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【連載 Creative technology lab beat Vol.3】 テクノロジストがビジネスをリードする新しいモデルを目指して
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【連載 Creative technology lab beat Vol.3】 テクノロジストがビジネスをリードする新しいモデルを目指して

クリエイティブとテクノロジーを掛け合わせ、クリエイティブプロセスや広告効果測定の刷新を目指す博報堂DYグループの横断型組織「Creative technology lab beat(以下、beat)」。その活動や人材を紹介する連載の第3回では、beatで活躍する若い世代のエンジニアが登場します。AI時代における「ビジネスがわかるエンジニア」の重要性や、beatのソリューションについて、beatのツートップである木下陽介と柴山大、若きデータサイエンティスト・川上孝介の3人が語り合いました。

木下 陽介
博報堂DYホールディングス 統合マーケティングプラットフォーム推進局 局長
博報堂テクノロジーズ マーケティングDXセンター 副センター長
テクノロジスト

柴山 大
博報堂テクノロジーズ 執行役員 プロダクト開発センター センター長
アイレップ 取締役CTO
negocia 代表取締役社長

川上 孝介
博報堂テクノロジーズ プロダクト開発センター
AI研究開発部 部長

エンジニア領域からビジネス領域に「染み出す」人材

──川上さんのこれまでの経歴を教えていただけますか。

川上
2013年に最初に就職したのは事業会社でした。そこでAIを活用したサプライチェーン最適化の研究に取り組みました。2019年に、その後博報堂DYグループに加わることになるnegociaに転職し、広告におけるAI活用の研究を始めました。現在は、グループ横断のテクノロジー専門会社である博報堂テクノロジーズに所属し、beatの活動にも携わっています。

博報堂テクノロジーズとbeatでこれまで主に手掛けてきたのは、AIで広告文を自動生成し、広告効果を評価するプロダクトの開発です。これは〈H-AI SEARCH〉というソリューションとしてグループ内で広く活用されるようになっています。現在は、その次のステップとして、画像や動画を自動生成し、評価するプロダクトの開発を進めています。

柴山
川上はいわゆるデータサイエンティストですが、技術領域だけでなく、プロダクト開発のディレクションまで担える点に強みがあります。AIを始めとする最新技術の動向を踏まえながら、その技術によって何をやるべきかというところまでをデザインできるわけです。エンジニアリングの領域からビジネスの領域にいわば「染み出している」人材と言ってもいいかもしれません。
今後最新テクノロジーを実装していく際には、彼のような人材の力が非常に重要になると思います。
木下
技術開発をゴールにするのではなく、技術によって具体的な価値を生み出していくことをゴールにできるエンジニア人材ということですよね。そのような人材は決して多くはありません。beatにとっても博報堂DYグループにとっても、非常に貴重な戦力であると考えています。

AIが広告文を自動生成し、広告効果を評価する

──あらためて、〈H-AI SEARCH〉の概要についてご説明ください。

川上
検索連動型広告における広告文の自動生成と評価。機能は大きくその2つです。広告文の自動生成はChatGPTなどの汎用LLMでももちろん可能ですが、それらの汎用LLMがつくることができるのは、あくまでも「広告文っぽいもの」です。それに対して、〈H-AI SEARCH〉はこれまでアイレップが手掛けてきた広告文に加え、世の中にある広告文を何千万というボリュームでAIに学習させ、それに広告の対象となる商品の情報を組み合わせることによって、限られた文字数の中でより効果が高いと考えられる広告文をAIが提案してくれます。AIが短時間で大量につくり出した広告文の中から、より優れていると考えられる広告文をプロのコピーライターが選び、手を加えて配信していく──。それが〈H-AI SEARCH〉活用の流れです。

──人が行うコピーライティングの作業をサポートするツールということですね。

柴山
そのとおりです。これまでの広告文は、コピーライターやクリエイティブディレクターの経験と勘という暗黙知から生まれるケースが多かったと思います。一方、AIは過去のたくさんのデータを学んでいるので、「よい広告文」を形式知として提示することが可能です。その広告文にプロの人手で磨きをかけて配信することで、広告成果の向上が期待できるわけです。実際、広告のクリック率が120%上がったといった事例が生まれています。

──広告評価の機能とはどのようなものですか。

川上
これも、過去の広告文がどのような成果を上げたかをAIが学習し、これから配信しようとしている広告文がどのくらいの効果を期待できるかを判定する機能です。その判定の結果をスコア化し、よりスコアが高いものを配信していくことになります。

──この場合の「広告効果」は、クライアントの課題などによって設定されるものなのですか。

柴山
検索連動型広告で最も重視される指標はクリックですが、その前にまずはインプレッションがなければなりません。広告が見られなければクリックもないということです。インプレッションを獲得するには、入札額に加えて広告文の質も重要な要素となります。そういった要素を総合的に踏まえて、「“見られて”かつ“クリックされる”広告文」という指標で効果をスコア化していきます。そのようなスコアの高い広告文を出した後で、広告文の実際のパフォーマンスを検証します。この作業を繰り返すことによって、広告効果をどんどん上げていくことができるわけです。
木下
検索連動型広告を運用する際は、広告文をたくさん用意する必要があります。
〈H-AI SEARCH〉を使えば、AIが大量の広告文案をつくってくれるという点で、まずクリエイティブ業務の生産性が上がります。また、そうしてAIがつくった文案を「クライアントが求めている成果や課題解決に資するかどうか」といった視点で人が検討することによって、広告文を修正し質を上げていくことが可能になります。さらに、その作業の結果出来上がった広告文の効果をAIで評価することもできます。非常にわかりやすく、かつ合理的な機能を持ったソリューションと言っていいと思います。beatがこれまで開発してきたプロダクトの中で最も使われているものの一つですね。

「見せたいものを正しく見てもらえる」動画をつくる

──柴山さんは同じくbeatのプロダクトである〈H-AI EYE TRACKER〉の開発責任者です。このソリューションについても説明していただけますか。

柴山
テレビCMを含む動画広告全般の広告効果を上げることを目指すソリューションが〈H-AI EYE TRACKER〉です。
広告の一番の役割は、企業やブランドのメッセージを的確に生活者に伝えることです。しかし動画広告の場合、そのメッセージを生活者にしっかり視認してもらえなければ、伝えたいことは伝わりません。では、「見てもらいたいものを見てもらえる」ようにするには、どのようなクリエイティブをつくればいいか。それを過去のデータから明らかにするのが〈H-AI EYE TRACKER〉の機能です。AIが広告を見る人の「注視点」を予測するソリューション。そう表現してもいいと思います。

──注視点を予測する仕組みとはどのようなものですか。

柴山
テレビCMをオンエアしたり、動画広告を配信したりしたあとで、アイトラッキングツールを使って生活者の目の動きを追うといった検証はこれまで何度も行われてきました。そういった調査検証のサンプルデータを大量に集めてAIに学習させることで、動画クリエイティブにおける人の注視傾向をシミュレーションする。そんな仕組みです。
木下
これもかなり画期的な技術です。グループ内のクリエイターに紹介すると、ほとんどの人が関心を持ってくれますし、活用例も増えてきています。「テクノロジー×クリエイティブ」というbeatのコンセプトをまさに体現したソリューションだと考えています。
柴山
クリエイターは、仮編集の段階にある動画を〈H-AI EYE TRACKER〉で判定することで「伝わる動画」をつくることが可能になり、その根拠をクライアントに示すこともできるようになります。デジタル広告の場合は、ABテストによって広告効果を事後的に検証することも可能です。

生成AIを活用した新しいクリエイティブワークのモデルを

──広告ビジネスの領域でも生成AIがたいへん注目を集めています。博報堂DYグループは、生成AIの活用にあたってどのような優位点があると考えられますか。

柴山
AIの品質は、AI自体のアルゴリズムの性能に加えて、学習するデータの質、量、バリエーションなどによって大きく左右されます。生成AIによって価値あるものを生み出すには、データ自体に価値がなければならないということです。その点で、博報堂DYグループは広告代理店グループであるが故に総合広告会社からデジタル専業会社まで、ナショナルクライアントからSMBまで、認知系クリエイティブから獲得系クリエイティブまで、と事業ドメインや担うマーケティング領域が多岐に渡っております。そのため広告クリエイティブ領域においても膨大かつ広範なデータがあります。広告への生成AI活用にあたっては、非常に大きな優位点です。

──生成AIを活用する際に気をつけなければならないのはどのようなことか。お考えをお聞かせください。

川上
生成AIは既存のデータを学習することによって文章や画像を生成するわけですが、学習の対象となるものの多くには著作権があります。著作権を侵さない仕組みが必要なのですが、その仕組みが現在はまだ整備されていません。そこに危うさがあると考えています。著作権者の権利を守りながら、生成AIの機能を活用する仕組みをどうつくるか。それを考えていかなければなりません。

柴山
生成AIによって実際にカメラで撮影したような画像をつくることは可能です。しかし、それはオリジナルの写真や画像が大量にあって、それを学習できることが前提になります。つまり、オリジナルの作品をつくる人がいなければ、生成AIは機能し続けることができないということです。
僕たちがつくらなければならないのは、オリジナルの作品をつくっている皆さんと生成AIが共存していけるエコノミーモデルだと思います。写真家やアーティストにベネフィットが還元されるような仕組みをどうつくるか。それがクリエイティブ業務を一つの生業としている博報堂DYグループが取り組むべき課題であり、その取り組みはすでにスタートしています。
木下
生成AI活用にはルールやガイドラインの整備が必須になりますが、一方で広告をつくるクリエイターの立場に立てば、あれをやってはいけないこれをやってはいけないという厳格なルールを決めてしまうことはクリエイティブワークの手足を縛ることにもなります。そのバランスをどう考えるか。そこが悩みどころだと思います。生成AIを活用することで、これまでになかったクリエイティブをつくれるようになる。生成AIはクリエイティビティを高めるための有用なツールである──。そんな認識が広まれば、クリエイティブの現場がルールを受け入れやすくなるのではないかと思います。
柴山
それはとても重要な視点ですよね。生成AIが学習しているのは「過去」の蓄積です。一方、広告クリエイターの役割は、「現在」を的確に捉えて、「未来」の時代をつくっていくことであると僕は考えています。生成AIが過去のデータから導いた解をもとに、それをビヨンドして新しい時代のあり方を提示していく。そんなクリエイティブワークのモデルをクリエイターの皆さんと一緒につくっていきたいですね。

「プロセスイノベーション」がもたらす価値

──今後、beatの中でどのようなことを実現していきたいと考えていますか。

川上
AIによる広告制作のプロセスイノベーションを実現していきたいですね。生成AIを上手に活用することができれば、制作プロセスのいろいろな段階をショートカットできるはずです。それによって、よりクリエイティブなプロセスに人の力を注ぐことができるようになると考えています。
柴山
広告制作のプロセスイノベーションは、クライアントにとっても大きなメリットになると考えられます。例えば、1つのバナーをつくる工数を100から10に短縮することができれば、制作コストは単純計算で10分の1になります。逆に、納品量を10倍にすることも可能です。あるいはそこで生まれた余白の時間で、クライアントやその先にいる生活者に提供するサービスやソリューションをつくることができるかもしれません。つまり、プロセスイノベーションはたんに効率化を実現するだけでなく、新しい価値を生み出す取り組みであるということです。

──川上さんのような若い世代のデータサイエンティストに期待することをお聞かせください。

柴山
今後生成AIが汎用的に使われるようになると、ビジネス現場でAIを的確に扱える人材が求められるようになるはずです。ビジネスのことを理解しながら、エンジニアリングのプロとしてAI活用をサジェストし、テクノロジーの側からビジネスをリードしていく。そんな存在であってほしいと思っています。
木下
人のレベルでの「テクノロジー×クリエイティブ」を推進する役割をぜひ担ってほしいですね。テクノロジーサイドのメンバーとクリエイティブサイドのメンバーの交流が促進されて、互いにいろいろな気づきを得られるようになれば、そこからさらに新しいものがどんどん生まれていくと思います。僕自身も、そのような機会を積極的につくっていきたいと考えています。

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