イノベーション・デザインに重要な「前提条件の破壊」と「課題を創り出す力」
テクノロジーの急速な進化から引き起こされる世の中のデジタル化により、人々や企業を取り巻く環境は急速に変化しています。テクノロジーが次々に産業構造を破壊し、異業種に参入・競争が激化するなど、自社の中核事業がディスラプトされる側になるリスクはかつてないほど高まっています。
日本企業におけるイノベーション創出に対する取り組みは、アクセラレータープログラムなどのオープンイノベーション推進、社内の公募プログラムの実施、イノベーション専門組織の立ち上げなど、かつてないほど積極的になっていますが、そのほとんどが成果につなげられていないのが現状です。その大きな要因は、イノベーション創出に必要な個人・企業のスキルが、今までの新規事業開発とは大きく異なることにあると考えています。本連載では、デジタル・トランスフォーメーション時代にイノベーションを創出するために重要なポイントを明確にすることで、個人・企業が強化すべきスキルを解説します。今回は「前提条件の破壊」と「課題を創り出す力」についてです。
課題を「発見する企業」と「創り出す企業」
イノベーション創出のために最も重要なプロセスは何か?
私は「問いの定義」であると考えています。つまり、社会・個人・企業のどのような「課題」を解決していくべきか?を考えることです。現在はあらゆる課題が解決されており、事業として取り扱うべき課題がない時代になったとも言われています。企業が事業として取り扱うには、一定以上の規模で利益を創出できる、そもそも解決できることが条件となりますが、そういった課題はすでにレッドオーシャンとなっている可能性が高いです。なぜなら、現在多くの企業が実施しているユーザー調査・市場調査による課題発見のプロセスは、再現性を高めるために標準化・フレームワーク化されており、正確なプロセスを経ることで「正解」にたどり着くことができるからです。
再現性の高さが故に、多くの企業が「正解」にたどり着く可能性が高く、結果として同じような課題に同じような解決策で取り組みレッドオーシャンになってしまうというわけです。つまり、山口周さんが『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』で述べているように“正解のコモディティ化”が起こり、事業として取り組むべき「問いが枯渇」しているのが現在である、と考えられます。古くは、マイケル・ポーターが競争戦略(差別化・コストリーダーシップ)などで述べているように、新規事業・イノベーションには独自性が重要である点には大きな異論はないと思いますが、そのための手段が標準化されたがゆえに事業の独自性が失われつつあるのはなんとも皮肉な状況です。
それでもなお、Airbnb・Whim・Uberなど私達をワクワクさせるようなイノベーションが創出され世界をアップデートしている事実を考えると、本当に「問いが枯渇」しているのか?という疑問も湧いてきます。その答えはYesでもありNoでもあると考えています。今まで、多くの企業は「課題を発見する」ことで課題解決=事業を継続してきました。その結果、大きな不満足がなくなり、非常によい社会となりましたが、企業にとっては発見できる課題がなくなり大きな停滞感が漂っています。一方で、イノベーションを創出している企業は「課題を創り出す」ことで新しい価値を提案しています。現在の社会・顧客・企業に存在していない課題を創り出すことで、新たな成長の可能性にチャレンジし続けています。つまり、イノベーション創出にとっての「課題は発見するものから創り出すものに変化している」ということです。
では、どうすれば、課題を創り出す企業になれるのでしょうか?
ポイントは「前提条件の破壊」にあります。つまり、現在の事業・サービスにおいて、当たり前のように受け入れているが影響力が大きいことを破壊し、新しい前提条件から考えることで課題を創り出せるようになるのです。
前提条件は、事業を検討している市場の競争相手・競争要因・提供プロセスなど、意識しないだけで非常に多く存在しています。本稿では、イノベーション創出にあたり、非常に影響が大きい「産業の壁」と「競争優位性」という2つの前提条件の破壊について、提供価値・収益モデル・提供手段という視点から、Airbnb・Whim・Uberを事例として解説していきます。
「提供価値」と「収益モデル」を産業の壁を超えて考える
イノベーションと認識されている事業・サービスは、提供価値・収益モデル・提供手段のいずれか(もしくは複数)において、前提条件が破壊されています。
Airbnbは、宿泊という産業において「旅行先の人々・文化と関わりながら旅行がしたい」という旅行の価値を提供しています。つまり、宿泊業においてイノベーションを創出しようと考えた場合「宿泊業」という前提条件から提供価値を検討してもAirbnbのようなサービスは創出できず、産業の壁を超えて、宿泊業の上位目的である旅行業の価値を転用することで、はじめて創出できるということです。
Whimは「目的地にスムーズに到達する」という提供価値は変えずに、自家用車・電車・バス・タクシーなどバラバラに提供されていた目的達成のための代替手段を、月額固定費(サブスクリプション)という収益モデルで提供しています。産業の壁を超えて、一括費用とすることで「タクシーは高いから電車で行こう」という費用対効果の検討をなくし、より本質的な目的達成を可能にしています。現在の前提条件である個別の手段ごとに目的地の達成を追求しても、Whimのような目的達成は不可能です。
Airbnb、Whimに共通しているのは、顧客目的を起点に産業の壁を超えているという点です。ただ、「産業の壁を超える」と言うだけなら簡単ですが、実際には、意識せずに産業の壁の内側視点で考えてしまうことが多いと思います。WHITEでは、イノベーション創出のために実施する初期リサーチの際には、顧客目的を起点に、新規事業を検討する市場をマクロ的視点で把握する「検討市場リサーチ・ワークシート」を活用することで、強制的に産業の壁を超えて考えられるようにしています。
イノベーション創出にとって、産業の壁という前提条件を超えて考えることは非常に重要です。
仮に「化粧品市場でイノベーションを創出したい」場合には化粧品市場のみをリサーチしても、新しい課題は創り出せません。課題を発見したとしても先行企業が存在している、非常にニッチである、解決しても儲からない、など一定以上の規模で利益を創出できる課題ではないことがほとんどです。課題を創り出していくためには、顧客目的を起点に「機能的な目的」「意味的な目的」という軸で、化粧品市場という前提条件を破壊し、再構築していく必要があります。
例えば、化粧品を購入する顧客の機能的な目的が「肌をきれいに保ちたい」であれば、化粧品以外にも、食事や睡眠の質を高める、フィットネスで適度な運動をする、ストレスを感じる仕事を変える、再生医療、など数多くの代替手段が存在します。テクノロジーの発展により、感覚的な「肌に対する効果」が定量的に評価できるようになると、代替手段と直接的な競争関係になる可能性が高くなります(=新たな前提条件)。それならば、同じ構造であるMaaS(Whim)のように代替手段を統合するサービスは実現できないのか?フィットネスで提供されている価値・機能を化粧品に転用できないか?などと、新しい課題が創り出されていきます。
また、化粧品を購入する顧客の意味的な目的である「なぜ肌をきれいに保ちたいのか?」も非常に重要です。例えば、周囲から若く見られたい、結婚式を挙げる予定がある、自分に自信をつけたい、など様々な意味が考えられます。その意味を達成するためのアンチエイジング、結婚関連、自己啓発など異なる産業のサービスが、化粧品市場に影響を及ぼしてくるかもしれません。顧客の意味的な目的が、異なる産業のサービスによって達成されると、市場そのものが消滅する可能性すら考えられます。つまり、自分に自信をつけたい、という意味的な目的が化粧品以外のサービスによって効果的に達成される場合は、その目的のために「肌をきれいに保つ」必要がなくなり化粧品は必要なくなるということです。そうならないためにも、自分に自信をつけるためのサービスで課金し、その体験として化粧品を提供するべきでは?といった新たな課題が創り出されていきます。
このように、産業の壁を超えて前提条件が再構築されることで、新たな課題を創り出せるようになるのです。※実際には「検討市場リサーチ・ワークシート」でマクロ的に市場を把握し、詳細リサーチを実施した上でより具体的な前提条件の破壊をしていきます。
「提供手段」の競争優位性をテクノロジーで破壊する
米Uber Technologiesは、ラストワンマイル・モビリティであるタクシーの提供価値は変えずに「保有台数」というタクシー会社の競争優位性=前提条件をテクノロジーにより破壊しています。具体的には、一般の人々の空き時間・車・空間をネットワーク化することで、タクシーを一台も保有することなく、世界で最も大きいタクシー会社のひとつになっています。また、タクシーの利用における課題も解決しています。例えば、(言語が不安な場所では非常にハードルが高い)行き先を告げる、料金を支払うという行為をすべてアプリケーションの事前入力によって解決することで、既存のタクシーに対して「顧客体験」という点で圧倒的な競争優位性を創出しています。つまり、競争優位性(要因)を「保有台数」から「顧客体験」に再構築したと考えられます。(※注 日本ではUberはタクシー会社とのパートナーシップを明確に発表している)
Uberに限らず、テクノロジーを活用することで、既存の提供手段に対する圧倒的な競争優位性を構築できる可能性はあらゆる産業に存在しています。ただし、企業がテクノロジーを理解し適切に使えるようになるのは多くの時間が要し、かつ網羅性をあげることも非常に困難です。WHITEでは、サービスにおけるデジタル・トランスフォーメーションの特徴を抽象化した「DXレンズ」の視点を活用することで、誰にでも提供手段における「競争優位性の破壊」を検討できるようにしています。
<DXレンズ>
「DXレンズ」の使い方を簡単に解説します。外側にある「サービス化」「ソーシャル化」「オープン化」「スマート化」はデジタルサービスの最も大きな方向性です。事業・サービスのデジタル化を検討する場合に、まず考えるべき4つの方向性となります。内側にある25個のレンズは、すでに展開されているサービスの特徴を抽象化することで転用できるようにした視点です。その視点を1つ、もしくは組み合わせながら、既存事業・サービスの競争優位性を破壊できないか検討していきます。
具体的には、イノベーションを創出したい市場のリーディングカンパニーが展開している事業・サービスの競争優位性とプロセスをリサーチした上で、DXレンズを発想の起点にしながら破壊・アップデートできないかを考えます。 DXレンズは、様々な解釈により発想を拡げられるようにあえて抽象化しています。レンズを起点にしながらも、一義的な意味にこだわることなくどんどん発想を拡げていきます。
例えば、Uberはタクシー会社の競争優位性である「保有台数」を、一般の人々の車を「ネットワーク化」し「無価値を価値にする」ことで破壊しています。 Airbnbと宿泊業(立地・不動産)の関係性もほぼ同様です。CASHは、モノが届く前にお金を支払うという「プロセスを入れ替え」て「即時化」したことで既存の買取アプリに対する圧倒的な競争優位性を創り出しています。
また、DXレンズは既存事業・サービスの改善にも活用できます。例えばスターバックスの「モバイルオーダー&ペイ」は、事前にアプリから注文、決済を完了することで列に並ばずに商品を受け取れるという新しいサービスですが、オーダーを「非物質化(人ではなくアプリ)」し「プロセスを入れ替える」ことで商品の受け取りを「即時化」しています。
このように、DXレンズを活用し抽象的な視点を「競争優位性」に当て続けることで、その破壊につながるような、今までは発想できなかった提供手段の新しい課題が創り出されていくのです。
もう一つの前提条件の破壊「未来から考える」
本稿では「産業の壁」「競争優位性」という2つの前提条件の破壊を解説しましたが、その他にも様々な前提条件は存在しています。みなさんも、イノベーション創出の第一歩として「前提条件」を探索し、破壊することで「課題を創り出す企業」になるチャレンジをしてみてはいかがでしょうか?
ちなみに、本稿における各サービスの解説は筆者独自の見解でありそれが正しいか否かはわかりません。ただし、イノベーションを創出していく上で、世の中で流行っているサービスの抽象化した特徴を自ら考えることで「視点」が個人の中に形成されます。そして、イノベーションを考える際に多くの「視点」から新結合(新たな発想・前提条件)がうまれイノベーションが起こるのではないか、と筆者は考えています。まずは、チャレンジすること。そしてその結果から学ぶことが、イノベーション創出につながる唯一の道ではないでしょうか。本稿がみなさんのチャレンジのきっかけになれば、筆者としては、これほどうれしいことはありません。
と、まとめてはいますが、本稿では解説していない非常に大きな「前提条件」が存在しています。それは「現在から考える」ということです。WHITEでは、前提条件が全く異なる「未来から考える」ことでイノベーションを創出するプロセスも提供しています。未来から考えるメリットは4つあるのですが、その解説についてはまた次回に。
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株式会社WHITE 取締役新規事業開発、サービスデザイン、UXデザイン、経営戦略などの様々な知見、ツールを組み合わせ、日本企業における新規事業開発・イノベーション創出のために最適化した独自プロセス「WHITE SERVICE DESIGN」を考案、実践している。
イベント登壇、メディア寄稿、コミュニティ運営、企業内勉強会などでWHITEの独自ノウハウ・フレームワークをオープンにすることで、新規事業開発の「ノウハウ」に対するアクセシビリティを向上し、新規事業担当者がチャレンジしやすい環境づくりにも積極的に取り組む。
<株式会社WHITE>
「新しい、を価値にする」をミッションに掲げるイノベーション・デザイン・カンパニー。企業のデジタルシフトに対応した新規事業開発、イノベーション創出を独自のプロセスにより支援します。
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