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スタッフコマースの可能性 【第5回】 「スタッフコマース×メタバース」によって生まれる新しい生活者体験
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スタッフコマースの可能性 【第5回】 「スタッフコマース×メタバース」によって生まれる新しい生活者体験

メタバースの活用シーンが広がっています。メタバース内で商品を販売する「メタコマース」の取り組みも行われるようになっている中、「スタッフコマース×メタバース」にはどのような可能性があるのでしょうか。スタッフコマースのショート動画ソリューションを提供するファナティックの野田大介氏、ファナティックと業務提携している博報堂DYグループのアイレップの柳仁英、XRやメタバースの研究とビジネス開発を手掛けるHAKUHODO-XRの庄司健一郎が、「スタッフコマース×メタバース」が生み出す新しい生活者体験をめぐって語り合いました。

庄司 健一郎
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 OMOクリエイティブ部 部長
HAKUHODO-XR

柳 仁英
アイレップ ソリューションビジネスUnit

野田 大介氏
ファナティック 代表取締役

萌芽期を迎えているメタバース経済

──はじめに、メタバースの現状について解説していただけますか。

庄司
メタバースの定義はさまざまですが、一般的には「同一の場に同時に多くの人がアクセスをして、そこでコミュニケーションをしたり、買い物など現実の生活に近い行動をしたりすることができるデジタル空間」と言われています。ご相談も増えていて、とくにアパレル、金融、流通業界などからのお問い合わせが多い傾向にあります。

アパレルはメタバースとの親和性の高いカテゴリーです。EC、接客、アバターが着るデジタルアイテムなど、「アパレル×メタバース」には多くの可能性があると思います。金融の場合は、メタバース内で顧客から相談を受けたり、金融商品のレクチャーをしたりする取り組みがすでに始まっています。流通業界では新しい買い物体験と、生活者接点の創造の一つとしてメタバースを活用している事例が増えています。

──「メタバース経済」が成立しつつあると考えていいでしょうか。

庄司
その点については、まさにこれからというところです。ビジネスとしての成功例は今のところあまりありませんが、そろそろ芽が出るかなといった状況です。

──産業領域では、リアルな施設などをデジタル上に再現したデジタルツインの活用が進んでいるようです。これも一種のメタバース活用と言えそうですね。

庄司
そのとおりですね。例えば発電所などは、デジタルツインをつくって、気象条件や需要数をもとにエネルギー利用の効率化をシミュレーションする取り組みを進めています。デジタルツインを活用して生産性向上を目指している工場もあります。この領域でのメタバース活用が最も進んでいると言えるかもしれません。

メタバースが生活者との新しい接点になる

──「スタッフコマース×メタバース」の可能性の一つに、デジタル空間における接客があると考えられます。そのような実例はすでに出てきていますか。

庄司
恒常的な取り組みはまだありませんが、バーチャル店舗やバーチャルモールでスタッフのアバターが接客する実験はいくつか行われています。それをビジネスに活用していく方法を探っている段階ですね。
野田
メタバースを一種のエンタテインメント空間と捉えて、顧客体験価値を上げるという考え方は十分ありうると思います。一方、リアル店舗とどう使い分けるのかという点では、まだまだ議論がありそうです。体験価値や情報量という点では、やはりリアル店舗のほうが勝っていると考えられます。
庄司
リアル店舗をメタバースで代替するということになると、おっしゃるとおり、体験価値の点で見劣りする場合が多いと思います。私が可能性を感じるのは、「ECやリアル店舗と生活者をつなぐ新たなチャネルとしてのメタバース」です。例えば、金融や高級自動車などの商品の場合、いきなり店舗に行くのはハードルが高いと考える人が少なくないと思います。そこで、まずメタバースで接客を受けてみて、そのうえでリアル店舗に足を運ぶという動線を用意すれば、顧客層を広げることができるし、生活者の側から見ても心理的にハードルが高かった商品にアプローチできる機会が増えることになります。
野田
もう一点、メタバースへの入り口をどうするのかという問題もありそうです。何かを買おうとするとき、ECサイトではなくメタバースを選ぶ生活者は決して多くはないと思います。購買行動自体はECのほうがはるかに楽だからです。おそらく、ECサイトを入り口として、ショート動画や画像などで商品の魅力や特徴がつかみにくい場合に、メタバースをオプションとして利用できるといった仕組みが現実的な気がします。
庄司
それもおっしゃるとおりですね。メタバースを使うことを目的化すると、生活者視点が抜け落ちてしまいます。生活者体験をいかに向上させるかという発想でメタバースを活用すべきだと思います。
私は前職がアパレル系企業だったのですが、アパレル業界ではコロナ禍の中でメタバースにチャレンジしようとする動きが見られました。でも実際に導入しようとすると、費用面や技術面などで壁にぶつかるケースが少なくなかったようです。
庄司
その問題はまだまだありますね。そこは、メタバースを提供するプラットフォーマーやテクノロジーの進化を待つほかないという側面があります。技術がもう少し進化すれば、世界中の何万人もの人たちが同じ空間に一緒にいるといった本来のメタバースの形が実現すると思います。そういう段階になるまで、もう少し時間がかかりそうです。

コミュニケーションをリッチ化する手法

──メタバースの専門家の立場から見て、「スタッフコマース×メタバース」にはどのような可能性があると思われますか。

庄司
スタッフコマースが素晴らしいのは、個別の店舗で働いているスタッフの皆さんが、全国の生活者とコミュニケーションができる手法であるという点だと私は捉えています。そこにメタバースを掛け合わせることで、アバターや実写映像によってコミュニケーションの幅を大きく広げることが可能になります。また生活者の側から見ても、引っ越しなどで仲のよかったスタッフと離れ離れになってしまっても、メタバースの中で引き続き会うことができるなど、さまざまな新しい可能性が生まれると思います。
野田
コミュニケーションがリッチになるということですよね。SNS感覚でコミュニケーションができて、その中から自然に購買行動が生まれるという流れが自然だと思います。逆に、「売る」ことを前面に押し出しすぎると、多くの生活者はメタバース利用を避けるようになるかもしれません。

──動画を手軽につくって手軽にアップできるのがスタッフコマースのメリットの一つです。メタバースを組み合わせると、その手軽さがなくなってしまうという懸念もあります。

庄司
そこは、先ほど野田さんがおっしゃったように、チョイスの問題ですよね。より深く情報を知りたい方にはメタバースにアクセスしてもらうという使い方がよいと思います。メタバースを選択することで、体験価値を拡大できる。そんな考え方です。
メタバース上でいろいろな手法を融合させるという考え方もありそうな気がします。アバターで接客するスタッフがいてもいいし、ショート動画をメタバース上で流すスタッフがいてもいいと思います。それぞれのスタッフの忙しさや接客スタイルによって、メタバースの中でさまざまなコミュニケーションが行われるのが理想ではないでしょうか。

野田
僕たちは、ショート動画を使ったスタッフコマースに取り組んでいますが、それが唯一の方法ではありません。柳さんがおっしゃるように、メタバースを活用することでコミュニケーションが多様化するのは、企業、スタッフ、生活者のそれぞれにとってメリットになると思います。

多様な人材が活躍する場としてのメタバース

最近、地域によっては店舗スタッフの採用が難しくなっています。それによってリアル店舗での接客が十分にできないというケースも出てきています。その人材難の問題をメタバースによって解決するという考え方もあると思います。店舗で接客できなかった顧客をメタバースに招いて、そこであらためて接客する方法などが考えられそうです。
野田
スタッフがなかなか採用できない地域の店舗を「メタバース店」に置き換えるという選択も今後はありうるかもしれませんね。
働き方の多様性にもメタバースで対応できそうです。1日3時間だけ働ける人がメタバースで接客したり、リタイアした人が自宅から接客したりといったことができるようになれば、人材が活躍できる場が増えると思います。

──何かしらの事情で、店舗への出勤ができない方にも活躍してもらえそうですね。

庄司
素晴らしい視点だと思います。接客技術はどうしても属人化するので、ベテランのスタッフのスキルや知見をなかなか継承できないという問題を抱えている店舗も少なくありません。そういう場合に、引退したスタッフの皆さんに在宅でサポートしてもらうことで接客のレベルを保つことができます。実際にそういった取り組みもいくつか出てきていますね。

──スタッフコマースには、売り上げや動画再生数に応じて、スタッフを評価するという考え方があります。その表彰イベントをメタバースで開催するといったこともできそうです。

庄司
メタバース上でのイベントであれば、全国から参加できますからね。現在もいろいろな企業が、インターナルイベントをメタバースで開催するといった取り組みを行っています。オンラインツールを使って社員ミーティングを行うという方法もありますが、その場合、社員間の横のコミュニケーションをとることが難しくなります。メタバースなら誰とでもコミュニケーションをとることが可能です。
野田
個人的には、年に一度の表彰式などはリアルで行う方がいいと僕は思っています。壇上に上がったり、拍手をもらったりする経験においてリアルに勝るものはないからです。一方、例えば月次のミーティングはメタバースで行うといった選択は十分にありうると思います。その使い分けが重要になるのではないでしょうか。

展示会をメタバースで開催することも可能だと思います。参加者数に制限を設けなくていいし、参加者のデータも集まります。誰でもどこからでも参加できるのも、メタバースならではですよね。
野田
生活者に新しい体験を提供するという視点から見ると、メタバース上に個人的な収納庫や個室のようなものを設けて、そこに商品のデジタルデータを入れておくと、情報がアップデートされていく。そんな仕組みにも可能性があるのではないかと感じています。
庄司
メタバースの中でコマースを行う「メタコマース」という考え方は、今後どんどん広がっていくと思います。私たちHAKUHODO-XRも、メタバースを活用したコマースのモデルづくりを現在構想しています。その中にぜひスタッフコマースの考え方を組み込んで、これまでになかった購買体験をつくっていきたいですね。
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  • 博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 OMOクリエイティブ部 部長
    HAKUHODO-XR
    外資系広告エージェンシーなどを経て、2019年9月に博報堂に入社。リアル・デジタル融合の体験設計を得意とし、hakuhodo-XRではメタバース空間での新しいブランド体験の実証実験のプロジェクト等に従事している。
  • 柳 仁英
    柳 仁英
    アイレップ ソリューションビジネスUnit
    ファッション・アパレルに特化したECプラットフォーム会社で営業とサイト運用を担当、売上促進のための各種機能導入プロジェクトへの参加に加え、ブランド公式ECサイトの総合コンサルティング業務の経験を活かし、株式会社アイレップに入社。
    LINEやInstagramなど、企業のSNSアカウント運用を戦略立案からコンサルティングまで支援。
  • 野田 大介
    野田 大介
    ファナティック 代表取締役
    ファッション誌の編集、スニーカーブランドの生産管理、アパレルブランドでの通販責任者を経て、2016年に株式会社ファナティック設立。大手アパレル通販のリニューアル支援や売上改善の傍ら、2017年にLINE公式アカウントの自動配信ツール「ワズアップ!」を提供開始。2020年には日本で6人だけのLINEの認定講師 LINE Frontlinerに任命(2022年現在9名)。2021年には動画接客ツール「ザッピング」の提供を開始。