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web3と博報堂の未来#4 「web3におけるデータウォレットとは?
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web3と博報堂の未来#4 「web3におけるデータウォレットとは?

web3の潮流で創造される生活者の暮らしや情報の民主化など、web3の将来性を探っていく連載企画「web3と博報堂の未来」。

Vol.4では「web3におけるデータウォレットとは?」をテーマに、博報堂ミライの事業室 チーフプロデューサー 兼 博報堂キースリー 社外取締役の佐野 拓海と、DataGateway CEOの向縄 嘉律哉さんが対談形式でディスカッションを行いました。

※DataGateway Pte. Ltd.
web3の根幹である、情報は個人自身がコントロールする、個人データの民主化の実現を目指し、製品・サービスの開発を行う「分散型ID」分野の世界的エキスパート企業。
博報堂キースリーとは共同で、2023年3月16日にデータウォレット「wappa」の企業向けサービス提供をリリース。wappaへの技術提供を行う。

Calbeeの「NFTチップス」から見るweb3の可能性

佐野
向縄さん、本日はよろしくお願いいたします。

まずは、web3におけるwallet(ウォレット)とは何かをディスカッションする上で、直近で行ったCalbee(カルビー)の「NFTチップス」を説明するのがわかりやすいかなと思っています。なので、その事例から話を広げていこうかなと。

向縄
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
カルビーのNFTチップスはとても画期的な施策でしたよね。

佐野
そうなんですよ。NFTチップスの実施背景として、2022年7月にCryptoGames社が提供する農業体験ゲーム「Astar Farm」内で、カルビー初のNFTを10,000名に無料配布する施策を実施しました。また、ゲーム上でじゃがいもを収穫したユーザーの中から、抽選でカルビーのリアルなポテトチップスが届く体験が反響を呼び、キャンペーンとしても大きな成果を挙げることができました。カルビーがweb3市場へ参入し、NFTを活用したプロモーションを行ったこともあり、その年の日本プロモーション企画コンテストで受賞するなど、広告業界でも注目を集めたのです。
その第2弾として、2023年4月に実施したのが「NFTチップス」のキャンペーン施策でした。
向縄
購買成長型NFTという切り口は、とてもユニークな試みだなと思っていました。
これはどのような経緯から生まれたんですか?
佐野
カルビーは、もともと「ルビープログラム」という取り組みを2020年からスタートしていました。
食べ終わった商品の袋を折りたたんで捨てる「折りパケ」運動(ゴミのかさを減らし、家庭ゴミの量を削減する取り組み)の一環でリリースされた体験プログラムで、専用のアプリで折りたたんだパッケージを撮影すると、ルビー(ポイント)を獲得でき、貯まったポイントに応じて賞品などと交換できる仕組みとなっています。
そのポイントを「NFTに変えたら面白いのでは」という発想からNFTチップスの施策が生まれました。

ただ、単にNFTを配布するだけでは前回の施策と同じになってしまう。
そこで、カルビーが扱うジャガイモの品種に着目しました。
世界には、じゃがいもの品種が数千種あるといわれていて、ポテトチップスを製造する際には、季節によってさまざまな品種を混ぜながら作っていくそうです。その品種をキャラクター化して、NFTを配布すれば良いのではと考えたのがきっかけになっています。

加えて、ユーザー体験についても、対象のポテトチップス商品を購入し、ルビープログラムのアプリでスキャンする度に「ポテトNFT」が成長するというUXを考えました。
5回スキャンすると、架空の世界「じゃがバース」のキャラクターを得ることができるのですが、「じゃがいもを育て、収穫する」という体験のように、NFTのキャラクターを育成する楽しさやワクワク感を届けたいと思い、このような体験設計を行ったのです。

今回のNFT施策をカルビーが先駆けて実施したことにより、大きなPR効果にもつながりました。

このキャンペーンの狙いとしては、単発的なものではなく中長期的なマーケティングとして取り組めることです。というのも、ポテトNFTを保有しているユーザーが、ブロックチェーンに刻まれるわけなので、今後もNFTを持っている人だけの特別な体験の提供、特典の配布など、一過性のプロモーションではやりづらかった「ブランドのファン化」や「コミュニティの形成」が可能になるわけです。

向縄
弊社は博報堂キースリーと共同で、個人がNFTを所有・管理するためのデータウォレット「wappa」を開発しました。

ユーザーがパッケージからスキャンし、ポテトNFTをもらおうと思ったとき、NFTを入れる「箱」みたいなものが必要になり、その役割を果たすのがウォレットになっています。

web3は一般の人にとってまだまだ距離が遠く、ハードルが高いと思われていますが、今回のNFTチップスは非常にweb3の世界に入りやすい機会だったなと感じています。
技術的な観点で見ても、カルビーが既存で持っているルビープログラムに、web3ウォレットを実装し、システム構築するというチャレンジングな取り組みができたのは、博報堂キースリーだからこそだと思っています。

既存のアプリにウォレット機能をつけることに対し、web3業界では「本来のweb3ではない」という見方もされてしまう恐れもある一方、博報堂キースリーはそうした思想や価値観よりも、一般への浸透(マスアダププション)にコミットしていることにとても感銘を受けているんですよ。

「企業」から「個人」へデータの主権が変わることでもたらされる変化とは

佐野
弊社もDataGatewayの掲げる「データウォレットの開発・提供を行うことにより『情報は自己がコントロールする=Data Self Sovereignty』の実現を目指す」というミッションに共感し、一緒にタッグを組ませていただいています。
web3に関わる事業者の中にはweb3のエコシステムだけで完結しようとする考えも多いなか、Web2のユーザーをいかにweb3の世界へ連れて来ることができるかが、web3の発展には不可欠だと考えています。

ここからは、web3の根幹となる「企業から個人へと移行するデータの主権」について、掘り下げていきたいと思いますが、向縄さんはこの辺りをどのように捉えていますか?

向縄
web3が普及していくことで、ひとつ肝になるのは「ID管理がどう変わるのか」ということです。従来で言えば、国や行政、企業といった機関もしくは団体によってID(アイデンティティ)が発行され、発行主体の管理者が一元的に管理していました。例えるなら、日本のマイナンバーや運転免許証、銀行口座などがそれにあたります。

他方で、web3で言われている「分散型ID」とは、個人の意思でIDを管理し、その人自身が情報の取り扱いの決定権を持つという考え方に基づいています。
要は、管理主体に依存せずに利用者自らが情報の管理権限を持つことで、クレデンシャル情報(個人の経歴や資格、ID、パスワードなどのユーザー認証における情報の総称)のプライバシー保護や匿名性・秘匿性の維持につながり、これらが分散型IDの大まかな特徴になっています。

ですが、Web2とweb3の文脈でID管理を比較して考えない方がいいと個人的には思っています。大きな組織や国家がIDを発行してくれ、管理してくれるというのは、すなわち自己管理の必要性がないということです。万が一IDを紛失したとしても、免許証や社員証、マイナンバーなどは再発行手続きをすればよく、ネット上のサービスでもIDやパスワードの再発行は容易に行うことができます。

これが分散型IDだと自己責任の世界。つまり「責任範囲」が増えることになります。
例えばウォレットの秘密鍵を紛失してしまうと、政府や金融機関のような管理者が介在していないため、再発行することができません。
ウォレットに再度アクセスするためには、シードフレーズ(リカバリーフレーズ)というひと続きの英単語を入力する必要があり、もしシードフレーズも思い出せないとなると、永久に自分のウォレットにはアクセスできなくなってしまいます。

IDを管理してもらうのか否かについては一長一短で、どちらも良し悪しがあると私は考えています。

web3特有の分散型テクノロジーであるDIDやVCの特徴

佐野
Web2におけるID管理では、発行主体の悪用が問題点として指摘されています。分散型のデジタルIDが普及することで、どのような業界がその恩恵を受けられると考えていますか?

向縄
結論から言うと、どの業界においても恩恵や便益をもたらすと考えています。
この理由については、DID(Decentralized Indentity、分散型ID)とVC(Verifiable Credential、デジタル上で検証可能な個人情報)について説明するとわかりやすいかなと思います。

DIDは個人利用の観点で一つの切り口から例えると「デジタル世界の自分を証明するアンカー」です。ある種のデジタルパスポートと言ってもいいかもしれません。(厳密に表現するとパスポート番号がそれに当たります。あなたを個別識別するユニークな文字列)
ブロックチェーンは分散型台帳とも言われますが、その上にDIDドキュメント(DIDに関連する情報)が記載されいることで、他者がDIDで証明された内容を確認できるような技術となっています。これは、国が発行したパスポートを中央のデータベースで参照するようなことと対比できます。

一方でVCは「デジタル世界での証明書」です。DIDと似ているように思えますが、違いはDIDで例に出したデジタルパスポートに記載されているパスポート番号以外の情報で例えることができます。例えば生年月日や国籍、性別、取得したVISAなど。これはパスポート番号に紐づいて証明されているものといえます。実際にはパスポートと言った範囲を超えて、個人の年齢、性別、在住先、職業、資格など、一つひとつの属性情報がVC化し、自己を証明するようにデジタル世界の人物像が形成されていくわけです。

また、前記のような特性があるために企業が分散型IDに取り組む上では、「組織を横断し、かつプライバシーが必要とされる場合」が相性の良いユースケースだと考えています。
DataGatewayでは、温室効果ガスの削減とCO2排出量の計算に、分散型IDを活用し、サプライチェーンにおけるトレーサビリティの担保や情報の非改ざん性に取り組んでいます。
工場のIoTセンサーにDIDを付与し、ブロックチェーン上に取得した情報をひも付けることで、データの改ざんを防ぎ、かつ機密性を保ったままサプライチェーン全体で温室効果ガスの量を測定できる仕組みを作りました。ブロックチェーン上に蓄積されたDIDは、データを情報開示する際に検証可能となっていて、さらには暗号化技術を用いて、CO2排出量の把握にだけ必要な情報を共有し、正確性を保つようなシステムになっています。
これによりいわゆるプライマリーデータを取得することができ、そのデータを元にカーボンクレジットの発行など国際的に価値の証明が必要な事例に活用できます。

佐野
企業はファンサイト、ブランドサイトなど複数のIDを発行しているケースがあり、既存の市場でも「IDを統合し、まとめて管理していこう」という動きが注目されています。
これが分散型IDになると、個人の持っているデータを、企業のDIDと紐づけていくようになるのではと考えています。

すでにweb3技術を活用したロイヤリティプログラムが登場している事例もあり、企業の枠を超えたデータ連携によって、新たなユーザー体験の創出やブランドバリューの向上に寄与する可能性を秘めていますよね。

向縄
web3はインターオペラビリティ(相互運用性)が大きな特徴のひとつで、「パブリックにやっていこう」というのが前提にあるからこそ、デジタル資産やデジタルIDの価値が生まれるわけです。現在のIDはガラパゴス化していて、他社同士の会員組織の結合はセキュリティ面でも、実運用面でも現実的ではありません。

そんななか、web3の分散型テクノロジーは共通の規格であり、なかでも分散型IDの特徴として挙げられる「ユーザー同意」という仕組みを使えば、企業間の壁を取っ払うことができ、新しい座組が作れるのではと考えています。

佐野
例えば、ドラッグストアAとドラッグストアBがあった場合、今までは情報のサイロ化から連携が困難だったのが、分散型IDを使うことによって、企業間のデータ連携が可能になるということですかね。
向縄
そうです。web3の分散型テクノロジーであるDIDやVCは、現実世界で起こったことを信頼可能な形でデータに変換して保管できるようになったのが大きな変革だと思っています。
どこで、いつ、何をしたか。このような行動履歴を、プライバシーを担保したままデジタル化できるようになった。

ブロックチェーン上に刻まれ誰でも見られる履歴は「オンチェーンアクティビティ」とも呼ばれますが、wappaで保管されるデータはオンチェーンデータの一種になります。ただ、そのデータは所有者しか見ること、管理することができません。その管理をしているのが個人のウォレットなんです。逆に言うと、個人の許可があればあらゆるデータが活用可能になります。
つまり、これまではアプローチできなかった情報に、企業はアクセスすることができるようになり、新たなプロモーションとしても有効活用できるわけです。

佐野
ここは非常に大事なポイントで、DIDやVCによってデータの正確性が段違いに良くなり、さらには個人の情報に紐づいているので、どういう属性の人が、いつどこで買ったのかも可視化されると、マーケティングのやり方自体が抜本的に変わっていくかもしれません。

今までは推測に頼っていたマーケティングも、分散型テクノロジーによって今まで可視化されなかったデータが可視化され、より精微に、届けたい人に広告を配信できるようになるのではないでしょうか。

wappaが目指すweb3時代のプリサイスマーケティング

向縄
このタイミングで博報堂キースリーと共同開発しているwappaについても触れていきたいなと思っています。wappaはユーザー自身が、個人に関連するデータやNFT、各種証明書などを保管・生成・共有できるツールとなっています。
分散型テクノロジーを活用したデータウォレットになっていますが、企業側のメリットとしてはプリサイスマーケティングというweb3時代の新しいデジタルマーケティングに取り組めることだと考えています。

プリサイスマーケティングとは、生活者が第三者へ個人情報を開示するかどうかを事前に選択でき、企業は同意が得られた生活者のみに情報発信できる仕組みです。

ブロックチェーンや分散型ID、ゼロ知識証明の技術を組み合わせ、企業が個人情報を扱わなくても、生活者にアプローチできる手法で、企業側のメリットとしては、リアルなデータがウォレットに溜まっていくことで、より正確なマーケティングを展開しやすくなること。
生活者側のメリットとしては、自分の持っている情報を価値として活用し対価を得ることができること。
データの民主化というweb3の特徴を抑え、企業と個人が対等の立場でデータの利活用
ができるのが、プリサイスマーケティングの目指すあり方になっています。

佐野
暗号資産を入れるクリプトウォレットがメインに広まっていますが、wappaは個人の経歴や行動履歴、趣味、属しているコミュニティなど、ありとあらゆる情報を簡単に持ち運べるデータウォレットというものです。

「wappa」の名前に関しては、日本古来のお弁当箱「曲げわっぱ」が由来となっています。
色とりどりの多彩な食材を持ち運べるお弁当箱のように、wappaも個人のさまざまなデータを持ち運び、生活者が新しい体験を楽しんでほしいという願いから、開発に取り組みました。

向縄
他のウォレットと違うのは、既存アプリとweb3サービスのつなぎ込みを意識しており、wappaをいろんな人に使ってもらうことで、web3の橋渡し役になれたらと考えています。

web3は企業とユーザーがお互いトラストレスなので、今までのしがらみを超えて、横串でのデータ分析などを相互の同意のもとに行うことが可能です。
個人に紐づくDIDやVCは、デジタル上における自分自身の証明にもなり、個人は相手によって公開する情報を変えていく。いろんな人がデータを収集し、有効活用していく世の中になると考えています。

今まで曖昧になっていたリアル/デジタルの行動履歴、情報には価値があり、それを最大化していくことができる。これが分散型IDのメリットになるのではないでしょうか。

現状では、各企業ごとにIDとパスワードが存在していて、非常に非効率な状況になっていますが、将来的には個人がひとつのIDだけで、さまざまなサービスへアクセスしたりデータを提供したりする時代が来るでしょう。

その一方、企業は分散型IDを活用することで、「共通の世界観」が作りやすくなります。
今までのような自社のポイントシステムを構築し、一社に閉じるのではなく、オープンイノベーション(共創)型で独自トークンや決済、データの流通などを創出していけることが、企業における分散型IDを採用する意義だと捉えています。

佐野
まさに、ひとつの国を作り上げるような感じですね。wappaの一丁目一番地はユーザーファーストであり、生活者ファーストなので、これからもユースケースを見出して、web3のマスアダプションに貢献していきたいと思っています。
向縄
現時点ではwappaは完全に個人の責任だけに任せているのではなく、あくまでアシストしていくような役割を担っています。
博報堂キースリーと組んだことで、よりユーザー視点でサービスの開発に取り組んでいくとともに、生活者が気軽にweb3の世界に入っていけるような顧客体験を創出し、ウォレットの社会実装ができるように尽力したいですね。
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  • 博報堂 ミライの事業室
    博報堂キースリー 社外取締役
    博報堂ミライの事業室 チーフプロデューサー。生活者リサーチ、新規事業開発、新商品開発、サービスデザインの業務に従事。著書『DNVB生活者の義憤から生まれるブランド』。
  • 向縄 嘉律哉
    向縄 嘉律哉
    DataGateway CEO
    キヤノンにて知的財産権に関する考え方を学び、ブロックチェーン技術を使って特許の自動化をするためにbitgritを創業。データサイエンティスト向けのプラットフォームを開発。現在2万人以上のDSコミュニティを運営している。bitgritで得たデータそのものの重要性への知見から、データの主権を個人に返し、個人の選択のもとにデータ活用を行うDataGatewayを創業。