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デジタル時代の「新・ブランド論」【第4回】 買物がブランドに影響しない?―デジタル時代の買物行動とは
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デジタル時代の「新・ブランド論」【第4回】 買物がブランドに影響しない?―デジタル時代の買物行動とは

SNSなどデジタル環境の変化に伴い、生活者の情報選択・購買・消費行動は大きく変化しています。また、様々なテクノロジーの登場によって、企業の行うデジタルマーケティングも日々進化しています。その一方で、長期的な視点に立った企業と生活者との絆づくりである「ブランド」はどうでしょうか?デジタル時代において、改めてブランドとは、ブランディングとはどうあるべきなのか──そんな問題意識からスタートした「デジタル時代の新・ブランド論」構築プロジェクト。
本連載では、マーケティング、消費者行動論、社会心理学などに精通した研究者と博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターのメンバーによって進められているプロジェクトをご紹介します。

第4回では、前回に引き続きデプスインタビューで得られたリアルな生声や具体的な行動をもとに議論を進めていきます。

連載一覧はこちら

<プロジェクトメンバー>
(写真左から)
米満 良平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員

柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授

澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表

石淵 順也氏
関西学院大学商学部 教授

西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表

他者がかみ砕いた情報や自分の直感が「感情購入」の起点に

西村
ここまでの議論(※第3回)では、今の生活者がコンテンツや商品を選ぶ際の拠り所として、「忖度のない口コミ」などの情報と並行して、動画だからこそわかる「その商品に満足している笑顔」のような他者の感情も重要な要素だということが浮かび上がりました。
他にも今の生活者が好む情報の特徴についても、いくつかのファインディングスがありました。

米満
前回の議論でもあったようにWEBで検索するよりも、まずSNSや動画サイトでチェックするという行動が当たり前になっています。他にもショート動画を見ているなど、編集された簡単に理解しやすい情報、いわゆる「処理流暢性が高い」情報を好んでいると感じる発言が複数ありましたね。

西村
そうですね。SNSや動画はわかりやすさだけでなく、例えば、SNSを流し見する中で、たまたま自分の「好き」に合致するものが目に入って「かわいい!」「ほしい!」と感情が動いて購入につながるといったような、自分の感情を強く刺激する装置にもなっていました。

柿原
そもそもSNSはアルゴリズムによって、自分が「好き」そうなものが学習されてフィードにあらわれて来ます。実際にフォローしている人の投稿ではなく、そのアルゴリズムが提案するフィードを中心に見ている人も多かったわけですが、それらに対して直感的に気持ちが跳ね上がることを起点に購買に至ることもあるわけですね。

これだけ口コミやレビューなどの評価情報がある中で、新しい商品やサービスなどだったら、既存プロダクトの情報を飛び越えて感情に響かないといけないのかなと、難しさもあるようにも感じました。一方で、感情には、それらを飛び越える瞬発力のようなものがあるのかもしれません。

西村
このような買物の仕方は、動画というフォーマットがSNSで急速に広まっており、それによってこれまではあまり見ることのなかった他人の感情を見ることができるようになっているからだと感じています。

自分と似た人の意見を参照し、感情購買が起きる

米満
感情を起点にした買物は、どう引き起こされるかということで見てみると、必ずしも誰からの情報でもいいわけではなく、自分と似ている他者の情報が影響しているようでした。性別、年齢などの属性、ライフスタイルなどの境遇・環境、好みや系統といった価値観・嗜好性が似ているということを重視していましたね。そういう人の発信している情報だからこそ、共感したり、同じ感情が引き起こされたりするのかもしれません。

西村
そうですね。インタビューに参加したある方は、「女性一人暮らし」というライフスタイルと、「お風呂時間の充実」という同じ興味を持っているインフルエンサーを見つけて、その動画を見ているうちに、他のアイテムは全部持っているけど一つだけ持っていないアイテムがあったので、感情が盛り上がっておすすめされたシャワーヘッドを買ったと言っていました。面白かったのは、商品自体は海外製で、メーカーもよく知らないけれど、とりあえず買ってみたという言い方をしていましたね。確かに、感情はメーカーやブランドの認知や理解もすっ飛ばしてしまう強さを持っている。
石淵
客観的な事実や、特定分野の専門知識を持つ人の話の方が、情報としては説得力を持つように思いますが、インフルエンサーのような人が発信する情報のほうが説得力を持っているのは興味深いですね。また、メーカーやブランドについて、よく知らなくても買ってしまう、その後調べたり、理解を深めようとしたりしないというのも、これまでの消費者行動やブランドのフレームでは捉えにくいものです。

デジタル時代の買物は、ブランドに蓄積がうまれない?

柿原
このような買物の仕方は、メーカーやその製品というよりも情報発信者の方を信頼して買っているので、そのメーカーから別の製品も買いたくなるのかというと、「それはそれ、これはこれ」と言う形で、単発で終わってしまっているのも特徴的でした。メーカーはクロスセルをうみだしたがりますが、そもそも購買の動機がうみ出せていないのでかなり難しそうな気がします。
澁谷
みなさんの議論や消費者の発言を改めて振り返ってみると、消費者個人が様々な情報を参照しながら、自ら「協調フィルタリング」(企業がユーザーの検索履歴や購買行動から好みが似ているユーザーを発見し、そのユーザーが購入している商品を推薦する手法)を行っているような印象を受けますね。

西村
確かにそのとおりですね。柿原先生から指摘くださった、買物に対する満足が企業やブランドにつながらないという点も非常に重要でした。企業の発信には興味がないから、特にアカウントもフォローしないし、メーカーや別の製品を更に調べたりはしないんですよね。かといって満足していないのかといえば、とても満足していました。

米満
前回「失敗したくない」という意識の話が出ていましたが、失敗の中身は「ウソに騙された」や「サイズやイメージと違った」ということだけでなく、「買物に時間をかけすぎてしまう」「後で安くなっていた」など時間感覚に関するものも含まれていました。それだけ「失敗」に陥ってしまう状況が多様化しているということでもありますが、同時に「失敗しなかった」「期待を裏切らなかった」という言葉が生活者にとっての賛辞でもありましたね。メーカーや製品に対しては「思った通りだった」というくらいの気持ちが、今の時代の「満足している」という状態を表しているのかもしれません。

買物の競合は、動画視聴!?

西村
また、今回のインタビューでとても重要な発言だと思ったのは、「あれこれ選ぶのに悩むくらいなら、さっさと買って動画を観たい」という発言です。生活者行動として、所有や購買の優先順位が動画視聴よりも低い、というインサイトだと感じました。
石淵
私もこの意見は衝撃を受けましたね。買物って、そんなに楽しくないものなのかなと(笑)買物そのものだけでなく、同時に製品に対するこだわりもなくなってきているような印象も持っています。消費者に対して質問をすると「こだわって選んでいる」というわけですが、さらに聞いてみると、全然調べてなかったり、なかなか言語化できないということを最近よく目にします。

西村
例えば、ラグジュアリーブランドだと、選んだり、買ったり、所有することそのものが楽しいから、時間を割くのも厭わないんでしょうが、いわゆる必需品だと「時間がもったいない、もっと好きなことに費やしたい」という発想になるんですね。
澁谷
効率よく買いたいものは“タイパ”重視で、時間をかけない。一方、好きなものには時間をかけたい意識もあるから、そちらに訴えてカテゴライズされないと、企業の情報が届かないわけですね。
柿原
おっしゃるとおり、時間を割きたくない買物群と、多少は時間を割いてもいい買物群があると感じました。企業側としては、何らかのきっかけや動機でプロダクトを後者に入れてもらわないと、もう時間を割いてもらえない。有名人とのコラボは、その策のひとつだと思います。ブランド認知というより、「何となく好き」というつかみを得ることがポイントになりそうです。

米満
話題化や拡散を意識したコンテンツ・マーケティングが巧みな企業が、短尺動画や楽曲などを活用して動画視聴のような感覚で企業情報を届けられているのは、このあたりのインサイトや消費者行動をうまく捉えているようにも感じました。
西村
SNSが普及する以前は、モノを所有したり、利用したりすることで、自分とはどのような人間であるのかという自己概念を確立し、他人にもモノを通じて自己を呈示することがとても大事な時代だったと言えます。例えば、ブランドパーソナリティのように、ブランドを人に例えることからも、ブランド論の根底にある考え方でもあるでしょう。しかし今は、モノを所有したり、利用したりしなくとも、SNS等で情報を発信するだけで自分が思う自分らしさ=自己概念を他人に呈示することができる時代です。そういった意味で、消費者の買物の捉え方や、ブランドと自己概念の関係性も変わってきているのだと思います。このあたりは、本プロジェクトでも継続して深ぼっていきたいテーマです。

米満
さて、前回今回とデプスインタビューを通した生活者の生声から、情報接触やその先の購買行動について議論してきました。次回は、定量調査の結果をもとに、また新たな角度からデジタル時代の生活者の購買行動について議論できればと思います。今回もみなさん、ありがとうございました。
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  • 澁谷 覚氏
    澁谷 覚氏
    早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
    東京大学法学部卒業、東京電力(株)に勤務。慶應義塾大学でMBAを取得。同社退社後に慶應義塾大学で博士(経営学)を取得。新潟大学助教授、東北大学教授、学習院大学教授、レンヌ第一大学ビジネススクール客員教授等を歴任。学習院大学では2020~21年に国際社会科学部長を務めた。2022年より現職。
    この間、情報通信サービス、IT系を中心に、食品、住宅、エンターテインメント等多くの企業において、特にデジタル・マーケティング戦略、顧客分析、ブランド構築、人材育成等の策定、実行支援を数多く経験。日本消費者行動研究学会会長、『消費者行動研究』編集長、日本商業学会『JSMDジャーナル』編集長、日本マーケティング学会『マーケティングジャーナル』副編集長、等を歴任。
  • 柿原 正郎氏
    柿原 正郎氏
    東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
    関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門は経営情報システム、ユーザー行動分析。Google在職中から続く研究テーマは、デジタル環境下における消費者の情報探索行動。最近は、eスポーツやVTuber等のエンターテイメントコンテンツビジネスにおける消費者行動についても研究を進めている。
  • 石淵 順也氏
    石淵 順也氏
    関西学院大学商学部 教授
    関西学院大学商学部中途退学(大学院飛び級入学のため)。同大学商学研究科博士課程後期課程修了。博士(商学)。福岡大学商学部専任講師、助教授を経て、2006年4月関西学院大学商学部助教授(現准教授)、2011年4月より現職。専門は、消費者行動論、マーケティングリサーチ、商業論。特に、買物行動、消費者行動における感情の働き、商業集積の魅力などを研究。主著に『買物行動と感情―「人」らしさの復権』(有斐閣, 2019年)。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事、日本マーケティングサイエンス学会学会誌編集委員等を歴任。
  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
    The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
    株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
    2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。
  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員
    マーケティング・リサーチ会社勤務の後、株式会社博報堂にてストラテジックプランニング・ディレクターとして、事業・ブランド戦略立案から顧客獲得、コミュニケーションに関するプラニングに従事。VoiceVision、ブランド・イノベーションデザイン局にて、生活者共創やユーザー・イノベーションを専門に、コミュニティ・プロデューサーとしてプロジェクト推進を行う。2021年より博報堂DYホールディングスにて、マーケティング実践領域の研究開発に従事。経営学修士(MBA)。博⼠後期課程。大学非常勤講師(マーケティング、消費者行動)。