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【第6回】日本企業がゲームチェンジャーになるには~東大松尾豊教授×博報堂ミライの事業室
TECHNOLOGY

【第6回】日本企業がゲームチェンジャーになるには~東大松尾豊教授×博報堂ミライの事業室

イノベーションの鍵を握るAI技術。その最前線では、ChatGPTや生成系AIなどが世の中を日々騒がせ、グローバルでの熾烈な主導権争いが起こっています。日本におけるAI研究の第一人者である東大の松尾豊教授は、重要なのは技術そのものよりも、その技術をビジネスにいかしていくモデルや戦略であると言います。それはどのようなモデルであり、戦略なのでしょうか。連載「東大×博報堂ミライの事業室」の第6回となる今回は、数々の起業家を世に送り出してきた松尾教授と、博報堂ミライの事業室のメンバーが語り合いました。

松尾 豊氏
東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授

吉澤 到
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 室長/エグゼクティブクリエイティブディレクター

丸山 真輝
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室
ビジネスデザインディレクター

東大エコシステム拡大を目指して

吉澤
ミライの事業室では、東京大学をはじめとするアカデミアとの連携によって新しい産業や市場を生み出すことを目指して、さまざまな活動に取り組んでいます。松尾先生とはHONGO AIを通じてお会いしたことがご縁となり、博報堂が東大松尾研究室のロゴ制作、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)策定をご協力させていただきました。

松尾研の詳細はこちら →→ https://weblab.t.u-tokyo.ac.jp/

松尾
松尾研総体として大きな組織になってきていたので、あらためて松尾研の思想やあり方について言語化・ビジュアル化したいと考えていたタイミングで、博報堂の皆さんとお会いすることができました。皆さんとの共同作業は私にとっても楽しい経験でした。
吉澤
私たちはロゴ制作・MVV策定のプロセスを通じて松尾先生や多くのスタッフの皆さんと何度もディスカッションを重ね、そのなかで松尾研の基本構想や哲学、技術についての理解を少しずつ深めていくことができました。

(CD・CW:山田聰 AD:原野賢太郎)

吉澤
松尾先生は「本郷にシリコンバレーを」を合言葉として、東大を中心にスタートアップや投資家、大企業、地域が集積し連携してエコシステムを形成していく構想を打ち出され多面的に活動をされていますが、そうした様子を間近で感じることができたことも私たちにとっても大きな収穫です。

変化を生み出し、変化に対応していく力を

丸山
松尾研からは多くのAIスタートアップが輩出されていますが、そうしたスタートアップや大企業が協業してAIのビジネス化をうまく加速させることができれば、世界における日本の競争優位性を高められそうですね。
松尾
その可能性はもちろんあります。しかし、状況は甘くはないと思います。しっかりとできることを積み上げていく、そして、エコシステムを作っていくことだと思います。

大企業も、当たり前にできることを積み上げていく必要があります。データで顧客管理をしながら、顧客のニーズに対応して商品やサービスを改善し、それによって顧客数を増やし、顧客との関係を保ちながら、商品の付加価値を継続的に上げていくこと。そしてそのサイクルをスピーディに回していくことが、グローバルではスタンダードなモデルです。そのモデルができて初めて、グローバルに戦う基盤が整うのだと思います。

吉澤
日本の企業はスピーディな動きが苦手であると言われます。そのサイクルを速く回していくにはどうすればいいのでしょうか。
松尾
インターネットに関連するビジネスに携わったことのある人の多くは、スピーディな感覚を備えているように感じます。ウェブやデジタル系のビジネスで成功した人を組織のリーダーに据えるのが最もシンプルかつわかりやすい方法だと思います。あるいは、変革マインドを持ったリーダーにデジタルや技術のスキルを身につけてもらう。その二つが有効な方法ではないでしょうか。

重要なのは、新しいビジネスモデルをつくることによって組織がどのような姿になるかを明確にイメージできる人がリーダーになることです。DXにしてもAI活用にしても、変革後の組織のイメージが見えなければ成功するのは難しいかもしれません。スピード感があり、変革の結果を明確にイメージできること。それがこれからの組織のリーダーの要件であると私は思います。

丸山
マーケットやビジネスモデルの変化についていけるリーダーかどうかが重要なのですね。

松尾
たとえば、日本企業がものづくりに強いからといって、それを固定的な強みと捉えるのは危険です。ゲームのルールは常に変化しているからです。米国や中国の企業が強いのは、ゲームチェンジを常に志向しているからです。自らゲームチェンジャーになることで、自分たちに有利な新しいルールのもとでゲームを進めることができます。結局のところ重要なのは、変化を生み出す力であり、変化に対応する力だと考えています。その点では大企業よりスタートアップの方が圧倒的に有利です。

ChatGPTがもたらす変化の加速

吉澤
ここのところ、名前を見かけない日はないというくらい、ChatGPTが世の中をにぎわせているように感じます。なかでも専門家や技術者などではない一般の人々が、実際に使ってみて結果をシェアしたり、性能を引き出すために入力文を工夫したり、さまざまな用途への応用を考えたりしていて、これまでとは違う次元でAIの民主化(多くの人が使えるようになる)が進んでいます。松尾先生は、ChatGPTのどのような点が革命的だとお考えでしょうか?
松尾
まずはインターフェースですね。人間の言葉でAIに指示を出せるようになった、これにより誰もが使える状況になり、ユーザー数が爆発的に伸長したというのが特徴的だったと思います。多くの人がその有用性を確認し、そこからさまざまな用途を考えつくりはじめています。一方で、広範囲への提供は一般に炎上のリスクを伴いますが、その対策もしっかりなされているようで、炎上のタネになりそうな返答はあまり出てこない印象です。専門家や技術者にとどまらず、一般への公開も前提としてつくられていたと思います。そしてもちろんですが性能の良さもポイントです。
吉澤
日本企業はChatGPTにどう対応していくべきとお考えですか?
松尾
私自身や松尾研は技術のプレイヤーですから、企業のビジネスのことはぜひそれぞれの企業自身で考えていただくのがよいと思います。そして技術面に疑問や不安があるのであれば、その際は松尾研に相談してもらえればと思います。かつての日本であれば、勝ちたい・儲けたいというアニマルスピリットのようなものや、知能の根源を解明したい・脳の仕組みを知りたいという知的欲求がもっと強かったような気がしています。私や松尾研では、どう対応していくべきかというとらえ方ではなく、アニマルスピリットや知的欲求から自然にこの変化をチャンスととらえてポジティブに対応を始める、というように考えるようにしています。グローバルではそのような考え方が当たり前のように広まっていると感じています。
丸山
たとえば私たちの仕事ではよくブレスト(ブレインストーミング)を行いますが、ブレストにもChatGPTは使えるという一方で、使い方を工夫しないとなかなかうまくいかないという意見もきこえてきます。
松尾
はい、ブレストにももちろん使えます。使い方の工夫も必要です。ただ、こういう時代ですから、まず皆さんでいろいろと使ってみるのがいいと思います。実際にChatGPTでブレストをやってみたら見えてくることがたくさんあると思いますよ。そして、いろいろとChatGPTに入れる言葉を工夫していくと、それは自然にプロンプトエンジニアリングにつながってきます。博報堂は言葉を扱う仕事をしているのですから、言葉を通じてChatGPTとコミュニケーションをして性能を引き出していくというプロセスは親和性があるように思います。
吉澤
ブレストでのアイデア発想にとどまらず、これまで人間だけに許されていた創造性の領域にAIが侵食してきて、人間はもうAIには太刀打ちできなくなるのではないかという恐れがあります。松尾先生はこれからの未来、人間がどこに価値を発揮できると考えていらっしゃいますか?
松尾
変化があまりに急激で、人間としての価値がどこに残されることになるのか、私にもわかりません。ただ、これまでの歴史で人間がそうしてきたように、また新たな価値を創り出すのだと思います。そして、社会全体で良い方向に変わっていけばいいのだと思います。私自身は、自分自身が変化しないことを前提に、価値がどこに残り続けるのかということを考えることは、あまりやりたくありません。
今日に限らずこれまでもChatGPTについて多くのインタビューを受けてきましたが、主語が自分ではない質問ばかりで、他人事にとらえているものがほとんどですね。日本全体としてどうか?とか日本企業は?とか。そのような他人事の視点を掘り下げてどうなるのでしょうか。「で、結局自社はどうするのか?」「自分はどうするのか?」が大切だと思います。また、こういった新しいテクノロジーについて報道される際、多くの場合は懸念事項で締めくくられているように思います。リスクは何かとか課題は何かとか。その答えを聞いて、「なるほど、だからまだ始めなくても大丈夫だな」という現状維持を肯定して安心する材料を得たいのかもしれません。「自分がどう動くか」という気持ちがその根本にないのが気にかかります。

起業家育成に求められる「階段づくり」

吉澤
先ほどスタートアップのお話が出ましたが、ここ数年、日本では政府や大企業を中心に起業家育成の必要性が盛んに叫ばれています。一方、東大は早くから起業家育成や起業のための環境づくりに取り組んできており、とりわけ松尾研究室からは多くの起業家が生まれています。起業家を育てるために必要なことは何だとお考えですか。
松尾
特別なことは必要なくて、普通のことを普通にやればいいと思っています。成長の「階段」をつくり、それを一つひとつ上っていけば、起業家になれるというルートがある。それが私の考えです。私の研究室で言えば、第一ステップでAIの勉強をし、第二ステップで企業との共同研究などを体験し、第三ステップで起業する仲間をつくるというのが基本的なプロセスになります。その階段を一段ずつ昇っていくことで、学生たちは確実に成長していきます。

教育の本質的な役割は、スキャフォールディング(Scaffolding)、つまり「足場づくり」にあると私は考えています。若い人たちを起業に導きたいなら、その足場をつくってあげればいい。これは、例えば企業のDXの取り組みにも当てはまります。DXに関して企業からご相談いただく機会が増えてきていますが、DXの足場や階段がないのでどう進めていいかわからない、というのが多くの企業の現状のように感じています。階段さえしっかりつくることができれば、組織も人も、より高いレベルに昇っていって、確実に成果を出すことができるはずです。

吉澤
「階段」に加えて、身近なところにお手本となる人がいることも大切ではないかと私は感じています。私たち「ミライの事業室」は20人弱のメンバーでスタートした部門なのですが、発足当初はVC(ベンチャーキャピタル)や新規事業アドバイザーといった専門家の方々のお話を聞いてみんなで勉強しました。しかし、経験のない私たちにはレベルが高く、「では、自分たちはどうすればいいのか」という答えがなかなか見えないというのがメンバーたちの実感でした。

しかし、しばらく経って中途採用の起業経験者が仲間に加わってからは、私たちの学習スピードが目に見えて向上しました。そうか、すぐ近くにいる人から学べる環境をつくることが大事なんだ──。そんなことを実感しました。スタートアップだけを増やそうとするのではなく、エコシステム全体の中で起業家を育てスタートアップへと導いていく意味も、そこにあるのではないかと思います。

松尾
吉澤さんのおっしゃるとおり、「教材」が自分の近くにあることはとても大事だと私も考えています。もちろん、何を学ぶかによって、学び方は変わります。知識は座学で身につければいいのですが、その知識を社会実装する方法を学ぶ場合は、企業のプロジェクトなどに加わって実地で学習することが必須です。さらに、起業後はコミュニティが非常に重要になります。自分より前に成功した人がいて、その人をお手本にしたり、何かあったらその人に相談したりすることができる。そのような環境があることで、起業の成功確率は格段に高まります。そのような学びの仕組みをエコシステム全体の中で整備していくことが必要なのだと思います。

東大エコシステムにおける博報堂の価値

吉澤
そうしたエコシステムの中で博報堂だからこそ生み出せる価値は何か、多くの方々との対話を通じて私たちは考え続けてきました。見えてきた答えのひとつは、博報堂のフィロソフィーでもある生活者発想です。技術の素晴らしさを理解したうえで、その技術が果たして生活者や社会から見たときにどのような価値を生み出しうるものなのか。そういった観点で研究者や起業家やスタートアップとディスカッションして新しいアイデアを生み出すことで、私たちもエコシステムの中で価値を出せるのではないかと考えています。
松尾
多くの研究者は、自分が取り組んでいる研究がどう世の中に役に立ち、どこで収益に結びついていくかがわからずに研究に従事しています。そういう人たちにとって、民間企業の経験や知見をご提供いただくことはたいへん価値あることです。
吉澤
加えて、博報堂の企業ネットワークを活用し企業や社会の課題やニーズを収集し、技術をもつ研究者やスタートアップとマッチングして、クリエイティビティで技術の用途開発を推進していく。そのようなことも今後挑戦していきたいと思います。
松尾
それはありがたいお話です。博報堂のようにマーケティングを専門とする企業のお力は、スタートアップが立ち上がって成長していくプロセスの局面ごとに必要となります。研究を事業化し、グロースさせていくあらゆる過程で、民間企業の皆さんとの協働が非常に重要であると考えています。

本気で勝ちにいく戦略をもって

吉澤
先ほどおっしゃった、ゲームチェンジ。これが今後の日本企業にとって大きなチャレンジとなっていきそうですね。
松尾
そう思います。従来の日本企業の特徴は、固定的な環境で大きな力を発揮できる点にありました。例えば、EV市場が今後確立して、それが100年間同じ形で存続するとすれば、日本企業は間違いなく世界のトップになるはずです。しかし、一つの市場が形を変えずに長期間続いていくことはもはやありえません。だとすれば、先に変化を起こした方が有利になることは明らかです。

AI技術の領域では、まさにゲームチェンジャーの主導権争いが起こっています。海外の先端的な企業は、この分野で主導権を握って自らルールをつくることができれば、極めて巨大なビジネスを成功させられると考えているからです。しかし日本のプレイヤーは主導権争いに加わるどころか、グローバルでそのような競争が起こっていること自体ご存知ではない方も少なくないと思います。そのことに、私は大きな危機感を抱いています。

丸山
大手企業、スタートアップ、大学などエコシステムのプレイヤーが連合体をつくって、テクノロジーリーダーとなり、ゲームチェンジャーとなる。日本が本気で勝つための一つの策として、そのような取り組みに可能性があるのではないかと考えています。
松尾
現状を踏まえるならば、連合体をつくるのは一つの有効かもしれません。それより大切なことは、まず、現状を正しく理解することだと思います。正しい戦略は、正しい理解からしか生まれません。現状の日本の競争力、大学やスタートアップの力を適切に認識する必要があります。その上で、確率が低くても、何か逆転できるシナリオを見つけて、臆せずに挑戦するということだと思います。
吉澤
勝ちにいくための戦略、そして本気で勝とうとするマインドが必要なのでしょうね。肝に銘じたいと思います。博報堂がハブとなりエコシステムや連合体の力を集結することで、グローバルとも戦える新産業を日本からつくっていきたい。そんな決意を新たにしました。私たちミライの事業室は、松尾研の研究者や起業家、そして東大エコシステムに関わる様々な方々と対話を重ねながら、生活者や社会にとっての新しい価値をつくりだしていきたいと思っています。これからも引き続きご一緒させてください。
松尾
もちろんです。ぜひ一緒にやっていきましょう。これからもよろしくお願いします。
吉澤
今日はありがとうございました。

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  • 松尾 豊氏
    松尾 豊氏
    東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授
    1975年香川県生まれ。1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年 同大学院博士課程修了。博士(工学)。産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員などを経て、2014年より、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 特任准教授。2019年より、東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
    ミライの事業室 室長・エグゼクティブクリエイティブディレクター
    東京大学文学部卒業。ロンドン・ビジネス・スクール修士(MSc)。
    1996年博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクターとして20年以上に渡り国内外の大手企業のマーケティング戦略、ブランディング、ビジョン策定などに従事。その後海外留学、ブランド・イノベーションデザイン局 局長代理を経て、2019年4月、博報堂初の新規事業開発組織「ミライの事業室」室長に就任。クリエイティブグローススタジオ「TEKO」メンバー。
    著書に「イノベーションデザイン~博報堂流、未来の事業のつくり方」(日経BP社)他
  • 博報堂 ミライの事業室
    ビジネスデザインディレクター
    グローバル業務を中心に海外駐在も含め、多業界のクライアントに対して、マーケティング戦略の立案から実装までをハンズオンで実施。また、グローバルの多様な思考・行動特性に対する行動設計モデルに様々なデータ活用を組み込んだソリューションを開発。2018年にはマサチューセッツ工科大学でMBAとビジネスアナリティクス認定を取得。現在はクライアントにマーケティングサービスを提供しながら、AI技術を活用した新しい事業開発や事業拡大に寄与するソリューション開発を推進。更に、東京大学などアカデミアとの連携やスタートアップ企業の技術の社会実装に取り組む。博士研究としてはバイアスと思考・行動特性の関係性を工学の観点から研究をしている。