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【第9回】宇宙産業”第四フェーズ突入”から見通す、社会課題型新規事業の糸口──東大・中須賀真一教授×博報堂ミライの事業室(前編)
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【第9回】宇宙産業”第四フェーズ突入”から見通す、社会課題型新規事業の糸口──東大・中須賀真一教授×博報堂ミライの事業室(前編)

世界中で宇宙スタートアップの活動が盛んになり、私たちにとって宇宙はいっそう身近なものになりつつあります。博報堂ミライの事業室のメンバーが東京大学の先端分野の研究者と語り合う連載コンテンツの第9回は、日本の宇宙工学分野の第一人者であり、政府の宇宙政策委員なども歴任する中須賀真一教授との対話をお届けします。宇宙産業と新規事業の共通点、宇宙と私たちの生活やビジネスとのつながり、そして人類が宇宙を目指す意味──。「宇宙」をテーマとしたスリリングな対談が展開されました。

中須賀 真一氏
東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 教授

吉田 充志
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター

諸岡 孟
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター

第一人者の中須賀教授が語る、宇宙産業の現在地

諸岡
中須賀先生は、日本の宇宙産業の発展に中心人物として長く携わってきています。これまでの歴史的経緯をどう見ていらっしゃいますか。
中須賀
これまでの宇宙開発の流れを4つの世代に区分するとわかりやすいと僕は考えています。第一世代は第二次世界大戦の前までで、この時代には宇宙開発はほぼ研究者の個人的な研究レベルにとどまっていました。第二次大戦後に各国が宇宙開発に注目するようになり、とりわけアメリカと当時のソ連が激しい開発競争を繰り広げました。この時代に開発を主導していたのは、民間企業ではなく国でした。この段階が第二世代です。

その後、1950年代になって、国が企業に投資して技術を育成し、企業から生まれた新しい技術を国が使うというスタイルが定着していきました。これが第三世代です。つい最近まで、宇宙開発はこのスタイルで進められていました。

一方、企業が自ら投資したり、ファンドからお金を集めたりして新しい技術を生み出し、それを国に提供するという新しいスタイルも広まってきています。企業が国をクライアントにするスタイルです。このスタイルをもって宇宙開発は第四世代に入ったと言えます。

諸岡
宇宙産業では民間主導というワードをよく目にします。第四世代をあらわすひとつの特徴なのでしょうか?
中須賀
まさに大きな特徴です。まず、企業がロケットを開発して発射までおこなわれるようになりました。ビジネスベースに乗るよう、市販部品などを駆使するケースも出てきています。そうした企業の取組の出現によって、打ち上げの頻度が増加し、打ち上げにともなうコストが低下してきています。

一方で100㎏以下の超小型衛星や500㎏以下の小型衛星の登場と技術革新により、多くの人が衛星開発に参加し、それでビジネスまでできるようになった結果、打ち上げる人工衛星の数も増加しました。

諸岡
小型の人工衛星と言えば、中須賀先生は超小型人工衛星の代表的プレイヤーです。空き缶を機体にする缶サットは中須賀先生の代名詞かもしれませんね。

中須賀研究室の詳細はこちら →→ https://www.space.t.u-tokyo.ac.jp/

中須賀
宣伝ありがとうございます(笑)人工衛星の分野にも最近企業プレイヤーが増えてきてくれてうれしく思います。挙がっていた民間主導というキーワードは、国からの働きかけなどにかかわらず企業による主体的な創業や参入、開発、サービス化が本格化しているという意味です。
吉田
アメリカではTESLA・X(旧twitter)のイーロンマスク氏や、amazonジェフベゾス氏などインパクトのあるプレイヤーによる宇宙産業参入が目立ちますが、国内でもスタートアップや大企業による創業や参入がここ数年で相次いでいる印象です。

中須賀
2023年6月には宇宙基本計画の改定が閣議決定され、宇宙産業の国内市場規模を2030年代の早い段階で8兆円にまで倍増させる(2020年比)方針が打ち出されました。宇宙を日本の成長産業に育てようと、日本政府も力を入れているのです。

宇宙ビッグデータの活用にみる、技術の用途開発の価値

諸岡
現在の宇宙産業ではどのようなトピックがあるのでしょうか?
中須賀
現在のひとつの特徴として、宇宙産業が地上化の時代に突入したことが挙げられます。多くの人工衛星を飛ばせるようになったことで、多様な種類の地球観測データを、高い空間分解能・時間分解能で取得できるようになりました。データを扱いやすくするデータプラットフォームも整備されました。宇宙ビッグデータを誰でも使えるようになったわけです。
諸岡
データはある、すぐに使える、ではこのデータを使って何をするか?を競う時代になったということでしょうか。

中須賀
まさにそうです。このデータでどんな価値をつくり出せるか?つまりデータの用途開発が問われています。有名な事例としては、石油タンクの画像データから備蓄量を推定して取引価格の戦略に応用したものや、スーパーマーケットの駐車場の画像データから車の台数を推定し業績推移の予測に応用したもの、ほかにも防災やインフラ点検など幅広い用途に人工衛星データが使われるようになってきました。
吉田
宇宙は自分とは関係ないと思っている人が現状では多いと思います。しかし、宇宙技術がいつか一人ひとりの生活者の身の回りのベネフィットにつながっていくことは大いにありうるわけですよね。例えば、スマホやカーナビで広く使われているGPSは、まさに人工衛星技術そのものです。
中須賀
可能性はいろいろあると思います。GPSで得られる位置データの使い道はまだまだたくさんあるし、CLASという新しい技術を搭載した日本版GPSである準天頂衛星を使えば、センチメートル単位で現在の位置を計測することができます。
諸岡
ゴルフボールの中にセンサーを入れて、夜間でもゴルフができるようにするとか。
吉田
ペットの首輪にセンサーをつけて、行方不明にならないようにする仕組みにもニーズがありそうです。
中須賀
位置データの使い方で僕がとても面白いと思ったのは、オーストラリアの牧畜です。ある牧草地の草を牛が食べつくしてしまったら、別の場所に移動しなければなりません。しかし、そのつど牛を1つのエリアにとどめておくのはとてもたいへんです。柵をつくれればいいけれど、広大な土地に移動式の柵を設けるのは現実的ではありません。

そこでどうしたかというと、一頭一頭の牛につけたGPS装置に電気触覚刺激の仕組みを追加したわけです。位置データを捕捉しておき、行ってはいけない場所に牛が入り込んだら電気触覚刺激が発生する。そうすれば、もうその場所には近づかなくなります。放牧エリアを移動したら、プログラムをちょっとだけ書き換えればいい。いわば、GPSを使ってバーチャルな柵をつくったということです。これはうまい方法だと思いますね。この仕組みは一般向けに販売されているそうです。

吉田
興味深い事例です。世の中にあるいろいろなニーズと技術をどうつなげるか。新規事業開発も同じです。
中須賀
あとは農林水産関係ですよね。日本では人口が減少し、農業の担い手もどんどん減っていきます。その問題を解決するために、人工衛星技術を使った農業にチャレンジするのはとても有意義なことだと思います。例えば、1年間どこかの田んぼを借りて、人が現地にほとんど行かずに米を作ってみるとか。不可能なことではありません。苗を植えた後は、衛星の画像を使って生育状況や病気などを確認し、リモート操作のドローンで肥料をまいて、刈り入れの段階になったらCLASを使ってcm測位をしながらロボットが刈り入れする。そんなことをやってみたら面白いと思います。
吉田
リモート農業が成立すれば、会社員であっても副業で農業を始めることが可能になりますね。
中須賀
用途開発では、ニーズのヒアリングをもっとやらなければいけません。多くの人がパッと思いつくような宇宙技術・宇宙ビッグデータの用途は、ほぼ出尽くしていると思います。これまでに出てこなかった、まったく新しいアイデアを探っていく必要があると思います。
吉田
いかに生活者の目線で宇宙のことを語り合えるようになるか。「宇宙」と「生活」をいかにつなげていくか。それがポイントだと思います。

中須賀
アメリカでは、いろいろな業種でそういうチャレンジをしています。その中でうまくいったものが残っている。逆に言えば、うまくいかなかったものもたくさんあるということです。宇宙技術の地上への応用は、そう簡単にうまくいくものではありません。重要なのは、チャレンジの母数を大きくすることです。
諸岡
宇宙ビッグデータに限らず、技術やデータの用途開発を進めていくには、生活者発想やクリエイティビティ、データドリブン、他業界との掛け算といった要素を紡いでいくことが必要ですが、それは僕ら博報堂の強みをフル活用できる分野でもあります。
中須賀
例えば、流通業界やゲーム・エンタメ業界などは、人工衛星の技術やデータとの相性が非常にいいと思います。まずはいろいろな業界の皆さんに、自社や自分の業界と宇宙とのつながりの可能性を考えてもらえたら、と思います。

社会課題型の新規事業やスタートアップをグロースしていくために

吉田
次に、そうしたニーズをとらえ、宇宙の技術やデータを活かしたサービスをスタートアップが展開していくことを考えてみます。宇宙のアセットをベースにしていると、一般的なIT系スタートアップなどと比較して多めの資金・長めの時間がかかる傾向にあると思いますが、どのようにグロースを図っているのでしょうか。
中須賀
宇宙技術の先進国であるアメリカでは、今のところ第三世代と第四世代が混在していますが、徐々に第四世代にシフトしつつあります。企業が育てば政府は開発投資をしなくてもいいし、政府が顧客になることで企業は信頼性が上がり外部から資金調達しやすくなります。また、アメリカ政府は企業と長期契約するケースが多く、契約をした企業は定常収入を得られることになります。アンカーテナンシーの考え方です。この流れの中で育ってきたのが、SpaceX、Planet、Spireといったスタートアップです。

一方の日本ですが、国の宇宙予算規模がアメリカと比較すると小さく、かつ単年度契約しかできないので、政府を顧客としてビジネスを成立させるのが非常に難しいのが現状です。収益モデルが成立しているのは数社くらいです。これではアメリカとまっとうに勝負することはなかなかできません。

諸岡
資金がかかる、時間がかかるという観点では、社会課題型スタートアップも似た立ち位置だと思います。寄付やボランティアではなくビジネス化することで、社会課題の持続可能な解決をねらえますが、そのためには国や自治体との中長期な連携やアンカーテナンシーがポイントになりそうですし、そうした特性を理解したうえで中長期目線による投資をおこなうプレイヤーの存在も不可欠です。
吉田
僕ら「ミライの事業室」では社会課題型新規事業の方針を掲げ、社会課題型スタートアップとの連携も強化しています。そのベンチマークとして、宇宙スタートアップのグロースは学びの多い題材だと感じています。
中須賀
ひとつの方法は、有望なスタートアップを優先的・重点的に育成していくことでしょうね。政府がそのスタートアップと長期契約して顧客となり続け、スタートアップは国との信頼関係の中で事業を推進していく。成功ケースが出てくれば、それを型として後続スタートアップのグロースに展開していくことができます。国が主導する宇宙産業の時代はもう区切りがついたと見ています。企業が主体的に宇宙ビジネスのプランを立て、国を顧客とする形をつくることが必要です。
諸岡
「ミライの事業室」のアカデミア連携活動の狙いのひとつでもあるディープテック領域の新規事業も同じ特性だと思いました。いい学びになります。

技術も新規事業も、サイクルを高速で回すことで磨かれる

吉田
宇宙のような新しい領域で技術開発を進める場合、はじめから技術の用途を決めつけてしまうと、その後の広がりが制限されてしまうリスクがありそうです。開発のフェアウェイを広くとっておき、将来的にいろいろな用途に応用できる形で進められるように想定しておくことが重要だと思います。
諸岡
新規事業も、はじめからプロダクトを決めつけてしまうのではなく、ユーザーや市場の反応をみながらピボットする想定で進めることが必要だという点で、共通しています。
中須賀
そう思いますね。これまでの宇宙産業では、完璧なプロダクトをつくってマーケットに投入するというのが、日本の標準的なやり方でした。しかし、このスピード感では世界に大きく後れをとってしまいます。6割くらいできたところでまず市場に出してみて、ユーザーの意見を聞きながら改良を重ねてクオリティを上げていく。そのようなアジャイルな方法が今後は主流になるべきだし、宇宙分野の技術開発や新規事業もそのような考え方で進めていく必要があります。つまり、ソフトウェア開発の考え方です。バグがあるかもしれない状態でリリースし、いろいろな人に使ってもらって、バグを段階的に修繕していくという方法論です。
諸岡
まずは世に出してみて、いろいろな人の意見を聞いたり反応を見たりしながら、徐々にブラッシュアップしていく。そのやり方の方が、実は完成度を高めるための早道であるということですね。
中須賀
そうです。プロダクトやサービスは、世の中に出す回数が増えれば増えるほど、知見がたまっていきます。重要なのはアクションを何度も繰り返すことによって完成度を上げていくことです。完成度に関しては、「(1+a)のN乗」という考え方があります。aは毎回の改善度を、Nは改善した回数を表します。

宇宙産業の場合、たとえばロケットの技術完成度を題材にすると、aはロケット開発の各回の改善度、Nはロケットの打ち上げ回数ということになります。a、つまり1回ごとの改善度を最大限上げようとすると、技術のハードルが上がり設計・実装・試験も大規模かつ複数回となり、時間もコストもかかります。その結果、N、すなわち打ち上げ回数が少なくなります。一方、aを小さくしてNを増やす、つまり小規模改善を何度も繰り返すと、ロケットの技術完成度は指数関数的に上昇していきます。「(1+a)のN乗」という式があらわすカーブでは、上昇率が圧倒的に高くなるのはaではなくNの値が大きくなったときです。ですから、aではなくNの値の最大化を目指すべきなのです。

吉田
まさにソフトウェア開発の考え方ですね。
中須賀
ソフトウェア開発は、バージョン20万などが平気でありうる世界です。これはすなわち、「N=20万」ということです。それだけNの値があれば、たとえaが0.001など小さくても完成度を着実に上げていくことが可能です。

この考え方を宇宙開発にも導入していくことが必要です。2022年の1年間で日本のロケットは1基も打ちあがっていません。Nがゼロということです。かたやアメリカでは、80基のロケットの打ち上げに成功しています。

なぜそれほどのロケットを打ち上げられるかというと、民間の宇宙ベンチャーがロケットを何基もまとめてつくっているからです。たとえば、スペースXは4基くらいのロケットを同時に製造しています。1基目を打ち上げてみて問題があったら、問題点をクリアーした2基目を1週間後とか1カ月後とかに打ち上げる。さらに2基目に問題があったら、3基目を改良する。そうやってスピーディにクオリティを上げていくわけです。

宇宙開発はお金がかかるので失敗は許されない。したがって、アジャイルな方法には適さない。それが日本の従来の考え方でした。しかし、小型衛星の開発が進んできて、100%の完成度ではなくてもいいから打ち上げてみるというスタイルが浸透してきています。

吉田
宇宙だけでなく、あらゆる業界に当てはまりそうなお話ですね。
中須賀
そうです。そして、実は日本でもこれを実行してきた業界があります。自動車です。「カイゼン」という言葉がありますよね。Nの数を増やし、明らかになった問題点をどんどん改善していくことでプロダクトの質を上げてきたのが、日本の自動車産業です。あのやり方の良い点をあらためて学んでいくべきだと思いますね。
諸岡
同時に、社会や人々のマインドが変わっていく必要もありそうです。ロケット打ち上げに失敗するたびに世の中から批判され、すぐに悪者扱いされてしまうのが現在の日本です。「失敗というよりも、成功にむけて途上で踏んでいくプロセス」くらいの受け止め方ができるような世の中になっていけばいいのですが。
中須賀
日本ではロケットや人工衛星は贅沢品だと思われている側面があり、宇宙関連の取組はエリートのお遊びのような印象をもつ人もいると思います。だから、うまくいかないことがあるとものすごく非難されるわけです。もっと国全体で応援していく風潮をつくならければならないと思います。

(後編に続く)

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  • 中須賀 真一氏
    中須賀 真一氏
    東京大学大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻 教授
    1988年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。同年、日本アイ・ビー・エム東京基礎研究所入社。1990年より東京大学講師、助教授を経て、2004年より航空宇宙工学専攻教授。日本航空宇宙学会、SICE、IAA等会員, IFAC元航空宇宙部会部門長、およびUNISEC-GLOBALは設立時より委員長。超小型人工衛星、宇宙システムの知能化・自律化、革新的宇宙システム、宇宙機の航法誘導制御等に関する研究・教育に従事。2003年の世界初のCubeSatの打ち上げ成功を含む超小型衛星15機の開発・打ち上げに成功。いくつかの宇宙ベンチャー会社数社の設立に貢献し、アジアをはじめ多くの国の超小型衛星をベースにした宇宙工学教育も実施。2012年~2022年に政府の宇宙政策委員会委員。複数の省の宇宙関連プログラムの委員長も多数務める。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室
    第一事業開発グループ ビジネスデザインディレクター
    2003年入社。営業局、マーケティング局、人事局、TH経営企画室、社長秘書役を経て、2020年に独立系ベンチャーキャピタルである伊藤忠テクノロジーベンチャーズへ出向し、ベンチャーキャピタリスト業務に従事。2022年よりミライの事業室にて、新規事業立ち上げを担いつつ、日本テレビとの合弁会社Spotlightにて投資業務を兼務する。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
    1983年生まれ。東大計数工学科・大学院にて機械学習やXR、IoT、音声画像解析などを中心に数理・物理・情報工学を専攻し、ITエンジニアを経て博報堂入社。データ分析やシステム開発、事業開発の経験を積み、2019年「ミライの事業室」発足時より現職。技術・ビジネス双方の知見を活かした橋渡し役として、アカデミアやディープテック系スタートアップとの協業を通じた新規事業アセットの獲得に取り組む。東京大学大学院修士課程修了(情報理工学)。

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