AI時代のブランディング ~ブランドは『印』から『命』へ。AIエージェントが変える生活者との新たな絆~【前編】
生成AIの発展により、マーケティングやクリエイティブのプロセスは劇的な変化を遂げています。しかし、効率化や最適化が進む一方で、AIが「AIエージェント」として自律的に動く時代には、企業と生活者の関係性そのものが大きく変わろうとしています。
本記事では、博報堂DYグループが主催する“生活者データ・ドリブン”マーケティングセミナー「AI時代のブランディング ~ブランドは「印」から「命」へ。AIエージェントが変える生活者との新たな絆~」の内容を前後編でお届けします。
レポート前編では、博報堂 執行役員/博報堂ケトル クリエイティブディレクター・編集者の嶋浩一郎と、博報堂DYホールディングス 執行役員 Chief AI Officerの森正弥が、AIエージェント時代の新しいブランディングのあり方をテーマに行ったトークセッションの模様をご紹介します。
<登壇者>
嶋 浩一郎
博報堂 執行役員
博報堂ケトル ファウンダー
森 正弥
博報堂DYホールディングス 執行役員
Chief AI Officer
Human-Centered AI Institute代表
博報堂テクノロジーズ 取締役
※肩書はセミナー開催当時のものです
ブランドと生活者をつなぐ新たなインターフェース「AIエージェント」とは
- 嶋
- ビジネスから日常生活まで、AIを活用するシーンが非常に増えてきました。本日はAI時代に、企業のブランディング、マーケティングはどのように変わっていくのかをテーマに、Chief AI Officerの森とお話しいたします。今回は一歩先の未来を見据え、AIエージェントが、ブランドと生活者を結ぶインターフェースになっていく時代における新たなマーケティングのあり方についてディスカッションしていきたいと思います。
ブランドが、生活者に対してコミュニケーションする際、かつてはマスメディアの枠に広告を乗せて生活者とブランドがつながることが主流でした。1990年代にインターネットが普及していくと、ホームページ、今でいうオウンドメディアが登場して、生活者が直接企業の情報にアクセスできるような時代になりました。その後、スマートフォンや、タブレットが生まれ、アプリやSNSの登場で、生活者とブランドが直接つながる時代へと進化してきました。この生活者とブランドをつなぐインターフェースが今後はAIを活用したAIエージェントに進化していくのではないかと考えられます。AIエージェントが、生活者とブランドをつなぐ存在になっていくと、これまでのマーケティングやブランディングとはかなり違ったやりかたが大事になってくるのではないでしょうか。
この「AIエージェント」という言葉は最近頻繁に語られていますが、森さん、一言で言うと企業・ブランドのAIエージェントとは何だと理解したらよいのでしょうか。
- 森
- 嶋さんに説明いただいたことと重複しますが、まず一言でAIエージェントとは何かと言ったら、生活者とブランドをつなぐもの。そして、自律的、同時多発的にタスクをこなすものです。

重要なのは、AIエージェントをどういう角度で見るかという点です。AIエージェントは、技術的な視点で語られることが多いのですが、技術的な視点だけではなく、生活者の視点と企業・ブランドの視点もあると考えています。技術の話をしていくと、目的を与えられたAIがあらゆる情報から自律的に判断をしてタスクをこなすことがAIエージェントの定義になりますが、それだけだとブランドのコンテクストの中で語るには不十分。実はポテンシャルがさらに多くあるだろうと思っています。
生活者の視点から言うと、単なる情報処理、情報検索だけではなく、自分自身のことをよりよく理解してくれて、例えばそのブランドや企業が自分にとって何なのかを説明してくれる存在です。企業・ブランド側からしても、AIエージェントを介して生活者や顧客に接触できることを考えると、生活者のことをより理解するための手がかりであるとも言えます。技術的な視点、生活者の視点、企業・ブランドの視点を一つにし、生活者とブランドのお互いの距離を縮めて、つなげて、生活者のニーズや生活者が思っていることを理解し、タスクをこなしてくれる存在であると言えるでしょう。
- 嶋
- これは今まででは考えられなかったことが起きるということですよね。1万人のお客様がいたら、その1万人とAIエージェント、つまりブランドが直接つながって、同時にそれぞれ個別の会話を進めながらタスクをこなす。サービスについて説明したり、物を売ったりと、企業のサービスの提供にとってかなり大きな変化をもたらすと思いますし、森さんの説明にあったように、AIエージェントがブランドの世界観をまとうようになると、1万人に同時に、その人その人にあった説明の仕方で、「そのブランドらしさとは何か」、「私たちはこんな価値を皆さんに提供します」ということを説明していく。非常にパーソナルな関係の中で、ブランドが多くの人に同時多発的に個別の会話を進めていく状況が起きていくということですね。
ブランドの世界観をまとうAI──「頼れる友人」のようなパーソナルな関係を築く
- 嶋
- 昨今のマーケティングのキーワードは「パーソナライゼーション」だと思います。つまり、「この人は自分のことを慮って話してくれている」「この人は自分の状況をより理解してコミュニケーションしてくれている」ということ。パーソナライゼーションは、AIエージェントの登場によって、かなりの進化を遂げるのではないかと思っています。カジュアルに言えば、手のひらの中に自分が気軽に話せる友達がいっぱいいるような、そんな世界が訪れつつあるのではないでしょうか。
今でもSNSなどで企業と生活者がやり取りすることはできますが、それよりも親密で、自分のことをよく知っている存在になっていくということですよね。例えば、金融の会社だったら、資産運用についていつでも相談にのってくれる頼れる知り合いのような存在になっていくかもしれないですし、酒類メーカーであれば流行っているお酒の飲み方を教えてくれるお酒に詳しい友人、アパレル企業だったらコーディネートのアドバイスをしてくれる友達など、生活者の思考性や趣味について、会話の履歴を参照しながら最も良い情報をくれる、そんな友達がいたらいいなと思うような存在ですね。
このような、ブランドの世界観や知識をまとったAIが生活者と対話する時代は、いつごろ訪れるのでしょうか。
- 森
- はっきりと、いきなりあるタイミングから現れるというよりは、徐々にそこへ向かっていく、あるいはもうすでに実践している企業は現れていて、その数が増えていくという感じかなと思っています。技術的には整っていて、あとは企業・ブランド側がそれに対してそのどのように対応していくのか、生活者側もそれをどう受け入れ、利用していくのかだと思います。
- 嶋
- やっぱりAIはAIでしょうと思われる方もいる一方、頼れる友達として受け入れる人たちもどんどん増えていく。今はその狭間と理解すればいいでしょうか。
- 森
- そうですね。我々博報堂DYグループでも、生活者のAIに関するさまざまな意識調査を行っていますが、すでに非常に高い割合でAIに個人的な相談をする人が存在します。情報を検索する前に、漠然とした相談をAIにするようになっている。検索する以前の、まだ相談内容が具体的になっていないことすらAIに相談するという習慣ができつつあります。そういった事実を見ると、もうAIは友達として受け入れられつつあるという気はしますね。
- 嶋
- 何でもAIに聞いてみようと、かなりハードルが下がってきている感じですね。
- 森
- 下がってきていますね。私の家族も資産運用の相談を私ではなくAIにしています……(笑)。
- 嶋
- 森さんよりも信用されているっていうことかもしれないですよね(笑)。
自由な「会話」がインサイトを引き出す──定石を覆す新たなマーケティングの可能性
- 嶋
- すごく大事なのが、AIエージェントが生まれると生活者とブランドが「会話でつながる」ということ。それも普段話すような自然な言葉でブランドと生活者が会話するということがポイントなのです。
今までのオウンドメディア、企業のサービスは、多くの人が見るので、不特定多数の人たちに対する最大公約数的な言葉で表現していたのですが、これが1対1で生活者とブランドがつながるようになると本当にパーソナルな会話になってきますよね。ブランドが生活者一人ひとりと親密な関係性を作っていくことができると、企業にとってはすごく大きなチャンスになります。
人は暇な時に、友達と音楽の話をしたり料理の話をしたりと、目的のない会話もたくさんしますよね。企業と生活者がそういう会話をし始めると、それはマーケティングにとって大きなチャンス。そういった楽しくたわいもない会話には生活者の本音が隠れています。このことは、インサイトを得られるチャンスになるんじゃないかなと思うんです。こうした会話から始まるマーケティングは、今までのAIDMAやAISASといったマーケティングプロセスの定石を壊す可能性もあって、マーケティング的にも新しい可能性を秘めているんじゃないかと。AIが新たなインサイトを発見する可能性には期待できるでしょうか。

- 森
- 2つ重要なことがあって、1つ目はAIが長期記憶を持つようになり、生活者の会話を覚えていること。何を大事にしているのか、何を気にかけているのか、あるいはこの人はどういう人なのかということを覚えているし、学んでいるんですよね。その結果、ちょっと言った一言も、それを過去の文脈と結びつけて解釈してくれ、インサイトを引き出すようになってきています。
2つ目は曖昧なことを言えるということ。会話の中で、こうしたらもっと先に行けるということをAIが考えてくれ、その不足している情報を掘り返してくれる。例えば「教えて」と言っているのに、「それはこうじゃないですか?」と聞き返してくれたりするのです。聞き返してくれることによって、生活者も認識していなかった欲求に気づかされます。
こちらは、まさにそういった推論AIの力を使った事例です。

Hakuhodo DY ONEのチームが行った、東京ドームシティにある「ASOBono!(アソボーノ)」という子どものプレイグラウンド施設の事例です。
先ほどAIが聞き返してくるという話をしましたが、単にAIに情報を教えてもらう、情報を整理してもらうといったことではなく、AIから生活者に質問を投げかけることもすごく大事だという考えに基づいて作られたサービスです。「ASOBono!」のご担当者が、そこで遊んだお子さん・親御さんとどのようにコミュニケーションをとるか悩んでいたそうです。遊び終わった親子にアンケートに答えてもらうのもなかなか難しいですよね。そこで、Hakuhodo DY ONEのチームがAIエージェントの会話アプリを提案しました。
AIエージェントが、お子さんに「今日は楽しかった?」、「誰と来たの?」、「何で遊んだの?」、「あのでっかい滑り台滑った?」と質問をしていきます。そうするとお子さんは、「友達と一緒に来たの」、「でっかい滑り台で滑ったよ」、「おままごとエリア楽しかった!」などと答えてくれるわけです。それによって「ASOBono!」の施設側も、今まで得ることができなかったお客さまの声を得られる。それと同時に彼らが特に楽しかったことが引き出され、その話を元に、世界で一つしかない「思い出壁新聞」を作ることができるというサービスになっているんです。AIエージェントを活用して、生活者のエンゲージメントを高め、さらに企業・ブランド側もお客さまの生の声を理解しながらつながりをつくることができるという事例です。
- 嶋
- AIエージェントと会話してもらうことで、施設側はこういうつもりでサービスを提供したけれど、実際に遊んでくれたお子さんは別の点が良かったと思ってくれていたんだという発見があったりす。会話は意外なビジネスチャンスを見出すこともできるのですね。

生活者とブランドがAIエージェントを介して価値を共創する
- 嶋
- ブランドが生活者の会話相手になってくると、その相手として選ばれるAIエージェントを作らなければならないということになると思います。皆さんのリアルな生活を考えていただくと、誰でも無制限に友達がいるわけではないじゃないですか。この人とは話していて楽しいなとか、この人とは飲みに行きたいなとか、この人とは旅行に行ってもいいなという人が選ばれて友達になっているわけじゃないですか。人が友達として話すのはせいぜい2、30人ぐらいだと思うので、AIエージェントが乱立する時代では、本当に選ばれる魅力的なAIエージェントを作ることが大事になってきますよね。
- 森
- いかに生活者のことを理解していくかがとても重要だと思います。
- 嶋
- AIエージェントも、ブランドの世界観を体現する「キャラ」をまとうことがすごく大事になってくるんじゃないかなと思います。その振る舞いや話し方、トンマナなどですね。

AI語学学習アプリ「Duolingo(デュオリンゴ)」の事例です。アプリの中に、フクロウのキャラクターのAIエージェントが搭載されています。レッスンをさぼりがちになると、「まさかだけど...今日のレッスンさぼるつもりじゃないよね?」とちょっと怒り気味の表情でメッセージを投げてくるのですが、このような怒りの表現というのは、今までの企業のブランディングの中ではほとんどありませんでした。パーソナルな関係になってくると、ブランドあるいはそのキャラクターがこういった微妙な表現をできる時代になってくるのではないでしょうか。逆に言えば、ブランドのどういうキャラで、どういう表現をしていくと生活者と仲良くなれるのか、選ばれる会話相手になれるのかというのが今後のテーマになってくるのではないかと思います。

- 森
- そうですよね。一般的な情報を大量に読み込んだAIの平均的な回答じゃなくて、ブランドのことをちゃんと理解してその世界観で会話できるAIが求められるようになりますね。
- 嶋
- ある種ブランドの世界観って偏愛とこだわりに満ちていると思うんですけれど、AIエージェントの世界においては、よりブランドの持つ世界観とかこだわりを強く出していった方が選ばれる、会話したいブランドになっていくんじゃないかなと思いますし、そういう会話の中からこそ生活者の本当の欲望が引き出せると思います。
- 森
- そうですね。昔は情報処理ってすごく難しかったんですよね。でも、検索エンジンが出てきて、さらにAIが出てきて、情報処理が簡単になってきた。簡単になってきたが故に、もう情報を処理することの重要性というのは二の次に置かれ始めているのかなという気がします。生活者は人やブランドの価値観やこだわりを重視しますし、AIエージェントもそれを優先し始めていると思います。
- 嶋
- AIエージェントがインターフェースになる時代は、ブランドと生活者が価値を共創する時代になっていくということなのでしょうか。

- 森
- はい、そう思います。我々は「共創エージェント」という概念を一緒に作っていくことが大事だと考えています。企業・ブランドは生活者の価値観や感情を理解していくことが大切ですが、それだけでなく、生活者もAIエージェントを通して、企業・ブランドの本当の姿や大事にしていることをきちんと理解し、それを掛け合わせていくことで未来の可能性をひらいていく。さらにいうと、双方の理解から対話が進み、それをベースとしてさらに生活者とブランドがより強くつながるようにAIエージェントを育てていくという循環を通じて、「共創エージェント」を作っていくことが重要だと思っています。
- 嶋
- 面白いマーケティングの未来だと思います。
この後は、実際に企業・ブランドの世界観をまとったAIエージェントを制作したクリエイターの中島より、オリジナルのAIエージェントの事例をご紹介します。
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株式会社博報堂 執行役員/株式会社博報堂ケトル ファウンダー1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)、『あたりまえのつくり方 ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)がある。
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株式会社博報堂DYホールディングス
執行役員 Chief AI Officer / Human-Centered AI Institute 代表
株式会社 博報堂テクノロジーズ 取締役外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。
内閣府AI戦略専門調査会委員、慶應義塾大学 xDignity センター アドバイザリーボードメンバー、日本ディープラーニング協会 顧問。
著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。
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株式会社博報堂 CXクリエイティブ局 エクスペリエンスディレクター体験を軸にしたブランディングで生活者、社会、企業の関係変革を目指す。CXクリエイティブ局及び官民共創クリエイティブスタジオ「PROJECT_Vega」に所属。テクノロジーを起点とした新体験開発や社会課題に向き合う企画にも取り組む。


