイヤリティ基盤としても機能する新しい社債の仕組みを目指しています。
これまでの社債は「利回り5%以上で安定的に儲かるか」といった金融的リターンで評価されてきましたが、「このブランドを応援したい」「社債を持っていると日々の生活がお得になる」といった情緒的価値も含めて、発行体企業と生活者をつなぐ新しい金融体験を作れないかという構想を描いていますね。

── 本ソリューションの可能性についてはどのようにお考えでしょうか。
- 德田
- この構想を寺内さんから聞いたとき、正直かなり衝撃を受けました。なぜかというと、生活者にとってモノやサービスを買う行為は、基本的にすぐに何かしらのリターンがあるものですよね。
ただ、「お金を出して社債を買う」というのは全く別の話で、場合によってはその会社が半年後に倒産しているかもしれない。それでも「企業を応援したいからお金を出す」というのは、ある意味で究極のロイヤリティ体験であり、「私はあなたの会社を愛しています」と企業に直接伝える手段だと思うんです。
経営やマーケティング、事業戦略といったレイヤーで議論していくなかで、「ファンドから自社化したい」「MBOを実施したい」といった声が増えているのですが、そのとき必ず出てくるのは「どうやって市場から資金を集めるのか」という課題です。
そこに対して、デジタル社債ソリューションが有効な選択肢として機能するのではと考えています。ただ、「社債」という言葉を前面に打ち出すと、事業者にとっても生活者にとっても心理的ハードルが高い。
だからこそ、あくまでロイヤリティプログラムにおけるひとつのメニューとして自然に組み込む設計がポイントになると思います。加えて、体験設計や顧客接点といったUI/UXやコンセプトづくりは、我々のケイパビリティをフル活用しながら形にしていくのが最適だと感じています。
- 寺内
- 本ソリューションは、「自己募集型デジタル社債」というモデルになっています。つまり、発行体が自分たちで魅力を伝え、社債を購入するお客様を集める必要があるからこそ、社債の商品設計や顧客体験、またPRの部分については我々のクリエイティビティを入れる余地がある。
さらに言えば、徳田さんも言われていたように、「社債」という言葉そのものが心理的ハードルを上げてしまう可能性があるので、「生活者からどう見えるのか」というブランド設計がかなり重要だと認識していますね。

ブランディング・ファイナンスで顧客体験の最大化に寄与する
── 企業経営の視点で見ると、本ソリューションを活用するメリットはどの辺りにあるとお考えですか?
- 德田
- 既存のロイヤリティプログラムでは、顧客単価の向上や利用頻度の増加といった効果をシミュレーションできますが、実際の成果が保証されないリスクがあります。そうなると株主への説明責任も難しくなり、結果としてPL上の販管費として計上されるわけです。その一方で、デジタル社債であれば、市場から直接資金を調達できるため、そうした課題に対する抜本的な解決策となり得ます。
つまり、販管費としてお金を「出す」のではなく、資金調達の手段として市場からお金を「集める」施策へと転換できる可能性があり、実際の事業部門にとっても大きな追い風になるはずです。
- 寺内
- 私が考えているのは、企業の「ファン投資家」を可視化する仕組みです。資金調達コストを最適化しつつ、ブランディングによって顧客体験も向上させる新しい経営手法を「ブランディング・ファイナンス」と位置づけています。
ファン投資家からの資金は、一般的な社債や銀行融資に比べ利回りを低く抑えやすく、さらにはその利回りの一部をポイント還元したり、自社アセットの優待を提供したりすることも可能になるわけです。
── デジタル社債を浸透させるうえで、ブランド価値を踏まえた「投資したくなるストーリー」を作るためのポイントについて教えてください。
- 德田
- まず重要なのは、「なぜそのブランドが好きなのか」を可視化すること。事業者側は、顧客がどこに満足しているのか、どんな潜在的ニーズを満たしているのかを理解できていないケースが意外と多いんです。
なので我々は、データや分析を使って「なぜ好きなのか」を可視化し、「あなたはここが気に入ってくれているから当社を選んでくれている」と明確に伝えるところから、顧客との関係構築が始まると考えています。
本当に優れたプロダクト・サービスであれば、多くの人が「他にはないから存続してほしい」と思うのが人間の自然な心情です。
その支え方も含めていろんなレパートリーを用意し、さまざまな選択肢を提供することが我々の仕事だと思っています。
- 寺内
- 前提になるのは、ロイヤリティプログラムが「経済的価値から情緒的価値への移行が必要になる」というのを社内で共有いただくことが出発点となります。そのうえで、「投資はしたいが社内稟議が通らない」「差別化されたロイヤリティプログラムにしたい」という場合に、このデジタル社債を追加オプションとして提案することで、より魅力的な解決策になるのではないでしょうか。
また、株式や融資以外に資金を調達する方法としてクラウドファンディングがありますが、大きな違いは顧客情報を取得できることです。クラウドファンディングでは、利用企業は直接顧客と繋がることはできませんが、デジタル社債は直接の繋がりを創り、CRMに活用できるデータを取得できるのがポイントです。
さらに優待内容を自社で自由に設計できる点も大きなメリットのひとつで、オウンドページやLPを構築し、企業のエコシステムに組み込む形で提供することで、顧客体験の最大化に寄与できると考えています。

デジタル社債の仕組みを活用すれば「地域復興」や「推し活」をアップデートできる
── 最後に、今後の展望についてお聞かせください。
- 德田
- 冒頭でお話しした通り、ロイヤリティを醸成していくことは多くの企業が抱えている課題です。そのため、我々のデジタル社債ソリューションを通してよりロイヤリティを醸成しやすい仕組みを提供していければと思っています。
またロイヤリティプログラムの考え方自体は、民間事業者のみならず、地域行政にも応用可能であると捉えています。現在、いくつかの地方自治体の方々とお話をしているなかで、従来の地域振興券やポイントサービスなどを用いた地域経済活性化の施策もありますが、いずれもお金を返す形での経済循環に留まっています。
地域の体力が低下し、人口減少も進んでいる現状では、「経済価値だけで社会を回すのは難しい」と感じている自治体も少なくないんですね。地方自治体は地方交付税交付金などで運営されていますが、国の財政状況の厳しさから今後縮小していくことが予想されます。こうした背景があるなかで、デジタル社債の仕組みを活用することで、地域復興や支援の仕組みを、広義のロイヤリティとして設計できるのではと考えています。
- 寺内
- 博報堂キースリーとして、デジタル社債ソリューションの座組みやシステム構築などを進めていくなかで、いかに魅力的な「社債の商品設計」を行えるかが肝になるでしょう。そういう意味では、德田さんのチームや博報堂グループ全体の知恵を結集させることで、単なる金融商品に留まらない「面白い体験」を生み出していきたいですね。その先に模索しているのが、「推し活」の新しい未来です。
従来の推し活はファンが一方的に支えている側面があり、見方によっては「搾取」に近い構造とも言えるかもしれません。さらに、昨今の物価上昇の影響もあり、経済的な負担や“推し活疲れ”を感じる方も増えているのが現状です。
こうしたなかで、デジタル社債という仕組みが従来の推し活に代わる新しい選択肢として広がっていく可能性は、非常に大きいと確信していますし、生活者インターフェース市場における新たな体験価値にも繋がってくるのではないでしょうか。博報堂グループの知恵を使って、生活者の心を動かせるような金融商品を創っていければと思っています。
この記事はいかがでしたか?
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博報堂キースリー
COO/取締役副社長デジタル専業代理店、外資系広告会社を経て、14年博報堂入社。
多くの企業のDX関連業務のプロジェクトマネジメントを経験し、KEY3の立ち上げに参画。
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博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局 マーケティングプロセスコンサルティング部
事業プロデューサー自動車、電機、金融、通信など多様な業界において、経営・事業戦略、新規事業開発、CRM戦略やロイヤリティプログラム策定など幅広い領域を支援。豊富な業界知見と実践経験を活かし、クライアントの課題解決や事業成長、顧客価値創出に向けて、業界横断型のコンサルティングサービスを提供。2023年より現職。戦略立案から実行まで一貫して伴走し、成果創出にこだわる姿勢を持つ。


