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RetailX レポート前編: EC時代に、オフライン店舗が今再注目される理由とは?
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RetailX レポート前編: EC時代に、オフライン店舗が今再注目される理由とは?

世界最大のECカンファレンスIRCEが2019年RetailXと名称を変え、米国・イリノイ州シカゴで2019年6月25日(火)~6月28日(金)に開催されました。EC先進国と言われるアメリカでは、リテール領域でデジタル化が急速に進んでおり、現地シカゴの街でも、昨年には見られなかったAmazon Goが4店舗開設されていたり、Amazonに買収された影響で大手スーパーのWhole Foodsの店内の雰囲気が変わっていたりと、テクノロジーの普及や、企業の統廃合など地殻変動が進んでいます。
そんな中、今年のRetailXのテーマは、「ポストデジタル時代」。昨年まではオフラインとの連動は語られつつもやはりテーマの中心にはECがありましたが、今年は、オンライン×オフラインの中でも、リアルな体験にさらにスポットライトが当たり、オフライン店舗単体をテーマとしたセッションやブースが目立っていました。
本レポートでは、前編では博報堂CMP推進局の川島聖巨から、「ECカンファレンスなのにオフライン店舗への投資が加速」をテーマに、後編ではCMP推進局の阿部佳織から、「業界の地殻変動が進む中でD2C と大手流通が手をとりあう」 をテーマに紹介します。

飽和したデジタルコミュニケーション

Retail Prophetの創業者であるDoug Stephensによると、とある学校の教室で検証を行ったところ、授業中のたった45分の間に、生徒のスマートフォンへ合計1000回以上のプッシュ通知がありました。これだけの頻度で通知が届いていたら、一つ一つの通知の内容を見ていくことは簡単ではないでしょう。生活者は今スマホを通じて情報過多に陥っており、デジタル広告やデジタル上のコミュニケーション施策が飽和しています。実際に、デジタル広告のROIが年々悪くなってきていることにも触れられ、デジタル上でコミュニケーションを取っていくことの限界性が指摘されました。一方で、店舗をメディアとして投資する動きが今後のブランド成長の勝ち筋だと同氏は述べています。

「Amazon脅威」から「Amazon活用」の流れは加速

これまでのIRCEのもう一つの争点といえば、Amazon対抗でした。アメリカのEC市場の約49%を占めるといわれる巨大ECプラットフォームAmazonは、ブランド事業者にとって、最も驚異的な存在であり、Amazonとどう対抗していくのか?が近年語られてきました。しかし、前述したデジタル上でのコミュニケーションの飽和、そしてコマースの争点はポストデジタル時代へと、テーマが移り変わるにつれ、事業者にとってAmazonへの恐怖感はより薄れてきていると感じました。特に、「Get Seen: Have a Brand Identity on Online Marketplaces」のセッションでは、Amazonを活用するための15のティップスが具体的に紹介され、AmazonのPrivate Brandに負けないための戦略やAmazon内広告のベストプラクティスが紹介され、多くの事業者が冷静にAmazonを活用してきているのが伺えます。

メディアは店舗へ、店舗はメディアへ

一方で、メディアの変遷を振り返ると、パソコンやスマートフォン、カタログやソーシャルメディアまで、これまで多くのメディアが商品の販売を開始し、物販に事業領域を拡大してきました。こうした、すべてのメディアが店舗化していくという大きな潮流の中で、これまで「商品のマーチャンダイズ」「商品情報の提供」「購入の場」という役割を担い続けてきたオフライン店舗はどのような役割を果たしていくべきなのでしょうか。その答えとして、Doug Stephens氏は、オフライン店舗はメディアとして活用すべき時代である、と主張しています。

オフライン店舗の特徴として、没入感の高い個々人に合わせた体験を提供することで、デジタル上では実現が難しい、エンゲージメント性の高いブランド体験を提供できる点があります。こうした特性を活かし、実店舗のメディアとして既に活用している事例として、Apple StoreやNikePlus会員限定ストア、また日本の事例として、原宿のTiffany Café、ブックカフェの文喫などが紹介されました。

その中でもひと際目立っていたのが、おもちゃ販売会社のCamp。一見普通の店舗ですが、店内の棚の1つが秘密のトビラになっており、扉の先には、ベースキャンプと呼ばれる遊び場が広がっています。子供たち(Camperと呼ばれる)は、その中を走り回り、好きなものに触り、自由に遊び回ることができます。例えば、DJブースなどの体験型の遊び場があり、加えて、アートやクラフトのワークショップなども実施されています。(※飽きないように、2-3ヶ月に一度Basecampのコンセプトは変化していくようです。)

また、こうした取り組みは大手ブランドにも見られます。アパレルブランドのCanada Gooseでは、一部のFlagshipストア限定で、「The Cold Room」という体験を提供しています。店内に極寒の特別室があり、Canada Gooseのダウンを着て極寒体験をすることができます。季節的にも暑いシーズンに限定して開催しているようで、商品の特徴を最大限に生かしたユニークな体験を提供し、結果として購買意欲喚起に成功している良い事例に感じました。

デジタル広告では再現できない費用対効果

今回驚いたのは、費用対効果まで見た上でオフライン投資への取り組みが語られていたことです。まず、わかりやすい比較として使われていたのは新聞広告とスターバックス店舗のメディアバリューの比較です。単なるインプレッション数で比較しても、とある新聞媒体では、週に250万人にしかリーチできない一方、スターバックスには週に9800万人が訪れており、単純計算でも約40倍近い効果があります。さらに、この店内での濃密なブランド体験は、滞在時間、インタラクションの数、没入度等様々な要因を加味していくと、デジタル広告の効果では計算しきれないほどの莫大な効果に換算されることが指摘されていました。

オフライン投資効果を可視化する

こうしたオフライン投資の効果のデータによる裏付けも非常に進んでおり、実際に展示会場では、オフライン店舗内のトラッキングソリューションが目立っていました。その1つがShopperTrakです。まるでEC店舗のように、オフライン店舗の訪問者、購入者、滞在時間、回遊パターン等をトラッキングし、データの取得、可視化を実現しています。これまでMACアドレスというスマートフォンの発するデータを取得することで店内訪問を測定する店内トラッキングソリューションは知られていましたが、Wifiセンサー、店内カメラ、Bluetoothなど複数のトラッキング手法を店舗状況によって組み合わせ、より精緻にデータ取得を実現していることが特徴的でした。またダッシュボードもオンラインの販売データと横並びで、オフラインの販売データを見ていくというシンプルなUIで、キャンペーン後の効果検証の指標として、オフラインとオンラインの数値を並行して見ていくというコンセプトが秀逸です。

ブランドエクスペリエンスの場としてのオフライン店舗投資への注目 フィールドワーク編

これまでブランドエクスペリエンスの場としてのオフライン店舗投資への注目が集まっていることを紹介してきましたが、最後に今回シカゴで見て回った体験型のストアを紹介します。

The NikeLab Chicago Re-Creation Center

Re-Creation(再生)をテーマに、Virgil Ablohとの共同プロジェクトで造られたNikeLab。店内に入ると、Nikeの靴が分解された繊維が左右一面に埋め尽くされた通路に繋がっています。通路を抜けた先には広々とした店内が広がっていますが、販売商品の展示はごく一部のみです。また、服の展示に使うマネキンには靴から再生された繊維素材で使われています。中でも店内で最もユニークだったのは、Nikeの靴を持ちこみリサイクルに出せるようになっている参加型のブース。実際に多くの人が、使い終わった靴をRe-Creationへ出しに来店していました。出された靴は、店内上部を走っているベルトコンベヤーを通り、分解の工程へ運ばれるコンセプトになっています。アメリカでは近年、サスティナビリティ意識の高まりが見られ、こうした問題に対して、ブランドが消費者とともに、自分事化して、取り組む機会提供の場ともなっていました。また、Nikeアプリを連動させ、会員データを取得しており、来店データを活用しCRMのパーソナライズ化に繋げていることも想像できました。

Bonobos Guideshop

Bonobosは2007年創業のアパレルD2Cブランド。今回は、そのBonobosのGuideshopという先端的な店舗に訪問しました。話には聞いていたのですが、レジや在庫、決済機能すら存在せず、ただMacBook Airとショールームがあるだけ、という店内に改めて驚かされました。実際にGuideshopで商品の購入を体験したところ、店員がまるで友人のようにサイズや着方のアドバイスをくれ、リラックスした会話の関係性の中からブランドに親しみを持つことを目的としているようで、日本の買い物体験とは違った新鮮さがありました。

Allbirds

メリノウール製の超軽量スニーカーを販売するD2CブランドのAllbirds。世界一履きやすいスニーカーと称され、D2Cブランドでは珍しいユニコーン企業でもあります。実は今回シカゴの店舗を散策したエリアが幸運にも、Bonobos、Warby Parker、Allbirdsの3店舗が隣り合わせに連続して並んでいたのですが、中でも圧倒的にAllbirdsの店内が賑いを見せていました。実はこのブランド、ライナー部分までユーカリの木やサトウキビ、羊など、靴の部位すべてが再利用可能な原材料で造られており、店内の内装を通じてブランドのこだわりやストーリーが自然と楽しく体験できる店舗になっていました。

まとめ

デジタル上の体験の飽和・同質化の背景から、デジタルメディアのカウンタパートとして注目を浴びるようになったオフライン店舗は、デジタルでは模倣できない体験やそこからの拡散性を強みに成功例が生まれてきています。これまでオフライン回帰のトピックは、テクノロジーの進化の節目ごとに注目されてきましたが、今回のRetailXではROIの視点や、データ活用・統合の視点を踏まえて、オフライン店舗の活用が数字を持って議論されていたことが印象的でした。
今後、オフラインデータの活用・統合は粛々と進み、カスタマージャーニー全体でデータを見ていくことが主流になっていくと考えられます。これからは、オンラインとオフラインを統合したブランドエクスペリエンスの提供、オフラインとオンラインのデータ統合、KPI設計、ブランド体験全体でのPDCAサイクルの構築等が新たに取り組むべき課題と捉える必要がありそうです。
本レポート後編では、「近年地殻変動が大きく進んでいると言われる、D2Cブランドと大手流通の連携」について、事例を交えながら紹介をしていきます。

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  • 博報堂 CMP推進局
    得意先グローバル事業及びコマース事業の戦略策定、顧客体験設計、
    EC基盤構築、CDPデータ基盤構築、分析・PDCA設計を担当。
    コマース領域を中心に、国境を越えたグローバルスタンダードな
    サービス開発・事業開発・ソリューション開発を研究・実践中。