ECビジネスを成功させる「次世代フルファネル・マーケティング」とは? ──Advertising Week Asia 2023より
2023年6月6日(火)~8日(木)、東京ミッドタウンにて「アドバタイジングウィーク・アジア2023」が開催され、さまざまなコンテンツトラックやインタラクティブなディスカッション、基調講演、ネットワーキングが展開されました。
昨今より重要性を増しつつあるECチャネルですが、従来のマーケティング手法だけでは成功の確率が上がらないという課題があります。本稿では、そうした課題解決のヒントである「次世代フルファネル・マーケティング」をテーマに、ECを用いた事業運営・マーケティングの専門集団であるHAKUHODO EC+の桑嶋剛史、共に先進的なECマーケティングへの挑戦を行っている梅乃宿酒造の古澤幸彦氏が登壇したセッションの様子をご紹介します。
古澤 幸彦氏
梅乃宿酒造株式会社
執行役員 マーケティング部 部長
桑嶋 剛史
株式会社博報堂
HAKUHODO EC+ ビジネスコンサルタント/ショッパーマーケティング事業局 イノベーションプラニングディレクター
「今」求められるECビジネスの設計
- 桑嶋
- 皆さんご存知のように、ここ数年で生活者の意識とコマース環境は大きく変化しました。
特にパンデミックにおける生活者の意識変化は大きく、緊急事態宣言下において多くの生活者が初めてオンラインショッピングに挑戦し、その利便性を実感することで、2023年に入りコロナに対する態度が変わる中でも、ECの利用率は伸び続けています。
また、かつてECといえばスクラッチ型で自社サイトをお金をかけて開発するか、ECモールとのベンダー取引が主流でした。いまはShopifyなどのSaaS型カートシステムを使えば、気軽かつ安価で高機能のECサイトをつくることができますし、Instagramなどにコマース機能を持たせたソーシャルコマース領域も盛り上がりを見せています。メーカー各社も自社EC立ち上げやモールマーケティングの強化、D2Cブランド開発などEC領域にさまざまなチャレンジをされており、結果としてECの競争環境は激化、2020年以前と比べて、きちんと設計しないと成功の確率が上がらない状況です。
こうした厳しい状況下で大事なのは、既存のマーケティングとの違いを意識することです。
オフラインの店舗型ビジネスの場合は、店頭の棚を抑えることができれば、垂直立ち上げ型で一気に売り上げをつくることが可能です。また、一般的に事業フェーズによる利益率はそこまで大きく変動しません。一方ECビジネスは初期投資型のケースが多く、最初は赤字が出ることも多いですが、うまくマーケティング施策を行うことで利益率を徐々に改善することが可能です。こうしたチャネルの違いに気づかずに、オフラインマーケティングでの勝ちパターンをオンラインに当てはめたもののうまくいかない、という声をよく聞きます。
いま必要なのは発想の転換です。小手先のテクニックでECを何とかできる時代は終わり、戦略領域から運用領域まで一緒に回していく事業領域の統合と、ダイレクトマーケティングとブランドマーケティングの手法の統合という、2つの統合力で勝つ時代が来ているのです。
各統合についてもう少し詳しくお話します。
まず事業領域の統合について。
チャネルマーケティングにおける戦略、戦術、運用のフェーズを洗い出すと、まず戦略フェーズでは経営・事業計画、やコアビジョンの策定、事業ロードマップ整備、事業シミュレーション策定などの青図を描くことになります。
次に、顧客獲得のプランニング、CRMプランニング、商品開発といった戦術のフェーズに入り、さらにそれを、デジタル広告やコールセンター運用、物流・配送運用、SNSやECシステム構築など、実装領域でのPDCAという日々の運用フェーズに落とし込んでいきます。
かつて、ECがここまで普及する前は、運用領域でPDCAをきちんと回していくことさえできれば、結果を残すことができました。
しかし今では、戦略から戦術、運用までを統合してフルファネルでビジネス設計することが必要です。その理由を説明するために、よくある「失敗する」事業の運用体制を見てみましょう。
一つは「放任型」です。
たとえば営業やマーケティング、フルフィルメントなど各部門が部門最適でしか考えず、自らの組織のKPIを達成するためだけに動いてしまうパターンです。例えば、システムチームが、事業規模に合わない重いシステムを入れたいと言ったり、売上こそ正義という営業部門の姿勢が他部門とハレーションを起こしてしまい、部門間の協力体制が敷けなくなってしまうケースを想像いただけるとわかりやすいです。
もうひとつは、特定の部門が強い「強権型」。
残りの部門が「とりあえず言うことを聞いておこう」と従属的になり、KPIが自分事化されなくなってしまいます。失敗も恐れるのでマーケティングのレベルも下がってしまう。これでは、高度化するECビジネスの競争には絶対に勝てません。
そこでカギとなるのが、「戦略PM(プロジェクトマネージャー)」の存在です。
事業領域の統合には、すべてのフェーズを理解しながら戦略をつくり、かつ実装運用のメンバーに対してもきちんとプロジェクトマネジメントできる人間、組織が必要になってきます。こうした戦略PMがいることで、全員が事業数値ドリブンな目線を持てるようになりますし、事業としてのKGIに対して各部門メンバーが結果を出せるよう、戦略PMがジャッジし、指揮し、統合していくことが可能です。これができるかどうかで成功の確率が相当変わってきます。
続いてダイレクトマーケティングとブランドマーケティングという二つのマーケティング手法の統合についてです。
ここでは便宜上、顧客と直につながり、数字で管理するマーケティングをダイレクトマーケティングとし、顧客と間接的につながり、ブランド価値を醸造し、広めていくマーケティングをブランドマーケティングと定義します。
いままでは、総合通販型ビジネスで使われる手法がダイレクトマーケティング、テレビCMを打ちマスで流通の配荷をとり、広く売っていく手法がブランドマーケティングと整理されるケースが多かったと思います。現在のECビジネスはどちらのエッセンスも入れていかなければ勝てません。つまり両者を統合し、生活者に愛されるブランドをブランドマーケティングできちんとつくり、それを数字で科学するPDCAを回していくことが重要になります。
そんななか我々は、オンライン・オフラインの双方でユーザーの声を聞きながら、ユーザーと共にブランド価値や体験をつくっていく「生活者共創型マーケティング」が今の勝ちパターンであると考えています。ここで重要なのは、
1.ユーザーが「参加したくなる」ブランド設計を行う
2.顧客の声を常に聞き、事業に反映する「仕組み化」
3.積極的にファンを「エヴァンジェリスト」に育てていく
という三原則です。
詳しく説明すると、
1.では、事業者側でブランド価値やブランド設計をがちがちに固めるのではなく、ユーザーが入り込む余白をつくっていくことが大事になります。たとえば商品開発やファンイベントに積極的にユーザーを巻き込み、その声を事業改善につなげるなど、ブランドを事業者だけのものではなく、事業者と生活者の「間」に置いていくことが重要です。
2.では、ユーザーの声をきちんと聞き事業に反映すること、そしてその姿勢を、ユーザーに発信していくことが大事です。現在ユーザーの声をより聞きやすい環境になっており、オンラインならユーザーレビューやSNSの口コミでいつでも反応を見ることができますし、オフラインならグループインタビューやコールセンターの声などを活用できます。
3.は、ブランドを好きになったファンをエヴァンジェリスト(伝道師)に見立て、いかにその人たちが自発的にブランドの価値を周りに広めてくれるかという発想でマーケティングを行います。
昨今の生活者トレンドとして見過ごせないのが、「値引きからコト体験へ」というテーマです。
値引きによる金銭メリットは、即効性はありますがブランド価値の醸造にはなかなかつながりません。その投資を、ユーザーがワクワクし、一緒に広めたいと思えるようなコト体験に投資していくほうが一周回って効率が良い、というケースがよく見られます。
ユーザーのSNSリテラシーが上がり、各プラットフォームでPR投稿への規制が厳しくなるなか、かつてほどインフルエンサーPR起用は成果につながりにくくなっています。だからこそ、いかにブランドのことが好きで、自発的に発信して周りを巻き込んでくれる「エヴァンジェリスト」をたくさん育て、彼らに実感した体験価値を情報拡散してもらう図式をつくれるかが大事になってきます。
いまのユーザーは、公式情報よりも、一般ユーザーのオーガニックで気持ちのこもった口コミによって動くというデータもあります。そのため、「生」の良い情報が拡散され、その輪が広がれば、結果的にマーケティング費用をそこまでかけずにブランドの良さを拡散することが可能です。こうして愛され、拡散される「ブランド」を育てていった先で、きちんとダイレクトマーケティングの手法を取り入れ、数字で科学することが重要です。
事業売上の中間KPIとして、SNSの公式投稿のエンゲージメント数やキャンペーンの参加率を使用し、きちんと数字で検証するPDCAサイクルを作ることはその一例です。生活者ニーズを掘り起こし、ブランド体験をプラニングし、コミュニケーションする。その先できちんと数字に基づいた施策評価と改善活動を回すというPDCAサイクルを作ることで、初めて生活者に響くブランドを作り、事業成長を実現することが可能になります。
その際に意識していただきたいのは、プラニングフェーズに労力をかけすぎないことです。スピード感をもって市場に出し、ユーザーとのコミュニケーションを図り、すぐにユーザーの反応を確認し、次のうち手をクイックに考案する。PDCAサイクルのPは小文字のpととらえ、プラニングフェーズはできるだけ短く、サイクルは早く回していくことが肝要です。
では続いて、次世代フルファネル・マーケティングを我々とともに実践し、素晴らしい成果を残されている梅乃宿酒造の古澤さんに、具体的な事例をご紹介いただきます。
梅乃宿酒造のチャレンジとは?
- 古澤
- 梅乃宿酒造の古澤です。梅乃宿酒造は奈良県葛城市で1893(明治26)年に創業し、130年の歴史がある酒蔵で、2022年7月からB2C事業を本格化させています。
1.志とコンセプト
なぜ梅乃宿がECに力を入れるのか。
安定した売り上げが欲しいというのはもちろんですが、弊社の「新しい酒文化を創造する」というパーパス、「驚きと感動で世界中をワクワクさせる」というミッションを実現するには、これまで梅乃宿がやってきたB2Bをメインとするビジネスだけでは十分ではないと思っています。直接お客さんとコミュニケーションしてアプローチしていくことが必要で、ECではそれができる。すなわちECの目指すところは、パーパスとミッションの実現にあります。
ECサイトを展開するにあたり最初に考えたのは、生活者にワクワクしてもらい、一緒にブランドをつくるエヴァンジェリストになってもらう関係性を目指そうということ。
そのために、「#ワクワクの蔵」というキーメッセージを展開。伝統(蔵)と革新(ワクワク)の両軸を回していくという意味をこめながら、ECでしかできない体験をつくる、考える、という取り組みを進めています。
2.顧客体験の創出
ECでしかできない顧客体験創出の具体例を3つお話します。
1つ目は「大人の果肉の沼」という商品。
お酒の固定概念を打ち破る、飲む、食べる、かける、楽しみ方は超自由というコンセプトの、ジャムのようなどろどろのお酒を開発しました。そのまま食べる、炭酸で割って飲む、アイスクリームやかき氷にかける、肉料理などにソースとして添えるといった楽しみ方ができます。ネーミング×ボトルデザイン×コンセプト×期待を超える味・中身という掛け算によって、人に話したくなる、SNSでシェアしたくなる、試したくなる、真似したくなる…などの行動を生むような商品設計となっています。商品を開発してからプロモーションを考えるのではなく、商品設計時点から、いかにお客さんの中に溶け込んでいけるかを盛り込んでいったのがポイント。狙い通りTwitterで50,000いいね!が付くなど話題になった結果、発売後すぐ完売という状況がいまでも続いています。
商品の品質上、鮮度が非常に高い商品のため大量に作り置きができないというのも完売してしまう理由のひとつですが、欠品もお客さんにはポジティブに理解していただいており、いいバズを生んでいます。
なお、「大人の果肉の沼」以外にも、まるで果実を食べるような、噛むお酒というコンセプトでつくった「超あらごし ほぼみかん/ほぼりんご」という商品の開発や、「赤ポン/白ポン」という商品では、和洋中どんな食事でも合う味と、食卓が明るく楽しくなるような“映える”ボトルで、より楽しく自由に食事とお酒を味わってもらおうという狙いで開発しています。
2つ目の顧客体験創出事例は、定期的に行っているユーザーの購買モチベーションを高めるキャンペーンです。
キャンペーンでしか買えない特別セットやワクワクを高める購入者特典、飲み方や新しい楽しみ方を提案する企画を織り込んでいて、買う行為自体を楽しんでもらうという狙いがあります。たとえば新春祭ではシークレット福袋を用意したり、5000円以上お買い上げの方には非売品のお酒が抽選で当たるなどの企画を実施しています。
3つ目の事例はユーザーとの共創企画です。ユーザーに我々と同じような開発のプロセスを体験してもらうために、「開発ナンバーA267」という商品名で、開発検討段階の商品をあえて未完成の状態で販売しました。飲み方ガイドやアンケートなどを織り込みフィードバックしてもらうことで、ユーザーは開発体験が楽しめるし、我々はお客さんのニーズが把握できます。また、優れたレシピを梅乃宿酒造公認レシピとして認定するレシピコンテストも行っていて、お客さんと一緒に販促していくような企画に取り組んでいます。
SNSでの反応もしだいに増加していて、「こういう食べ方/飲み方があるよ」といった投稿や、「福袋にこんなのが入っていたよ」と公開し合ったりと、お客さんは楽しんでくれているようです。販売数が限られている商品を「やっと買えた!」という投稿も増えてきました。結果として、EC本格スタートから半年くらいで売り上げが10倍を超え、軌道に乗っています。
3.事業成長スピードに対応できる体制
事業成長スピードに迅速に対応できる体制づくりも重要です。
ECを始めてから1年弱の間、戦略に合わせて組織をいろいろと変えてきました。事業成長に伴いやるべきことが増えていく中、戦略実行のためには各機能がスピード感をもって連携することが必要です。現在はEC、商品開発、広告、販促、SNS、PR機能を私のチームで動かしています。良くも悪くもそれほど大きくない会社なので、連携の必要性に応じて有機的に動くことができています。支援いただいている博報堂さんにも、クライアントと広告会社という関係性ではなく、パートナーのような動きをしていただいていて、私の描く事業戦略、事業目線に合わせて、一体感のあるスタンスで迅速に対応いただいている。そこもうまく事業が回っているポイントかと思います。
梅乃宿酒造の事例に見るEC事業成功の5つのポイント
- 桑嶋
- なぜ梅乃宿さんの事業がいまこれだけうまく回っているのか。その成功のポイントを5つ整理させていただきます。
1つは、もともとのパーパス、ミッションからECビジネスのコンセプトを考えたこと。
新しいチャネルにチャレンジする際に、今までの企業としての価値とのつながりを切り離して、コンセプトを考えてしまい、うまくいかないケースが多いですが、そこは地続きでいかないと、生活者に受け入れられるものにはなりません。
2つ目は安易なPR手段ではなく、エヴァンジェリスト育成を重要視したこと。宣伝費が限られる中で、PR投稿のインフルエンサーよりも、本当にブランドを大事にしてくれる人の方を重視し、その人たちから広げてもらうというマーケティングに軸足を置いたのが大きかったと思います。
3つ目は、従来のモノ発想から脱却し、SNSで拡散したくなる商品設計をゼロイチで行ったこと。モノを先につくってからPRを考えるのではなく、ユーザーがどう広めていきたくなるか、どうしたらワクワクしてもらえるって、ブランド価値が広がっていくかを商品開発時から考え、開発したことで、結果的にユーザーに受け入れられ、拡散の輪が広がっていきました。
4つ目はワクワクした生活者がブランド共創に参画したくなる策を打ち出していること。ユーザー参加型のレシピ企画、開発段階の商品を販売し共創する企画などはどれも、事業者と生活者の間にブランドを置き、一緒につくっていくんだということを発信し、それを象徴するような施策です。これが支持されている要因だと思います。
5つ目は、これらを戦略レイヤーから運用レイヤーまで統合するための社内・社外改革を行ったことです。すべてのバリューチェーンを見て、全員がワンチームで考えていけるようなチーム作りをされたことが大きかったと思います。
では最後に、今後どういうチャレンジをしていきたいかを教えていただけますか?
- 古澤
- 会社としてのテーマである、「新しい酒文化を創造する」ということを追求していきたいですね。ECに関していえば、広告頼みにならずに会員の熱量をどれだけ上げられるかが、カギだと思います。そのための施策を考えて、今後もお客さんをワクワクさせていきたいですね。
- 桑嶋
- ありがとうございます。会場の皆さんも含め、みなで切磋琢磨してフルファネルビジネスに臨んでいくことで、日本のEC市場がどんどんよくなるのではないかと思います。ご清聴ありがとうございました!
この記事はいかがでしたか?
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古澤 幸彦氏梅乃宿酒造株式会社
執行役員 マーケティング部 部長
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株式会社博報堂
HAKUHODO EC+ ビジネスコンサルタント/ショッパーマーケティング事業局 イノベーションプラニングディレクター