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ポストコロナ時代のコマースDXの見取り図──最新版「DX Map Commerce」をめぐって(前編)
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ポストコロナ時代のコマースDXの見取り図──最新版「DX Map Commerce」をめぐって(前編)

世界のコマースDX領域の先端動向を捉えた見取り図「業種別DX Map Commerce」。その最新版がリリースされました。2023年版Mapは、今年1月にアメリカで開催された小売業界の大規模イベント「NRF:Retail's Big Show」を始めとする海外カンファレンスやフィールドワークをもとに、コロナ後の買物行動変化を踏まえたリテールやメーカーのアクションの型を提言します。博報堂のコマース領域におけるマーケティングサービスを国内で開発・提供するショッパーマーケティング事業局のメンバー、およびアジアを中心とする海外市場でDX推進支援を行うグローバルマーケティングDX推進局のメンバーに、最新版DX Map Commerceについて詳しく語ってもらいました。

長谷川 恭平
グローバルマーケティングDX推進局

中川 愛理
グローバルマーケティングDX推進局

西岡 豪
グローバルマーケティングDX推進局

徳久 真也
ショッパーマーケティング事業局 局長
ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー

小田 塁
ショッパーマーケティング事業局
コマースDX推進グループ ビジネスプラニングディレクター

藤田 顕士
ショッパーマーケティング事業局

三牧 和弥
ショッパーマーケティング事業局
トレードマーケティング推進グループ

アメリカの最新の知見を加えた2023年のコマース最新動向

──あらためて、「DX Map Commerce」の概要をご説明ください。

長谷川
コマースのDX(デジタルトランスフォーメーション)の動向や市場の状況を踏まえて、「型」として整理した見取り図が「DX Map Commerce」です。毎年更新していますが、今回ご紹介する最新版は、今年(2023年)1月にアメリカで開催された小売業界の大規模イベント「NRF:Retail's Big Show」のカンファレンスから得た知見に加え、店舗視察など実地でのリサーチをもとに構築しています。世界に先駆けてポストコロナ社会に移行した米国の動向には多くの示唆がありました。

──コロナ禍が一段落してから初のバージョンアップということになりますね。コロナ後の生活者の購買行動をどのように捉えていますか。

長谷川
生活者の買物にまつわる直近の顕著な変化は、三点あるとみています。一点目は、コロナ禍の様々な規制や警戒意識からようやく解放され買物に意欲的になる一方、物価高も急速に進み、堅実さとの両立が求められるようになった買物環境の変化。二点目は、コロナ禍でオンラインでモノを買うスタイルが浸透した後にリアルも再開し、生活者はオンオフにこだわらず最も便利な方法を選ぶようになった買物手段の変化。三点目は、サステナビリティへの関心が高まり、より環境に配慮した商品や、企業の姿勢を重視したブランド選びを行う傾向が高まった買物意識の変化です。

徳久
コロナ禍を経たコマースの変化では、購買接点の多様化が進んだ点が特に重要だとみています。例えばオンラインでの購買と一口に行っても、ECプラットフォームだけでなく、ライブコマース、SNSを通じたソーシャルコマースなどへ広がっています。あらゆるタッチポイントが購買接点になる「Commerce Anywhere」という言葉を本プロジェクトで数年前に提唱しましたが、その社会実装が一気に進みました。

中川
SNSが購買チャネルになる動きは、若者が多くモバイル普及が進んでいるASEAN地域では非常に進んでいます。画像やテキストを使った商品情報だけではなく、ユーザーを楽しませる動画コンテンツによって購買行動を促す「ショッパーテイメント」と呼ばれる手法も広がっています。わくわくするようなコンテンツを起点に、ブランドや商品に興味を持ってもらい、実際に欲しくなったらそのままSNS内で購買まで完結してもらう、そのような仕組みの実装が浸透してきています。 
西岡
生活者のECに対するニーズも多様化しているように感じられます。オンラインでの接客機能、質問機能、レビュー閲覧などを活用して、より賢い買い物をしたいと考える生活者が増えています。ECを運用する側は、今後そのようなニーズに対応していく必要があると思います。

ポイントは「顧客接点の改修」

──最新のDX Map Commerceにはそういった視点が反映されているわけですね。

長谷川
今回中心においた論点は「“コロナ明け”の買物変化に合わせた、顧客接点の改修」です。買物のデジタル化が加速しはじめた当初のコマースの大きなテーマは、「新たな顧客接点をどうつくっていくか」でした。そして接点づくりが一巡すると、「顧客接点をどう統合していくか」というテーマに論点が移った。今後は、先にも指摘したポストコロナの買物変化を捉えながら、これまで整備してきた顧客接点を取捨選択したり、最適な形にチューニングすることが求められようになる。それが「顧客接点の改修」という言葉の意味です。

──今回のMapは「店舗リノベーション」「従業員強化」「Web3.0の関係づくり」「エコシステムの再構成」「メディア価値の改良」「体験を繋ぐ組織/企業再編」の6つの型に整理されています。それぞれの型について詳しくお聞きしていきたいと思います。

──まず、「店舗リノベーション」からご説明ください。

小田
NRFに参加したあとでニューヨークのいくつかの小売店舗を視察しました。そこで感じたのが、既存店舗のデジタル化が急速に進んでいるということです。例えば、商品陳列棚のあちこちにバーコードがあって、それをスマートフォンで読み込むと詳しい商品情報が得られたり、そこからECサイトにつながってオンラインでも購買できたりする仕組みをつくっている店舗が見られました。また、店内に入るとアプリが自動的に起動して、探している商品の場所を知らせてくれるといった仕組みもあるなど、店舗においてリアルとオンラインの一体化がすすんでいると感じられました。自動決済のシステムが導入されたことで、スムーズにチェックアウトできるようになっており、これまでのようにレジの列に長時間並ぶ必要もなくなっていましたね。

単にオンラインとオフラインをつなぐだけでなく、リアル店舗自体にデジタルリノベーションを施し、スマホをハブとすることでシームレスかつ従来カスタマーが感じていた不便を徹底的に解消する購買体験を実現する。そんな動きが進んでいると感じられました。

中川
店舗のデジタルリノベーションの基盤となっているのは、主にコロナ禍で加速した、アプリを中心としたDXです。各社20年より、EC機能と店頭機能(店内マップやQRスキャンなど)を集約した、オンラインとオフラインの体験を統合したアプリの実装・アップデートを活発に進めました。昨年からは、そのアプリを基軸として店舗をリノベーション、オフラインの体験を強化するという流れが進んでいるように思います。 
小田
サービスも進化していますね。月数十ドルを払うとスキャン&ゴーの仕組みを使えるようになり、レジを通る必要がなくなるといったサブスクリプションサービスなどが登場しています。
長谷川
ここ数年の流通事業者の投資はデジタル中心でしたが、直近では店舗への投資に軸足が移っているというデータもあります。デジタルのインフラを前提にした上で、改めて店舗の役割を捉え直すことがデジタルリノベーションのポイントですね。

あらためて見直される接客の価値

──2つめの型が「従業員強化」ですね。

三牧
コロナ禍の中で購買のオンライン化が進んだ一方で、生活者はより豊かな買物体験を求めるようになっています。豊かな買物体験をもたらすのは、スタッフによる質の高い接客ですが、オンラインではなかなかそれを実現することはできません。そこで、アメリカの先進的な流通事業者は、従業員の採用やスキル向上に投資することで、リアル店舗における接客の質を高めようとしています。

NRFのセッションでは、「最高の顧客体験を提供するには、従業員の多様性が必要である」という発言が印象的でした。先ほど話があったように、顧客が多様化している中で、それぞれの顧客に対応する多様な接客が求められているということです。そのような観点からも、従業員強化およびそこへの投資が大きなテーマになっていると考えられます。

──オンラインでもスタッフコマースのような接客の手法が広まりつつありますね。

中川
その話題もNRFのセッションで言及されていました。ただ現在はリアル回帰が進行している、先述の通り生活者が豊かな購買体験を求めているタイミングなので、あらゆるセッションでオフラインでの従業員強化にスポットが当たっていたと思います。 
藤田
10年くらい前にニューヨークを訪れたとき、アメリカのお店は日本と比べてかなり雑然としていて暗い印象がありました。接客もかなりぶっきらぼうだったと記憶しています。今回ニューヨークに行って、それがかなり改善されていました。DXによる在庫管理やシフト管理といった接客効率を上げる動きは勿論、中々効率では表せられない接客部分もフレンドリーに変わっていたように感じました。

中川
スタッフの専門性の成長支援や、さらにその専門性を売り場で際立たせることも、接客の質強化の1つの方向性だと思います。例えば、食品売り場にチーズのプロフェッショナル認定を取得したスタッフを配置することによって、その日の夜の献立に最適なチーズを提案する接客サービスを提供し、リアルでの顧客体験価値を高めることができます。 
西岡
接客にデジタルを活用する動きも進んでいますよね。たとえば、接客する顧客のパーソナル情報をアプリで確認しきめ細やかな対応をしたり、過去のデータに基づく精度の高い商品レコメンドをしていく動きがあります。顧客とより深く長い関係をつくっていく取り組みを「クライアンテリング」といいますが、デジタルを活用してリアル店舗でクライアンテリングを実践するリテール事業者が増えています。
長谷川
従業員の接客スキルとデジタルデータを上手に組み合わせることによって、顧客体験の質を向上させていく。そんな動きが、今後さらに加速していきそうです。

ブランディングやリコネクションのツールとしてのメタバース

──続いての型は「Web3.0の関係づくり」ですね。説明をお願いします。

中川
NRFのカンファレンスでは、Web3.0、NFTやメタバースに関連する動きはまだトライアルの段階にあるというのが多くの人の認識でした。とはいえ、テストケースは増えており、各特性を活かした新たな顧客関係づくりについて、いくつかの兆しが見られます。 
先行して進んでいるのが、メタバースを活用した顧客との関係構築です。 

ブランドのメタバース活用について、これまでは、顧客間口を広げるために接点を拡大する、という意味合いが強かったと思います。しかし最近は、今までとは異なり、メタバース内でのコミュニケーション・ソーシャライゼーション・没入感の高い体験提供をキーに、顧客関係を深化させることに取り組む事例がみられます。 

このような取り組みは、メタバースを有用なコミュニティの一つとして捉える生活者が増加していることも後押ししていると思います。NRFでは、メタバースの急速な普及要因について主に3点語られました。1点目は、多くの人がリアル世界とは別の「デジタルアイデンティティ」を求めるようになっていること。2点目は、メタバースにはパーソナライゼーションの機会が無限に広がっていること。そして3点目は、メタバースはユーザーが自身を自由に表現する力を持っているということです。 

──生活者はSNSとメタバースをどう使い分けていくのでしょうか。

中川
2つを比較すると、SNSは「自分が他者にどう見られたいか」という視点で情報発信する場だと思います。対してメタバースは、「自分の“好き”を凝縮した自分」に没入する場だと考えています。自分自身のために活用する側面が強いと言っていいかもしれません。 

例えば、メタバースのアバターで色々な洋服を着てコーディネートをチェック、これまで挑戦したことがないメイクを試すことが可能です。誰かに見せるわけではなく、自分自身で新しい自分を発見・アップデートする、そんな使い方ができるということです。既に、実世界のファッション等に対してアバターから影響を受けるユーザーも一定数いると言及されました。このような傾向から、ブランドのテストマーケティングの場としての活用可能性も示唆されました。 

西岡
顧客との関係づくりという視点で捉えると、ブランドの世界観を体験してもらうツールとしての可能性がメタバースにはあると思います。リアルな世界では味わえないような体験を提供して、新しい顧客を取り込んでいったり、既存顧客との関係を深めていったりする使い方が今後広がっていくのではないでしょうか。

──メタバースの中でマネタイズを実現する事例も出てきているのですか。

中川
今のところは、アバターに着せる服などのデジタルアイテムでのマネタイズが中心ですね。メタバースにEC機能を持たせて、購買接点の一つとしてマネタイズに成功している事例はアメリカでもまだないのではないでしょうか。
長谷川
例えば、自動車のバーチャルショールームをメタバースの中につくるといった取り組みはありますが、そこを主要な購買接点にしていくというよりは、クルマの魅力を伝える新たな手段として使われることが多い。ブランディングやリコネクション(関係再構築)のツールとしての可能性を多くのプレーヤーが探っている段階と言っていいと思います。

(後編に続く)

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  • グローバルマーケティングDX推進局
    2012年博報堂入社。TBWA HAKUHODOにてブランド・コミュニケーション戦略の立案に従事した後、博報堂買物研究所を経て、現在は主にインドネシアなどASEAN地域を中心に、生活者価値を起点とするデータマーケティングの推進やデジタルを活用した顧客接点開発・統合化、コマース/リテールDXソリューションの開発などを通じて、企業のDX推進を支援。
  • グローバルマーケティングDX推進局
    2020年博報堂入社。ストラテジックプラナーとして、グローバル領域における消費財・小売・食品業界等の企業のデジタルマーケティングを推進。顧客の購買/行動データを活用して、EC・オウンドメディア・OMO領域を中心としたマーケティングの高度化を支援する。
  • グローバルマーケティングDX推進局
    2023年博報堂中途入社。事業会社にてブランドのグローバルでのデジタル戦略立案から実装まで多岐に渡るプロジェクトを経験し、現在はインドネシアやASEAN地域で企業のグローバルでのDX推進を支援。EC・CRM・POS、OMO領域にも精通し、マーケティングDX領域においてグローバルネットワークを駆使しながら課題解決に向けた取組を推進。
  • ショッパーマーケティング事業局 局長
    ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー
    2005年に博報堂入社。流通・消費財メーカーを中心に、マーケティング戦略立案、クリエイティブ開発、データドリブンマーケティング等に従事。2014年よりデータ・テクノロジーを活用した新規事業/サービス開発を推進。自社事業、得意先とのJV立上げ、複数のソリューション企画・開発・グロース実績あり。2021年より現職。
  • ショッパーマーケティング事業局
    コマースDX推進グループ ビジネスプラニングディレクター
    2019年博報堂中途入社。マーケティングリサーチ会社や大手ECモールでのキャリアにおけるデータ・ドリブンな事業支援経験をもとに、様々な企業のEC事業戦略策定から施策の実行にいたるフルファネルでのコンサルテーションに従事。
    「HAKUHODO EC+」のメンバーとしても、グループを横断したEC業務対応やソリューション開発を推進。
  • ショッパーマーケティング事業局
    リテールDX推進グループ
    大学卒業後、CRMプランニング企業、外資マーケティングサービス、リテールメディアスタートアップを経て、株式会社博報堂入社。
    POS/ID-POS分析を起点としたショッパー分析、リテールメディアの開発並びにセールスのキャリアを活かし、メーカー、リテールに対するリテールメディアの普及に従事。
  • ショッパーマーケティング事業局
    トレードマーケティング推進グループ
    外資系消費財メーカーを経て、2022年博報堂中途入社。ストラテジックプラニング職。『ブランドマーケティングとトレードマーケティングの融合』をテーマに、マーケティング戦略策定・IMC開発から、「配荷方程式™」をはじめとしたショッパー・トレードマーケティング領域の課題解決型ソリューション開発まで幅広い領域の業務を推進。