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RetailX レポート後編:業界の地殻変動が進む中で、手を取り合う大手流通とD2Cブランド
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RetailX レポート後編:業界の地殻変動が進む中で、手を取り合う大手流通とD2Cブランド

世界最大のECカンファレンスIRCEが2019年RetailXと名称を変え、米国・イリノイ州シカゴで2019年6月25日(火)~6月28日(金)に開催されました。RetailXレポート前編では、オンラインのUX作り込みのトレンドから一転、オフライン店舗への投資がトレンド化していることをトピックとして博報堂CMP推進局の川島聖巨からご報告しました。

後編では、カンファレンス・フィールドワークを通じて見えてきた、大手流通企業とD2Cブランドの新しい関係性について博報堂CMP推進局の阿部佳織からご報告します。

D2Cブランドを多数買収するWalmartの目的

今回のカンファレンスでは、Walmartが様々なD2Cブランド(アメリカではDTCブランド、Digitally Native Vertical Brandといった呼称が同じような意味で使用されます)を買収していることが度々話題に登り、買収された企業の担当者も登壇していました。実際にWalmartが出店していたブースを訪れたところ、Bonobos、Modcloth、Moosejaw、Eloquii、jet.comなど多くのブランドがWalmart傘下に名を連ねています。2017年から繰り返されてきたD2Cブランド買収の目的は何なのでしょうか。カンファレンスに登壇していたBonobosの創業者とMoosejawのCMOによるセッションを元に、紐解いていきたいと思います。

メンズアパレルのD2C企業「Bonobos」の創業者であり、現在はWalmart デジタルコンシューマーブランド部門のSVPを務めるAndy Dunn氏は、カンファレンス二日目のKeynoteに登場。セッションではBonobosの創業から2017年にWalmartに買収されるに至った経緯、そして今後のECビジネスの展望が当事者ならではの実感と共に語られました。

Walmart USのEコマース部門の現CEOであるMarc Lore氏とDunn氏はBonobos時代から長年の信頼関係があり(当初はLore氏も別の事業に携わっていました)、その関係性が買収のきっかけとなったそうです。しかし、ニューヨークで創業し若く感度の高い従業員を多く抱えるBonobosと、良くも悪くもアーカンソーの巨大企業であるWalmartとのカルチャーのギャップはあまりにも大きく、買収の打診があった当初は葛藤が大きかったとのこと。その後、Lore氏やWalmart経営陣と対話を重ねるうちに常に企業としてアップデートし続けるWalmartの姿勢やビジョンに共感し、参画を決意するに至ったそうです。
現在、Dunn氏はBonobosのCEOの座を後任に譲り、Walmart eCommerceの経営メンバーとなっていることを踏まえると、Walmart側としてこの買収の目的は第一に「優秀な経営人材の確保」であったと思われます。もちろん、「アパレル分野におけるブランド構築ノウハウ獲得」への期待もあったでしょう。
実はWalmart傘下となったBonobosはWalmartのプラットフォーム上で商品を販売していません。Walmartの子会社の一つであるjet.comというECサイト上ではBonobosの商品を取り扱っていますが、基本的には独立経営を維持しつつ、サプライチェーン、ロジスティクスの効率化など巨大流通企業の恩恵を受けビジネスの更なるスケールを試みているようです。
Dunn氏はオフライン流通とD2Cの関係について、“E-commerce doesn’t work without brick-and-mortar.(ECは実店舗なしでは機能しない)”
“Don’t underestimate the power of existing retailers that have been around for years(既存の流通の力を過小評価してはいけない)” など、オフライン店舗を持つ流通とD2Cブランドの融合の重要性を何度も繰り返していたのが印象に残りました。

Walmart傘下のブランドの一角、アウトドア用品販売企業のMoosejawからはCMOのDan Pingree氏が登壇。買収後のMoosejawとWalmartのユニークな関係性を紹介しました。(Moosejawは実店舗・オンラインストア両方を抱えているので、狭義のD2Cブランドにはあてはまりませんが、優れたEC戦略・プロモーションからオンラインマーケティングのリーダー企業として認識されています)
Moosejawは「プロモーション期間中にカヤック・SUPを購入すると送料1ドルで巨大なバナナ型の梱包で配送」といったユーモアを重視した独特の顧客体験、コミュニケーションへのこだわりで知られていて、買収後はBonobos同様独立経営・独立ECを維持しています。一見買収サイドにとっての利益は薄いように思われますが、実はWalmart.comのプレミアムアウトドアストアをMoosejawがクレジット付きでキュレーションしているそうです。つまりこの買収のケースでは、「Moosejaw社のアウトドア用品セレクト力、編集力を活用し自社ECのアウトドア用品売上を強化する」ことが目的といえるでしょう。その他に、Pingree氏は「Moosejawが築いてきたアウトドアブランドとの関係値獲得」もメリットの一つと話していました。

Moosejaw側にとっても「ほぼすべての属性のターゲットにアプローチできるWalmartと組むことで、特定のデモグラフィックに限られていたターゲットユーザーの拡大」が見込めるということで、両者にとってメリットがある関係だそうです。
(※現在のWalmartオンラインストアの顧客デモグラフィックはAmazonユーザーのデモグラフィックとほぼ一致するそうで、「高所得者層はWalmartオンラインストアを利用しない」というステレオタイプを払拭するデータも提示されました)

経営人材の獲得、売上を強化したいカテゴリーのノウハウ獲得、さらに深読みをするとユーザー支持を集める若いブランドを取り込むことによる自社のレピュテーション向上など、Walmartの買収はブランドごとに様々な目的があると考えられます。しかし繰り返される買収の先には一つの大きな戦略があるようです。Andy Dunn氏のセッションの終盤で、Walmart USのEコマース部門は今後「Netflix型戦略」をとると語っています。仕入れ販売型ビジネスは価格競争やコモディティ化が避けられない中で、Netflixのように自社でプロダクトを開発して売ることで値下げ競争から抜け出すという戦略です。

実際にWalmartはM&Aを重ねて獲得したナレッジを生かして、自社プライベートブランドの開発も進めています。2018年にWalmart初の「Digital Native Brand」と銘打たれてローンチしたマットレスブランドAllswellがその一例です。

D2Cブランドとして統一されたブランド体験をもたらすために、AllswellはWalmart.comを経由しないブランドサイトからの直接購入も可能となっています。ブランドサイトを確認してみると、サイト自体がよく作り込まれているのはもちろんですが、700~800ドル前後のマットレスが市場に多数存在する中で、最も安いSKUに至っては345ドルという破格で参入している点も目を引きます。(元々はより高額な価格設定で販売を開始したものの、目標に到達しなかったため、大幅値下げを決断。その結果現在は非常に好調な売れ行きとのことでした。)このように、流通の王者が成功したD2Cブランドのノウハウを学びUXを磨いた上で価格競争力を持ってD2C市場に参入するという流れは、今後他カテゴリーでも起きうる「兆し」であると感じました。

フィールドワークから見た兆し:大手流通の実店舗で「ファーストタッチポイント」を獲得するD2Cブランド

カンファレンス以外にも、フィールドワークとしてシカゴの大手流通実店舗を訪れてみたところ、D2Cブランドがオフラインに売り場を持つケースが複数見受けられました。

今回訪れたドラッグストア大手のWalgreensの店舗には、化粧品サンプルのサブスクリプションサービスとして有名なBirchboxの売り場がありました。Birchboxは月10ドルで入力した肌や髪に関するデータに応じたスキンケア・メイク品等のサンプルが毎月届き、気に入ったらフルサイズをオンライン購入できるというサービスです。Walgreensの売り場ではすでに用意された何種類かのサンプルセットを購入できるだけでなく、「Build Your Own Birchbox」として好きなサンプルを自分で選び、好きなデザインの箱に詰め合わせることができるサービスも提供されていました。
一部の報道によると、サブスクリプションサービスの草分け的存在として注目を浴びていたBirchboxも近年は競合サービスとの競争が激化し、新規会員獲得のペースが落ちていたとのことで、実店舗で競合に埋没することなくターゲットとのタッチポイントを持つことができるというのは経営サイドにとって魅力的だったのではないでしょうか。Walgreens側としても、Birchboxの売り場を設けることで比較的高価格帯の商品が多い美容カテゴリーの商品を求める顧客が増えるというメリットがあるでしょう。ちなみに、WalgreensはBirchboxに少額出資し、現在この二社間には資本関係があるとのことです。

https://www.walgreens.com/topic/brand/birchbox-partnership.jspより

大手ディスカウントストアのTargetの店内ではでは消費財系のD2Cブランドがいたるところに出現していました。大々的に売り場を持っていたブランドは、Harry’sとFlamingoというカミソリサブスクリプションのブランドです。その他にも、生理用品サブスクリプションのCORA、歯ブラシサブスクリプションのquip、歯磨き粉のhelloなど様々なFMCGカテゴリーでサブスクリプションにつながるブランドを多く取り扱っていました。
これまでオンラインではアプローチできなかった層の新規顧客を超大手流通のオフライン店舗で獲得し、替刃などの消耗パーツをサブスクリプションで契約獲得できると考えると、サブスクリプション事業を扱うD2Cブランドにとって大手流通との連携はメリットが大きいと考えられます。Target側にとっても、買い物客により多くの選択肢を提示できるということで、これらのブランドとのパートナーシップは相互にメリットがある関係性といえるでしょう。

https://corporate.target.com/article/2016/08/harrysより

まとめと展望:変化し続ける大手流通企業とD2Cの協力関係

以上、Walmart, Walgreens, Targetといった北米リテール業界の巨人たちがどのようにD2Cブランドとパートナー関係を結んでいるのかをご紹介してきました。魅力的なブランドを買収することでノウハウや人材を獲得し、果てにはプライベートブランドを開発するという狙いを持つ大手流通企業と、オフライン店舗にタッチポイントを構えることで新規顧客獲得を図るD2Cブランドが手を取り合うことは、合理的かつ自然な流れと思えます。
今回の視察を終え、この流れは更に加速していくものと見立てましたが、我々の帰国直後にその予想を大きく裏切るニュースが報じられました。カンファレンス終了から一週間も経過していない7月3日に、WalmartがBonobosを含むいくつかのブランドの売却を検討していると報じられたのです。
記事によると、Walmart USのEコマース部門は今年10億ドル(約1000億円)以上の損失を計上する見込みで、中でもModcloth、Bonobos, Eloquiiといったアパレルブランドの業績がいずれも期待値を下回ると言われているようです。Eコマース部門を統括するMarc Lore氏に対して、不採算事業を売却するよう社内の圧力もあり、Bonobosは売却を免れることができそうですが、Modclothというレディースブランドは今期のうちに売却される可能性が高いと見られています。Lore氏はAmazonとの差別化のために積極的に投資・買収を進めてきましたが、来季はD2Cブランドの買収は一度ストップしてしまいそうです。
また、本来Lore氏が入社する前に開始したオンライン生鮮食品販売の成功による増収も、メディア露出の多いLore氏の功績と結び付けられるケースが多いことから、Walmart US  CEOのGreg Foran氏とLore氏の関係も以前ほど良好ではなくなっているという声も出ています。やはり巨大企業のWalmartですから、D2C買収・プライベートブランド強化の路線で一定の収益が出せない以上は、内部からも異議が出るのは避けられないということでしょうか。
大手流通企業の基準から見たときに、買収・連携したD2Cブランドが一朝一夕に期待値に見合った利益を出すことは難易度が高いと思われます。今回ご紹介した各企業はこの新しい関係性をどのようにマネジメントしていくのでしょうか。「大手流通とD2Cの協力」がどれだけ継続していくか、どのように変容していくのか、引き続き注視していきたいと思います。

  • 博報堂 CMP推進局
    2013年入社後、トイレタリー・化粧品・食品・OTCなど消費財領域を
    中心にマーケティング戦略立案を担当。
    現在はグローバル領域における企業のデータマーケティング支援、
    およびコマース領域の事業・ソリューションの研究開発に取り組む。