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守りから『攻め』の脱炭素へ ~脱炭素分野の新規事業開発とマーケティング攻略~ ミライの事業室×ナレッジ連載VOL2
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守りから『攻め』の脱炭素へ ~脱炭素分野の新規事業開発とマーケティング攻略~ ミライの事業室×ナレッジ連載VOL2

2022年に始まった、博報堂・博報堂DYメディアパートナーズミライの事業室と、博報堂DYメディアパートナーズナレッジイノベーション局のコラボ連載。第二弾のテーマは「脱炭素」です。三井物産株式会社エネルギーソリューション本部New Downstream事業部新事業開発室長の生澤一哲氏、博報堂・博報堂DYメディアパートナーズミライの事業室吉澤到室長、関根澄人が、「Earth hacks」プロジェクトの事例を紐解きながら、脱炭素を活用したマーケティング戦略と事業開発について紹介します。

■日本の脱炭素社会実現に必要な2つのポイント

関根
博報堂ミライの事業室所属で、現在三井物産に出向中の関根です。僕がプロジェクトマネージャーとして2021年より推進しているのが、生活者一人ひとりのアクションにより脱炭素社会実現を目指す、三井物産との共創型プラットフォーム「Earth hacks」です。
世界的には、2050年までに100兆米ドル(1米ドル131円換算で1京3100兆円)の投融資が脱炭素に投じられるとされています。CO2排出量は国内では実は家庭内消費が61%を超え(※)、海外では「緑の消費者」といわれる環境価値を重視する生活者が増加する一方で、日本は脱炭素後進国と言われることもあるのが現状です。これまでの脱炭素アクションは企業主導で、その企業も、重要性は理解しつつも「どこから手を付けるべきかわからない」という状況。さらに、欧米では個人向けの脱炭素サービスが急増していますが、日本企業はほぼ未参入。言語の壁、文化の壁、何よりリテラシーの壁が大きく、日本やアジアは脱炭素というテーマを後回しにしています。
(※) 「資料:南斉規介(2019)産業連関表による環境負荷原単位データブック(3EID)(国立環境研究所)、Nansai et al. (2020) Resources, Conservation &Recycling 152 104525、総務省(2015)平成27年産業連関表に基づき国立環境研究所及び地球環境戦略研究機関(IGES)にて推計」より改変

博報堂の定量調査によると、脱炭素やカーボンニュートラルの重要性を認識している人は日本でも8割を超えますが、実際に行動しているのは約3%で、まだ行動を起こせていない生活者からは「何から始めればいいかわからないから」という理由が挙がっています。では、「何からだったら始められるか?」を調べたところ2つのポイントが浮かび上がってきました。一つは欲望×ストーリー。何かを我慢するのではなく、好きとかおいしいとか嬉しいという感情がしっかりとそこにあり、さらに応援したくなるようなストーリーがあれば、行動のきっかけになるということです。また貢献実感も重要。自分の行動がどれくらい環境に貢献できているかが実感できて初めて、やる気が促されます。さらに、今日のゲストである生澤さんと私が所属する三井物産のエネルギーソリューション本部ではインフラ整備にも注力していますが、インフラさえ整えればいいというわけでもありません。定性調査によると、サステナブルを単なるトレンドとして押し出す商品に多くの人が懐疑的で、ブランド側が気づかないうちにいわゆるSDGsウォッシュへの懸念が世の中に生まれています。日本の場合は、あくまでも素敵で魅力的な生活の延長線上に脱炭素への貢献がある、という筋立てが必要だと考えます。

■生活者一人ひとりの脱炭素アクションをEarth hacksで引き出していく

関根
次に、こうした社会環境において、三井物産と博報堂がなぜ、そしてどのように生活者にフォーカスして脱炭素に取り組んでいるのか、ご説明します。
生澤
私どものミッションは、来るべき社会変動などに寄せ一歩先を行く脱炭素事業を立ち上げていくこと。すでに脱炭素マーケットには多様な補助金が出ており、さまざまな開発が進められていますが、そのうえで次の10年には、満を持して日本でも生活者の行動変容が起こってくるだろうと考えています。博報堂とはこれまで「shibuya good pass」(東京・渋谷地域の市民共創型まちづくりサービス)などで協業実績があり、その生活者発想と我々が得意とする脱炭素の領域を掛け合わせたら次の10年に向けて何か面白いことができるのではないか――。そう考えたのが Earth hacksプロジェクト誕生のきっかけでもあります。

Earth hacksの詳細はこちら

吉澤
近年は「企業の脱炭素の取り組みをどう生活者にアピールすべきか」といった相談が現場でも増えていると思います。そんななか、Earth hacksプロジェクトを三井物産とご一緒することで、これまでの広報活動から一歩踏み込んだ積極的なアプローチが可能になり、我々なりの脱炭素の取り組みができるのではないかと考えました。関根君の説明にもありましたが、生活者のライフスタイルを変えないことには国全体のカーボンニュートラルは実現しません。そこではまさに、かつての「チームマイナス6%」のような、生活者発想で世の中にムーブメントを起こしていく力が武器になる。三井物産の方々とのやり取りのなかでそれに気づかされ、脱炭素というテーマに取り組む勇気をいただけました。そして実際に取り組みはじめてから、マーケティング領域の知見が脱炭素に有効であることを改めて実感しているところです。
関根
Earth hacksは、国や企業主体ではなく、あくまでも生活者一人ひとりのアクションで脱炭素の社会づくりを推進していく、生活者共創型プラットフォームになります。具体的には三井物産の海外ネットワークを活用し、脱炭素の先進的なサービスをいち早く日本に取り入れていこうとしているわけですが、その際博報堂のクリエイティブ力・コミュニケーション力を活かして、日本の生活者がわかりやすく自分事化できるような形に変換。企業にとっても、これを活用すればするほど脱炭素に貢献できるというプラットフォームにしていきます。さらに、脱炭素のソリューションを開発したり、新商品やサービス開発までもしたりできるようなプラットフォームにできたらと考えており、その第一弾として三井物産の協業パートナーであるスウェーデンのDoconomy社によるCO2排出量可視化サービスを、現在日本で展開しているところです。

Earth hacksには3つのサービス軸があります。まずは生活者が脱炭素アクションを起こすための新しい選択基準「デカボスコア」、次に生活者が主体的に選択したくなる脱炭素商品などの新しい選択肢「デカボチョイス」、そして若者世代の熱量と企業をつなぐ共創型コミュニティなどを含む、脱炭素に取り組む企業や商品を応援する新しい関わり方「デカボチャレンジ」。これら3つの「デカボ」を一般化させ、脱炭素アクションのデファクト化を進めようとしています。もう少し詳しく説明すると、「デカボスコア」は、商品やサービスのCO2排出量を可視化する新しい環境価値です。スウェーデンのDoconomy社をはじめ世界にあるCO2排出量を可視化するツールを活用し、スピーディかつ手軽なサービスとして日本でも広げていきます。すでに大企業から中小企業まで30社くらいに「デカボスコア」を活用いただいていますが、たとえばこのTシャツは紙からできていて、綿に比べCO2排出量を31%削減できたことを示しています。このバッグはエアバッグやシートベルトなど車の廃材が使われていて、1からつくるのに比べてCO2排出量を59%削減できている。このように「デカボスコア」表示により、サステナブルな商品の価値を定量的に可視化することができます。

デカボスコアの詳細はこちら

メディア発信については博報堂ケトル、SIGNING(サイニング)チームと連携して進めており、脱炭素の要素をライフスタイルの中に自然な形で取り入れ、「デカボチョイス」として主体的に選択できるような情報として発信。タイアップ記事やSNS、ECへの展開も進めています。「デカボチャレンジ」としてはZ世代との共創型ビジネスコンペを行ったり、2022年7月には二子玉川で、11月には渋谷でそれぞれマルシェイベントを開催したりしています。オンライン・オフライン両方の場づくりを通して、アイデアだけで終わらせず実施まで着実につなげていっています。

■三井物産×博報堂というタッグから生まれる大きな可能性

関根
お二人は、なぜいまEarth hacksをやるべきだと考えていらっしゃいますか。
生澤
海外に目を向けると、アプリ上で個人が植樹できたり、お金を払うことで自分が排出したCO2をオフセットできたりするなど、生活者の脱炭素への強い関心を前提にしたサービスが多数立ち上がっています。日本における生活者の行動変容は今後10年くらいで進むでしょうが、そのときに受け皿になるようなインフラが必要なのではないかと考えたのです。我々が先行してインフラをつくることで将来の脱炭素社会の実現に大きく貢献できるでしょうし、さらにそこが大きなビジネスチャンスになる。三井物産だからこそできることかなとも思っています。
吉澤
欧米と違い、日本の場合は非常に関心が高い少数の層と、そうでないマス層のギャップが大きい。まさにクリティカルマスを超える、その大事なタイミングにいま来ているのだと思います。
関根
ありがとうございます。
三井物産と博報堂が組む狙いについてですが、僕も三井物産に出向して気づいたのですが、事業領域は離れているにも関わらず両社のビジョン、ミッション、大切にしている理念などが実は非常に似ていて、カルチャーまでもが近いんです。また特定の製品やサービスに縛られず中立的な立場で事業を進められることや、産業横断的なネットワークを築けるところも共通点かと思います。そこに加えて、両社それぞれ独自の強みがあります。博報堂がクリエイティビティやマーケティング、サービスをつくっていく力があり、三井物産はストラクチャリング、パートナリング、事業を実際につくっていく力があります。Earth hacksにおいては、海外のサービスを日本にアジャストする際に博報堂のマーケティングやクリエイティブ力が活かせるだろうし、博報堂ケトル、 SIGNINGによる、行動習慣をつくっていくコンテンツ開発力も非常に大きな意味を持ってくるでしょう。三井物産の中長期的に事業をしっかりとつくっていく力、そしてもちろん海外ネットワークの力も大きな強みとして活きてくるのではないかと思います。
吉澤
三井物産と博報堂が組めば最強だと思っています。博報堂は3000社くらいのクライアントがいてあらゆる産業とつながっていますが、どちらかというとコンシューマー向けに寄っている。一方三井物産はインフラやB2B企業、産業、バリューチェーンのもっと深いところに根を張っている。両社のパートナーネットワークを組み合わせることでほぼすべての産業をカバーできるのではないでしょうか。Doconomy社といえば我々にとってはカンヌライオンズなどで目にする憧れの企業ですが、そこへすぐにアクセスし日本で展開できたように、三井物産のグローバルリーチは特筆すべきものがあります。我々の強みとしては、生活者発想と、新聞社やテレビといったメディアとのリレーションがある。両社が手を携えることでより大きな社会ムーブメントをつくり、動かしていける力が生まれるはずです。
生澤
お2人がおっしゃったことに全面的に同意します。さらにこれは私見ですが、入社当時からいわゆる“商社不要論”を耳にしてきた者として、広告会社である博報堂にも何か共感するところがある(笑)。つねに危機感を持っているという意味で、新しいチャレンジへの意欲や決断力が確かにあります。また僕らは差別化とか競争優位性とかを突き詰めて考えてしまいがちで、ついつい議論が小難しい方へいってしまうのですが、「デカボスコア」に象徴されるような博報堂の生活者の目線、やわらかい発想は、非常に勉強になっています。
関根
日本の広告会社はマルチクライアント制が当たり前ですが、海外ではそうではないため、驚かれますよね。3000社のマルチクライアントを持つ強さと、三井物産のグローバルリーチ力を掛け合わせることで、脱炭素分野に限らずほかの事業領域においても大きなインパクトをつくりだせる可能性があるなと感じています。

■「デカボスコア」発表後の反響とこれからの期待

関根
2022年7月末、ビジネス向けの第1部とエンタメ向けの第2部にわけて「デカボスコア」の発表会を行い、第1部ではトヨタ自動車、日本航空、UCC上島珈琲のそれぞれご担当の方に、実際にどう「デカボスコア」を活用しているか発表していただきました。たとえばトヨタ自動車はレクサスをつくるときに出るレザーの端材を使って、名刺入れやお財布をつくるなどアップサイクルされています。UCC上島珈琲は、商品に「デカボスコア」を採用していただけることになりました。

そのほか中小・大手企業、地方の伝統工芸の会社まで、また環境省や東京都環境局など行政にも参画いただいています。発表会と合わせ、二子玉川でのマルシェの様子などもテレビでのニュースほかメディアで取り上げていただきました。なおマルシェを開催した3日間、普通のラベルがついたペットボトル飲料と、「デカボスコア」付きでラベルをはずした10円高いペットボトル飲料を2種類販売したのですが、7割の方が10円高くてもデカボスコアが付いたラベルレスボトルを選ばれた。やはり実際に貢献度がわかると共感も得やすいし、納得して買ってもらえることがわかりました。
発表後、博報堂社内外からも数十件の問い合わせがありました。
お2人はどんな反響を感じましたか。

吉澤
自分のSNSで発表の様子を投稿したところ、知人の経営者の方からすぐに連絡をいただくなど非常にダイレクトな反応がありました。SNS上で検索をかけてみますと、環境活動にすでに取り組まれている方や環境意識の高いZ世代の方に非常に好意的にとらえられていました。こういったワクワクするようなやり方は、広告会社ならではだという声もありましたし、間口の広い、いろんな人に支持される取り組みになるだろうと思います。
生澤
アプローチが正解かどうかはこれから見極めていくことになりますが、少なくとも我々がやろうとしていることへの共感は間違いなく得られたと感じています。「やはりこういう取り組みが必要だよね」という反応がすごく多くて、複数の会社との対話も始まっているところです。生活者の間でもサステナビリティはまだ十分に市民権を得ていないし、企業内でも本流の人たちが取り組んでいるテーマでもない。でもこれを機に、環境周りの活動に携わってきた人たちがメインストリームに出てくるような流れになっていけば。そんな期待をしています。

■「デカボスコア」をデファクト化し、博報堂DYグループにしかできない武器としてEarth hacksを活用していく

関根
今後は「デカボスコア」のデファクト化をしっかりと進めていきたいと考えています。Earth hacksを広げる活動はもちろん、やはり企業、行政、メディアと一緒になって広げていけたら。「デカボチョイス」については、現在運用しているSNSのフォロワーが1万人いるので、メディアの一種としても機能拡大させるなど連携し、ブランドの強化、世界観をつくっていけたらと思っています。生活者が実際に脱炭素の行動に移せる機会もつくりたい。学生を中心に意欲的な若者を抱える企業と組むなど、さまざまなパートナー企業たちの新規事業やサステナブル関連事業へのチャレンジの場を創成したいですね。ビジネスコンペを細々とではなく、大々的にしっかりとやっていくことで、脱炭素は新しいチャレンジの場でもあるという認識を、広げていけたらと思います。
生澤
まずはあまり時間をかけずに、スピーディにEarth hacks、「デカボスコア」の市民権を獲得していくこと。このスコアが広がって生活者の行動変容を促すことができたら、またその周辺にさまざまな事業ができてくるでしょうから、生活者×脱炭素の領域で、博報堂と三井物産でさまざまな事業を立ち上げて大きくしていけたらと考えています。
吉澤
ミライの事業室としては、Earth hacksを三井物産との共同事業に育てていくことが一つの目標であると同時に、博報堂DYグループ全体でビジネスをつくって社会を盛り上げていけたらと考えています。
関根
日本もアジアもまだまだ進んでいない脱炭素を活用したマーケティングの方法論を確立し、守りから『攻め』の脱炭素を主導していけたらと思います。

博報堂と三井物産は、これからも強固なパートナーシップを発揮し、Earth hacksや様々な新規事業の創造を通じて生活者や社会に新たな価値を生み出していきます。
お二人とも、本日はありがとうございました!

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  • 生澤 一哲氏
    生澤 一哲氏
    三井物産 エネルギーソリューション本部 New Downstream事業部 新事業開発室長
    2000年三井物産株式会社入社。北米、欧州、アジア等の大型インフラ開発に従事。 フランス、カナダ駐在等を経て2019年4月よりエネルギーソリューション事業部 New Downstream事業部 新事業開発室 室長。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 室長・エグゼクティブクリエイティブディレクター
    東京大学文学部卒業。ロンドン・ビジネス・スクール修士(MSc)。1996年博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクターとして20年以上に渡り国内外の大手企業のマーケティング戦略、ブランディング、ビジョン策定などに従事。その後海外留学、ブランド・イノベーションデザイン局 局長代理を経て、2019年4月、博報堂初の新規事業開発組織「ミライの事業室」室長に就任。クリエイティブグローススタジオ「TEKO」メンバー。
    著書に「イノベーションデザイン~博報堂流、未来の事業のつくり方」(日経BP社)他
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 Earth hacks プロジェクトマネージャー
    東京工業大学大学院生命理工学研究科生体システム専攻修了。博報堂入社後、営業として様々な企業のブランディングなどを担当しながら、生物多様性条約COP10や動物園のPRなど環境や生物に関わる業務にも従事。博報堂従業員組合の委員長を経て、2020年よりミライの事業室ビジネスデザインディレクター。 2020年4月から三井物産 エネルギーソリューション本部 New Downstream事業部新事業開発室に出向中。

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