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「居心地の良い」メタバースが、人を差別や区別から解放する Gaudiy x HAKUHODO Fintex Base(連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.10)
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「居心地の良い」メタバースが、人を差別や区別から解放する Gaudiy x HAKUHODO Fintex Base(連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.10)

近年様々なフィンテックサービスが登場し、日常的に利用する人も増えています。フィンテックサービスに関する生活者の意識・行動の調査研究を行うプロジェクト「HAKUHODO Fintex Base(博報堂フィンテックスベース)」のメンバーが、フィンテックを支える多様な分野の専門家とともに、新しい技術によってもたらされる新たな金融体験や価値を考える記事を連載でお届けします。
第10回となる今回は、ブロックチェーン技術などを活用したファンプラットフォーム「Gaudiy Fanlink」を開発・提供 する株式会社Gaudiy CEOの石川裕也さんと、HAKUHODO Fintex Baseの水上が、ファンコミュニティ事業を立ち上げた背景や可能性、Web3.0(※)やメタバースといった新しいテクノロジーがもたらす未来などについて語り合いました。

※「Web3.0」
一部のプラットフォームにデータとIDが集権化されている現代から、個人が分散的に管理することを提唱する概念。関連技術・概念として、ブロックチェーン・NFT・DAO(分散型自律組織)など。

株式会社Gaudiy CEO
石川 裕也氏

HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第一ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 マーケティングプラニングディレクター
水上 裕貴

日本の優れたエンタメを武器にグローバルでの展開を目指す

水上
石川さんがGaudiyを立ち上げられたのは2018年とのことですね。どのような経緯で設立にいたったのですか。
石川
テクノロジーが好きでいろいろなことに取り組んでいた流れから、はじめはAIの会社を立ち上げました。その後会社を売却して、Gaudiyを設立しました。
Gaudiyで提供するサービスの核になっているブロックチェーンと出会ったのは、その前年の2017年です。最初は「ビットコインに使われている金融のための技術だな」と思ったくらいであまり興味がわかなかったのですが、「Dapps(Decentralized Applications)」と呼ばれる分散型アプリケーションが作れることを知ってから強く惹かれ、いろいろ調べるようになりました。当時、Dappsを開発している会社は世界でも少なかったのですが、その成長性やユーザーの熱狂度、そこに醸成されるコミュニティの素晴らしさといったことに感銘を受けました。それがGaudiyの創業につながっています。
水上
Gaudiyでは現在、コンテンツを中心としたファンコミュニティのためのプラットフォーム「Gaudiy Fanlink」を提供されていますが、創業当初からそういったビジネスモデルを展開されていたのでしょうか。
石川
いえ、最初はブロックチェーン技術を活用したコミュニティに関連する事業をもっと幅広く展開していました。その中でエンタメのコミュニティが事業において最も魅力的だと感じて、創業から半年ほどして領域をエンタメに絞ることを決めました。
もう1つ、日本の強みが生かせることもエンタメに絞った理由です。現在グローバルでトップ15 に入るエンタメ企業のうち、7社は日本の企業です。日本からグローバルでの普及を目指すプロダクトを作る際に、日本のエンタメの力は強力な武器になると考えました。
水上
エンタメのコミュニティは、特にどのような点が魅力的と感じられたのですか。
石川
熱狂の度合いですね。エンタメのコミュニティであればファン同士で話したいことが沢山あるし、二次創作も行われるし、より普及させるために貢献したいという人も出てきます。そういった盛り上がりが自然に起こることが、とても魅力的だと感じました。

デジタル上でのアイデンティティがリアルを超えていく

水上
Gaudiyは、昨年秋に開催されたアイドルフェスティバル「TOKYO IDOL FESTIVAL(TIF)」に、アイドルとファンをつなぐコミュニティサービスをはじめ、NFT チケット、NFTサイン会、NFT を使ったアイドル応援投票など、NFTを活用した新しいエンタメ体験を提供されました。
ここで一つ疑問があるのですが、デジタルサインの良さも何となくわかるものの、実際に会ってサインしてもらうことと比べてどんな価値があるのか、いまいち理解できない部分があります。
事実、我々HAKUHODO Fintex Base が定点的に行っている調査によれば、Web3.0に関連するサービス(調査では「NFTを活用したサービス」で聴取)の認知率は若干ではありますが増加傾向にある一方、興味や利用意向は伸び悩んでいます。「実際、自分たちの生活にどんないいことがあるのか?」と具体的なメリットを想像できない方々も多いのではないかと思っています。

HAKUHODO Fintex Base実施 定点調査

石川
例えば私があるアイドルのファンだとして、リアルでサインをもらうこととデジタル上でNFTサインをもらうことのどちらがうれしいかといったら、それは圧倒的にリアルのサインです。この理由は、デジタルの魅力がリアルをまだ上回っていないことにあります。

ただ、電子メールができたばかりの頃は、ファックスや電話の方が良いと言っていた人がまだ多かったことからもわかる通り、一定期間はそれまで使っていた道具の方が評価が高いことは当然でもあります。重要なのは、今後デジタルでどのような価値が作られていくかです。具体的には、デジタル上でのアイデンティティがリアルのアイデンティティを超えるようになった時、NFTサインは大きな価値を持つようになると考えています。

水上
デジタル上でのアイデンティティがリアルを超える、とは具体的にどのような状態を指すのでしょう。
石川
メタバースのサービスやその利用が大きく進んだ状態です。メタバースとは、現在はバーチャル空間のことを指す言葉になってしまっていますが、元々はデジタル上でアイデンティティを持つことを意味していました。メタバース上のアバターが持つアイデンティティが現実のアイデンティティより重要になる、という時代が将来確実に訪れると考えています。
水上
それはかなり先のように思えてしまうのですが、どれくらいで実現されると考えていらっしゃいますか。
石川
遅くても10~15年で来ると思っています。すでにその兆しは多くみられます。例えば、学歴よりSNSのフォロワーの方が欲しいという中高生は増えていますよね。小学生の間で世界的に人気があるデジタルゲームのプレー人口は、同じ世代のどのスポーツのプレー人口よりも多いそうで、そのゲームが上手いとすごくモテるそうです。このように、デジタル上のアイデンティティにリアルよりも価値を置く状況はすでに生まれています。全員ではないかもしれませんが、「デジタル上のアイデンティティの方が優れているよね」と感じる人は確実に増えていくでしょう。

デジタルのアイデンティティには大きな可能性があります。ある人気アイドルグループのオーディションと、VTuberのオーディションに同時期に関わったことがあるのですが、応募総数はほぼ同数でした。これは、前に出て発信する仕事はしたいけれど、顔や身長などの見た目によって阻まれてきた人がいかに多いかを表していると感じます。見た目によっていろいろな制限をかけるのは、ある種の差別のようなものです。ですから今、見た目も年齢も性別も関係ないバーチャルな世界観が強く求められるようになっているのです。

デジタルは物理的な制限を解除する

水上
デジタルのアイデンティティの価値が高まった時、リアルな世界はどういう位置付けになると思われますか。
石川
最終的には、デジタルのアイデンティティはリアルのアイデンティティを強化するものになると考えています。例えばビジネスの場で一度だけお会いした場合、そこから親友に発展することはなかなかありませんよね。友達になるような出会い方ではありませんし、共通の関心事があるかどうか確認するにも至らないでしょう。世代や性別が違ったらなおさらです。
しかし、もしデジタル空間で先に会っていたらどうでしょうか。性別や年齢、容姿などにとらわれず会話して、もしかしたら共通の趣味が見つかり、ものすごく仲良くなれるかもしれませんよね。その上でリアルで出会ったら、本当の親友になれるかもしれません。

人間という生き物は、簡単に他人をカテゴライズし、区別したり差別したりします。これは遺伝的にある意味仕方ないものであるとは思いますが、人付き合いのあるべき姿からすると本質的ではないと感じます。ですから将来的には、バーチャルでさまざまなカテゴリーを外した上でお互いを知り、最終的にリアルに着地して親友になる、という世界になっていくのではないかと考えています。

ハーバード大学が実施したある研究(※)によると、人の幸せは富や名声 といったことにあるのではなく、同じ志を持った人と頼り頼られる関係を築けているかが全てだということがわかったそうです。つまり、人と良好な関係性を築けるかどうかが幸せに直結します。ですが、人間は住んでいる土地や国などの物理的なインターフェースに交友範囲を制限されます。そうした制限を解除できるのがデジタルであり、ブロックチェーンのコミュニティだと考えています。自律分散型で運営されるブロックチェーンのコミュニティには、国や性別など属性に関係なく誰もが簡単に所属できます。このコミュニティの中で、多くの人が頼り頼られる関係を築くことができれば、「デジタルの一番の価値は、人の幸福を実現できること」と言えるようになると思います。

水上
人の中身という、本質的なことで繋がりあえる心の拠り所がある将来は素敵だなと思います。
お話を聞いていると、そういった時代の到来は、そう遠くないことのようにも思えてきました。類似のサービスももしかしたら増えるのかもしれないと考えた時に、どんな体験があると生活者は集まってくるのでしょうか。
石川
最新の素敵な技術を使っているだけでは、ユーザーは集まってきません。ファンの皆さんがコミュニティに対して「居心地の良さ」を感じられるかが重要だと思います。居心地がいい状態というのは、その空間の中で認められている実感や自分の居場所があると感じられることです。先ほど申し上げた「頼り頼られる関係性」の有無が、居心地に繋がるのではないでしょうか。
ファンはコミュニティを提供してくれた企業に対して「ありがとう」と思い、企業はファンのおかげでコンテンツが普及したり、売り上げに繋がったりする。そういう良好な関係性を築いていきたいですね。
水上
「居心地」というと、食卓のような物理的な空間をイメージしますが、Web3.0の時代にも重要なテーマになるんですね!マーケティングにおけるコミュニティ作りの重要性は既に言われてきていることですが、とても重要なキーワードだと感じます。
中央集権的に管理しない場合、コミュニティの運営方法も重要になってきますよね。DAO(分散型自立組織:Decentralized Autonomous Organization)の概念は理想的なものですが、一部の「声が大きい」人の独裁になっては、理想からかけ離れたものになります。石川さんも、各所で多数決はあまり良くないとおっしゃっています。どのような形で運営するのがいいのでしょうか。
石川
コミュニティの運営方法については当社としても非常に重要視していて、経済学者の2人にも顧問として加わってもらい、頻繁に会議で話し合っています。現状では、コミュニティを運営する企業から3人、コミュニティのユーザーから候補者を募り選挙で選出された3人、ユーザーからくじ引きで選ばれた3人の、合計9人で話し合いながら運営していくのが最善だろうと考えています。
水上
くじ引きというのは意外ですね!
石川
例えば企業内で偉くなる人はとても優秀ですよね。そういった方は「優秀である」という時点でマイノリティであり、企業全体の平均を体現した人でないんです。ですから、くじ引きによって平均的な人を抽出するのは非常に有用だと考えています。
そうして選ばれた9人が、基本的には全員合意するまで話し合って方針を決めます。どうしても合意にいたらない場合に限って多数決を行うようにします。
水上
Web3.0の話題となると、どうしても新技術、いわゆるハード面ばかりが取り上げられがちですが、行動経済学的なアプローチによるソフト面の仕組みづくりも同様に大切なのですね。

将来は世界を代表する企業に

水上
最後に、Gaudiyの今後の目標を教えてください。
石川
短期、中期、長期でそれぞれ目標があります。短期では、シリーズCで資金調達し、ユニコーン企業(創業10年以内に10億ドル以上の評価額がつく非上場企業)になることです。日本の成長のためには新しい産業を生み出さなければならないことは誰しもがわかっていると思います。過去の傾向から、大きな技術革新は20年に1回程度起きていますが、次の革新はWeb3.0やメタバースであることは自明です。先ほどもお話ししたように、日本はエンタメに強いですから、そうした力を生かすことができる分野でユニコーン企業が出てくれば、そのサービスは世界中に広がると思います。今はいろいろな条件が揃ったタイミングですので、2年ほどを目途にこの目標を達成できればと考えています。
その実現のためには、優れた体験ができるプロダクトを作る必要があります。どんなに技術が優れていても、優れた体験がないと利用してもらえません。ファンの方にとって居心地のいいコミュニティを作り、企業やファンの良好な関係構築に貢献していけたらと考えています。

また当社の事業に限りませんが、ブロックチェーン業界として短期で行うべきこととしては、まず法規制の課題をクリアにすることです。ブロックチェーン企業を経営している人の中には、長期的な視野を持たず、短期の利益を追求している人も多くいます。そういった企業が問題を起こして規制ができてしまうと、真面目にやっている企業も潰れてしまう可能性があります。そのような事態を避けるために、基準をクリアした企業に参加を許すホワイトリスト型の規制ではなく、問題のある企業を排除するブラックリスト型の規制にすることが望ましい、ということをいろいろなところで提言しています。

中期的な目標としては、世界で影響力を持てるような会社になりたいですね。例えば世界でWeb3.0やブロックチェーンについての意見が求められる場があった場合、Gaudiyが呼ばれるようにならなくてはいけないと考えています。現在ネット評議会に日本企業は呼ばれていません。こうした状況を変え、より良い世界を作る上で必要だと思うルールを、Gaudiyがグローバルの場で提案できるようになっていきたいと思います。
こういったことは言うだけであれば本当に簡単なんです。「将来宇宙に行きたい」というのは誰でも言えますよね。でも実際は技術的なことだけでなく、資金調達や組織のマネジメント力、マーケティング・PRまでを含めた総合力が必要です。本当に大変なのはそれを実現することなので、そのために頑張っています。

長期的には、世界を代表するような企業になり、プロダクトをマス化して、そこで得たものを社会に還元していけるようになりたいですね。それには50~60年はかかると思っています。80歳くらいまでは現役でやれるのではないかと思っていますので(笑)、長いスパンで取り組めたらと思います。

水上
今回石川さんに対談を申し込んだのは、「Web3.0は生活者にどんな価値をもたらすのか?」について十分な議論が世の中でされていないと思ったからでした。個人の権利を尊重しつつも、みんなで決めたことは、ブロックチェーン技術やスマートコントラクトを用いて、不正が起こりにくい構造を技術によって担保する。それはとても理想的で、魅力的だと感じています。だからこそ、生活者のための技術になり得るのか、サービスを提供されている方の視点からうかがいたいと思いました。実際にお話をうかがって、「Web3.0の世界は、人が、人のために作るものである」ことがよくわかりました。性善説だけでは語り切れない懸念もあるなかで、それが起きないような工夫をたくさん聞かせていただきました。

「居心地がいい場所」の定義はとても難しいですよね。しかし、そういった場所の定義をコミュニティに関係するみんなで考え、きちんと実行する仕組みを作る営みに、大きな愛着を感じるのだと思いました。
「メリハリ消費」とか「推し活」という言葉が台頭していることからわかるように、好きな事柄にお金を使うことにこそ、生活者は価値を感じるようになっていますよね。Web3.0時代のコミュニティでは、自分が投じたお金の行く末を確認したり、用途を指定できたりもします。消費の透明性が高まるので、これまでよりも「成長に貢献している」とか、「消費ではなく投資である」という気持ちが働いて、消費が活性化するのでは、とも想像しています。

新しい時代や、そこに生まれてくるであろう新しい生活価値観に思いを巡らせる貴重な機会になりました。ありがとうございました。

※TED. ”What makes a good life? Lessons from the longest study on happiness”
https://www.ted.com/talks/robert_waldinger_what_makes_a_good_life_lessons_from_the_longest_study_on_happiness, (参照 2022.11.10)

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  • 石川 裕也 氏
    石川 裕也 氏
    株式会社Gaudiy CEO
    2013年にAI関連会社を立ち上げ、2018年5月に株式会社Gaudiyを創業。「ファンと共に、時代を進める」をミッションに掲げ、大手エンタメ企業とブロックチェーン事業を展開している。複数の企業でアドバイザーや技術顧問も兼任。2022年に実施したシリーズBで総額34億円を調達 。同年 、Web3.0領域における制作事業や教育事業を行う株式会社C4C Labsの共同代表にも就任した。
  • HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第一ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 マーケティングプラニングディレクター
    博報堂入社以来、マーケティング職として、一般消費財やWebサービス、コンテンツ、通販・ECなどを担当し、事業戦略やコミュニケーション戦略、商品開発プロジェクトなど、マーケティング関連業務を幅広く経験。また、近年はキャッシュレス決済サービス、生命保険、損害保険、オンライン証券など、多様な金融領域での業務が増えている。