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IoTセンシングの普及が生み出す未来(前篇)
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IoTセンシングの普及が生み出す未来(前篇)

 博報堂DYベンチャーズは2019年8月、エッジコンピューティング技術を持つIdeinに出資しました。Ideinが2020年1月に商用化した「Actcast」は、安価な小型コンピューターの上で高度なAIプログラムの実行を可能にするプラットフォームであり、IoTセンシングが普及する上での鍵になり得るものです。
 今回の出資の経緯やIdeinの技術の特徴、両社のビジネスの展望、IoTセンシングの今後などについて、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター(MTC)の青木雅人室長、博報堂DYベンチャーズの武田紘典取締役COO/マネージングパートナー、Ideinの中村晃一代表取締役CEOが語り合いました。

武田
 博報堂DYベンチャーズの武田です。博報堂DYベンチャーズは博報堂DYグループのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)として2019年5月に設立され、「HAKUHODO DY FUTURE DESIGN FUND」というファンドを運営しています。今回のIdeinへの出資は、博報堂DYベンチャーズとしての第一号案件です。
 博報堂DYホールディングスは中期経営計画を2019年度に策定しまして、その中で博報堂DYベンチャーズは5年間で100億円を運用する計画を発表しています。投資領域は広告マーケティングだけでなく、先端的なテクノロジーやビジネスモデルに関する領域など幅広く対象にしたいと考えています。
 スタートアップに出資する場合、すぐに博報堂DYグループとの協業による利益を期待するというよりは、中長期的な目線で考えています。Ideinが手がけられているエッジコンピューティングも同様で、中長期的に生活者と向き合うような技術だと考えています。
中村
 Ideinの中村です。Ideinという単語はギリシャ語で、英語の“Idea”の語源になった言葉です。“見る”とか“知る”といった意味ですね。
 創業は2015年4月です。ソフトウェア技術が進歩し、画像や音声のAI技術での処理など、以前のソフトでは出来なかったことがどんどん出来るようになっていることに非常に可能性を感じたのが起業のきっかけです。

Idein中村 晃一氏

青木
 博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センター(MTC)で室長をしている青木です。MTCではマーケティング領域のテクノロジーを使ったツールやソリューションを研究・開発したり、博報堂DYグループとして独自のデータ基盤構築などを行っています。
 我々がテクノロジーを扱う組織として他の企業と違う部分は、“生活者発想”という考え方が脈々と流れていることだと思っています。生活者を深く知るデータを得てテクノロジーでもっと生活を良くしたい、同時に生活者にとって安心安全なやり方で実現しなくてはならない、という考えが基本にあります。
武田
 今回の出資の経緯についてお話しますと、中村さんと初めてお会いしたのは、CVCを設立してすぐの2019年6月頃のことでした。あるイベントに参加した際にご挨拶させていただいたんです。その少し前に、MTCのエンジニアが「凄いベンチャーがある」と教えてくれました。動画サイトに上がっていたデモ映像を見たところ、処理能力があまり高くはない小型コンピューター上で、ディープラーニングのプログラムをタイムラグなしに回していたんです。それにとても驚き、イベントでお声がけさせていただいたという次第です。いろいろお話させていただいた結果、共に新しい未来を描いていけると意気投合し、出資させていただくことになりました。
 では中村さんからIdeinの技術についてご説明をお願いします。
中村
 私と、共同創業者の山田康之は2人とも技術屋なので、これまでにオープンソースなど広く利用出来る様々な技術の恩恵を受けて来ました。そのため自社で作るソフトについても、「世の中の技術者に広く使って欲しい」「そのソフトを使って面白いものを作って欲しい」という想いで開発しています。
 我々が提供している「Actcast」は、“エッジ”と呼ぶ端末側で実世界の様々なビッグデータを収集して処理をする、開発者向けプラットフォームです。「Actcast」という名前は、実世界の人のアクションやアクティビティ、アクシデントなどのいろいろな情報をソフトウェアで収集し、インターネットにキャストする(投げる)ということから名付けました。
 Actcastを開発した理由は、現在のAIには技術、プロダクト、実運用の間に大きなギャップがあり、それを埋めたいと考えたからです。例えば、店舗で動画を撮影してそのデータをAIで処理するといった実証実験をする場合、コンピューターとカメラ10台を店舗に用意して3カ月テストを続ける、といった具合になります。それ自体は難しくないのですが、これを全店舗に展開する、海外にも展開する、となったらコスト、プライバシー、即時性という三つの問題が生じます。
 まずコストについてですが、画像解析のような高度なAIプログラムを動かすにはハイスペックで高価なコンピューターが必要になります。カメラやマイクで収録したデータをクラウド上に送ることになるので、データ量や通信量も膨大になります。次にプライバシーについては、動画に映った顧客の画像をそのままクラウドに送っていいのかということが問題になりますし、それをセキュアに扱おうとするとさらにコストがかかります。即時性に関しては、例えば店舗で倒れたような人がいた場合に、撮影している動画の画像からその問題を素早く検知して伝えることが出来れば非常に有用です。しかし、コストを抑える為にデータを溜めてまとめて解析をするという方式が取られる事が多く、その場合は結果を得られるのが数時間後になってしまいます。
 Actcastはこのようなコスト、プライバシー、即時性という三つの問題を、エッジコンピューティングによって解決しています。エッジ側である店舗で使うコンピューターデバイスは、カードサイズの「Raspberry Pi」という安価なものを使っています。Actcastにデバイスを登録してプログラムをインストールします。AIのプログラムを動かしてエッジ側で画像や音声を処理してから送るので、クラウドへの通信量を減らすことが出来るんです。また画像を処理して「何人が入店した」「何人がこの導線を移動した」といった情報を抽出して、テキストのみを送るのでプライバシーの問題もありません。「人が倒れた」などの緊急事態があった場合は、それを自動で検知し、画像を処理せずにリアルタイムで送ることも可能です。
 こうした課題の解決に企業が一から取り組むのは非常に大変だと思います。ですので、我々が開発したプラットフォームをご利用いただき、エッジコンピューティングを実現していただけたら、と考えています。

生活者中心の社会の端緒になる得る

武田
 機械学習・ディープラーンニングに利用できるライブラリの登場により、AI技術を誰もが使用できる「AIの民主化」は進んでいますが、AI技術の社会実装、ビジネス実装を加速させる上での大きな課題の一つがコストですよね。Actcastへのコスト面での期待値は大きいですか。

博報堂DYベンチャーズ 武田 紘典

中村
 そうですね、現状では小売りからの引き合いが圧倒的に多いのですが、それはコストが一番の理由になっています。従来の製品を使う場合、AI活用の実証実験に成功して実際に導入したいと思っても、全ての店舗に展開するのはコスト的に難しかったんです。そのため、安価にシステムを構築できる当社の製品に乗り換えて全店舗に展開したい、といったケースが多いですね。
 小売りの場合、設置工事が出来るのが夜間に限られていることが多いので、大がかりなシステムを導入するのが難しかったり、天井に穴を開けて配線すると時間や手間がかかり過ぎる、といった問題もあります。Actcastは小型の端末で動くので場所を取りませんし、データはWi-Fiや携帯電話回線で転送可能なので新たに有線の回線を引き回す必要もありません。その辺りの手軽さについてもご評価いただいています。
武田
 コストや設営期間を抑えられるとチャレンジが非常にやりやすいですよね。Actcastは日ごとの従量課金を採用しているので、使う期間を柔軟に選べることも魅力だと思います。
中村
 ありがとうございます。Actcastに登録したデバイスで動かすアプリについては専用のマーケットプレイスを構築しておりまして、様々なものをダウンロードしてすぐにご利用いただけます。例えば、「動画に映っている画像から来店者の人数をカウントする」アプリをダウンロードして利用する、といった具合です。スマホアプリと同じようなイメージを持っていただければご理解いただきやすいかと思います。もちろん、独自にアプリを開発していただくことも出来ます。PythonというAIに取り組むエンジニアには馴染みのある言語でアプリを開発出来ますので、知識がある方であれば可能です。
武田
 学生や研究者が独自に作ったアプリをマーケットプレイス上に公開する、といったこともあり得る訳ですね。端末やActcast、アプリも安価に利用出来ますから、個人レベルですぐに使うことも可能ですね。
中村 
 そうですね。アプリは無償公開、有償公開のいずれも可能ですので、アプリ開発でビジネスチャンスを得る、といった形でご参加いただくことも出来ます。現在、我々のActcastパートナープログラムには39の企業にご参加いただいているのですが、その中にはAIアルゴリズム開発企業もいます。
 マーケットプレイスにあるアプリを使う場合、システム全体を最短15分程で導入出来ます。ユーザー登録に1分、ハードウェアの登録に10分、アプリの登録や設定に3分、くらいの割合です。
武田
 今お話していただいたこととの関連で言うと、我々がIdeinに出資させていただいたのは、技術力は勿論ですが、概念として「1人の研究者から大企業まで使うことができ、開発主体にもなれる」という意味で「生活者中心の社会になる際の端緒になり得る」プラットフォームであったことがとても大きかったです。

エコシステムを作ることが重要

中村
 我々は最初はヘルスケアから出発して、その後は自動車、セキュリティなどと関わりを持ってきました。その辺が主要な顧客かな、と思っていたのですが、先ほどもお話した通り、今は圧倒的に小売りなんです。コンビニや百貨店、アパレルなどですね。今後は林業や漁業、農業などの一次産業が増えていくと思っています。これらの分野ではIT化が遅れており、高齢化や外国人労働者の増加によってコミュニケーションエラーが起きています。これをITによって改善させたいと考えています。
武田
 青木さん、博報堂DYグループには小売業のクライアントも多いですが、AI技術などのテクノロジー導入にあたって、どのような悩みが聞こえてきていますか。
青木
 そうですね。中村さんにご指摘いただいた通り、現状ではAIの実証実験と実運用の違いに悩んでいる企業がとても多いんですよ。実証実験がうまくいっても、実装に持って行くまでに凄く時間がかかってしまっています。
 我々は最近よく“エコシステム”という言葉を使っています。マーケティング領域では一つの技術だけでなく、いろいろな技術を組み合わせることが欠かせなくなっているので、自社で全てを作るのではなく、コアの領域に自分たちで取り組み、他の部分はオープンイノベーションを活用することが必要になっています。そうやっていろいろな企業と手を取り合って課題を解決することをエコシステムと呼んでいるのですが、Ideinの技術はまさにそういったエコシステムを構成する上で必要になるものだと思います。

博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 青木 雅人

中村
 エッジコンピューティングについては、今はまだエンジニアや起業家の方が自分たちのアイデアを手軽に現場に持っていって実証実験をして、というサイクルを回せる状況ではないんです。お金がある大企業とベンチャーが組んでやっと実現出来る、といった具合です。クラウドの黎明期と状況は似ています。クラウドもコンセプト的には「ブラウザでポチっとボタンを押せば、誰でも簡単にコンピューターを調達出来る」という素晴らしいものでしたが、普及するには強力なインフラ、土台が必要で、それを提供したのがアマゾンのような企業でした。
 今はクラウドだけでなくエッジの計算資源も活用しよう、という流れになっています。データセンターの電力容量には限界がある為、IoTによって画像や音声までもクラウドに送って一カ所に集めて処理する方式ではいずれ限界が来ると考えられているためです。そのため、エッジ側においてもクラウド基盤のような革新的な技術が求められています。そういった用途のために我々が開発したのがActcastなんです。

~後篇へ続く~

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  • 中村 晃一
    中村 晃一
    Idein株式会社
    Founder / CEO
    代表取締役
    1984年生まれ。東京大学情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻博士課程を退学しIdein株式会社を設立。大学では主に高性能計算の為の最適化コンパイラ技術を研究。
    2018年に英ARM社の選定するARM Innovatorに日本人として初めて選定。
  • 株式会社博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 室長
    兼 株式会社博報堂 研究開発局 局長
    1989年博報堂入社。マーケティング・ブランディング・買物研究等の業務に従事。
    現在は、データマーケティング、マーケティングテクノロジー領域の研究開発を推進。
  • 博報堂DYベンチャーズ
    取締役COO/マネージングパートナー
    監査法人、証券会社を経て博報堂に入社。博報堂DYホールディングス経営企画局にて、投資戦略立案、ベンチャー投資、M&A、事業開発を担当。
    2019年5月博報堂DYベンチャーズを設立し現職に。