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マーケティングシステムの今~マーケティング&ITの実務家集団が語る事業グロースへのヒント【特別編③】Google Cloud Next '26で見えた「ゼロコピー戦略とフィジカルAIが変えるマーケティング基盤」——データは動かさず、AIを
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マーケティングシステムの今~マーケティング&ITの実務家集団が語る事業グロースへのヒント【特別編③】Google Cloud Next '26で見えた「ゼロコピー戦略とフィジカルAIが変えるマーケティング基盤」——データは動かさず、AIを"現場"に届ける

今回も引き続き、2026年4月にラスベガスで開催されたGoogle Cloud Next '26で得た知見をベースに、日本企業のマーケティング責任者にとっての示唆を読み解いていきます。
今回のテーマは「データの移動をやめる」という逆転の発想と、AIがデジタル空間を超えて物理的な顧客接点へ拡張する「フィジカルAI」の潮流です。同カンファレンスでは、従来のETL型データ統合の常識が根底から覆され、さらにAIの適用領域が店舗・工場・インフラといった物理世界へ一気に拡大していることが示されました。本稿では、この2つの構造変化が日本企業のマーケティングにもたらすインパクトをお伝えします。
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土井 京佑
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 部長 

 1. 「データ統合が終わるまでAIは使えない」── その言い訳が通用しなくなった

「AIを本格活用したいが、まずデータ統合を完了させなければ」──我々がクライアント企業の皆さまから最も頻繁に耳にする言葉です。CRM、EC、POSデータが散在している以上、まず一箇所に集約しなければAI活用は始められない。多くの企業がそう考えてきました。

しかしGoogle Cloud Next '26の数々のセッションを通じて、この常識が根底から覆されつつあることを我々は強く実感しました。そこで語られていたのは、「データは動かさず、AIがデータにアクセスする」という、従来のETL(Extract / Transform / Load:データの抽出・変換・移動)パラダイムとは正反対のアーキテクチャです。

従来のデータ統合は、複数のシステムからデータを抜き出し、形式を揃え、一つの基盤に物理的に移動させるという作業でした。これには膨大なコストと時間がかかります。独自コネクタの開発、データの変換ルールの設計、移動先でのスキーマ管理──そしてシステム改修のたびに発生するコネクタの再開発。ある登壇者はこうしたDIY型データ統合を「静かなる予算のキラー」と呼んでいました。本来、顧客体験の向上や新たなマーケティング施策に充てるべきリソースが、データの「引っ越し作業」に吸い取られ続けているのです。

「ゼロコピー」と呼ばれるアプローチでは、CRMとDWH間でデータを物理コピーすることなくリアルタイムに相互参照が可能です。さらに「クロスクラウド・レイクハウス」により、異なるクラウド環境でも移動なしにAI分析が行えます。

ある多ブランド展開の大手小売企業では、15ブランド・6,400万件の顧客プロファイルをゼロコピー方式で数週間のうちに統合し、クロスセル対象を25%拡大。従来なら数ヶ月から年単位の作業が桁違いに加速しました。さらにあるパッケージング企業では、CRMとERP間をAIエージェントが自律的に行き来し、問い合わせの70%超をセルフサービスで自動解決しています。人間がデータを移動させるのではなく、AIがデータのある場所に出向く──この発想の転換は、日本企業にとって極めて大きな示唆を持ちます。

【図表①:従来のETL型統合と「ゼロコピー」アーキテクチャの比較】 

2. 暗黙知の「資産化」── AIの成果を決めるのはモデルではなくデータである

データアクセスの障壁が下がった次に問われるのは「AIにどんなデータを食わせるか」です。ここで浮上するのが、多くの日本企業が見過ごしている巨大な資産──非構造化データ、すなわち「暗黙知」です。

議事録、業務マニュアル、製品仕様書、顧客対応記録──PDFや文書ファイルに眠る膨大な情報こそが企業固有の知的資産ですが、AI分析対象としてはほとんど活用されていません。Google Cloud Next '26で繰り返し語られていたのは「ゴールデンデータセット」という概念です。AIの精度はモデルの性能ではなく、参照するデータの質と種類で決まる。そしてPDFや画像から意味を自動抽出し、構造化データと結びつけてAIに「信頼できるコンテキスト」として提供する技術が実用段階に入りました。

たとえばある製造業では、熟練作業者しか知らなかった設備メンテナンスのノウハウ──マニュアルには書かれていない微妙な判断基準や例外処理の手順──をAIが文書群から自動抽出し構造化することで、経験の浅い作業者でも高精度な保守判断を下せる仕組みを構築しています。

マーケティングにも直接当てはまります。過去のキャンペーン報告書、顧客インタビュー議事録、コールセンター対応ログ──「読めばわかるが検索もAI分析もできない」状態の文書群を、意味づけし構造化することで、AIが顧客の文脈を深く理解するための「教師データ」に変えることができるのです。

重要なのは、ゴールデンデータセットの構築は最先端AIモデルの導入より優先度が高いということです。AIモデルは陳腐化するが、自社データの資産価値は積み上がる──この非対称性を理解することが、AI投資の優先順位を正しく判断する鍵になります。

【図表②:「ゴールデンデータセット」の構築プロセス】 

3. AIが"店舗"に降りてくる ── フィジカルAIという新たな地平

もう一つの大きな潮流は、AIの適用領域を根本から広げる「フィジカルAI」──AIがデジタル空間から物理世界へ拡張する動きです。

これまでAI活用はWebレコメンデーションやデジタル広告のターゲティングなどデジタル空間中心でした。しかし今、店舗・工場・物流拠点へと急速に広がっています。ある世界最大級の外食チェーンは全世界4万店舗にエッジコンピューティング基盤を導入し、店舗のエッジ上でLLMによる音声注文AIを稼働させています。特筆すべきは「オフライン耐性」の設計思想です。通信障害時もエッジ上のAIは稼働し続ける。注文AIが止まれば売上が止まるからこそ、「止まらない顧客接点」がインフラ投資の最優先事項でした。Google Cloud Next '26の登壇者はエッジを「プレミアムな不動産」と表現し、有限な資源として厳密にガバナンスする必要性を強調していました。

製造業でもある大手企業が鉄道の予知保全や電力設備の保守にフィジカルAIを適用。マルチモーダルAIが設備部品の取り付け角度を画像から瞬時に判定し、熟練者の暗黙知を標準化しています。

マーケティングの視点で見ると、このフィジカルAIの台頭は極めて大きな意味を持ちます。店舗の防犯カメラ映像から来店客の動線や滞留時間を分析する。POPや陳列の画像をAIが評価し、最適なレイアウトを提案する。コールセンターの音声データをリアルタイムで解析し、顧客の感情変化を捉える。こうした「現場のフィジカルデータ」のAI資産化は、デジタルマーケティングの次のブルーオーシャンとなる可能性を秘めています。

エッジにAIを配置する際の判断基準としては、「可用性(オフラインでも稼働するか)」「レイテンシ(即時応答が必要か)」「ローカルデータ推論(現場のデータを外に出せない制約があるか)」の3軸で整理することが有効です。すべてをクラウドに集約するのではなく、顧客接点の特性に応じてAIの配置先を最適化する設計思想が、多店舗展開企業にとっての新たな競争力になると我々は考えています。

「ツギハギAI」から「統合スタック」へ ── Make or Buyの戦略的判断

ゼロコピー、ゴールデンデータセット、フィジカルAI──これらを個別に導入しても全体がつながらなければ効果は限定的です。Google Cloud Next '26で警鐘が鳴らされていたのは「ツギハギAI」の危険性でした。部門ごとに異なるAIツールが独立稼働する状態は、PoCでは機能しても全社展開で破綻します。

同カンファレンスで提示された処方箋は、Build → Scale → Govern → Optimizeの4ライフサイクルを統合基盤でカバーし、開発済みのエージェントやツールを社内カタログ化して再利用するエコシステムです。

ここで日本企業の皆さまに特にお伝えしたいのが、「Make(内製)への固執」の限界についてです。我々がクライアント企業を支援する中で繰り返し目にするのは、「AIの基盤から自前で作りたい」という志向が、かえって事業価値の創出を遅らせてしまうケースです。

AI基盤の技術進化は凄まじい速度で進んでいます。半年前のベストプラクティスが今日には陳腐化する世界で、インフラの保守・更新に社内エンジニアリソースを張り付けることは合理的でしょうか。ある登壇者は「インフラ保守はプラットフォーム事業者に委ね、社内リソースはLLM実装や業務プロセスの再設計に集中すべきだ」と断言していました。進化の速いレイヤーは「Buy」し、自社固有のビジネスロジックや顧客体験設計にリソースを集中する──この「Make or Buy」の戦略的な線引きが、AI時代の経営判断として不可欠になっています。

【図表③:AI基盤における「Make or Buy」の判断フレームワーク】 

5. 日本企業が明日から始められること

ステップ1:「データ統合を完了させてから」という計画を疑う。
データを物理移動させなくてもAI活用は始められます。進行中のデータ統合プロジェクトが「ETLの沼」にはまっていないか点検し、ゼロコピーでのスモールスタートを検討してください。

ステップ2:社内の非構造化データを「ゴールデンデータセット」として棚卸しする。
どこにどんな文書群が眠っているかを一覧化し、AI活用に値する「鉱脈」を特定する。LLMの進化により構造化コストは劇的に下がっています。

ステップ3:多店舗展開企業は「止まらない顧客接点」を最優先に。 
「通信障害時にも顧客対応が止まらない」オフライン耐性を、次回のシステム更改計画に組み込むことを推奨します。

ステップ4:Make or Buyの線引きを経営アジェンダに据える。
AI基盤のどこを外部に委ね、どこに自社リソースを集中するか。「内製すること」自体が目的化していないか、定期的な棚卸しが必要です。

今回お伝えした「ゼロコピー」「ゴールデンデータセット」「フィジカルAI」「統合スタック」に共通する本質は、「AIの価値を最大化するために、データとの向き合い方そのものを変える」ということです。データを集める発想からAIが出向く発想へ。デジタル空間に閉じた発想から物理的な顧客接点にまでAIを届ける発想へ。

こうしたパラダイム転換を自社のビジネス課題と結びつけ、実行可能なロードマップに落とし込む「翻訳」のプロセスこそが、我々マーシス局が担うべき役割です。「今あるデータで、今日からAIを動かす」──この転換の一歩を踏み出すお手伝いができれば幸いです。

※肩書は取材当時のものです

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  • 株式会社博報堂
    マーケティングシステムコンサルティング局
    データプラットフォーム推進部 部長
    生成AIの実装支援から新たなCX開発、事業戦略支援まで、データ・AI活用によるクライアント支援を推進。プロトタイピングによる高速検証、生成AIを活用した人材育成・業務効率化・マーケティングデータ活用・CX革新など、幅広いテーマに対応。データ・AI活用における「Can be(現実的に実現可能なこと)」を重視し、ビジネス成果に直結するデータ・AI利活用モデルの確立に取り組んでいる。