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リアルとバーチャルが融合したアイドルビジネスの拡がり【Media Innovation Labレポート.33】
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リアルとバーチャルが融合したアイドルビジネスの拡がり【Media Innovation Labレポート.33】

近年、韓国を中心に人気を集めているバーチャルアイドル。ストリーミング配信など、従来のコミュニケーションのデジタル化によって、ファンとのエンゲージメントを強化しています。彼らはどのような技術を活用し、またアイドルの在り方はどのように変化しつつあるのか、DAC(デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム)の高橋二稀と江口英里が紐解いていきます。

■東アジア圏で急速に台頭するバーチャルアイドル

江口
今回は、韓国を中心にいま注目を集めているバーチャルアイドルについて、深堀りしていけたらと思います。まずは全体の概要について教えていただけますか。
高橋
2020年以降、韓国では、芸能活動の場としてバーチャル空間を活用する動きが活発化し、複数のバーチャルアイドルグループが誕生しました。2023年に入りこの動きはさらに加速しています。メタバースが世間の耳目を集めた2022年より少し前から、メタバースを活用したバーチャルならではの活動を積極的に展開させてきたのが特徴です。

江口
そもそもバーチャルアイドルとはどのようなものを指すのでしょうか。
高橋
まずアイドルの定義を、キャラクター設定がなされた“偶像”であり、歌や踊りを通してファンの支持を集める存在だとすると、バーチャルアイドルは、アニメルックやフォトリアルなど、実在しない見た目をした偶像ということになります。たとえば、アニメキャラと実写の両方を使い分ける「2.5次元」や、見た目はデジタルアバターで、動きやしゃべりは実際の人間がモーションキャプチャーを使って行う「VTuber」も、バーチャルアイドルの1つと捉えられます。

韓国ではよりリアルな人間の見た目に近いフォトリアルなルックのバーチャルアイドルが主流ですが、背景にはアイドルの見た目や言動に対する世間のジャッジが厳しいという文化的側面があります。バーチャルアイドルであれば体型やルックスをいくらでもつくりこめますし、ネット上の批判にさらされても、一個人が心理的ダメージを被るリスクは低い。そうした、アイドルを取り巻く文化的側面に応じる形で、韓国ではフォトリアルなバーチャルアイドルが次々と誕生しています。一方で、日本のバーチャルアイドルの場合、いまのところVTuberのようなアニメルック寄りのものが大半ですが、韓国の美しさに対する価値観は、着実に日本にも伝播してきていることもあり、日本においてもフォトリアルなアイドルが人気となる可能性は大いにあると思います。

江口
では、具体的にどのようなバーチャルアイドルが人気を集めているのか、代表例を教えていただけますか。
高橋
まずSUPERKINDは、リアルメンバー5人とバーチャルメンバー2人で構成されたグループです。韓国の事務所からデビューしましたが、育成コストをかけずにクオリティの高いアイドルとして売り出し、人気を獲得している好例となっています。2020年にデビューしたaespaは、日本でも知られる大手芸能事務所、SM エンターテインメントに所属するガールズグループ。バーチャル空間にもメンバーの人格があるというコンセプトで、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)にも招待されるなど、テックとも好相性のグループです。カカオエンターテインメントが運営するMAVEは完全にバーチャルなアイドルグループ。すべて3DCGで構築されており、デビュー曲がSpotifyのバイラルチャートに載ったり、クオリティの高い映像で音楽番組にも出演し話題を呼んでいます。すとぷりは、プラットフォームによってキャラを使い分けたり、リアルライブでのみ顔出しをする日本の6人組ユニットです。特にα世代、Z世代に人気で、メンバー自ら運営会社を設立し、新グループを輩出したり配信環境を整えるなど、地盤づくりにも熱心なグループです。そして、にじさんじは、約150名が所属する大規模な日本のVTuberのグループ。配信のほか、歌やダンスなどのアイドル活動、またコンサートも展開しています。

バーチャルアイドルにとって非常に重要なのがコンセプトで、SUPERKINDのようにバーチャルメンバーが存在する理由も含め、独特の世界観や設定などのしっかりしたつくりこみが基盤となっています。バーチャルメンバーは、オンラインの時代に合った新しい存在として迎え入れられています。リアル社会とバーチャル社会の境目があいまいになってきている中、アイドルグループにバーチャルメンバーがいたり、リアルアイドルがバーチャル化するといった現象も自然な流れなのかなと思います。

江口
アイドル産業ではリアルとバーチャルが完全に融合しつつあるようですね。
高橋
確かにそうですね。リアルのアイドルはアバター化することで、メタバース、バーチャル空間へと活動場所を拡大しています。一方でアバターやモーションキャプチャー技術によって歌って踊るバーチャルアイドル化が可能になり、ゲームキャラクターやVTuberなどを含めたバーチャルな存在が、現実世界に活動の場を広げているというのが現状です。一方日本では、これまでもアイドルマスターや初音ミクなど、バーチャルなテクノロジーが先行し、その土壌からアイドルが生まれてきた歴史があるように、バーチャルアイドルはアニメやゲームなど2次元文化の延長線上に誕生する傾向があります。
江口
リアルとバーチャルの融合が進むことで、ライブ配信などバーチャルだからこそできるアイドル活動が増え、それによって接触時間を増加させたり、ファンとのエンゲージメントを高めることもできそうですね。
たとえば2.5次元アイドルのすとぷりが行っている「リレー配信」は、メンバーが交代制で何十時間も連続で配信を行うというもので、長時間ファンが動画を視聴したくなる仕組みや、ファンを飽きさせないコンテンツづくりを行っています。また、バーチャル配信では顔出しNGで、アニメ調のキャラクターでトークをする一方で、リアルのコンサートでは顔出しを行うというように、コンサートに行って対面することに付加価値をつけていますね。

なおバーチャルでは活動の制限がないため、活動をグローバルに拡大させやすいという点も大きなメリットだと思います。最近では海外向けに特化したVTuberのグループなど、グローバルに配信するバーチャルアイドルも増え、着実に海外の視聴者を獲得しています。

高橋
そうですね。また、冒頭にも出てきましたが、完全にバーチャルな存在だからこそ言動や見た目を運営側がしっかりマネジメントできるので、スキャンダルや炎上のリスクが低いのも重要なポイント。運営側のリテラシーも必要になってきますが、炎上やバッシングの被害を避けられるのは大きいですよね。
江口
それから、実際の見た目が問われないという点では、たとえばリアルで一度デビューしたタレントさんが、正体を明らかにせずに歌の実力だけでVTuberとして活躍するといった現象も起きている。このような活躍のパターンも、非常にユニークな現象だと思います。

高橋
そうですね。
ここで、バーチャルアイドルの市場についても押さえておきたいと思います。
まず前提として、アイドルの主な収益源となっているのはライブ興行やグッズ販売、投げ銭などになりますが、そのうえでリアルアイドルの市場を見てみると、成長はほぼ横ばいです。特にコロナ禍によって減少していて、まだコロナ禍前の水準には戻れていません。(出典:矢野経済研究所「2022 クールジャパンマーケット/オタク市場の徹底研究 ~市場分析編~」 )一方バーチャルアイドルに関しては、日本や中国におけるVTuberの伸びが大きいのが特徴的です。日本ではにじさんじの運営を行う ANYCOLOR社、ホロライブなどのVTuber事務所を運営するカバー社が相次いで上場しており、さらなる市場拡大が見込まれます。中国でも、初音ミクなどの影響を受けてアニメルックのアイドル文化が浸透しており、VTuberも増加しています。東アジア圏におけるバーチャルアイドル市場は、今後も大きな成長が見込まれる注目市場といえるでしょう。

■アイドル活動のDXが可能にすること

江口
続いて、アイドルのDXという観点から見たときに、バーチャルアイドルはどのような要素や技術を擁するのでしょうか。
高橋
バーチャルアイドルにおけるDX要素を分解していくと、まず発掘の段階から、SNSやオンラインを利用した遠隔のスカウトや育成が可能になっています。またキャラクターづくりにおいても、アバターやAIを使った合成音声、3Dモーション、生成AIを使った自動応答などが可能になっていますし、周辺領域における楽曲や動画制作にもAIを使ったり、バーチャル衣装の作成も3Dモデリングで行ったりしています。さらに身近なDX、メディア展開ということになると、オンラインライブやオンラインミーティング、ウェブトゥーンやオンラインゲーム化など、デジタルにおけるIP展開も重要なポイントです。グッズ展開でもDXが進んでいて、NFTやARグッズも多く見られるようになりました。ファンとのコミュニケーションにおいては、SNSやファンクラブアプリのほか、投げ銭なども活発に行われています。
江口
具体的にはどういった技術が活用されているのでしょうか。
高橋
たとえば、ゲームエンジン機能が向上したことでより簡単にアバター化できるようになりました。顔、ボディ、服装についてもプリセットの種類が豊富で、アイドルのアバターを自在に、かつ簡単にカスタマイズできます。3Dモーションでは、モーションキャプチャー技術の進化で、リアルタイムで細かい動きを再現できるようになりました。
江口
そうですね。ライブ演出の面では、ARやホログラム技術におけるモーショントラッキングや視線トラッキングを使って、アイドルが自分に歌いかけているような表現や、アイドルが自分の隣の席に座って一緒にライブ鑑賞をしているような表現など、没入感を演出する表現の進化も見られますよね。
またボイスや作曲において生成AIを用いることで、バーチャルアイドルの歌声をつくりあげることはもちろん、リアルのアイドルの楽曲づくりでもいろんなバリエーションを試験的につくれるため、バリエーションの多様化が図れるほか、作曲や作詞、映像制作にかかる時間の短縮化が進んでいると思います。

一方、唯一無二のデジタルアセットとしてのNFTを使い、付加価値をつけたデジタルトレカを購入特典として付与するケースも出てきています。ただ日本では、もともとカードを収集してリアルで交換する文化が根付いているためか、リアルのトレカ価値の方が重視される傾向にあり、デジタルトレカの浸透にはもう少し時間がかかりそうな印象です。韓国の場合は、ブロックチェーン関連企業の買収を進める芸能事務所もあり、事務所やアイドルグループ側が積極的な動きを見せることで、ファンへも速いスピードで浸透していく可能性はあるでしょう。

■アイドルと生活者の関係はどう変わる?

高橋
アイドルのDXは、推し活を行う層の広がりにも影響を与えています。というのも、オンラインでコンテンツが提供されることによって、学生なども無理なくファンであり続けることができますし、海外へもファンが広がりやすくなっているからです。またアバターによって多様な見た目がつくれるため、多種多様なアイドルが登場しており、それぞれのファン層が拡大しています。そもそも、バーチャルアイドルの見た目がアニメルックかフォトリアルかによってファン層は異なっています。もともとアニメなどの2次元カルチャーに触れてきた層とJ-POPやK-POPなど芸能ファンの層、それぞれの新しい物好きからファンになってきている状況です。私自身リアルアイドルを長いこと推しているのもありフォトリアルなバーチャルアイドルは調査前から気になっていました。一方で2次元カルチャーにも馴染みがありながら、いわゆる萌アニメ的なキャラデザインのVTuberしか知らず、あまり興味が湧かなかったんです。今回リサーチをするうちにさまざまなデザイン、見た目のアイドルがいることがわかり、そのうちの1人にいまはまっています(笑)。
江口
そうなんですね。ライブ配信における投げ銭によって、ファンのエンゲージメントを拡大させているのも特徴的ですよね。
投げ銭はファンとアイドルの相互コミュニケーションにもなり、アイドルに認知してもらいたい、アイドルを応援したいというファンの気持ちが表れますよね。

■コンセプトと世界観をベースに拡張するバーチャルアイドル

江口
個人的な見解として、今後のバーチャルアイドルの可能性としては次の3点が重要になってくるのではないかと思います。

1つ目は、どういう風にコンセプトをつくり、それをマーケティングに反映させるかという点。
ファンが惹かれるのはアイドルが持つストーリーやコンセプトですから、そこをきちんと考え、構築する必要があります。たとえば韓国のSMエンターテインメント社は、「異世界と行き来できる」という事務所オリジナルの世界観を構築しており、それをミュージックビデオなどにも反映させることで、ほかの事務所所属のアーティストとの差別化を図っています。デジタルを見越したコンセプトを戦略的につくり、それに基づいてバーチャル空間での存在をつくりあげ、デジタル上の活動を展開しやすくしているのです。これにより、ファンとの接触頻度を増やせるだけでなく、ライブでの演出表現など世界観を伝達するための手法もさまざまに活用できる。コンセプトのつくりこみと、そのためのテクノロジー活用の両輪を考えていく必要があると思います。

2点目は、デジタルならではのファンとのコミュニケーションをどうつくっていくかという視点。
リアルな接触ができないコロナ禍で広まったオンライン握手会や、メタバースでのミートアンドグリートなどは、デジタルを活用したコミュニケーションが一般化した好例です。アフターコロナにおいては、リアルでできることをどうオンラインで実現し、ファンのコミュニティを形成していくかが重要になってくるでしょう。たとえば生成AIを使って、ファンがデザインした衣装や空間をリアルで再現するようなサービスや、デジタル起点でファンを巻き込んだ取り組みができると面白いのではないかと思います。

3つ目は、バーチャルアイドルの権利問題。最近出てきている、生成AIの学習元データに関する著作権の問題については、バーチャルアイドルのアバター生成や楽曲、映像制作などにも関係してくるでしょう。このあたりが今後どのように法整備されていくのか、グローバルでの動向を注視していく必要があると考えます。

高橋
そうですね。アイドルのDXによって、アイドルとファンのコミュニケーションは今後より深まっていくだろうと考えます。コロナ禍以前からある程度のDXが進められていた韓国の場合は、コロナ禍でもファンが支障なくアイドルを応援することができ、結果的にファンをしっかりとつなぎとめることができました。今後はDAOのような、ファンも運営に参加できるような分散型ファンクラブなどを通じて、コミュニケーションがさらに変化していく可能性があると思います。

また先述したように、アバター化によってバーチャル空間上でのコミュニケーションが可能になることで、遠隔地のファンや低年齢層のファンも、より推し活を楽しめるようになるでしょう。韓国ではZEPETOというプラットフォームを使ったバーチャル上でのコミュニケーションが進んでいるので、そのあたりの研究や、アバター化による新しいマーケティング開発も必要になってくると思います。

アイドル化を実現するテクノロジーの進化によって、誰でもVTuberになることができました。70歳以上のシニアVTuberなども生まれていますし、リアルでのパーソナリティを活かしたニッチな話題のできるVTuberが増えており、インフルエンサーとしてのポテンシャルも高いです。
技術の活用によってIPとしての可能性もさらに広がりますね。楽曲の発表だけではなく、ホログラムやVRをつかったコンサートも開催できることで場が広がっていると思います。既にアイドルの大型フェスにリアルのアイドルと混じって参加している事例もあります。

生成AIを活用する事例も増えるでしょうが、個人的には、コミュニケーションよりもコンテンツにおける活用の方が活発化するのではないかと思います。
というのも、コミュニケーションはアイドルとファンの関係性において根幹を成す要素なため、容易にAIで代替できるものではないと考えるからです。一方コンテンツの場合、すでにAIの合成音声でアイドルによる留守番電話を楽しむサービスが提供されていたり、アイドルの合成音声でお気に入りの曲を歌わせるなどのユーザー生成コンテンツが生まれています。先般も、XGというガールズグループのミュージックビデオで、世界観の表現に生成AIが活用されていました。このように、今後はコンテンツの生産力強化の手段としての生成AIの活用が十分見込まれますし、また新たな活用方法を開発していけるのではないかとも思います。

江口
確かにそうですね。いずれにしても、生身の身体から解放されてより自由な表現が可能になる分、それぞれのバーチャルアイドルがさまざまな世界観を構築し、ファンの支持を集めています。今後はよりニッチな市場に向けて、ニッチなアイドルが誕生してくるかもしれません。非常に大きな可能性をはらんだ領域なので、今後も注目していきたいと考えています。

以上となります。ありがとうございました!

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

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  • デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム
    新規テクノロジー事業開発本部 研究開発局 広告技術研究室
    2020年DAC入社。Z世代のデジタル行動やECソリューションなど、生活者に近い接点を中心としてデジタルビジネスのトレンド調査、事業開発を行う。
  • デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム
    新規テクノロジー事業開発本部 研究開発局 広告技術研究室 兼Media Innovation Lab
    2018年DAC入社。先端テクノロジーや海外メディアの調査・研究に従事、新たな市場・ビジネスへの対応提案を行う。またデジタル広告業界団体「IAB」との連携を担当し、グローバルでの広告業界の潮流を捉え、HDYグループ全体へのナレッジ共有(社内セミナー運営等)を推進。