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メタバース空間でクリエイターと生活者をエンパワーメントする【生活者インターフェース市場フォーラム2022レポート】
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メタバース空間でクリエイターと生活者をエンパワーメントする【生活者インターフェース市場フォーラム2022レポート】

これからのメディアは、“伝える”役割から、ワクワクする感情を呼び起こし、自由な発想やクリエイティビティを発揮できる場へと変革を求められています。メタバース空間を「次世代のメディア」と捉えたとき、今後どのようなクリエイターズエコノミーが形成されうるのか、株式会社小学館のXR事業推進室長 嶋野智紀氏と、XRテーマパーク「ティフォニウム」を展開するティフォン株式会社CEO深澤研氏、博報堂DYグループのXR広告事業開発「arrova(アローバ)」プロジェクトリーダー荒井浩介が語ります。

本稿では、先日開催した「生活者インターフェース市場フォーラム2022 解き放たれる生活者―メタバースで生まれる新たな自由と可能性―」におけるセッション「多様な価値観と出会い、好奇心を、解き放つ-メタバース空間で生まれる新たなクリエイターズエコノミー」の模様をお届けします。

嶋野智紀氏
株式会社小学館 ユニバーサルメディア事業局 チーフプロデューサー/XR事業推進室 室長

深澤研氏
ティフォン(TYFFON)株式会社CEO/CCO

荒井浩介
デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社 XR広告事業開発「arrova(アローバ)」プロジェクトリーダー

モデレーター:木下陽介
株式会社博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
研究開発1G グループマネージャー/チーフテクノロジスト

コンテンツフォルダー、クリエイター、ビジネスプレイヤーの立場でメタバースの未来を作る

木下
本日は、生活者が集えるメタバース空間の構築に取り込み、新しいメディアの可能性、テーマパークの可能性、マーケティングコミュニケーションの可能性について先進事例をお持ちの3名のトップランナーをお招きしました。まずは自己紹介をお願いします。
嶋野
小学館の嶋野です。私はずっと女性ファッション誌を作ってきましたが、2年ほど前に二足のわらじでXR領域も担当するようになり、今年からはXR専任に。弊社は今年8月に「S-PACE(スペース)」というメタバースのベータ版をローンチしました。

「コンテンツ作りからコミュニティ作りへ。誰もが気軽に楽しめるVR空間の誕生」ということで、特別なアプリやヘッドマウントディスプレイなど必要なく、お手持ちのスマートフォン、パソコンから手軽に楽しんでいただける、メタバースの“入り口”のような空間を目指しています。今後は、小学館の雑誌ブランドやコミック作品だけでなく、他社様のさまざまなコンテンツもご提供していく予定です。

深澤
ティフォンの深澤と申します。外資系メーカーでエンジニアとしてキャリアを積んだ後、フリーランスで3DCGのアニメーションを作ったり、テンペラ画という古典絵画技法で絵を描くといったアート寄りの活動をしてきました。そこにエンジニアリングのバックグラウンドを掛け合わせ、新しい体験を作っていこうと設立したのがティフォンです。2014年にディズニーのアクセラレーター・プログラムというスタートアッププログラムに選出され、ディズニーからの出資も受けています。

2017年には「ティフォニウム」というVR体験施設をオープンするなど、VR・AR・MR・メタバース、さまざまな領域でプロジェクトを展開してきましたが、今後はこれらの技術を連携させた空間体験プラットフォームの構築を目指しています。第一弾として、大阪の「うめきた2期地区」の開発プロジェクトに参画し、街全体でリアルとバーチャルが融合した体験を開発中です。

荒井
博報堂DYグループのデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)でXR領域におけるプロジェクト、arrovaを立ち上げました荒井と申します。arrovaでは、メタバースを活用した広告プロダクトの開発と販売を行う「ADs領域」と、メタバース分野へ参入する事業者様に対して、戦略企画から実装まで一気通貫で支援させていただく「メディアデザイン領域」の2つの事業を展開しております。さきほど小学館の嶋野さんよりお話があった「S-PACE」では、メディアデザインのサポートをさせていただいています。

メタバースも体験設計のためのひとつの手法。これまでのメディアと変わらない側面も

木下
それでは、コンテンツフォルダー、クリエイター、ビジネスプレイヤーというさまざまな立場でメタバースの未来を作ろうとしてる皆さんとパネルディスカッションを始めていきたいと思います。
ひとつめのテーマは「メタバースは次世代のメディアとなるのか?」です。まず博報堂DYグループで行ったメタバース生活者の意識調査についてご紹介します。メタバース利用層は全体の8.3%で推計でおよそ680万人。さらにデモグラ特性を見ていくと、平均年齢33.4歳ですが、20代、30代の未婚男性が多いという結果になっています。このあたり荒井さんいかがでしょうか?

荒井
やはり若年層が鍵になると思います。実際にはまだ一割程度のユーザー層ですが、その一割の人口は非常に長い可処分時間を使って体験している、エンゲージメントの深い層と言えます。メディアとしてのタッチポイントの深さ、今後のリーチというところでも非常に大きなポテンシャルがあるのではないでしょうか。
木下
我々の調査でも、利用時間が40~50分とかなり滞在時間が長いですし、メディアとしてのポテンシャルが感じられます。嶋野さんは女性ファッション誌を通じて女性のトレンドやエクスペリエンスを提供してこられましたが、今後メタバースになった時、どのような役割の変化があるとお考えですか?
嶋野
大きく変わるところと、実は変わらないところがあると思います。私が女性ファッション誌の編集長をやっていたときも、「この服がいいよ」というページは実はあまり作っていないんです。
ほとんどが、こういう場所に行ってこういうことやるといいよ、という体験設計。なのでエビちゃんのような当時の専属モデルにも、ファッションモデルではなくてロールモデルになってほしいと言っていました。メタバースも体験設計をするひとつの方法だと捉えれば、実はなにも変わってないんですよね。いかにユーザーの体験設計をしていくかに尽きると思います。

木下
なるほど。雑誌で伝えていたことと、メタパース空間で体験することが同質であると捉えると、今後メタバースがメディアになってくる可能性を感じますね。

自分なりの楽しみ方を見つけられる“伸びしろ”を作ることで、何度も訪れたくなる場所に

木下
つづいてのテーマは、「生活者が喜ぶ/何度も体験したいと思うメタバース体験とは?」
深澤さんがメタバース体験を設計するうえで心がけていることはどんなことでしょうか?
深澤
やはりメタバースでいちばん特徴的なのは、まったく違う世界に入れるということだと思いますので、ある種、旅に近いような形で捉えています。たとえば「タロットVR」というアトラクションは、22枚あるタロットカードから一枚選んで、出てきたカードの世界に入るという体験なのですが、22通りの世界があって、それぞれの世界で予期せぬ出会いがある。一回の体験ではすべてのキャラクターに出会えなかったり、偶発的な要素を組み合わせて演出することで、魅力的なコンテンツになると思っています。

木下
毎回エンディングが違うというような、意外性、偶発性みたいなものが非常に大事ですよね。嶋野さんは今後「S-PACE」を作るうえで、どのような体験にしていきたいと思っていますか?
嶋野
「コンテンツ作りからコミュニティ作りへ」という言い方をしていますが、やはりコンテンツは消費されて終わってしまうところがある。コンテンツを核としていかにファンコミュニティを作り、そのエコシステムを回していくかが重要だと思っています。これまで作ってきた紙の本やウェブサイトも、結局は鑑賞の対象物だったんですよね。しかし、鑑賞ではなくその世界に入ってしまうような没入体験がコミュニティ形成に寄与していくと思いますし、それが日常となって、繰り返し訪れるのが当たり前。訪れるというよりもそこにいる、みたいな世界にすることができたらと思っています。
木下
ひとつのキーワードとしてコミュニティがありますが、「S-PACE」のサポートをしている荒井さんの観点ではいかがでしょう?
荒井
コンテンツの体験が視聴から没入に変わるなかで、繰り返し何度も入りたくなるインサイトを作るには、完成された状況を提供するでのはなく、毎回エンディングが違うとか、コミュニティの中で会話をすることで場として育っていくといったセレンディピティの要素が大切になってくると思います。自分なりの楽しみ方を見つけられる伸びしろがあるとすごくいいと思うので、そこを軸に体験を設計していきたいですね。

木下
調査でも、若年層は主体的に参加し、その感想を発信したいというインサイトが見られますので、そういった要素がメタバース空間に重要かもしれないですね。

創作のためのツール作りからお金を稼ぐためのエコシステム、権利を守るルール作りまで

木下
つづいて3つめのテーマ「メタバース空間で誕生すると言われる『クリエイターズエコノミー』がうまくいくために必要な要素とは?」
まず深澤さんにクリエイターの視点でお伺いしたいと思います。
深澤
クリエイターとしては、これまでスクリーンの中でコンテンツを作ってきたところから、空間全体をキャンパスにして新しい表現ができるようになったというのは非常に表現欲を刺激されますよね。そのとき、いかに簡単に表現できるツールがあるかというのが重要になってくると思います。そして、それを簡単に発表できる場や、たくさんの人に見てもらえる環境、さらにお金も稼げるようになるエコシステムができると、クリエイターが増え、ファンコミュニティも育成されていくと思います。
木下
メタバース空間上でクリエイターが自由に創作できるツールを提供していくことが、クリエイターズエコノミーができる第一歩になるのかもしれないですね。嶋野さんは出版社の立場でいろいろなクリエイターと向き合ってきたと思いますが、いかがでしょう?
嶋野
我々パブリッシャーは、あらゆる才能をパブリックなものにしていくというのがコアコンピタンスですので、クリエイターが生き生き活躍できるルール作りという面でもお手伝いしていきたいと思っています。もちろんガチガチに縛るということではなく、権利者の権利をしっかり守って、マーケットとして持続的に成長させられるよう、一定のルールを設けていく必要はありますよね。そのうえで、これまでの知見を生かしながら新しいクリエイターたちの可能性を広げていきたいと考えています。
木下
クリエイターズエコノミーというと、自由創作のような話になりがちですが、小学館がやられてきた、世の中にどう届けるかという目利きの役割も必要なのかもしれません。

属性にとらわれず自由に楽しめる“4番目の場所”を提供することで、生活者をエンパワーメントする

木下
最後のトークテーマは「メタバース空間で生活者をエンパワーメントしていくためにできることは?」ということで、荒井さんから一言ずつお願いします。

荒井
メタバースを次世代のメディアとして捉えたとき、我々メディアサイドの提供者は、“場”の提供者、嶋野さんの言葉をお借りすればコミュニティの提供者に変われると思っています。そのために重要な要素のひとつが、適切なルールメイキング。無法地帯で何でも作っていいというのではなく、クリエイターとして参加する生活者の権利を守るルールやマナーが必要です。もうひとつが、創造的なフレームの創出。これはお題に近いようなものかもしれません。生活者が自ら表現者となるとき、メディア側が「どういうものを作ると面白いか」というお題に近いフレームを提供することで、クリエイティブを最大化させることができるのではないでしょうか。この二つの観点を捉えながら、arrovaをメディア事業として推進していきたいと思っています。

深澤
私があげた「ENCHANT YOUR WORLD」という言葉は、ティフォンのビジョンでもあり、日本語では「世界に魔法のような彩りを」と表現しています。一人ひとりのユーザーの日常を、魔法のような記憶に残る体験に変えていくという想いを込めた言葉です。今後メタバースはバーチャルな空間に閉じているのではなく、現実と融合していくと思っているので、そういったプラットフォームを提供することで、体験者が自分の世界に能動的に関わって、コンテンツを楽しんで、さらに表現もしていけるような世界にしていきたいです。

嶋野
私は「Fourth Place」と書かせていただきました。サードプレイスという言い方が少し前に流行りましたが、1番目の場所である家庭があって、2番目の場所である会社や学校があって、3番目にお気に入りのカフェのような場所があるといいよという話でしたよね、まさにメタバースは、サードプレイスの次に来るフォースプレイス、4番目の場所なんじゃないでしょうか。家庭や会社、学校のしがらみにとらわれないサードプレイスよりもっと、物理法則にも性別や年齢といったリアルな属性にもとらわれない新たな場所。そのなかでリラックスしたり楽しんだり、自己実現をはかったり、そういう4番目の選択肢を作ることができれば、生活者をエンパワーメントするためにうってつけの場所にできるのではないかと思っています。
木下
サードプレイスはどちらかといえばゆっくりリラックスできる場所というイメージですが、フォースプレイスはいろんな人達と交流しながら新しい世界を広げるような、アクティブな場になりそうですね。

今日は、「メタバース空間で多様な価値観が出会えるCo-Creation体験空間の創出」というテーマについて、さまざまな立場からご意見いただきました。クリエイターが自由に楽しく生活していくためでは、嶋野さんのような編集者の立場や、テックプレイヤー、学者さんといったサポートも必要ですし、そのマッチングに加え、企業やデベロッパーと連携しながら大きな仕組みにしていくことが非常に重要だということが見えてきました。我々もクリエイターズエコノミーを成立させるために有効なマッチングや新しい体験を設計していきたいと考えております。本日はありがとうございました。

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  • 嶋野 智紀
    嶋野 智紀
    株式会社小学館 ユニバーサルメディア事業局 チーフプロデューサー/XR事業推進室 室長
    「CanCam」や「AneCan」等の女性ファッション誌の編集長を歴任後、女性メディア局チーフプロデューサーとして「雑誌のブランド化」を進めた。
    現在は株式会社小学館発のメタバース「S-PACE」を立ち上げる等、XR領域における出版社の可能性を拡大させるミッションに取り組む。
  • 深澤 研
    深澤 研
    ティフォン(TYFFON)株式会社CEO/CCO
    エンジニアを経験した後、画家・映像作家として国内外の映画祭での作品上映や絵画個展などを行い、2011年 ティフォン株式会社を設立。
    企画・開発を行なったアプリは5000万ダウンロード以上を記録。
    メディア芸術祭審査委員推薦作品、グッドデザイン賞など、多数受賞。
  • デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC) XR広告事業開発「arrova(アローバ)」プロジェクトリーダー
    2019年株式会社博報堂DYメディアパートナーズに入社。
    2020年、TBWA\HAKUHODO出向中に社内インキュベーション制度を通じarrovaを創設。
    メタバース領域における次世代型メディア事業の取り組みをDAC内で推進中。
  • 株式会社博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
    研究開発1G グループマネージャー/チーフテクノロジスト
    2002年博報堂入社。
    2010年より現職で、生活者データをベースにしたマーケティングソリューション開発業務を担当。
    2016年よりAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャーとのアライアンスを担当。
    グループ横断のプロジェクトhakuhodo-XRのサブリーダー。