最高AI責任者CAIOとして取り組む「AIにおける人間中心のアプローチとチャレンジ」― 生活者と社会を支える基盤を目指す
博報堂DYグループでは2024年度から始まる中期経営計画において、「広告会社グループ」から「クリエイティビティ・プラットフォーム」へ変革していくことを掲げ、生活者を起点としたクリエイティビティをエッジに、新たな関係価値を生み出すことを目指すとしています。
2024年4月より「人間中心のアプローチによるAI研究所」として、AIによる効率化の研究開発だけでなく、人のクリエイティビティを刺激し創造性を引き出すこれからのAIのあるべき姿を探求し、これに基づいた先端技術・応用技術の研究を進めることで、「生活者と社会を支える基盤」の構築を目指す「Human-Centered AI Institute」(ヒューマン・センタードAIインスティチュート)を設立しました。
当組織の代表であり、博報堂DYホールディングスの最高AI責任者「CAIO」に就任した森正弥に、これまでの経験やCAIOとしての役割、今後の取り組み内容などを聞きました。
テクノロジーとクリエイティビティを掛け合わせ、
生活者のためになる新しいサービスやビジネスを創造する
- AI分野でのキャリアパスに焦点を当て、どのようなご経験が現在の役職に繋がったのかをお聞かせください。
キャリアの始まりは新卒入社したコンサルティング企業で、最初はシステム開発やアーキテクチャ設計を中心に業務を行っていました。2004年からそのコンサルティング企業の海外の研究所で研究開発のマネジメント業務につきました。当時、ユーザーが生成するUGC(ユーザー生成コンテンツ)や、企業が発信するデータを分析することによって、世の中の動向、人々の世論や意見を分析し、マイニングする手法が注目されていました。この分野でAIやインターネットのインパクトを強く感じていたのです。
さらには、インターネットは単に企業や個人の情報発信だけにとどまらず、様々な企業のシステムや社会のシステムが繋がっていったとき、AIが管理や生産、マーケティングの在り方を最適化していく時代がやってくるであろうと思っていました。「オーガニックインテリジェンス」という言葉を思いつき、“有機的に結びついた知能”というところに世の中が到達していくであろうという考えから、インターネットに溢れたビッグデータとAIを組み合わせ、革新を起こすことを追求しようと2006年にインターネット企業に研究開発をリードしていく立場で参画しました。
2010年ごろまでには、生産システムやマーケティングの最適化、一人一人の消費者にあったパーソナライズドサービスの提供など、データと機械学習を組み合わせた様々なビジネスアプリケーションの可能性が姿を見せ始め、理想的な未来像に向かって進んでいたと感じています。2011年にはディープラーニング技術が再発見され、AIへの注目も一段と高まりました。その一方で懸念点も見えてきました。代表的なものではプライバシーの問題やレコメンドサービスにおける透明性や公平性の問題も議論されるようになりました。
2015年を過ぎたあたりで、単にビッグデータとAIによりイノベーションを起こすという手法には限界があり、もっと人間的な側面や倫理も重視すべきではないかと考えるようになりました。技術の活用とガバナンスという両輪があってこそはじめて健全に成長でき、世の中や生活者へ受け入れられていくイノベーションが生まれるのではないかということです。この時の問題意識は、このあと参画したコンサルティングファームでの「AIの戦略的活用とガバナンスの両輪」という取り組みにつながります。
2017年ごろには、それまでのAIを用いた予測・最適化から、データを基に様々なコンテンツをAIで作成するという新たな適用が見られ始めました。当時、私はこの動きを「クリエイティブAI」というキーワードを用いて表現していたのですが、実際に、AIを使用して音楽、小説、映画の脚本などの創作物の制作に取り組み始める研究者や企業の数は増えていました。ですが同時に、そのような技術の発展が著しいこともあり、AIに人の仕事が奪われるといった脅威論も勢いを増すようになりました。
発展するAIによって人間の仕事が奪われる、という議論は続いています。昨今の「ジェネレイティブAI」の登場は、その驚異的な性能によってさまざまな革新の期待が高まると同時に、人の創造的活動・クリエイティビティもAIにとって代わられるという恐れも一段と深く大きなものにしており、「AIと人間の対立」という懸念を強めているかと思います。
ここに至り、「技術の活用とガバナンス」という手法だけではない、より根本的なアプローチが必要なのではないかと思っています。人間を中心にAIの活用をとらえなおし、人のクリエイティビティの発展にAIがどう貢献するかという視点に立脚したアプローチです。
博報堂DYグループは、生活者を起点とした「クリエイティビティ・プラットフォーム」への変革を掲げています。利便性を追求したAIだけではない、人のクリエイティビティに貢献するAIの活用をまさにリードできる企業グループだと思います。弊グループにて、今までのデータとAIによるイノベーション、活用とガバナンスの両輪という活動を行ってきた経験を活かしつつ、人間中心のAI、人のクリエイティビティへの貢献という新たなテーマに挑戦しています。
個社の強みをグループへ横断させ、レバレッジを効かせていく
- 2024年4月に就任されたCAIO(最高AI責任者)としての役割についてお聞かせください。
CAIOの役割や領域というのは非常に広く、自社のビジネスやサービス、プロダクトにAIを結びつけて統合するだけでなく、AIによるシステム生産性や業務プロセスの改善、従業員のAI活用スキルの向上なども大いに関わってきます。
また、AIを使った新規事業をどう創出していくかというところでは、AIスタートアップやテック企業とどのように戦略的にアライアンスを組み、共同で技術を開発し、ビジネスを生み出していくかというアプローチも必要になります。そのため、CAIOは、AIの技術や専門性だけでなく、環境の変化や市場動向を踏まえたビジネスの知見と、時代の先を照らし導くリーダーシップが非常に重要なポジションであると考えます。
- CAIOとしてAIのプロジェクトや取り組みの連携を推進するというところでは、どのような意義があるとお考えですか?
博報堂DYグループには多くのグループ会社が存在し、事業内容も幅広く展開しています。広告、メディア、制作、マーケティング、コマース、DXコンサルティングなど多様な事業領域のなかで各グループではすでにAIを活用しています。
AIを使った内部の生産性向上やアプリケーション開発、あるいは生成AIで生活者発想を支援するサービスプロトタイプを作るといった、斬新な取り組みが各グループで行われています。そこから生まれたノウハウや個社の強みを、グループを横断して共有し、グループ全体の強さにレバレッジしていくということが、大きな意義であると思っています。
クリエイティビティ・プラットフォームへの変革に向けて
AIの技術やAIシステムの適用という観点で貢献
- AIに仕事を奪われるかもしれない「AIへの不安感」が世の中にありますが、人とAIの関係性についてはどのようにお考えですか?
AI技術の飛躍的な発展とともに、AIによって人の仕事が代替されるのではないかという議論が続いています。その懸念に関してはとてもよくわかります。日々発表される生成AIの技術には驚かされるばかりですし、何でもかんでも人より良くやってしまうのではないかと思うのも自然です。AIはありとあらゆる業務を自動化できてしまうのではないか、そういう風に思ってしまいますが、実際のところは、そう単純な話ではなさそうです。2023年4月に世界経済フォーラムが出したレポートでは職場における自動化が進展していないことに触れています。2023年8月に国際労働機関が発表したレポートでは、AIによる自動化や人の仕事の代替による影響は限定的であるとされ、それよりもAIが人の作業を補完していく、人の能力を拡張していくといった側面が強いという見解がなされています。
このような調査結果と同じく、企業の実感値としても生成AIが業務システムを完全に自動化し、大幅に変革するという初期の期待とは異なり、実際には検索の精度や文書作成の効率が期待通りに向上していないことが徐々に明らかになっています。
つまり、AIで自動化することで全てを完結できるということではなく、生成AIを要所で活用していくことで従来のシステムを高度化させ、人の業務領域を広げていくものだということが見えてきています。人の業務領域を広げるということは、人の能力を拡張するということにもつながります。
またそれと同時に2023年9月、UNESCOが公開した教育や研究の分野における生成AIに関するガイダンスの中でも、生成AIの使用は「人間中心のアプローチに基づき、AIによって人の能力を拡張させていくことに用いるべき」と呼びかけを行っています。
どうやらAIは人に代わってすべてを自動で行ってくれる便利な機械ではなさそうです。逆にそのような見方で使用するとAIの有効性が活かせない結果もありえます。AIを活用していくには、まずは人を中心としたプロセス、システムを築き、そこをいかに強化できるかという観点でAIを使っていくというような、人間中心のアプローチをとっていく必要があります。人とAIの関係性もそのような観点でとらえる必要がありそうです。
- その中で「Human-Centered AI Institute」ではどのようなことを目指していくのでしょうか?
まずは「人間を中心としたシステムやサービスにおけるAIの活用と開発」を進めます。それとともに、働いている人の生産性や創造性というものがどう高まるかということを扱います。
例えば、絵を描くという時に、自分自身のアイデアの中から試作品を2、3個作るとすると、発想の段階で創作物の領域はある程度絞り込まれてしまいます。しかし生成AIの発想を助ける形で活用することでAIがアイデアをいくつも持ってきてくれるため、これまで2、3個だったスケールから、数百個、数千個というスケールまで広げて考えることができます。そこから方向性を定め、自分自身の試作品というものを作ることで、これまで挑戦できなかった領域や素材、モチーフ、テイストなどを確認した上で制作ができるということで「創造性を高める」ことに貢献しているといえます。
加えてAI研究の先端トピックに関しても、人間中心のアプローチに基づきつつ、研究開発を行っていきます。そしてAI活用が高度化され、人の業務やビジネスをエンドツーエンドで支援するプラットフォームが構築できれば、おそらく人は今までと違った創造活動のプロセスや生活者を含めたステークホルダーとのコラボレーションの在り方を考え、実現することも可能になります。
例えば、複数人が協力しながらクリエイティブを作るというケースにおいても、これまではクリエイターとプロデューサーとのやりとりで、プロデューサーが抽象的な言葉でしか表現できなかったイメージを、AIで形として表現して伝えることでイメージがより具体的になれば、クリエイターというプロフェッショナルがイメージを深めて進めることができるなど、コラボレーションの仕方も変わっていきます。
さらに、顧客企業やその先の生活者も積極的に関わる形での広告の創造プロセスのあり方、コラボレーションのあり方を模索できるかもしれません。そうすることで「世の中に出す価値」や「世の中に生まれてくる価値」あるいは「生活者が受け取ることができる価値」というのを変えていけるかもしれません。それらを通して、創造プロセスの変化と新しいコラボレーションの模索、市場の発展にまで挑んでいけるようになればと考えています。
博報堂DYグループ全体としては、生活者を起点としたクリエイティビティをエッジに、新たな関係価値を生み出すことを目指すとクリエイティビティ・プラットフォームというビジョンを掲げています。「Human-Centered AI Institute」としては、そこに繋がるAIの技術やAIシステムの適用など、AIという側面で貢献していくことができればと思います。
世界モデルのAI技術・XAI研究の方向性に着目
AIと博報堂DYグループのノウハウやローカルを接着していく
- AIの中で今注目しているトレンドや動向についてお聞かせください。
前述の通り、AIは全てを自動化し完結できるというイメージから、人や業務のアシストをしてくれるものという地に足のついた現実的なイメージに変わりつつあると思っています。生成AIの登場もあって、近年、様々なAI技術の活用が進んでいます。従来の需要予測のモデルに生成AIによる市場の動向分析を組み合わせ、不確実性に強い柔軟な需要予測のシステムを作るという取り組みや、メタバースで培われたアバター技術にLLMを会話エンジンとして組み合わせ、顧客対応可能なデジタルヒューマンのサービスを作ったり、というトレンドです。このような様々な技術と生成AIを接着していく動きが高まっており、そのなかで私自身は以下の2つに着目しています。
①世界モデル AI技術の方向性
世界モデルとは、人間の「想像」にあたる現実世界をシミュレートする技術で、AIが限定的な情報しかないときでも、適切に状況や次に起こりうることを推定することを可能にさせます。世界モデルがあることで、AIの学習効率や性能を飛躍的に高めることができます。例えば、自動運転車を現実の空間で大量に走らせることは難しいため、メタバースのようなシミュレーションの空間で走行させることはよく行うことですが、その仮想の中で車を何百万回も走らせることで、膨大な走行データや様々なシチュエーションの事故データを作り出し、AIが適切に「車が走行する世界」を獲得させることを助け、稀にしかおきないような状況の中でも、次に何が起こるかを推定させ、どのようなアクションを取るべきかの判断を精度高く実行させることができるようになります。
私自身は、博報堂DYグループのもっているデザイン・クリエイティブのナレッジ、スタイルやインサイト、あるいは生活者に対する理解といったところを世界モデルとして構築し、AIに与えることで、生活者中心のAIというものを非常に作りやすくしたり、博報堂DYグループのプロフェッショナルのクリエイター、デザイナーのノウハウが入ることで、創作の過程においてプロフェッショナルの相棒となるようなAIを作っていくことができると思っています。
②XAI 研究の方向性
XAIとは「Explainable AI」の略称で、日本語では「説明可能なAI」と呼ばれています。AIのモデルをブラックボックスからホワイトボックス化することで、AIの振る舞いや判断の根拠を示したり、因果関係を説明することが可能になります。また、逆にAIに人間の方から判断の仕方や枠組みを加えることで、AIの振る舞いを制御しつつ高度なものへと変えていくことも想定されます。そうすることで、AIを信頼・安心できるようにすることを目的とする技術の総称です。
①でお伝えした世界モデルの話と、このXAIの話は密接に関わっており、AIの振る舞いをあらゆる観点から理解しホワイトボックス化することで、単に安全性が高まるだけでなく、人の知恵をそこへ反映させていくことができます。博報堂DYグループのナレッジを組み込んだAIを作っていくという観点でも、XAIの研究の方向性に着目しています。
個人的な話になりますが4年ほど前から、大学生のときにちょっとだけやっていた合気道を改めてやってみようと思い、毎週末2時間ほど稽古をしています。合気道の「合気」というのは文字通り“気を合わせる”ということで、相手との呼吸や動きのタイミングを合わせなければ技が出せなかったり、時に大けがにつながることがあります。相手と自分の気を合わせるということが本当に重要なのですが、そこに人間的側面があるなと感じています。
AIも使う人に合わせていくということが非常に大切です。AIの提供する機能やAI自体も人に合わせてパーソナライズされた形で提供されるだけでなく、人が自分の考えにあわせてAIを自由にカスタマイズできることが大切です。そうすることで、人とAIがともにハーモニーできるような形を目指していきたいです。合気道における気の感覚やそういう人間的な側面もAIの研究開発や活用の実践に活かしていければと思っています。
※HCAIサイトはこちら
この記事はいかがでしたか?
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博報堂DYホールディングス執行役員Chief AI Officer、
Human-Centered AI Institute代表1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。