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データ・クリエイティブ対談【第7弾】 超音波を使った「触覚テクノロジー」はコミュニケーションをどう変えるか(後編) ゲスト:東京大学 篠田裕之教授
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データ・クリエイティブ対談【第7弾】 超音波を使った「触覚テクノロジー」はコミュニケーションをどう変えるか(後編) ゲスト:東京大学 篠田裕之教授

データやテクノロジーを活用したクリエイティブやコミュニケーションの進化について識者のお話を伺う「データ・クリエイティブ対談」第7弾の後編。触覚テクノロジーの具体的な応用領域と社会実装に向けた課題について、引き続き東京大学の篠田裕之教授と博報堂DYメディアパートナーズの篠田裕之が語り合いました。

★前編はこちら

人間的コミュニケーションを補完するためのテクノロジー

篠田
コロナショック下でリモートコミュニケーションの機会が非常に増えました。利便性を感じる一方で、リモートでは伝わりにくいことがあると感じている人もいると思います。例えば、感情の微妙なニュアンスなどです。

リアルなコミュニケーションなら、議論になったあとでも、相手の肩をポンと軽く叩くだけで打ち解けることができたりすることもあります。しかしリモートでは、ちょっとした触れ合いで自分の気持ちを伝えたり、相手への信頼を表現したりすることができません。だから、どうしてもコミュニケーションが冷たく感じられてしまいます。

リモートコミュニケーションに超音波を使った触覚を活用すれば、そのような「触れ合い」を疑似的に再現できると思います。PCのディスプレイに超音波発生装置をつけるなどの方法で実現可能でしょうか。

篠田先生
面白いアイデアですね。超音波デバイスがもう少しカジュアルなものになれば、それも十分可能だと思います。
篠田
絵文字やエクスクラメーションマークのないメールの文面は冷たく感じます。その絵文字と同じような役割を超音波による触覚が果たす。そんなことができれば面白いと思います。
篠田先生
人間的コミュニケーションを補完するために触覚のテクノロジーを使うということですよね。以前、「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」という権威ある雑誌で、ヨーロッパで行われたある研究結果が発表されました。それによれば、1000人以上のヨーロッパの男女に人との身体的接触をどのくらい許容するか聞いたところ、パートナー以外との接触に積極的ではない人が非常に多いという結果になりました。友人や両親との握手すらいくらか抵抗があるらしいのです。2015年の記事ですから、コロナショック以前の話です。
篠田
意外な結果ですね。欧米の人たちは、日常的にハグや握手をしているイメージがあります。日本で同じ調査をしたら、接触を嫌がる傾向がさらに如実に出そうです。
篠田先生
ええ。しかし、人間にはスキンシップを必要とする場面があります。とくに子どもに対するスキンシップは非常に重要です。今回のコロナショックで、おそらく接触が嫌がられる傾向はこれまで以上に強まることになるでしょう。そう考えると、スキンシップを触感テクノロジーによって代替するということも十分ありうると思います。

触覚によって新しいエクスペリエンスを生み出す

篠田
もう一つ、僕が非常に可能性があると思うのが、観光分野です。旅行をする人が増えつつあるように思いますが、それでもコロナショック以前のように国内外を自由に動き回れる状況ではありません。

実際の観光の代替として考えられるのは、観光地の名産品を取り寄せるとか、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)の技術を使って観光を疑似的に体験するといったことですが、そこでも触覚テクノロジーを活用できる可能性があると思います。例えば、美術館や博物館の展示物に触れる体験をするとか、伝統工芸品づくりを疑似体験するとか、いろいろな方法が考えられそうです。

篠田先生
ニーズは確実にありそうですよね。そこでもどのくらいのリアリティを再現するか一つの論点になりそうです。超音波はコンピューターのプログラミングで簡単にコントロールできますが、強い力を生み出すことはできません。超音波が再現できる触覚と人間の想像力の相乗効果によってリアリティを生み出していくのが現実的な方法だと思います。
篠田
人間は、以前に一度体験したことは比較的想起しやすいと思うんです。砂利道を歩いたことがある人なら、砂利道の映像と、砂利を踏んでいる音と、触覚による刺激があれば、比較的容易に砂利道を歩いている感覚を得られるはずです。砂利を踏んでいる力を再現することはできなくても、ちょっとした触覚を与えることで、砂利の上を歩いているような「錯覚」を起こすことができるのではないでしょうか。そんなメカニズムを上手に活用できたら、可能性はさらに広がると思います。
篠田先生
確かに、人間の身体は実はかなりのお馬鹿さんで、簡単に騙されるんです。例えば、手元の運動そのままではなく、それと少しずれた映像を見ることで、手元の運動の軌道や力が変化したように感じます。熱いものと冷たいものが近くで同時に触れると痛く感じたりもします。言葉はあまりよくありませんが「騙しのテクニック」を使うことで、疑似的な経験のリアリティを高めることは可能だと思いますね。
篠田
逆に、あえて既知の感覚をずらすという試みも面白い気もします。映像を見て、そこから本来感じるべき触覚とは異なる触覚を与えて、認知的な混乱や気持ち悪さをあえて生み出すとか。それが新しい体験となったり、新しいクリエイティブをつくるきっかけになったりすることもありうると思います。
篠田先生
確かにそうですね。いずれにしても、まずはデバイスがもう少し進化して、広く普及することが必要です。絵や音楽は誰もが体験できますが、超音波による触覚はデバイスがないと体験できないですからね。
篠田
まずは、ゲームなどのエンターテイメント分野での普及を目指すという方向性もあるかもしれませんね。

ビジネスと研究の時間軸をいかにすり合わせるか

篠田
あらためて、これからの課題についてお聞かせいただけますか。
篠田先生
デバイスがもう少し扱いやすく安価になる必要があります。それから、データの整備も大きな課題です。現在のところ、触覚ビッグデータというものは存在しません。だから、どのような触覚がどのような効果を人にもたらすかということがまだよくわかっていないのです。数万から数十万規模のデータが集まると、触覚が人に与える微妙な心理的影響などを検証できるようになります。
篠田
産学連携でそれらの課題を解決できたらいいですよね。
篠田先生
ええ。問題は、「産」と「学」の時間軸をどうすり合わせていくかです。例えば、博報堂は人々のニーズを確実に捉えて、それにいち早く応えていくプロですよね。ビジネスの世界はスピード感が非常に大切だと思います。それに対して、研究は数カ月単位で物事が動く世界ではありません。そのギャップをどう埋めていくか。
篠田
おっしゃるように、基礎研究には長い時間が必要だし、ビジネスにはスピードが求められます。しかし最近では、博報堂の中にも、パートナーと長期的に協力関係を続けながら、将来的な事業化を目指していくという動きも出てきています。とくに、イノベーションに関わる分野は、すぐにアウトプットが実現できるわけではありません。逆に、すぐに答えが出るものの価値はそれほど大きくないとも言えます。海のものとも山のものともわからないものに取り組んでいく中で、大きなジャンプができるチャンスが生まれる。そんな考え方が必要とされていると思います。
篠田先生
そのようなお話を伺うと、とても心強いです。どんなにまじめに一生懸命取り組んでも、先を見通すことがなかなかできないのが研究の世界です。長期的なパートナーシップを組ませていただくことが可能なら、ぜひ共同でいろいろなことにチャレンジさせていただきたいですね。
篠田
今日お話をうかがって、今できること、将来的に目指されることは何かがよくわかりました。新しいテクノロジーは研究の時間軸ごとに適切な応用の方法があるのだと思います。3年後にできること、5年後にできること、10年後にできること。それぞれを見極め、研究とビジネスの時間軸を調整しながら、その時々で新しいものを生み出していければ素晴らしいと思います。今日はたいへん興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
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  • 篠田 裕之
    篠田 裕之
    東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻教授。東京大学大学院計数工学専攻修士課程修了。
    1998年に触覚受容器を選択的に刺激することで触感を再現する原理を提案、2008年に何も触れていない皮膚に空中で触感を生成できる超音波触覚ディスプレイを世界で初めて開発するなど、触覚を含む感覚への働きかけによって人間を支援する問題についてハードウエアレベルからの提案を行っている。
  • 博報堂DYメディアパートナーズ
    データビジネス開発局 
    データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。