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現実化する「メタバース」の世界~起源と意味、今後の可能性を考える~ 【Media Innovation Labレポート.22】
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現実化する「メタバース」の世界~起源と意味、今後の可能性を考える~ 【Media Innovation Labレポート.22】

2021年、社名を「Meta」へ変更したFacebookを筆頭に、テック系企業がこぞって「メタバース」への投資や実務体制の拡充を発表しました。ワシントンポスト紙は「メタバース=インターネットの次なるもの」と紹介するほど。
「メタバース」が何を指すのかはまだ人によって違いもあり、定義も定まっているとは言えない状況です。一方で、メタバースが普及した際には、「生活時間・消費行動・興味関心の一部が、リアルから移行していく」とする見方もあり注目されています。
そもそもメタバースの意味とは?一般に普及する可能性やこれからの課題は?博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局局長兼Media Innovation Lab(メディアイノベーションラボ※)の島野真と、メディア環境研究所の森永真弓上席研究員が考察します。

 

■プラットフォーム企業が次々に「メタバース」へ言及

島野
「メタバース」という言葉が初めて使われたのは、1992年に発売されたニール・スティーヴンスンの「スノウ・クラッシュ」というSF小説だとされています。この作品はシリコンバレー発の多くのベンチャー企業経営者が影響を受けてきました。

スノウ・クラッシュ/ニール・スティーヴンスン著 2022年1月、早川書房から復刊予定

そんな「メタバース」に注目が集まり始めたのは、プラットフォーム企業各社の決算発表等で言及された2021年7月ころから。そしてFacebookがMetaへの社名変更を発表した10月にはさらに注目が高まりました。

googleトレンド「メタバース」

各社の代表的なコメントをピックアップしてみました。

・Facebook:「Facebookは今後数年のうちに、ソーシャルメディアを主とする企業から、メタバースの企業になる」
・マイクロソフト:「デジタルとリアルの世界が融合していく中で、メタバースの先陣を切る」
・Roblox(ロブロックス):「Robloxはメタバースの『善き羊飼い』だ」(羊飼い=ヨハネ福音書。人々を正しく導く存在=神)」
・Epic Games:「Epicがメタバースの構築に向けて投資しているのは、公然の事実だ」

■まだまだ未確定な「メタバース」の定義

森永
一般的にメタバースとは「通信ネットワーク上に作成された多人数が参加可能な三次元の仮想空間。参加者がその中で様々な目的をもち、自由に行動できる場所」のこと。とはいえ、現時点ではメタバースの定義はあいまいなところがあり、企業や人により異なって使われていて、統一されていません。

経済産業省もメタバース市場に注目し、2021年7月にレポートを出しています。この中で、仮想空間は、「多人数が参加可能で、参加者がその中で自由に行動できるインターネット上に構築される仮想の三次元空間。ユーザはアバターと呼ばれる分身を操作して空間内を移動し、他の参加者と交流する。ゲーム内空間やバーチャル上でのイベント空間が対象となる。」と定義されています。そして、メタバースは、「(プラットフォーマーから提供された)一つの仮想空間内において、様々な領域(例:ゲーム・教育・医療等)のサービスやコンテンツが生産者から消費者へ提供」される場と紹介されています。

出典:経済産業省ウェブサイト

島野
今すでに存在する仮想空間上でのオンラインゲームやソーシャルVRなども「メタバースを実現している」とも言われる場合もあります。しかし現在議論されている「メタバース」は、特定のプラットフォームや事業者が提供する領域に限定されず、それらが「相互につながり」「自由に行き来できる」世界と考えられます。

例えば、インターネットが普及する前のパソコン通信サービスでは、メールを送受信できるのは同じサービスに加入している相手とだけで、サービス会社間をまたいでメールをやり取りすることはできませんでした。また携帯電話でも、サービス開始当初は異なる携帯電話会社との間では通話することができず、別の携帯電話サービスを利用している人と通話ができるようになったのは91年の「相互接続」開始以降でした。

この例で考えると、現在の「メタバース」的なサービスは、インターネット以前のパソコン通信や、相互接続前の携帯電話サービスと同様とも考えられます。それらの個々のサービスが、現在のインターネットメールや携帯電話のように提供する会社やサービスの枠を超えて自由につながり、行き来することができるようになる。その世界こそが、「インターネットの次なるもの」として今期待されている「真のメタバース」といえそうです。そこでは、同じIDで様々な企業が提供するメタバース空間上のゲームやサービスを行き来することができます。例えばあるVR空間上のショップで買ったスキンを別のゲームの中で身に着け、そのゲームで稼いだポイントを持ってまた別のゲームで使う…というようなことが可能になると考えられます。

■メディアやマーケティングの場として無視できない存在に

島野
メタバースが提供する価値は、「地理や空間など物理的な制約から解放される」「非日常的な体験ができる」「リアルでは味わえない自己実現ができる」「多様な生き方、人格が肯定される」などがあげられます。生活者にとっては、興味・関心がある対象に出会えるなど、居心地がいい空間となるでしょう。あるいは情報発信したり、欲しいものや情報が手に入ったりする「場」としての意味が大きくなります。メタバースに一定の時間滞在するようになり、モノやコトを消費したり、エンタメやサービスなど体験を深めたりする場になれば、様々なビジネスにとって無視できない存在になることが予測できます。その状況を我々は以下のように考えています。

■メタバースを深く理解するヒントは、映画作品の中に

森永
2021年は、メタバースに関連する日米の作品が夏の同時期に公開された年でもありました。
日本映画の『竜とそばかすの姫』は、自然豊かな高知の田舎に住む主人公が、仮想空間のSNSサービスに参加。もう一つの現実の中で成長する物語です。ほぼ同時期に公開された米国のアクションコメディ映画『フリー・ガイ』はメタバースを舞台にAIで動くモブキャラが主人公の作品です。また、2018年に公開されたスピルバーグ監督の映画『レディ・プレイヤー1』も非常に示唆に富んだ作品です。舞台は2040年代。主人公達はオアシスという仮想空間の中で、アバターの姿で大半の時間を過ごしています。「ゴーグル1つですべての夢が実現する、誰もがなりたいものになれる場所」としてメタバース空間を舞台に描かれた作品です。

『レディ・プレイヤー1』ではバーチャル空間がある意味雑多な世界観で描かれていました。ポリゴン数の多いクオリティ高いCGキャラあり、ラフなイラストそのまんま感ありの世界観の統一感のなさが「現実にメタバースが定着したらこんな感じなのだろうな」というリアル感を残しました。『竜とそばかすの姫』もカワイイもダサいも包含する多様性に富んだ世界感でした。これから定着する実際のメタバースも、様々な個性を包み込む方向に行くのではないでしょうか。

■「セカンドライフ」はメタバース? 生活者に広がる「メタバース」なサービスへの期待

島野
最近、注目されはじめたように見える「メタバース」。しかし、メタバースの概念は以前から存在していました。代表的なものが、2003年にアメリカで生まれ、2005~2007年ごろに日本で話題となった「セカンドライフ」というサービスです。このサービスの中で、各企業が「島」を作ったり、大学がキャンパスを設けたりしていました。セカンドライフは今でもサービスは継続しています。しかし残念ながら、当時期待されたほどには一般に定着しませんでした。その理由として次の4点があげられます。

・当時のパソコンや通信環境のスペックが低く、没入感が得られなかった
・スマホ登場前のサービスだったため、いつでもどこでも楽しめる気軽さがなかった
・処理能力やサーバーに限界があり、一度の参加できる利用者が限られ、場が閑散としていた
・マネタイズへの期待が先行し、生活者にとって受け入れにくかった

しかし、今は状況が変わってきています。端末や回線のスペックが向上し、モバイルによる常時接続も一般化。SNSやZoomの普及により、オンライン上で人と繋がることも当たり前になりました。「フォートナイト」や「あつまれ どうぶつの森」など、三次元CG空間での操作や感覚に馴染んでいる人も増えています。そのほかに、Facebookの仮想ワークルーム「Horizon Workrooms」や企業の「バーチャルショールーム」を体験する機会なども増えてきました。この点から、メタバース普及に向けた環境が整ってきたと言えそうです。

また同時に、メディア環境研究所が行った「新メディア行動欲求調査」の結果からは、「メタバース的な仮想空間」への、生活者による期待が高まっているということも示されています。

調査項目の中で「ゲームなどバーチャル空間にアバターで入り、そこにいる人たちと交流したい」「ゲームなどバーチャル空間で、コンサートや演劇、テレビ番組を見たい」は、10~20代の数字が特に高くなっていますが、40~50代でも10~20%前後。メタバースに対する期待や欲求は高まっているといえそうです。

■メタバースが成立するために求められる要件

森永
自由な交流が生まれるオープンなメタバースが実現するためには、次の3つのポイントが必要だと考えられます。

1.没入感……現実の世界と同じように感じ、行動できる。わかりやすい操作性。レスポンスの速さ
2.コミュニティ……リアルな人同士が繋がって、コミュニケーションやインタラクションができる。消費するだけではなく、何かを提供して人が買ったり評価したりする参加型社会の構築
3.エコシステム……経済がまわる仕組みがある。複製不可能にして付加価値を上げるNFTや、悪用されないためのブロックチェーンなど

この3つが実現してはじめて、生活者が時間やお金を消費しつつ、長時間過ごす場になっていくのではないでしょうか。

まずメタバース空間に入るためのデバイスをどうするか、という問題があります。メディア環境研究所では以前、ヘッドマウントディスプレイ「Oculus Quest」を使って「家電が話し始めるバーチャル空間を体験してもらう」調査を行いました。体験時の脳波を計測すると、男性よりも女性のほうが脳波の反応が大きいという結果がでました。過去には、丸みがありカラフルなデザインのパソコンが登場したとき、女性も一気にインターネットへ入ってきたことがあります。重さやデザイン、操作性など、男性でも女性でもより没入感を得ることができるデバイスが増えてくると、メタバースでも普及に加速がつきそうです。また、魅力的な3D空間を企業の力だけで無限に作り続けることは容易なことではありません。利用者自体がクリエイターとして参加し、街やコンテンツを作れる形にしておかないと、飽きられてしまうでしょう。そのためにいかに質の良いコミュニティを形成するか、クリエイターが適切な対価を得られる仕組みとするかは重要なポイントになりそうです。

■盛り上がりはじめたメタバース 一般化するための4つの課題

島野
最後に、メタバースが一般化するための課題を「技術」「コンテンツ・サービス」「経済」「法律」の4つに分けて整理しました。

メタバース空間が普及すれば、生活者はそこでお金を消費し、居心地の良さを味わうために滞在するようになるでしょう。経済の一部がメタバースへ移行したとき、自社のビジネスを今後どのように発展させることができるのか。今から思考を深めておくことが重要です。テック企業の動向により、一気にバズワード化した「メタバース」。プラットフォームの仕組みや多くの人が装着できるデバイス、正しく運営されるためのルールなど、まだまだクリアしなければならない課題もありますが、引き続き注目していくことが必要です。

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

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  • 博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局 局長
    兼 メディア環境研究所 所長 兼 メディアイノベーションラボ
    1991年博報堂入社。主にマーケティング部門に在籍し、飲料、通信、自動車、サービスなど各企業の事業・商品開発、統合コミュニケーション開発、ブランディング業務を担当。2012年よりデータドリブンマーケティング領域で、マーケティングとメディアを統合した戦略立案・推進の高度化、DX推進に従事。2020年より博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局局長。共著:『基礎から学べる広告の総合講座』(日経広告研究所)
  • 博報堂DYメディアパートナーズ 
    メディア環境研究所 上席研究員
    通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。 コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。 テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。 WOMマーケティング協議会理事。共著に「グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか」(マガジンハウス)がある。