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人々の「コンタクトレス化」をテクノロジーはどう支えるのか ──コロナ禍における「欲求」の満たし方【前編】
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人々の「コンタクトレス化」をテクノロジーはどう支えるのか ──コロナ禍における「欲求」の満たし方【前編】

「Pool」 (情報を引き寄せ貯めておく)、「Ignite」 (気持ちに⽕が点く)、「eXpand」(体験して情報圏を拡げる)という3つの行動をループさせながら⾃⼰充⾜を図る生活者の行動モデル「PIXループ™」。博報堂行動デザイン研究所が提唱するこのモデルの特徴の一つは、生活者の「欲求」を重視する点にあります。今回は、その欲求とテクノロジーの関係を、同研究所の「NewTech分科会」のメンバーに語り合ってもらいました。新型コロナウイルス禍によって変化した生活者の欲求にテクノロジーはどう対応したのか──。メンバーの座談会の模様を前後編にわたってお届けします。

石毛正義
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局/行動デザイン研究所 研究員

中原大輔
博報堂 第三クリエイティブ局/行動デザイン研究所 研究員

新倉健人
博報堂 第三プラニング局/行動デザイン研究所 研究員

廣瀬優平
博報堂 第一クリエイティブ局/行動デザイン研究所 研究員

生田大介
博報堂アイ・スタジオ バリュープランニングセンター/行動デザイン研究所 研究員

相反する2つの欲求

──今回は、博報堂行動デザイン研究所の「NewTech分科会」の皆さんに集まっていただきました。これはどのような分科会なのですか。

石毛
行動デザイン研究所の中でテクノロジーに興味がありかつ詳しいプランナーやエンジニア経験者が集まったチームです。「PIXループ」のモデルをベースに、生活者の気持ちの高ぶりや、心の発火を引き起こす仕組みを、テクノロジーの力を借りて実現していくことを目指しています。

──行動デザイン研究所は、昨年(2020年)7月に「アフターコロナにおける行動デザイン予報」を発表しました。その内容を振り返っていただけますか。

新倉
行動デザイン研究所の分科会の一つである「データ分科会」が行った調査をまとめたものが「アフターコロナにおける行動デザイン予報」です。新型コロナウイルスショック後、生活者の行動がコロナでどう変化したかを、とりわけ「欲求」に注目して調査しました。(詳細はこちら
 
PIXループでは、生活者の欲求を「安心系欲求」「同調系欲求」「優越系欲求」「充実系の欲求」の4つに大きく分類しています。その中でコロナ禍によって特に高まったのが、「安心系欲求」と「充実系欲求」です。実はこの2つは、相対立した欲求です。自分や家族の健康を守るために行動を自粛して安心したいけれど、一方では、積極的に行動して充実感を得たいという気持ちもある。そんな葛藤があらわれていると言えます。
中原
コロナ禍が始まった当初は安心系欲求が強かったはずですが、一度緊急事態宣言が解除されてからは人々の行動が急激に活発になりました。それまで拮抗していた「安心系欲求」と「充実系欲求」のバランスが崩れて「充実系欲求」に大きく傾き、多くの人が積極的に生活の充実を求めたのだと思います。たとえばその際に公開されたアニメ映画が歴史的大ヒットを記録したのも、自粛期間が明けて「充実系欲求」のプライオリティが高まった結果、人々が一斉に映画館に集まったことも一つの要因になっていると考えられるのではないでしょうか。
廣瀬
最初は、みんなが「我慢しなければならない」と考えて行動を控えたわけですが、人間はそれほど長く我慢することはできません。結果、「安心」と「充実」の対立構造が生まれたわけです。対立構造のバランスは一定ではなくて、コロナ禍の状況によって「安心」に傾いたり、「充実」に傾いたりしていることがわかります。
生田
「ディスタンスを取らなければならない」というのは、人類がかつて経験しなかった、欲求と相反する行動なので、世界中の人々が矛盾を抱えているのが現状です。この対立構造はこれからもしばらくは続いていきそうです。
石毛
そのような「安心」「充実」の対立構造やギャップを埋めるために役立っているのが、テクノロジーである──。それが、僕たちが議論の中で見出した一つの視点です。

人々の「コンタクトレス化」を支えるテクノロジー

──そのような矛盾する欲求を満たすために、テクノロジーはどのような役割を果たしているのでしょうか。

廣瀬
コロナショック下における生活者の行動や企業活動をテクノロジーの切り口で捉える際に、僕たちが重視しているのが「コンタクトレス化」というキーワードです。リモートワーク、オンライン接客、オンラインフィットネス、無観客イベント配信──。コロナショック下で活用が進んだテクノロジーの多くは、そのキーワードでまとめることができます。
中原
人間は群れて生活する生き物なので、本能的に「密」を求めているところがあるのだと思います。だから、コロナ禍が始まった早い段階から密になれる場所を求めて、バーチャルイベントやオンラインゲームに多くの人が集まったわけですよね。

──コミュニケーションは求めているけれどコンタクトはしない、ということですね。

廣瀬
そうです。生活、娯楽、人間関係、仕事などのいろいろな場面で、リアルなコミュニケーションをテクノロジーで代替するようになった。それがコロナ禍における人々の行動の大きな特徴と言えます。
新倉
以前は新しいテクノロジーやサービスを使うことに躊躇していた人も、コロナ禍以降は積極的に活用するようになりましたよね。もちろん、テクノロジーはあくまでも手段であって、目的ではありません。始めに人々の欲求があって、それを満たすためのツールとしてテクノロジーがあるわけです。僕たちにとってまず重要なのは、生活者の欲求を正確に捉えることです。
石毛
その欲求は、「五感」と紐づいているのではないか。それが僕たちの仮説です。コロナ禍によって五感を活用する場面は大きく制限されています。しかし、テクノロジーの助けを借りれば、現実世界で五感の拡張が可能になります。
生田
五感は、自分と外界とをつなぐインターフェースです。そのインターフェースがコロナによって制約がもたらされている。ならば、テクノロジーやネットワークによって五感のインターフェースをどう再構築していけばいいか。そんな発想ですね。

「五感」と「欲求」と「テクノロジー」

廣瀬
その考え方をまとめたのが以下の図です。視覚系、聴覚系、味覚系、嗅覚系、触覚系の五感があり、充実系と安心系という相対立する欲求があり、五感を拡張するテクノロジーがある。そんな整理をしてみました。ポイントは、テクノロジーを5つのキーワードであらわしたことです。
中原
「LIVE」は、生の体験やその場限りの限定感を実現すること、「UNITE」は、密になってはいけない状況でそれでも密になりたいという欲求を満たし、心理的な一体感を実現すること、「SYNC」は、離れた場所にいてもみんなで一緒に何かをやるという、いわばふるまいの同期感を実現することを意味します。
「CLOSE」は「近さ」を意味する言葉で、一対一の個別応対の親密感によってコミュニケーションの充実をもたらすこと、「TRUST」は、この不安な時代に頼れる信頼感を実現することをあらわしています。
石毛
五感と欲求とテクノロジーの3つの軸でマッピングしていくと、すでに実現していることと、まだ実現していないことが明確になります。
新倉
五感のうち、「見る」と「聞く」をテクノロジーで代替する動きが一番先に進みました。それに味覚系が続いたというのがこれまでの流れです。
廣瀬
「味わう」に該当するのは、食事のデリバリーサービスなどですよね。現状では「見る」や「聞く」に比べて、「におう」や「触れる」をそのままテクノロジーで代替することはまだ難しいと思います。そのため、直接的な感覚の代替ではなく、これまでになかった新しい体験をテクノロジーによって実現する。そんな発想が必要かもしれません。
石毛
五感とテクノロジーの組み合わせを模索する中から、新しい価値が生まれていくということですよね。テクノロジーを上手に活用することによって、これまでになかった驚きを人々に与える糸口をみつけることができるのではないか、と。
中原
テクノロジーが結びつける形には、いくつかの種類があります。生活者同士、企業と生活者、あるいは企業と企業。それぞれの形によってテクノロジーの使い方は異なります。また、今後、新しいテクノロジー活用のアイデアが生まれれば、キーワードはもっと増えていくことになると思います。
石毛
そう考えれば、今回整理したチャートもまだまだ変化していく可能性があるということですね。
生田
人々の欲求はいろいろな方向に膨らんでいきます。その欲求を満たすためにテクノロジーが進化するというのがこれまでの歴史でした。コロナ禍が起きてからこの1年くらい、テクノロジーやソリューションは飛躍的に進化しています。今後も、生活者がどのような欲求を抱くかによって、私たちの見取り図も変わっていきそうです。

テクノロジーがオンライン会議を進化させる

──コロナ禍以降、ビジネスや働き方も大きく変化しました。そこにおけるテクノロジーの役割についてもお聞かせください。

生田
企業のリモートワークの導入が一気に進み、顧客とオンラインで初めて会うといったケースも増えています。遠隔コミュニケーションのサービスはたくさんあるので、会議やちょっとした商談なら、リモートでできてしまいます。一方、リモートでのコミュニケーションが増えたことによって課題も明らかになってきました。例えば、会議前後のちょっとした雑談ができないとか、相手の表情がわかりにくいといった課題です。
廣瀬
オンライン会議だと、発言するタイミングをつかむのが難しいし、会話の隙をついて何かを言うこともなかなかできません。リアルの場合、会議後のエレベーターで立ち話をして、そこで抜けや漏れを調整することがよくありましたが、それもオンラインではできませんよね。
中原
クライアントへのプレゼンはほとんどがオンラインで行うようになりましたが、先方のご担当者の映像がオフになっていると、表情や目の動きが見えないので、納得しているか、笑っているかがわからず戸惑ってしまうこともありますね。
生田
そういったさまざまな問題をテクノロジーの力で解決することはある程度可能だと思います。例えば、博報堂アイ・スタジオ(アイスタ)が開発した「Telelogger」は、オンライン会議で話されている内容がリアルタイムに文字化されるツールです。対話が音声だけでなく文字として見えるので、コミュニケーションがよりスムーズになります。
廣瀬
僕も実際に使ってみましたが、会議での会話が文字として記録されていると、従来よりもコミュニケーションの正確性が高まったり、次のアクションを速めたりできますよね。
生田
ほかにも、女性がAR(拡張現実)の技術で仮想的にメイクをして会議に出られるソリューションなどもあります。これらはテクノロジー活用の一例ですが、例えば、会議でどんどんアイデアが出てくる仕組みづくりなど、テクノロジーでリモートコミュニケーションの質を上げられる可能性はまだまだあると思います。
中原
発言主が特定されない方が発言しやすい、という説もありますよね。たとえば名前を隠し、アバターや合成音声などを使って発言できるようにすれば、斬新なアイデアがたくさん出てくるかもしれません。
石毛
声に効果を加えて感情をより伝わりやすくしたり、映像で場の雰囲気を盛り上げたりする等、僕たちの中でもたくさんアイデアが出ていたのでさまざまな可能性を探索できそうです。
廣瀬
最近は、3D音像によって、空間のどの場所で話しているかが仮想的にわかる技術もありますよね。例えば、オンライン会議システム上でも、実際の会議のように座る位置を設定すれば、位置情報と音声情報(方向や大きさ)を組み合わせることで、実際の会議のように横の人とこっそり会話ができたりなど、オンライン会議でもリアルな会議のような体験に近づけることもできるかもしれません。

──なるほど。テクノロジーの活用の工夫次第で、いろいろな方法が出てきそうです。では、先ほど話に出た五感と欲求のテクノロジーの組み合わせにはどのようなパターンがあるのか。それを具体的にお聞きしていきたいと思います。

後編に続く

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  • 博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局/行動デザイン研究所 研究員

  • 博報堂 第三クリエイティブ局/行動デザイン研究所 研究員

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  • 博報堂 第一クリエイティブ局/行動デザイン研究所 研究員

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