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データ・クリエイティブ対談【第7弾】 超音波を使った「触覚テクノロジー」はコミュニケーションをどう変えるか(前編) ゲスト:東京大学 篠田裕之教授
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データ・クリエイティブ対談【第7弾】 超音波を使った「触覚テクノロジー」はコミュニケーションをどう変えるか(前編) ゲスト:東京大学 篠田裕之教授

データやテクノロジーを活用したクリエイティブやコミュニケーションの進化について識者のお話を伺う「データ・クリエイティブ対談」。第7弾となる今回は、東京大学で超音波を用いた触覚の研究に取り組んでいる篠田裕之教授をお迎えしました。奇しくも、聞き手である博報堂DYメディアパートナーズの篠田裕之と同姓同名の篠田先生に、触覚テクノロジーの可能性をお聞きしました。 

超音波を用いて空中で触覚を再現する 

篠田
はじめに、今回篠田先生に対談のご依頼をさせていただいた経緯をお話しさせてください。以前から、ネットでエゴサーチをすると、僕とまったく同じ名前の人が検索結果に出ることが気になっていました。そのうちの1人が東京大学で触覚のテクノロジーの研究をされている篠田裕之先生です。
篠田先生
そうでしたか(笑)。それは知りませんでした。「篠田裕之会」がつくれそうですね。
篠田
そうなんです(笑)。僕自身は、博報堂に入る前は大学院でコンピューターサイエンスを専攻していました。篠田先生の研究分野と近からず遠からずといった分野だったこともあり、いつかお会いしてお話を伺いたいと思っていました。

現在の僕の仕事はいわゆるデータサイエンティストで、データを活用したコミュニケーションの多様な方法を探るために、広告業界以外の皆さんと継続的に対談させていただいています。今回は、先生のご専門である触覚のテクノロジーについて詳しく話をお聞きしていきたいと思います。まずは、先生の研究領域がどのようなものなのか、教えていただけますか。

篠田先生
ひと言で言えば、非接触で触覚を再現する研究(空中ハプティクス)です。以前は、「触れる」力を再現するには複雑な装置を必要としていました。それを超音波によって空中で再現するのが私の現在の興味です。超音波を体に当てることで、ものの形や肌触りをリアルに感じさせたいと考え、研究室のスタッフや学生の方々と日々研究に取り組んでいます。

今年に入ってのコロナ禍で、非接触型触覚テクノロジーがあらためて見直されるようになっています。例えば、空中タッチパネルのようなインターフェースが実現すれば、ウイルス感染を防ぎながら、チケット購入やエレベーターの操作などができるようになります。

篠田
超音波による触覚、いわば「押し感」があることによって、ボタンやパネルに触れて操作しているような感覚が得られるわけですね。
篠田先生
そういうことです。「押し感」に関して言うと、ものをつかんだときの物体からの反力を計算して、例えば仮想のボールを握ったり、ぎゅっと押したりする感覚を再現することもある範囲では可能と考えられます。つまりただ「押す」だけでなく、バーチャル物体を操作する感覚も再現できると思います。

 

松林篤研究員らによるバーチャル物体操作。3次元映像表示については筑波大学掛谷英紀准教授の技術を使用している。


現在のテクノロジーでは、「実際にものを持った」というところまでを文字通りに再現するのは難しいのですが、あと5年から10年くらいすれば、かなりリアルな感覚を再現できるようになると考えています。

触覚で人間のメンタルを整える

篠田
触覚を再現する研究自体の歴史は長いのですか。
篠田先生
歴史は長いのですが、これまでは設置型の機械式装置を用いたり振動体などのデバイスを人体に装着して触覚を再現する方法が主に用いられていました。その方法だと、実用の際に不便というだけでなく、皮膚の表面が思った通りに変形しているのか確認しにくいという問題もありました。

一方、超音波を使えば、人間の皮膚に与える力分布を計算し、プログラムしたとおりに触覚を再現することができるし、それに対する反応値などのデータを蓄積することもできます。超音波発生器は、皮膚上の力分布を正確に制御できる事実上初めての装置です。もっとも、現時点では、皮膚に与えられる最小スポットサイズは1cm四方程度で、これをさらに細かくしていくことがこれからの課題です。


超音波発生器

篠田
このテクノロジーにはどのような応用分野があるのでしょうか。
篠田先生
先ほど申し上げた空中タッチパネルのようなインターフェースへの応用が一つです。しかし、それ以上に私が強い関心をもっているのは、人間のメンタルに影響を与えるような活用法です。

触覚は脳の中の感情を司る部分に刺激を与え、ストレスを緩和させたり気持ちを落ち着かせたりするオキシトシンというホルモンの分泌を促すと言われています。マッサージによってストレスがとれるのには、筋肉がほぐれるだけでなく、触覚による効果があると考えられます。オキシトシンは「幸せホルモン」とも呼ばれていますが、決まった感覚刺激でそのような効果があるのであれば活用しない手はありません。

例えば、緊張をともなう仕事や苦手なことをやるときに触覚による刺激を与えれば、緊張がほぐれたり、苦手意識が克服されたりする。そんな可能性があると私は考えています。

篠田
なるほど。触覚によってメンタルを整えたり、モチベーションを高めたりすることができるわけですね。新しいコミュニケーションや広告の表現の可能性をとても感じます。

「触れる感覚」があれば本質が伝わりやすくなる商品はたくさんあります。例えば、コスメとか、ヘアケア商品とか、あるいは衣類やバス用品なども触覚によって機能やメンタル作用が伝わりやすくなるかもしれません。

「リアル」の精度をどう設定するか

篠田先生
可能性はたくさんあると思います。しかし、超えるべきハードルもあります。一つはテクノロジー面でのハードルです。現在のテクノロジーによって可能なのは、超音波の比較的シンプルな振動を体に与えることです。それだけでできることもたくさんあるのですが、触覚をよりリアルに再現しようとすれば、力の配分などをもっと精密にコントロールできるようにならなければなりません。

もう一つのハードルは、その場合の「リアル」をどのくらいの精度で設定するかということです。これはどちらかというと利用者側のコンセンサスに属する問題です。テクノロジーが可能にするのは、あくまでも「疑似的な触覚」で、ものの手触りや重さなどを完全に再現することはおそらく100年後でも難しいでしょう。では、その「疑似性」がどのくらいまで達成されていればリアリティがあると言えるのか。どのくらいのリアリティなら人々は許容するのか。そのスタンダードをつくっていくことが必要です。

篠田
疑似的な触覚を与えることによって、ものの質感や手触りなどを想起できるようになればいいわけですよね。そのためには、ほかの感覚と結びつけるのが有効だと考えられます。先生は映像と超音波を組み合わせた実験を行われていますね。
篠田先生
ええ。例えば、人の3次元映像を再現し、その人が伸ばしてきた手に触れるという実験です。映像に触覚が加われば「相手に触れた」と感じられます。もちろん、握手して強く握った感覚までを再現できるわけではありませんが、相手の映像に軽く触れるという行為とちょっとした触覚が組み合わされることで、握手のような感覚が得られることになります。

篠田・牧野研究室プロジェクト「視触覚クローン」。手前の本物の手で向こう側の空中映像の手に触れるとその触感が提示される。相手側から見るとこちらの手の空中映像が同様に見えていて、お互いに触れることができる。

 

篠田
それは、映像に合わせて椅子が振動したり風が吹きつけたりする4DX映画にも共通する効果ですよね。映画の中で銃が発射されると、それに合わせて顔の横を風が通り抜ける。視覚と触覚が合わされば、十分に「撃たれた」という感覚は得られそうです。ある程度の刺激を与え、あとはそれを想起によって補ってもらえばいい。
篠田先生
映像との組み合わせは非常に有力な方法ですが、ほかに音との組み合わせも考えられます。例えば、仮想的な物体をつかんだときに、つかんだことを示す音が鳴るとか。そうすれば、人間の脳は「ものをつかんだ」ということを疑似的に感じることができるでしょう。

「説明できないこと」を触覚で伝える

篠田
複数の発信機から超音波を出して、物体を3次元的に動かすという実験も行われていますね。
篠田先生
今のところ、ヘリウムガスを入れた風船のような軽い物体に限られていますが、複数の超音波を同じタイミングで同じ点に集め、その点を移動させていけば、物体を動かすことも可能です。



古本拓朗研究員らによる「BaLuna」。超音波放射圧で制御する風船型インターフェース。

篠田
3次元の座標上にポイントを決めて、それを動かしていくということですね。そのもとになるデータがあれば、いろいろな動かし方ができるのではないでしょうか。例えば、スポーツ選手の身体の動かし方をスキャンし、それをデータ化して超音波で対象者に向けて発信するといった方法です。それによって、言葉では表現できない微細な身体の動かし方を触覚によって伝えることができるように思います。
篠田先生
その可能性はありますね。スポーツだけでなく、楽器の演奏の習得などにも使えそうです。例えばドラム演奏で、手足を動かすタイミングを超音波で直接両手両足に伝えることができれば、いわゆる「身体で覚える」ことをサポートできると思います。
篠田
スポーツにしても音楽にしても、優れたプレーヤーが必ずしも優れたコーチではありません。自分の技術や体の動きを言葉で説明できないことが往々にしてあると思います。それを超音波による触覚で伝える方法には非常に大きな可能性を感じますね!

後編に続く

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  • 篠田 裕之
    篠田 裕之
    東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻教授。東京大学大学院計数工学専攻修士課程修了。
    1998年に触覚受容器を選択的に刺激することで触感を再現する原理を提案、2008年に何も触れていない皮膚に空中で触感を生成できる超音波触覚ディスプレイを世界で初めて開発するなど、触覚を含む感覚への働きかけによって人間を支援する問題についてハードウエアレベルからの提案を行っている。
  • 博報堂DYメディアパートナーズ
    データビジネス開発局 
    データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。