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顧客の買物行動を自社の資産に換える「5つの型」──コマース領域の「DX Map」【前編】
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顧客の買物行動を自社の資産に換える「5つの型」──コマース領域の「DX Map」【前編】

博報堂DYグループが業界や産業領域ごとにDXの現状と未来を体系化した「業種別DX Map」。その中で、生活者の買物のデジタル化に着目しコマース領域のDXを整理したものが「DX Map Commerce」です。海外のリテールやメーカーの具体的事例をもとにつくられたこのMapの内容と、DXがもたらす価値について、作成を担った3人のメンバー、博報堂の長谷川恭平と中川愛理、魯敬国に解説してもらいました。

顧客接点における「トラフィック」をマネジメントする

──「Map」の背景にあるコマース領域の現状をまずは整理していただけますか。

長谷川
2020年以降コロナウイルスが猛威を振るって世界中で感染者が増えましたが、直近の一年では世界中でワクチンの普及や弱毒化の傾向もみられ、ようやくウィズコロナの時代に向けて舵を切れるようになっています。とくに欧米やアジア諸国では、経済再開を優先する動きが顕著でした。

コロナ禍の間、オンラインコマース市場が急激に拡大し、米国では「この先5年間で起こると考えられていた変化が5カ月で起きた」と言われています。とくに変化が大きかったのがリテール業界です。コロナ禍以前も、各社がECプラットフォーマーの伸張に対応するためにデジタル化の試行錯誤を続けていましたが、コロナ禍で当初の計画を前倒してデジタル化目標の達成を各社が宣言し、現在では収益モデルまでほぼ確立して、一気に成熟化した感があります。全米小売協会(NRF)が主催する今年の年初に行われたリテールの世界最大のカンファレンスでも、「レボリューションからエボリューションのフェーズに変わった」と語られていました。「革命」の段階から一歩一歩着実に「進化」していく段階に入ったということです。

では、成熟化とは何か。リテール各社が手あたり次第にデジタルを使って新しいことをやるのではなく、これまでのデジタル・テクノロジー投資の中で獲得して来た資産や戦略に合わせて最適な方法を見つけ、注力するビジネス領域や提供するサービスを明確化するようになったということです。試行錯誤の時期を経て、個別最適化が実現した。と言ってもいいかもしれません。ある意味、派手さよりも実を取りにいく、「地味な」変化になってきているということですね。

一方、リテールだけでなくメーカーによるオンラインコマースの取り組みも加速しました。顧客との直接的な接点づくりや、モノだけでなくサービスの強化にチャレンジするメーカーがとくにアメリカでは増えています。大手スポーツブランドの中には、アプリ・EC・店舗などの自社接点を通じた販売が4割近くになった結果、販管費の圧縮にもつながり、収益性が向上している企業もあります。リテールをより多くの人と接点をつくるパートナーとして見つつも、自社の接点を活用してファンをつくり収益性を高めていく。こうした取り組みの成功の源泉は支持するファンなので、改めていまブランドの重要性が高まっているとも言えます。

──リテールもメーカーも、オフラインからオンラインにシフトしているということでしょうか。

長谷川
必ずしもそうとは言えません。とくに重視されているのは、オンライン・オフラインの垣根を超えた顧客との「接点づくり」です。デジタル・リアルに関わらず生活空間のあらゆる場所で買い物ができる環境下で、生活者との接点をどのようにつくっていくのか。その論点を昨年は「Commerce Anywhere」と捉えて、顧客接点のDXのあり方を考察しました(https://seikatsusha-ddm.com/article/11749/)。今年はさらに接点の整備が完了したことで、顧客の買い物行動全体の中で、その接点を活用してどのような体験を提供し、どのようなデータを生成していくか、そしてどのように収益に繋がる顧客価値の提供につなげていくのか──。コマース環境の成熟化に伴い、顧客の買物行動をいかに収益を生み出す資産に換えていくのかに、論点がシフトしていると見ています。

顧客との接点で得たデータを分析し、顧客が求める体験を設計し、その結果を受けてさらに新しい接点をつくったり、新しい体験を設計したりする。そのサイクルを回していくことがマーケティングの重要な取り組みになっています。自社の顧客接点を通じた生活者の体験とデータ生成を、僕たちは「トラフィック」と呼んでいます。それをうまくマネジメントして収益につなげていくことが、僕たちが今回のDX Mapの中で提唱している「Commerce Traffic Management」の基本的な考え方です。

クライアントのDXの「道標」となるようなツール

──それを整理したのが「DX Map Commerce」ですね。このMapでは「型」が5つに整理されています。それぞれの型についてご説明ください。

長谷川
トラフィックの管理の方法を、海外企業の具体的な事例をもとに「拡張」「統合」「活性化」「抽出」「新収益化」の5つに体系化しました。このMapは、コマース領域におけるDXの課題の見取り図であり、DXの方法論をクライアントにご提案する際の基礎資料でもあります。

1つめの「拡張」は、「自社接点の多面化」を意味します。ここでいう接点には、ECサイト、アプリ、リアル店舗に加えて、メタバースのような新しいコミュニケーションの場を含みます。2つめの「統合」とは、「自社接点の統合管理」のことです。拡張したそれぞれの接点でつながった顧客との関係を統合的に管理して、提供する体験に一貫性をつくっていく取り組みです。

3つめの「活性化」。これは「顧客関係の刺激」のことで、つながりができた顧客との対話の仕組みをつくったり、コミュニティを活用したりして、顧客の動きをアクティブにしていく取り組みを意味します。4つめの「抽出」は、「優良顧客の選別」を目指す活動です。単純に過去一定期間の中での購買金額から顧客をセグメントするだけでなく、今後LTV(生涯顧客価値)が高くなっていくと考えられる予兆をデータから見つけ、優良顧客として定義・育成していく手法です。

そして最後の「新収益化」ですが、これはデータから見えてきた顧客の行動やニーズをもとに「新事業の開発」を実現していく取り組みです。例えば、リテール事業者が顧客データに基づいて、広告/マーケティングや金融やヘルスケアなど、小売とはまったく別の事業に乗り出していく。そんな例が米国ではすでに生まれています。

──非常にわかりやすく整理されたMapだと思います。完成までには苦労もあったのではないでしょうか。

つくりたかったのは、勉強のための教材ではなく、実際にクライアントのビジネスに活用していただけるツールであり、博報堂がクライアントを支援する際の基盤にできるものです。接点の管理が必要ということだけでなく、そこで得られたものを次の動きに活かしていくという視点にこだわりました。動的な要素をどのように表現していくか。そこに苦労しましたね。
中川
このMapで整理したそれぞれの型は、個別に独立したものでもあるし、DXのステップにもなっています。これを参照することで、クライアントのDXの取り組みが今どの段階にあり、これからどこに向かっていくべきかを考える道標になるようなツールを目指しました。

コンセプトの異なる多様な接点を展開する

──それぞれの型に対して、どのような取り組みが想定されるのか。海外の事例などを参照しながら、具体的に解説していただけますか。

中川
1つめの「拡張=自社接点の多面化」の背景にあるのは、顧客のニーズや行動の多様化です。それに合わせて、顧客接点を分散させ、間口を広げてトラフィックを増やしていく。それがこの型の基本的な考え方です。

具体的な方向性は2つあると考えられます。1つは、既存のオンライン、オフラインの接点の数を増やしていく方向性です。あるグローバルなスポーツブランドは、特定の商材を訴求するアプリ、トレーニングを支援するアプリなど4種類のアプリを提供し、一方のリアル店舗も、地域ごとに品揃えを変えた店舗、小規模店舗、体験型大規模店舗などを多面的に展開しています。それぞれの接点のコンセプトを先鋭化させ、接点ごとに異なる顧客データを獲得しているわけです。

もう1つはメタバースのようなこれまでにない接点を活用して、新しい顧客とのつながりをつくっていく方向性です。大手の中には、独自にメタバース空間を構築している企業もありますが、現在のところは、既存のメタバースプラットフォームの中に自社の空間をつくるケースの方が多いですね。多くの企業にとってメタバースでの収益化はこれからで、現在はPRやブランド訴求をしながら顧客層の裾野を広げ、顧客データを獲得している段階にあります。

長谷川
現在はまだ試行錯誤のフェーズですが、メタバースが今後重要な顧客接点になっていくことは間違いないと思います。博報堂DYグループも、メタバース空間での広告ビジネスに取り組み始めています。例えば XR 領域のクリエイティブやソリューション開発を⾏なうプロジェクトである「hakuhodo-XR」(https://hakuhodo-xr.jp/)では3Dアバター技術を活用した試着サービスプロトタイプ「じぶんランウェイ」を開発したり、ゲーミングプラットフォーム空間の広告サービス事業「arrova」を立ち上げたりしています。特にこの領域は、人口構成の若年比率が高くモバイル普及も進んでいるアジアで、お得意先からのご相談も多くいただいています。

「拡張」と「統合」の往還で顧客理解を深める

──2つめが「統合=自社接点の統合管理」ですね。

中川
こちらは、1つめの「自社接点の多面化」とは逆方向の動きと言えます。多面化した接点における顧客との関係をOne IDで統合的に管理し、個々の顧客が何を求めているかを把握しながら、最適な体験を提供していくという考え方です。

統合にも2種類の方向性がありえます。ばらばらに提供していた店舗の会員アプリやECサービスを1つにまとめていく方向性と、接点はばらばらのままでIDを軸にして統合していく方向性です。重要なのは、自社の顧客接点のエコシステムにおける顧客の回遊性を高めることです。どうやって回遊性を高めるかによって、選択すべき方向性は変わってきます。

──1つめの多面化と2つめの統合の関係はどう考えればいいのでしょうか。

長谷川
そもそも多面化していないと統合もないので、拡張したあとで統合していく、あるいは統合的な基盤の上で拡張させていくというのが基本的な考え方になると思います。
中川
拡張と統合の過程は、実際には行ったり来たりになるケースが多いと考えられます。IDによって関係を統合していけば、そこから新しい顧客像が見えてきて、新しい接点づくりのきっかけになることもあります。
たくさんの接点が顧客の軸で統合されていることがポイントです。接点ごとに把握されている顧客像がばらばらだと、一人の顧客に対し質の異なる体験を提供してしまうことになります。顧客をOne IDで把握して、あらゆる接点で統合的な体験を提供していく。それが何より大切だと思います。

中川
より具体的な事例で見ていくと、米国の大手ショッピングチェーンは、用途や商材ごとに分かれていたアプリを統合し、リアル店舗内でも商品の棚の検索ができるようにしました。さらにそこにサブスクサービスを組み合わせて、顧客の利便性を高めています。
長谷川
サブスクは月額12ドルくらいで、配送が無料になったり、店舗内で特典がもらえたり、ガソリンスタンドで割引されるといったサービスです。自社のエコシステム内で生活のさまざまな用途が完結する設計になっています。
中川
一方、同じく米国の大手百貨店には、コロナ禍での業績悪化を受けて、オンラインでの取り組みを強化したところもあります。オンラインのビデオ通話で顧客と一対一の対話をしたり、ARを使って室内のインテリアをプランニングしたりする取り組みです。一方、リアル店舗にも、ECで購入した商品を店舗で受け取るBOPIS(Buy Online Pickup In Store)や、店内での行動データをもとに商品をリコメンドするサービスを導入するなど、利便性とリッチな購買体験を両立する施策を実現したことによって、業績が大きく向上しました。

──接点を拡散させながら、各接点において提供する体験を拡充し、かつIDによって統合的に顧客との関係をマネジメントしていく。そんな取り組みが米国では進んでいるわけですね。

後編に続く)

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  • グローバルマーケティングDX推進局
    2012年博報堂入社。TBWA\HAKUHODOにてブランド・コミュニケーション戦略の立案に従事した後、博報堂買物研究所を経て、現在は主にインドネシアなどASEAN地域を中心に、生活者価値を起点とするデータマーケティングの推進やデジタルを活用した顧客接点開発・統合化、コマース/リテールDXソリューションの開発などを通じて、企業のDX推進を支援。
  • グローバルマーケティングDX推進局
    2020年博報堂入社。ストラテジックプラナーとして、グローバル領域における消費財・小売・食品業界等の企業のデジタルマーケティングを推進。顧客の購買/行動データを活用して、EC・オウンドメディア・OMO領域を中心としたマーケティングの高度化を支援する。
  • グローバルマーケティングDX推進局
    2019年博報堂中途入社。
    その前までは、デジタル広告のメディア戦略・運用コンサルティングを担当。
    博報堂に入社後、飲料、消費財、小売り、自動車、航空など幅広い業種のデジタルマーケティング全般に携わる。1st Party Dataを活用したデータマーケティング戦略・ECマーケティング・データ基盤構築のコンサルティングなど、ASEAN地域におけるマーケティングDXの推進を支援している。