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ルール整備・身体性・物語──広告とXRの知を融合する「Helix Lab」が描くメタバースの未来地図
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ルール整備・身体性・物語──広告とXRの知を融合する「Helix Lab」が描くメタバースの未来地図

メタバースのような空間が拡がっていくと、わたしたちの生活はどう変わるのだろうか?
博報堂DYホールディングスとXR体験拡張企業MESONによるプロジェクト「Helix Lab」はそんな問いに応えるべく、メタバースが与える影響を考察したレポート「Metaverse as Possible Futures」を発表した。
現在進行系でメタバースを舞台とした実験が増えていくなかで、Helix Labはメタバースの未来に何を見るのか。
Helix Labに所属する博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センターの三浦慎平と平沼英翔、MESON ディレクターの竹内誠一郎に尋ねた。

コロナ禍で身近になったメタバース

──今回Helix Labのみなさんが発表したレポート「Metaverse as Possible Futures」は、メタバースが世の中に与える影響や変化について15編のシナリオ形式のレポートから考察するものです。そもそもHelix Labとはどういった経緯で生まれたプロジェクトなのでしょうか?

三浦慎平(以下、三浦)
Helix Labは、博報堂DYホールディングス(以下、博報堂)とMESONの2社により2022年11月に発足した、生活者発想からメタバースの未来を考えるプロジェクトです。メタバースのような次世代インターネット空間が拡がるとわれわれの意識や行動はどう変わるのか、その変化に対しどんな体験をデザインすればよいのか──そんな問いに対してもっと議論する場をつくる必要を感じていたことがひとつのきっかけです。

竹内誠一郎(以下、竹内)
博報堂さんとは2019年から共同研究を行なっていましたが、きちんと情報発信を行ないながらほかのプレイヤーを巻き込んでいく必要を感じ、Helix Labを発足することになったんです。

──2019年と現在を比べると、メタバースとの距離感やそのリアリティーも大きく異なっているように感じます。

三浦
今回わたしたちがまとめた15編のシナリオは、コロナ禍以前だと少し距離を感じる内容かもしれませんね。いまはリモートワークも普及し生活も変化したことで、メタバースのような空間と日常のつながりもイメージしやすくなっている。コロナ禍によって、かつては遠い未来のものだと思われていた技術が急速に身近なものとなったと感じます。

──とはいえメタバースが普及するためには、技術的な障壁もまだ多いものなのでしょうか?

竹内
通信ネットワークや3Dレンダリングを行なうGPUなど、“土台”の発展はやはり重要ですね。あるいは、いまStable Diffusionのような生成系AIが話題となっていますが、同じように3D空間やオブジェクトを自由に生成できるようになるとメタバースの環境も整備が進んでいくのではないでしょうか。
三浦
現状、アーリーアダプターと呼ばれる層が利用層の中心だと思いますが、今後は、誰もが自由に遊べる環境をつくることも大事です。そのために、誰もが簡単に使えるようなデバイスや機能をつくる必要もありそうです。
平沼英翔(以下、平沼)
技術だけではなく、コミュニティーの有無も関係しますよね。簡単に使いやすい技術に進化すればマジョリティー層がメタバースを使ってくれるわけではなく、友達からの口コミやコミュニティーからの影響があって初めて、多くの人は新たなサービスを使うようになると思うんです。

複数のスケールから未来を考える

──より多くの人々へ届けていくうえでは、博報堂がこれまで培われてきた知見も役立ちそうですね。今回つくられた15編のシナリオはどのようにつくられたのでしょうか?

三浦
生活にフォーカスしたシナリオをつくるべく、まずはワークショップを重ねながら「居住」や「移動」など生活を構成するトピックごとに担当を決めていきました。そのうえで議論を重ねながらシナリオのアップデートを重ねています。
平沼
一人ひとりのメタバース観がズレているからこそ、シナリオに描かれる価値のあり方も異なっていましたね。全体に共通しているのは、メタバース空間に閉じず、現実世界が変化する可能性を考えていることでしょうか。個人レベルの変化と、コミュニティーレベル、都市や地球レベルといったように、複数のスケールを想定しながらバランスを取っていました。
竹内
今回はあえて特定の時期を想定せず、5年先から20年、30年先まで、トピックごとに異なる未来を自由に考えたことで拡がりが生まれましたね。

──レポートを発表したことで、一般の読者や企業の方からはどんなフィードバックがありましたか?

平沼
レポートの発表後、3,000人ほどの方を対象としたWEB形式の定量調査を行なったのですが、リモート化に関するものは評価が高かったですね。人と人のつながりや出会いがどう変わっていくのか、関心が高まっているのかなと。

──「Meeting Technologies―「会う」技術の進化」や「Company to Collective―メタバース時代の集団組織のあり方」など、人と人のつながりを扱うシナリオは印象に残っています。確かに自分とはまったく異なるアバターや本名ではない名義での活動が増えていくと、人と人の関係性やつながりも変わりそうです。

竹内
メタバース上で仕事を行なうのであれば、信用も求められるでしょう。信頼を築くためのアバターもあれば親しみやすさを高めるためのアバターもあり、目的に応じて空間やアバターを切り替えていくのかもしれません。
三浦
もはやいま話している相手がAIなのか人間なのかさえわからなくなっていくでしょうね。メタバース空間を運営するうえではAIと人間を区別できるようにしたほうがいいかもしれないし、長期的に見ればルール整備も必要になるでしょう。

変わりゆくルールと身体性

──メタバースの普及に応じてルールをアップデートする必要もありそうですね。クリエイターの権利を守る必要もありますし、犯罪を抑止するようなルールづくりも求められていくのかもしれません。

竹内
きちんと個人の権利を守ることも大事ですし、同時に個々のクリエイターを萎縮させるような動きも避けたいですね。例えば、ひとつのサービスでつくったアバターをほかのメタバースサービスでも使うためにはファイル変換など多くの手間がかかるため、インターオペラビリティ(相互運用性)を上げて柔軟な連携を実現していく必要もあるでしょう。あるいはデジタルツインのように現実空間とつながる取り組みにおいては、フィジカルな空間の権利者がデジタル側の権利ももつことになると活動全体が萎縮してしまうかもしれない。トップダウンでルールメイクしたほうがいい領域もあれば、DAO(分散型自律組織)を使って草の根的に活動を拡げる方がいいものもある。領域に応じて考え方を変えたほうがいいですね。

──フィジカルな空間との接続という意味では、「Embodied in the Metaverse―身体性とメタバース」など今回のシナリオでも「身体性」は重要なテーマのひとつとして扱われている印象を受けました。

三浦
身体性についてもまだまだ整理が必要です。身体性がないと没入感が損なわれるとよく言われますが、必ずしもすべてのメタバースに身体性が必要なわけでは無いと思います。視覚的な体験から生じる触覚的な感覚が「シュードハプティクス(擬似触覚)」と呼ばれるように、デバイスだけでなく視覚的なイメージによっても身体性は変わりますし、いろいろなノウハウが集まってくることで体験デザインの可能性も拡がっていきそうです。
竹内
スポーツやエンタメにおいては没入感が価値を生むので身体性を上げる必要がありますが、日常生活においては身体性がむしろ邪魔になる可能性もありますよね。SNSに画像を投稿する際に加工を施すのもある意味身体性を減らすことだとわたしは思っていて、メタバースにおいてもそういったコミュニケーション設計がありうるのかなと思います。
平沼
「身体性」というとリアルな体験に近づけることと想定されがちですが、むしろ非現実的な体験を生むための身体性があってもいいのではないでしょうか。腕を振るときにライトセーバーみたいな音が鳴ったらみんなとハイタッチしたくなるかもしれませんし、必ずしも現実を再現することがいいわけではないですよね。

三浦
身体性に関連する話として、現実の自分の身体とは異なる姿かたちのアバターを使うことで、徐々に心理や行動も変わっていく「プロテウス効果」という心理効果があります。こういった心理効果を促すような体験をメタバース上に落とし込むことで、現実では得意ではなかったことへの心理ハードルが下がり、スキルを拡張できたり、1人1人が秘めている可能性を広げることに繋がるかもしれません。

「物語」の余白が新たな可能性を生む

──インターネットの黎明期にもさまざまな試行錯誤が行なわれましたし、メタバースもこれからさまざまな取り組みが拡がっていきそうですね。

三浦
メタバースって技術的な定義もまだ難しいため、産学官の領域を問わず共同でユースケースをどんどんつくっていくことが大事だと感じます。その積み重ねによってメタバースそのものの輪郭が明確になってくるのかもしれません。
竹内
メタバースは現実や物理世界と何かしらのつながりをもちながら発展していくものだと思っています。すぐにつながるものではないですが、5~10年かけながら現実の一部がメタバース化したりメタバース上の現象が現実にも取り入れられたりするようになるのかな、と。

──Helix Labとしては今後どんな活動を展開されていくのでしょうか?

三浦
今後はこういったシナリオをベースにプロトタイピングを行なってみたいですね。その際にはこの2社だけでなく有識者の方々やパブリックセクターの方々など、活動のスケールも大きくしていきたいと思っています。
竹内
今回はわたしたちの専門外の領域について想像しながら書いている部分も多かったので、各業界の方から意見をいただきたいです。専門家の視点から意見をいただくことで研究テーマを膨らませられますし、共同研究にも取り組めるかもしれませんから。
平沼
メタバースにおける生活者の意識はいま大きく変わってきているため、生活者意識の遷移を定点的に観測していきながらどんなインサイトが見つけられるか、研究や調査を拡げられたらと思っています。
三浦
シナリオになったことで少し余白があるというか、読み手によってとらえ方に幅があることでかえって共感が生まれやすくなっているのかもしれません。こうした物語を共通言語にしながら仲間を増やしていけるといいですね。
竹内
わたしたちは予言や予測を行なっているわけではないですし、何かを提言しているわけでもありません。「ここに書いてあることなんてウソじゃん」と言われても全然いいなと思っていて。いろいろなことを考えるためのたたき台としてこのレポートを使いながら、メタバースやこれからの社会について考えられる機会をつくっていけるといいですね。

[ 博報堂DYグループ ]

『WIRED』日本版(WIRED.jp)より転載(2023.02.21)

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  • 博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 研究員/国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間拡張センター 外来研究員
    2015年博報堂入社。サイバーフィジカル空間における体験評価や生活者動向にまつわる研究、ユースケース開発に従事。また、コンテンツを起点としたビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のメンバーとして、特に、音楽におけるコンテンツ消費動向研究も行う。
  • 博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 研究開発1グループ テクノロジスト
    2018年博報堂入社。ストラテジックプラナーとして SVOD・ゲームアプリ・キュレーションアプリを始め獲得系案件や商品開発の案件など幅広く担当。2021年からはR&D部門であるマーケティング・テクノロジー・センター開発1Gに異動し、テクノロジストとしてXR/メタバース領域の業務に従事している。
  • 竹内 誠一郎
    竹内 誠一郎
    MESON, Inc. XR Creative Studio ディレクター
    コンサルティング会社を経て2020年にMESONにジョイン。AR,VRを始めとした空間コンピューティング技術を活⽤した未来のコミュニケーション体験の共同研究や、アプリケーション開発プロジェクトのディレクションを担当。2021年から国土交通省主導のProject PLATEAUの一環で実空間-バーチャル空間の融合技術の研究に従事。