マーケティングシステムの今~マーケティング&ITの実務家集団が語る事業グロースへのヒント【vol.23】「撮影して、加工して、投稿する」の繰り返しから抜け出せるか? SNS画像制作にAIエージェントを持ち込む試み
マーケティング活動において、データとテクノロジーが果たす役割は年々高まっています。データ基盤整備やCDP(カスタマーデータプラットフォーム)活用、マーケティングオートメーション、AI活用といった言葉は、もはや特別なものではなくなりました。一方で、それらを「実際の事業成長」に結びつけられている企業は、想像以上に少ないのが実情です。本連載では、博報堂マーケティングシステムコンサルティング局(以下、マーシス局)のメンバーが、事業グロースに向けた「生活者発想×データ×テクノロジー」の挑戦について、日々現場で向き合っている知見や視点から発信していきます。
第23回のテーマは「SNSクリエイティブ制作×AIエージェント」です。ブランドの世界観を体現するSNS投稿画像を、限られた人数と時間の中で作り続ける。その大変さは、実際にSNS運用を担当された方であれば身に覚えがあるのではないでしょうか。本稿では、化粧品をはじめとしたビジュアル重視の商材を持つ企業を念頭に、SNS画像制作にAIエージェントを活用する構想と、そこに至るまでのリアルな道筋についてお話しします。
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小林 昂平
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 ビジネスプランニングディレクター
ある日のSNS担当者
少し、想像してみてください。
あなたは化粧品メーカーのSNS運用担当者です。来週のSNS投稿に向けて、新商品のボトルを使った画像を用意しなければなりません。スタジオを押さえ、カメラマンに連絡し、背景のスタイリングを考え、撮影に半日。戻ってきたデータを編集ソフトで開き、背景のトーンを調整し、キャッチコピーを配置し、ブランドガイドラインに沿ったフォントや色を確認する。ようやく1枚が仕上がります。
翌週にはまた別の投稿が待っている。季節が変われば背景の雰囲気も変えたい。キャンペーンが始まればそのビジュアルも必要。担当者が1人、あるいは2人で回しているチームなら、投稿は週に1回が精いっぱいかもしれません。
この光景に「うちもそうだ」と感じられた方は多いのではないかと思います。SNS運用において、投稿の「中身を考える」こと以上に、「画像を作る」という物理的な作業に時間を取られている現実。我々がクライアント企業と話す中で、この問題は業界を問わず繰り返し浮かび上がります。
画像生成AIだけでは足りない理由
では、今話題の画像生成AIを使えばいいのかというと、話はそう簡単ではありません。
たとえばM 画像生成AI に「化粧品ボトルの画像を作って」と指示すると、それらしい画像は出てきます。ただし、それは「それらしい何か」であって、特定の商品ではありません。ラベルのデザイン、ボトルの曲線、キャップの質感。実在する商品をSNSに投稿するのに、形も色も微妙に違うAI生成画像を使うわけにはいかない。当然の話です。
もう一つ見落とされがちなのが、プロンプト(AIへの指示文)を書くこと自体が新たなスキルになってしまっているという問題です。最初の1回はうまくいっても、毎週の投稿のたびに「今回はどんな言葉で指示すれば理想の仕上がりに近づくか」を試行錯誤する。この作業が結局、編集ソフトを触っていた頃と同じかそれ以上に属人的な営みになりかねません。
そしてもう一つ、あまり語られないけれど実は最も厄介な問題があります。ブランドガイドラインには書かれていない「こだわり」の存在です。
たとえば化粧品のSNS画像を作っている現場では、「このブランドのボトルは必ず少し斜めに傾けて置く」「光は左上から当てる」「背景に花を置くときは生花ではなくドライフラワーのニュアンス」「影はくっきり出さず、ふわっとぼかす」といった、ガイドラインのPDFには載っていないが、担当者やデザイナーの間では暗黙の了解になっている美意識が数多く存在します。これこそが、フィード全体に統一感を生み、「このブランドらしさ」を形作っている核心です。
汎用的な画像生成AIやバナー作成ツールは、こうした暗黙のこだわりを知りません。ブランドカラーのHEXコードやロゴの配置ルールといった明文化された規定には対応できても、「うちのブランドはこういう空気感なんだよね」という、言葉にしにくいが絶対に外してはいけないトーンまでは拾えない。結局、出力された画像を見て「何か違う」と感じ、手作業で直すことになるのでは、ツールを入れた意味が薄れてしまいます。
つまり、画像生成AIという「点」の技術を導入するだけでは不十分で、商品画像の忠実な再現、明文化されたガイドラインへの準拠、そしてガイドラインには載らない「こだわり」の再現までを「面」として設計する必要がある。我々がたどり着いたのが、それらを一つの仕組みとして束ねる「AIクリエイティブエージェント」という発想でした。

【図表①:従来ツールの限界と、AIクリエイティブエージェントがカバーする領域】
我々が描いているエージェントの姿
具体的にどんな体験を目指しているのか、利用シーンとしてお話しします。
担当者がWebブラウザを開き、SNS投稿に使いたい商品の写真をドラッグ&ドロップでアップロードします。スタジオで撮影した画像でもいいし、オフィスのデスクでスマートフォンで撮ったものでも構いません。
次に、「春らしい柔らかい雰囲気の背景で」「商品のツヤ感をもう少し出して」「新発売の文字を入れて」といった要望を、チャットするように入力します。デザインの専門用語を使う必要はありません。日常の言葉で「こんな感じにしたい」を伝えるだけです。
ここで大事なのが、エージェントの裏側にはあらかじめ「このブランドのこだわりポイント」が組み込まれているということです。先ほど触れた、ガイドラインには明文化されていない暗黙の美意識。「ボトルの傾き」「光の方向」「影のぼかし具合」「背景に置く小物のテイスト」。こうした情報をPoCの過程で言語化・蓄積し、エージェントの生成ルールとして内蔵させます。だから担当者は、毎回の投稿で「光は左上から」「影はふんわり」と細かく指示する必要がない。ブランドのこだわりはエージェントがすでに知っている状態で、担当者は「今回は春っぽい背景で」という今回固有の要望だけを伝えればいいのです。
すると、エージェントが複数のクリエイティブ案を生成します。ここで単に画像を並べるのではなく、各案に品質スコアを付けて提示します。商品の形状がきちんと保たれているか、背景と商品のトーンが調和しているか、テキストが読みやすい位置に配置されているか、ブランドガイドラインやこだわりポイントから逸脱していないか。こうした観点をAIが自動で評価し、「この案が最もバランスが良い」と推奨してくれる仕組みです。
最後に、担当者が自分の目で確認し、「これでいこう」と決める。気になる点があれば「背景をもう少し明るくして」と追加で指示を出せば、再生成される。
ポイントは、判断の主導権は常に人間にあるということです。AIは選択肢を広げ、品質の底上げを担う。人間は「どれがブランドにふさわしいか」を見極め、最終的なゴーサインを出す。この役割の切り分けが、AIクリエイティブエージェントの設計思想の根幹にあります。

【図表②:AIクリエイティブエージェントのイメージ】
いきなり作らない。まずPoCで「分からないこと」を減らす
この構想を聞いて、「面白そうだけど、本当にそんなにうまくいくのか」と思われた方もいるかもしれません。率直に言えば、我々もすべてが完璧にうまくいくとは考えていません。だからこそ、PoC(概念実証)から始めるアプローチを取っています。
PoCで検証したいのは、「AIで何ができるか」ではなく、「どこに人間の手が必要か」です。
たとえば、商品画像の背景を差し替える処理。明るい背景に明るい商品を置いたとき、影は自然に見えるか。透明なボトルの場合、背景との境界はきれいに処理されるか。ダーク系の背景に切り替えたとき、商品全体のライティングに違和感は出ないか。こうした「やってみないと分からない」領域が、画像生成には数多く存在します。
PoCの結果は、おそらく「すべて完璧」でも「まったく使えない」でもない、その中間のどこかに着地するはずです。そして、その中間のグラデーションこそが、エージェント設計にとって最も価値のある情報になります。「背景差し替えは精度が高いから全自動で問題ない」「テキスト配置はまだAIだけでは不安定だから、人間の確認ステップを入れよう」「品質スコアの閾値はこのあたりに設定すべきだ」。こうした判断材料は、実際に自社の商品画像で試してみない限り手に入りません。
もう一つ、PoCで得られるものがあります。それは、これまで担当者やデザイナーの頭の中にだけ存在していた「こだわり」が言語化されることです。
PoCでAIの出力を見た担当者は、「あ、これは違う、うちのブランドはもっとこう」と口にします。その「もっとこう」を具体的に掘り下げていくと、「影はこのくらいの柔らかさ」「背景の彩度はここまで落とす」「小物を置くならこのテイスト」といった、本人も普段は意識していなかったクリエイティブの判断基準が次々と出てくる。これは、AIの出力という「鏡」がなければ引き出せなかった暗黙知です。
この言語化されたこだわりの蓄積が、そのままエージェントの生成ルールになります。つまりPoCは単なる技術検証ではなく、ブランドのクリエイティブ資産を棚卸しする作業でもあるのです。担当者が異動しても、デザイナーが変わっても、蓄積されたこだわりはエージェントの中に残り続ける。属人的だった美意識が、組織の知恵として引き継がれていく。PoCにはそういう副次的な効果もあると、我々は考えています。

【図表③:導入プロセス(PoCからAgent化)】
「作る時間」を「考える時間」に変える
最後に、この取り組みの先にある世界について触れておきたいと思います。
SNS担当者の日常を再び想像してください。これまで画像制作に費やしていた時間が大幅に短縮されたとしたら、その空いた時間で担当者は何をするでしょうか。
おそらく、投稿のタイミング戦略を練ったり、フォロワーのエンゲージメントデータを分析したり、次のキャンペーンのコンセプトを考えたりするのではないでしょうか。あるいは、AIが生成した複数パターンを異なる時間帯に投稿してみて、どちらが反応を得られるか検証する、といったことも現実的になります。週に1回がやっとだった投稿頻度を上げることだってできるかもしれません。

【図表④:AIエージェント導入によるSNS運用の価値転換】
つまり、AIエージェントが担うのは「クリエイティブを作る」というオペレーションであり、人間が取り戻すのは「どんなクリエイティブを作るべきか考える」という戦略の時間です。手を動かす時間から頭を使う時間へ。この転換が起きたとき、SNS運用は「こなすもの」から「仕掛けるもの」に変わっていきます。
「でも、うちの商品で本当にうまくいくのか?」。その問いに対して、我々が出せる正直な回答は「やってみましょう」です。汎用的な正解はありません。化粧品ならではのボトルの質感、食品ならではのシズル感、アパレルならではの素材の風合い。商材ごとにAIの得意・不得意は異なりますし、ブランドが許容するクリエイティブの幅もまちまちです。だからこそ、自社の商品を使ったPoCが意味を持ちます。
1つの商品カテゴリ、1つのSNSチャネルから試してみる。そこから見えてくる景色は、検討段階では想像できなかったものになるはずです。その一歩を一緒に踏み出すお手伝いができればと思っています。
※肩書は取材当時のものです
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株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 ビジネスプランニングディレクター2022年より現職。データ・AIを活用したマーケティング領域の業務効率化・高度化を推進。データ分析・運用・サービス開発を行ってきた知見を活かした、マーケティングシステムにおける戦略策定から、データ・AI活用・運用までを一気通貫で伴走。自身で手を動かしてデータ分析・AI開発もできるため、スピード感を持った実現性のあるプロジェクト設計が可能。

