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対談!EC+【第4回】──「行動経済学+EC」ってなに? 高価格帯ECを成功させる新たな視点
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対談!EC+【第4回】──「行動経済学+EC」ってなに? 高価格帯ECを成功させる新たな視点

博報堂DYグループ内のEC領域のナレッジやスキルを集約し、クライアント企業のEC事業を戦略構築から実装・運用までフルファネル、ワンストップでサポートする「HAKUHODO EC+」がお送りする、EC事情の最前線をさまざまなプロフェッショナルの方とご紹介する連載「対談!EC+」。
「対談!EC+」連載の第4回は、行動経済学の知見をマーケティングにいかす活動を続けているコンサルティング会社、BEworksの松木一永さんにご登場いただきます。これまで、ECで生活者が購買する商品は高くても数万円台であり、それ以上の価格帯の商品をECで買うのは心理的障壁があると考えられてきました。しかし、アメリカや中国では100万円以上、場合によっては1000万円以上の商品がオンラインで買われています。そのような「高価格帯EC」を日本でも実現するにはどうすればいいのでしょうか。松木さんと高価格帯ECの可能性を探りました。

購買の心理的障壁をいかに下げるか

奥山
EC市場やECマーケティングの最近の動向をどう見ていますか。
桑嶋
コロナ禍以降、EC利用の傾向に変化が見られるようになりました。以前、生活者がECで主に購買する商品は「気軽に買えるもの」で、価格帯でいえば低価格帯から中価格帯といったところでした。この価格帯の商品は「試し買い」ができる商品であり、買った結果「失敗した」と思っても、それほどのダメージがない商品とも言えます。

しかし、コロナ禍の中でEC活用がアクティブになって、「今まで買ったことのない商品も買ってみよう」「高額商品もネットで買えるんじゃないか」といったマインドになっている生活者が増えています。これは、ECに対する心理的障壁が低くなっていることを意味します。以前は、リアル店舗で、店員からの細かな説明を聞いたうえで買うものだった高額商品も、手軽に買えるECで買ってみようか、という生活者の動きが徐々に出てきています。

奥山
高額商品というと、具体的にどのくらいの価格帯が想定されますか。
桑嶋
今後の可能性を考えると、100万円以上というのがおおまかな基準かなと思います。高級家電、高級アクセサリーや腕時計、さらにその上になると、自動車や不動産も含まれます。実際に、アメリカや中国などでは、そういった商品のオンライン取引がすでに行われています。

しかし、そのような高額商品をECで本格的に売るには、これまでにないマーケティングの知見が求められます。1000円、2000円といった価格帯のECには、健康食品や化粧品など今までECマーケティングをけん引してきた通販ビジネスの知見をいかすことができました。しかし、100万円を超える商品販売をオンラインで完結させるノウハウを持っているプレーヤーは日本にはまだほぼいないと言っていいと思います。

奥山
これまでのECマーケティングの手法が通用しない領域ということですね。

桑嶋
従来の考え方の延長線上にはあると思います。10年ほど前であれば、1万円以上の商品をオンラインで買うことに抵抗のあった生活者が少なくありませんでした。しかし現在では、1万円、2万円くらいの商品をECで買うことはごく普通の行動になっています。つまり、その価格帯の商品を買う心理的障壁が下がったということです。では、100万円、1000万円となったときの心理的障壁をいかに取り除くか。それがこれからの課題になるのではないでしょうか。

高価格帯ECのキーワードは「不安」

奥山
そのような課題解決のヒントを、BEworksの松木さんにお聞きしていきたいと思います。まずは、BEworksとはどういう会社か教えていただけますか。
松木
BEworksはカナダのトロントに本社のあるコンサルティング会社で、行動経済学の知見をマーケティングやその他さまざまな経営課題にいかしてビジネスを支援する活動を続けています。学術的知見をビジネス課題の解決に役立てるだけでなく、ビジネス支援の中で生活者のリアルな行動を分析し、その結果を学術研究にいかしていくという双方向の動きを重視しています。

BEworksは博報堂DYホールディングスの戦略事業組織であるkyuに参画しています。BEworksで現在唯一の日本人スタッフである私が、グループの皆さんとともに日本におけるネットワークの拡大を進めています。

奥山
kyuは、最先端でユニークな専門性を有するクリエイティブ会社やコンサルティング会社によって組成された21世紀型クリエイティブサービス企業集団です。その一員としても活動されているということですね。BEworksが専門としている行動経済学についてもご説明いただけますか。

松木
経済活動における人々の意思決定には、どのようなメカニズムが働いているのか。どのような条件下で、どのような選択がなされるのか──。それを解き明かすのが行動経済学という学問です。

人はときに、必ずしも自分の利益にならないような行動をすることがあります。そこには何らかのバイアスが働いていると考えられます。では、そのバイアスが働かないようにするにはどうすればいいか。あるいは、別のバイアスを良い方向に活用して利益になる行動を後押しするにはどうすればいいか。そのようなことを実験によって一つ一つ解明しています。

奥山
まさに、ビジネスとの親和性が高い学問と言えそうですね。その知見を高価格帯ECのマーケティングにいかすことは可能でしょうか。
松木
可能性は大いにあると思います。キーワードは「不安」です。高額商品を買うときは、誰しも「本当に買っていいんだろうか?」「後悔しないだろうか?」と不安になるものです。人は不安になると、ほかの人に頼ったり、意見を求めたりしたくなります。コールセンターの需要が減ることがないのは、「人の助けがほしい」という生活者の思いのあらわれだと思います。

人はどういう条件下で不安になって、その不安をどうすれば払拭できるか。行動経済学では、それを実験によって検証しています。例えば、オンラインでローンを申し込む際の心理を3つのケースで検証した研究があります。1つ目は、申請が受理されるまでメッセージが一回も送られてこないケース。2つ目は、途中で「お客さまの状況を確認中です」というメッセージが送られてくるケース。3つ目は、同じメッセージの下に担当者の名前と連絡先が入っているケースです。

この中で、申し込んだ人が不安になるのは、実は2つ目のケースです。「個人情報をいろいろ探られているんじゃないか」と考えてしまうわけです。しかし同じメッセージでも、3つ目のように「何かあったらコンタクトできる人がいる」と思える情報があるだけで、その不安は解消されます。「困ったとき、不安なときはお話を聞きますよ」という状況をつくることだけでも不安を払拭できるということです。

高価格帯ECでも、買い手の不安を払拭する仕組みがあれば、購買行動がスムーズになると考えられます。不安の理由はさまざまです。高額のお金を使うことが不安なのか、一人で意思決定をすることが不安なのか、商品に対する理解が浅いことが不安なのか──。その不安を見極めることが必要ですが、多くの場合、「困ったときは助けてもらえる」「必要があればコンタクトできる」という仕組みをつくることで不安は解消できる可能性があります。

ECマーケティングと行動経済学の知見を融合させる

奥山
なるほど。行動経済学を上手に活用することができれば、高価格帯EC市場を日本でもつくり出すことができそうですね。HAKUHODO EC+とBEworksの協業の可能性について、考えを聞かせてください。
桑嶋
HAKUHODO EC+は、博報堂DYグループのECのエキスパートが集まったチームですが、高価格帯ECは未知の領域です。一方、BEworksは行動経済学のエキスパートであり、購買行動における心理的障壁を取り除く知見をもっています。そのそれぞれの強みを掛け合わせることによって、日本ではまだ成立していない高価格帯EC市場を開拓していくことができると考えています。

松木
高価格帯ECにおける心理的障壁を取り除くための検証には、大きく2つの方法があると考えられます。1つは、高価格帯商品をECで販売する実践を通じて、どこにユーザーの不安要素があるかを検証し、先ほどのローン申請のケースのようにいくつかのパターンを比較する実験を行うことで、不安を軽減できる仕組みを見極めていく方法です。ここに、両社の協業の一つの可能性があると思います。

しかし、高額商品は毎日どんどん売れていくようなものではないので、検証するためのサンプルがなかなか得られない可能性もあります。その場合は、バーチャルな環境をつくって、どのような条件下なら購買という選択が起こりやすいかを実験することもできます。

奥山
日本市場の特性や商慣習などを踏まえた検証も必要かもしれませんね。
松木
高価格帯の商品がECで買われているアメリカは国土が広大なので、「何時間もかけて商品や物件を見に行くよりは、オンラインで購買を完結させてしまった方がいい」という判断が働きやすいと考えられます。

一方、日本のとくに都市圏は、買い物をしたり物件を見に行ったりすることがそこまで不便ではありません。したがって、すべてをオンラインで完結させなくてもいいと考える生活者が少なくないと思います。物理的条件が変われば、心理的条件も変わるということです。おっしゃるように、そのような違いを考慮した上でプラニングを考える必要があると思います。

「人間的なEC」をいかに実現するか

奥山
現在進行中の具体的な取り組みについてお聞かせください。
桑嶋
高価格帯商材のECビジネスを新たに立ち上げたいと考えているクライアント向けに、パッケージサービスを提供するアジャイル型プロジェクトに着手しています。ECサイト構築から、顧客獲得の導線づくり、事業のプラニングなどのサービスは、すでにHAKUHODO EC+で提供しています。新しいパッケージサービスでは、そこにBEworksの検証プログラムを組み合わせて、高価格帯EC事業の成功確率を上げていくプランニングをご提供したいと考えています。
奥山
ECはこれからどのような方向に進んでいくのでしょうか。最後にそれぞれの考えをお聞かせください。

松木
ECが誰でも使えるツールになった現在でも、テレビショッピングは人気を集めています。「人」による商品の説明やリコメンドがあるというのがその理由だと思います。デジタルは人の関与を少なくして効率を上げる技術ですが、これからはデジタルの世界においても人と人の信頼関係をいかにつくっていくかが問われると思います。「困ったときには助けてもらえる」「相談できる相手がいる」──。そのような信頼感を醸成し、ユーザーの不安を払拭して、より使いやすいECにしていくことが必要です。今後はますます「人間的なEC」が求められるようになると私は考えています。

桑嶋
これからのECを考える際の重要なポイントは、テクノロジーの進化だと思います。20年前、スマホで通勤中に映画を見られるような日常を想像していた人はいなかったと思います。この先10年、20年でテクノロジーはさらに進化していくはずです。それによってECも大きく変わっていく可能性があります。

例えば、XRの技術などによって、自宅に居ながら店舗と同じ、あるいはそれ以上の体験ができるようになるかもしれません。一方、リアル店舗もテクノロジーによって進化していくでしょう。そうなれば、オンラインかオフラインかということを一切気にせずに買い物ができるようになります。ECがリアルとシームレスになっていく。それがこれからの未来であると考えています。

奥山
ECはこれからもどんどん進化していきそうですね。新しいECの形を一緒につくっていきましょう。
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  • 松木 一永 Ph.D.
    松木 一永 Ph.D.
    BEworks
    リージョナルディレクター
    認知心理学博士。マクマスター大学研究員・講師を経て、2016年にBEworksに入社。2018年より日本でのビジネス開発を担当。日本企業とのプロジェクトを複数リードし、文化的ニュアンスを考慮しながら行動科学の知見を様々な分野で応用する。データ分析によるインサイト発掘、顧客コミュニケーションの最適化、その他実験・証拠に基づく事業戦略立案を多数手がける。
  • HAKUHODO EC+リーダー
    博報堂 データドリブンプラニング局
    ECプラニング部長
    2004年博報堂中途入社。大手通信会社を中心に長らく営業職を担当し、2019年より現職。ショッパーマーケティング・イニシアティブのメンバーとして、EC領域に特化した組織横断型プロジェクトチームである「HAKUHODO EC+」を推進する。
  • HAKUHODO EC+
    博報堂 データドリブンプラニング局 
    ECプラニング部 ビジネスコンサルタント
    2015年博報堂入社。通販事業の運営チームを経て、現所属。食品・消費財・化粧品を中心に企業のEC支援を担当。米国Kepler社への短期出向後、2020年にチームに復帰。ECを軸とした、事業全体やデジタルトランスフォーメーションの戦略作成・コンサルティング業務に従事している。博報堂DYホールディングスの戦略事業組織kyuの一員としても活動。