おすすめ検索キーワード
CES2023に見る米国最新テクノロジー動向【Media Innovation Labレポート.31】
MEDIA

CES2023に見る米国最新テクノロジー動向【Media Innovation Labレポート.31】

今年も米国・ラスベガスで開催された、世界最大のテックイベント「CES」。出展数も増加し、コロナ禍以前の賑わいが戻りつつあるなか、2023年ならではのさまざまな動向が見られました。シリコンバレーから帰国したばかりの博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター兼Media Innovation Labの吉田弘と、その後任として現地に赴任した同ビジネスデザインディレクター桐明眞之がCES2023に参加。米国・シリコンバレーからの視点を交えながら紹介します。

■展示の主役はプロダクトからサービス・ソフトウェア訴求へ

吉田
まずCESの基本的なところを押さえておくと、元々はCEA(Consumer Electronics Association)という団体が1967年から始めたConsumer Electronics Showから生まれたものです。当時はいわゆる家電ショーでしたが、次第にモビリティやIoT、デジタルヘルス、スマートシティなど領域がテクノロジー全般に拡大し、2015年には団体名称がCEAからCTA(Consumer Technology Association)になり、2018年にはイベント名称も現在のCES(Consumer Electronics Show)へと変更されました。ちなみに私が最初に参加した当時(2000年頃)は、日本企業の存在感が圧倒的でしたが、次第にAmazonやGoogleなどプラットフォーマーも出展するようになり、いま主役は韓国企業となりつつあります。

コロナ直前、2020年のCES来場者数は18万人で出展社数は約5,000社。2021年はコロナ禍でオンライン開催。2022年はリアルとオンラインのハイブリッド開催となりましたが直前にオミクロン株が大流行し大半が出展をキャンセルしました。韓国企業が大規模出展したものの、来場者は4万人程度でした。そして2023年はどうだったかというと、来場者は11万5,000人、出展社数は3,200社と、賑わいが戻ってきています。2015年くらいから続く出展の傾向としては、“まるでモーターショー”と評されるくらい車が主役になってきていること。それから今年、印象的だったのがソニーやサムスンといった大規模出展社が、大きいブースを出しながらも新製品の展示等は抑え、自社の理念やサービス、ソフトウェア、エンタテインメントのプレゼンに徹底していたこと。プロダクト中心からサービス、ソフトウェア、エンタテインメント訴求へと力点が移行しつつあるのを感じました。

■ハードウェアでなくアプリケーションとしてモビリティを開発する時代がやってくる

吉田
展示内容を詳しく見ていきます。
まずはモビリティ。フォードの当時のCEOがキーノートスピーチを行った2011年以来、自動車メーカーの出展は増える一方で、今年は300社以上が出展。日本企業は、今年はソニーブースで展示したソニー&ホンダモビリティが米国でも大きなニュースになっていました。モビリティ全体での出展内容はCASE(Connected, Autonomous, Shared & Services, Electric)やMaaS(Mobility as a Service)中心で、基本はEV訴求です。ADAS(先進運転支援システム)はすでに普及期に入っているせいか展示は縮小しており、代わりに車内エンタテインメントやソフトウェア中心の訴求が増えていました。モビリティも車本体からソフトウェアへとビジネスの中心がシフトしつつあります。

なおアメリカにおけるEV普及率は、去年の前半段階で4%程度。そのほとんどがテスラで、去年3月の登録台数は全自動車のなかでEVとプラグインハイブリッドの台数が14.8%でした。中でもカリフォルニア州の普及率は20%に近くて、テスラはシリコンバレーでは大衆車並みに普及しています。

桐明さんもお気づきと思いますが、テスラがカリフォルニア州でこれだけ売れている背景には豊富な充電ステーションの存在があります。それだけ充電網の拡充はEV普及の大きなカギになっています。

桐明
テスラの充電はスーパーチャージャーを使うと非常に速くてびっくりしました。スーパーに行って30分くらい買い物して戻ると、70~80%は充電されている。店側も充電インフラを整えておけばテスラユーザーがどんどん訪れるようになり、客周りがよくなります。いわゆるスーパーチャージャーを置く店はどんどん増えていますね。ちなみにチャージを待つ間、割と多くの人が車内で音楽を聴く、ゲームをするなど思い思いの過ごし方をしていて、それも面白いなと思いました。
吉田
それも面白い視点ですね。
カリフォルニア州においてEVは完全に普及フェーズに入っています。なおCESのキーノートで登場したステランティスのCEOは、米国の主力車種ピックアップトラックもEVにすると発表。アメリカはピックアップトラックが販売ランキングの上位を占める人気で、そのEV化ということで大きなニュースになっていました。またステランティスはクライスラー、プジョー、シトロエンなど傘下のブランドすべてのEVプラットフォームを開発中とのことで、「自動車をハードウェアとして開発する時代は終わった。これからはアプリケーションになる」と語ったのが印象的でした。

ベトナムEVメーカー VinFastブース

そのほかベトナムのVinFastも、すでに出ている高級EV「V7」、「V8」に加えて中型EVの「V5」、「V6」を発表しました。トルコのToggは「Digital Mobility Garden」という名で体験型のビジョンを展示するなど、途上国も続々とEV生産に乗り出しています。

現在、CASEビジネスを見てみると、バッテリーは、中国や日本そしていま伸びつつある韓国勢が中心となっています。SoC(System-on-a-chip)はQualcommとNVIDIA、ソフトウェアはITプラットフォーマーやシリコンバレーのスタートアップ、組み立てはカナダのMAGNAや台湾のFOXCONN、さらには中国やトルコ、ベトナム等新興国と役割分担しながら行われるようになっています。こうした要素を組み合わせていくのが、これからの車づくりということになります。テスラは当初こそバッテリーやSoCは他社から調達していましたが、現在はすべて内製化しています。今後EVが普及していくと、どこで自社の特色を出していくかが問われることになるのでしょうが、特にソフトウェアの重要性が増すでしょう。今回のCESでは、VWのソフトウェア部門、CARIADも初めて出展しており、これからの自動車業界は、優秀なエンジニアやプログラマーによるソフトウェア開発力がそのまま競争力に直結するような時代になっていくと考えられます。

ジョンディアの自動運転トラクター(巨大アームには、Exact Shotを装備)

自動運転に関しては、自家用車以外のさまざまなモビリティが展示されていました。ダムの建設現場などで活躍するキャタピラー社の100トン級の自動運転ダンプカーや、PACCAR社のEVかつ自動運転のコネクテッドトラックもほぼ実用化されています。変わったところでは、クルーザー(船舶)業界でシェア一位のBRUNSWICKが自動運転クルーザーを発表していました。

桐明
先日、自動車会社の方々と話をしたのですが、排ガス規制などの制度化が進んでいけば、船舶の自立運航による規制対応というのもひとつの大きなマーケットになるだろう、という話をうかがえました。
吉田
なるほど、それも一つの可能性ですよね。
もう一つ多くの注目を集めていたのが、John Deereという世界最大の農機具メーカーです。オープニングキーノートを務めたCEOのジョン・メイ氏は「経済性・生産性・サステナビリティの実現のためにテクノロジーを用いるのが経営方針」と語っていました。展示されていた全自動運転の巨大トラクターは、スマホからモニタリングするだけで、必要な農作業を行ってくれ、種まきと肥料散布にAIを利用して、超高速かつ自動で行うイグザクトショットという技術を使って、年間相当量の肥料の節約ができるそうです。また、NVIDIAによるCPUがコンピュータービジョンで画像認識し、雑草を見分けるSee & Sprayという技術は、雑草のある個所に絞って除草剤を散布できる。これだけで除草剤代が1,300億円節約できるそうです。まさに、これらは経済性・生産性・サステナビリティの実現しているテクノロジーだと実感しました。なおわざわざバッテリー会社を買収してつくった電動のパワーショベルカーも発表していました。このようにアメリカにおいては電動化・脱炭素対応は待ったなしの状態という印象です。

■スマート家電の標準規格「Matter」で家庭がよりスマートに

サムスンのSmartThingsがMatter対応

吉田
今年のCES会場のあちこちで見られたのが、「Matter」というロゴです。このMatterとは、Apple、Amazon、Googleなど280社以上のIT企業が参加した標準化団体、「Connectivity Standards Alliance(CSA)」が策定したスマート家電の標準規格のこと。2022年秋に「Matter 1.0」というプロトコルがリリースされたのを皮切りに注目を集めています。Matterに対応していれば、AmazonのアレクサだろうがGoogle HOMEだろうが、どんな機器からでもそこにアクセスできるようになります。サムスンも元々は「SmartThings」というサムスン独自のスマートネットワークの規格をつくっていましたが、それをMatter対応に変えました。これまではギャラクシーのスマホからならサムスンの冷蔵庫やテレビなどをコントロールできていたわけですが、Matter対応化することで、iPhoneやPCからもコントロール可能になります。ほかの製品群にもMatter対応が広がり、全家電の状況が把握できるようになれば、電力消費も含めた家庭のエネルギーマネジメントが可能になり、サステナブルな社会への寄与が期待されています。またWi-FiはもちろんBluetooth Low Energyなどの省電力通信規格にも対応しているため、火災報知器や水道やガスなどの検診メーター、ペット向けデバイスなど電池でしか稼働できないデバイスとの連携・制御も可能になります。生活全体が大きくスマート化するきっかけになるのではないでしょうか。一方、「Home connectivity Alliance」という、メーカーをまたいでサーバー間でネットワークさせることができるC2C相互運用性の業界標準もできており、今年のCESで紹介されていました。これにも、多くの家電メーカーやエネルギー会社が参加しています。

エウレカパークのフレンチテック

■存在感を放つ韓国企業の大規模出展とスタートアップ

桐明
またエウレカパークという世界のスタートアップが集うエリアでは、日本、韓国、フランス、イタリア、台湾、トルコ、香港、オランダ、アメリカ、ウクライナなどから約1,000社のスタートアップが出展していましたが、なかでもここ数年「La French Tech」と称して政府が出展を後押ししているフランスからは、200社以上が参加しています。畑を傷つけないよう偵察するロボットや、水道管を検査する自律型ロボットなどを発表し存在感を放っていました。韓国も官公庁、大学、民間企業がバックアップする350社以上のスタートアップを送り込んでおり、よく目立っていました。日本の出展は40社くらいで、残念ながら大きく水をあけられているのが実態です。

CESを席捲する韓国スタートアップ

その韓国について改めて注目してみると、スタートアップ以外にも、サムスン、LG、SK、ヒュンダイ、ロッテといった財閥系大企業はもちろん、総勢500社が出展していました。CESが表彰するイノベーションアワードにおいても、全499の受賞件数のうち韓国勢が141件を占めており、そのうちスタートアップは34社。スタートアップ7社が受賞した日本と比べても非常に勢いを感じました。

各国のスタートアップ同士の連携がたびたび見られたことも今年の特徴です。日本のスタートアップが韓国のブースでピッチをするなど、相互交流が盛んな印象でした。

吉田
そうですね。全体でもこの会場だけを目的に来る人もいるくらい、世界のビジネスアイデアが集まる場所でもあります。

また次なる大きな成長分野として年々規模が拡大しているのがデジタルヘルスです。家庭用のPCR検査キットや、自宅でできる尿検査キットのほか、スマホで写真をとるだけで料理のカロリー計算をしてくれるアプリ、睡眠中に自動で枕の高さを変えて、よりよい睡眠を実現するスリープテックなどが話題になっていました。さらに、ロボティクスでは、庭の芝刈りロボット、無線の自動プール洗浄ロボットや、自走式救命ロボットなど、小粒ながらロボティクスもさまざま出ていました。

AARP(アメリカ退職者協会)が主催するエイジテック(AgeTech)のブースもありましたが、これこそ、日本がやるべきだったのではないかなと思いましたね。“エイジ・テック”という言葉は、高齢者に対するネガティブなイメージもなく、今後日本でも活用していくべきではないかとも思いました。

Jackeryのソーラー発電機能付きモバイルバッテリー(左)
YOSHINOの全固体電池モバイルバッテリー(右)

そして家庭や屋外利用を前提にしたバッテリー関連の出展もあちこちで見られました。BBQ好きなアメリカ人の屋外需要に対応する家庭用のソーラー充電式バッテリーなどが印象に残りましたが、特に1~2日間の家庭の電力を賄える大容量バッテリーは、停電が多いアメリカならではという感じがします。

桐明
本当にアメリカは停電が多いですからね。大容量バッテリーは必須だと思います(笑)。
吉田
そして広告メディア業界向け商談スペースのC-spaceという場では今年はAmazon、Walmart、Instacartの米国リテールメディア上位3を主役に、活発な商談が行われていたほか、ニールセンがNielsen ONEという、テレビとストリーミングTVの新しい統合指標を発表し注目されています。
このようにビジネス現場でも多彩な交流が行われるのがCESの一つ側面ですね。
桐明
それからスポーツ×ファンエンゲージメント関連技術では、サッカーW杯での活用が知られるソニー傘下のHawk-Eyeや Beyond Sportsを使って、リアルタイムメタデータと組み合わせ、試合をグラフィックで再現するようなテクノロジーが紹介されていましたね。
吉田
駆け足になりましたが、CES2023を振り返るとざっと以上のような内容になります。
今年のCES全体を通じて印象ですが、やはりハードウェアからアプリやソフトウェア、サービスに主役が変遷しています。またAIや機械学習が普及し、安価で活用できるようになったこともあり、その活用が進んでいます。コロナ禍のSaaSビジネスがそうだったように、デジタルツイン含め、やはりB2BのDXがこれから間違いなく加速するだろうと感じました。CESはその時々で可能性がある領域はすべて取り込んでいるような場ですから、たとえば去年紹介されていたスペーステックが今年まったく見られないなど、一時のトレンドにはなっても実態が伴わない領域はあっさり姿を消すという特徴もあります。ですから今年大きく取り上げられていたMatterについても、今後対応製品が増えていくことで初めて、その動きが広がっていくのだろうと考えています。

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

sending

この記事はいかがでしたか?

送信
  • 博報堂DYメディアパートナーズ イノベーションセンター 兼 メディアイノベーションラボ 海外拠点リーダー
    1988年博報堂入社。事業局、研究開発局を経て、2004年より博報堂DYメディアパートナーズへ異動。メディア環境研究所長、メディアビジネス開発センター長を経たのち、2018年よりイノベーションセンター(シリコンバレーオフィス)エグゼクティブディレクター。20年より、Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)海外拠点リーダーを兼務。
  • 博報堂DYメディアパートナーズ
    イノベーションセンター ビジネスデザインディレクター
    (WiLシリコンバレー駐在)
    2006年博報堂入社。PR戦略局に所属し、官公庁・企業の情報戦略の策定・コーポレートブランディングなどを担当。2011年には震災対応として内閣官房広報アドバイザーも担う。
    2015年博報堂DYメディアパートナーズ社長秘書役等を経て2020年4月より現職。プロスポーツのライツを扱うNFT事業PLAY THE PLAY事業の開発をリードした。現在は米シリコンバレーに駐在し、メディア・コンテンツ領域の新規事業開発を担当している。