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守りの脱炭素から攻めの脱炭素へ ~脱炭素ビジネスと生活者アクション~ 【Media Innovation Labレポート.27】
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守りの脱炭素から攻めの脱炭素へ ~脱炭素ビジネスと生活者アクション~ 【Media Innovation Labレポート.27】

近年、国際機関や各国政府がこぞって気候変動への対策に関する法律や行動指針を策定するなど、積極的な推進が図られています。同様の取り組みを行う企業の数も増えており、企業活動の評価基準としても重要な要素になりつつあります。
脱炭素社会を実現するために、今後生活者の間に脱炭素の意識をどう醸成し、その機運を高めていけるのか。データやテクノロジーをどのように活用していくのか。脱炭素ビジネスの調査を行うDAC江口英里と、脱炭素社会を推進する生活者共創型プラットフォーム「Earth hacks」の事業化に取り組む博報堂の関根澄人に、ナレッジイノベーション局兼Media Innovation Labの田代奈美が聞いていきます。

■世界規模で進められている「脱炭素」の取り組み

田代
「脱炭素」のテーマについては、日本でもようやく最近になって生活者を巻き込んだ動きが見えてきました。政府も大々的にGX (グリーントランスフォーメーション)の実行を唱えていて、本気度が感じられます。そもそもなぜ脱炭素が注目されているのか、背景を教えてください。
江口
背景として、まず国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)を中心とした世界各国の動きがあります。京都議定書とそれに続くパリ協定において、2075年の脱炭素化、可能であれば2050年までの脱炭素社会の実現を目指すことが定められ、各国が温室効果ガス削減を目指したさまざまな動きを進めているのです。また国際的なイニシアチブも多数立ち上がっており、企業の気候変動対策の情報開示・評価を推進しています。たとえばRE100(Renewable Energy 100%)は、企業の事業活動に利用する電気について、100%再生可能エネルギーでの電気調達を宣言するイニシアチブで、日本国内でも多くの企業が参画しています。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)も重要なイニシアチブの一つで、企業や機関に対して、気候変動リスクやガバナンス、戦略、リスクマネジメントの指標を開示することを推奨しています。このように全世界において、企業に対して気候変動に関する情報の開示や、対策を要請する動きが進んでいるのが現状です。
田代
日本国内ではどのような取り組みがありますか?
江口
日本では環境省が、2050年までのカーボンニュートラル実現を目指す「地域脱炭素ロードマップ」を2020年に発表しました。すでに脱炭素先行地域として全国100カ所以上を選定し、太陽光発電やゼロ・カーボン・ドライブなど、地域の気候風土、地域特性に応じた取り組みを行っています。
田代
関根さんはそのあたりの動きをしばらく追いかけられていると思いますが、どう見ていますか?
関根
国際社会では脱炭素はまさに待ったなしの状況で、前回イギリスで開催されたCOP26では、さまざまな金融機関が連合を組み、2050年までに日本円で1景4600兆円を環境分野に投資することを宣言しています。日本でももちろん、江口さんが紹介してくれたような地域単位での取り組み――たとえば住宅や施設に太陽光発電やEV充電器、あるいは消費電力モニターを設置するなど――を行っている自治体も増えています。特に昨年のCOPで定められた目標を受け、より踏み込んだ取り組みが各地で進められています。
田代
なるほど。では気候変動対策への投資はどのように変化しているのでしょうか。
江口
政府・企業・家計のエネルギー転換への投資状況を見ると、右肩上がりで拡大しています。2020年は年間5010億ドルという数字が出ていて、なかでも近年はEV投資が伸びているのが特徴です。
田代
テクノロジー周りでは、どんな進展が見られますか?
江口
テクノロジーの活用により、脱炭素の取り組みはさらなる展開を見せていて、従来のClean Techが進化したClimate Tech、つまり“脱炭素または気候変動の影響への対策を目的としたテクノロジー”がいくつも出てきています。もともとClean Techは再生可能エネルギー中心のテクノロジーでしたが、Climate Techは、気候変動全般に領域が拡大。多岐にわたる技術が開発され、サプライチェーンの各工程におけるサイクルの見直しがなされ、対応が可能になっています。特に注目しているのは「ESGディスクロージャー」です。気候変動に関する取り組みの情報開示がカギになっていることから、企業のCO2排出量など、気候変動に対する影響因子を可視化し分析したり、リスク管理や開示を行うためのテクノロジーが登場しています。

関根
実は日本国内でも、企業単位でどれくらいCO2を排出しているか簡易的にわかるツールを開発しているスタートアップが複数あり、たとえば銀行が、融資先の企業の環境価値を測るのに活用するということもあります。欧州でも、各商品やサービス単位で、あるいは個人一人一人が、年間でどれくらいCO2を排出しているかがわかるツールもある。自分のその時々のアクションにおける CO2排出量が手軽にわかるアプリも広まっています。ユニークなケースとしては、ただのドネーションではなく、樹の所有権を持つことで、長期的に個人単位で気候変動対策に貢献できるサービスを提供している会社もあります。ちなみに海外では買い物のたびに、「あなたの買った商品はこれだけCO2を出して生産されたので、その分のオフセット代を払いましょう」という呼びかけがあったりするほど、意識が高い国が多いですね。
田代
日本の場合はまだまだそこまで生活者の意識が高まってはいない印象です。ゲーミフィケーションなどによって、より能動的な行動が促せる可能性もあるでしょうか。
関根
そうですね。世界的に成功している例として、脱炭素に貢献する行動がポイントとして貯まり、ポイントに応じてバーチャル上で木が大きく育っていく。そしてそれが実際に植樹されるというものもあります。アプリに入っているサービスで、多くの人が利用しています。
田代
生活者が日常生活のなかで気軽に実践できるよう、上手に巻き込んでいるところが面白いですね。
江口
脱炭素への貢献度が可視化され、それがポイントやゲームの成果として自分に還ってくるという仕組みが上手だなと思います。

■求められる「守りの脱炭素から攻めの脱炭素へ」の転換

田代
ほかにはどのような取り組みがあるでしょうか。
江口
産業横断でどんな取り組みがあるのかをまとめると、大きく、1.再生可能エネルギーの活用、2.バッテリーや発電技術、エネルギーマネジメントの進化、3.サステナブルな原材料・資材を活用した製品開発・製造、4.サーキュラーエコノミー、5.モーダルシフトという5つの領域に分けられます。

再生可能エネルギー活用においては、オフィスや店舗、工場などの施設における太陽光発電電力の導入や、廃棄物やバイオマスを活用したエネルギー開発があります。たとえば植物や廃油からできたバイオ燃料を開発している企業などがあります。
バッテリーや発電技術、エネルギーマネジメントの進化としては、リサイクルできるバッテリーが開発されていますし、発電企業と需要企業の間をマッチングし売買を行うことで、適正価格で必要な量だけ取引ができるという、電力取引プラットフォームを提供しているスタートアップ企業もあります。
サステナブルな原材料・資材の活用においては、牛のメタンガス排出を抑制する資料を使って飼育する取り組みを行っている企業があるほか、微生物を使ったバイオ肥料の開発を行っているバイオテック企業もあります。また植物由来の原材料を使った乳製品なども出てきています。
サーキュラーエコノミーにおいては、食品廃棄物や容器のリサイクル、リサイクル製品を活用した商品開発があります。店頭で回収したプラスチック製品をオリジナル製品に生まれ変わらせている会社や、アメリカで、古着を回収して繊維レベルに断裁し、新たな衣類につくり替えるサービスを行っているアパレルもあります。
モーダルシフトにおいては、企業間で提携し、工場と物流センターの往復の輸送を共同で行うことでコスト削減とCO2排出量削減に取り組む事例もあります。

田代
さまざまな取り組みがありますが、マーケティング的に注目すべきポイントはどこでしょうか。
関根
再生可能エネルギーやバッテリー、発電技術といったあたりはマーケティング的な活用が難しいかもしれませんが、材料とか資源の視点からは、紙から洋服をつくるとか、捨てられたおもちゃから新しいおもちゃをつくるとか、ストーリー性が高いケースが多い。そのストーリーをいかに魅力的に伝えていくかは、他社や他製品との差別化という意味でも重要です。サーキュラーエコノミーに関しては、業界全体の取り組みに近くなってくる。たとえば個包装は環境負荷が大きいのでやめましょうと呼びかけるにしても、日本の場合そもそも衛生面を重視しての対策だったりするわけで、業界全体で方向性を定めていく必要があるでしょうね。一方、自社から出るゴミを燃料などに有効活用するなどの取り組みはすでにあるとは思いますが、一般的には、CSR的文脈からある種守りの情報発信をしている。海外のように攻めの情報発信に転換し、堂々とマーケティングに使っていく姿勢が今後は必要かもしれません。
田代
ストーリー性を活かして生活者が自分事化できるような形に仕立てていくという点で、我々が貢献できることは多そうです。攻めの脱炭素に切り替えるという話も納得です。そこでも私たちマーケティング企業が力を発揮できそうですね。

■「デカボスコア」で貢献実感をわかりやすく可視化する

田代
博報堂が生活者の脱炭素に関する意識や行動について何度か調査したところ、言葉の認知率はすでに9割を超えている一方、行動に移せている人は3割程度ということがわかっています。その理由として「よくわからない」「意識・貢献できる瞬間がない」と答えた人が若年層で6割いる。結局ストーリーが伝わっていないという現状があるかと思います。(博報堂「生活者の脱炭素意識&アクション調査」【①意識篇】博報堂「生活者の脱炭素意識&アクション調査」【②アクション篇】博報堂「第二回 生活者の脱炭素意識&アクション調査」
関根さんがこれをどうブレークスルーしようとしているのか、教えてください。
関根
お話しいただいた通り、脱炭素への認知は確実に高まっていますが、2年前の環境省の調査では、気候変動に関心があったり大事だと認識している層は3割くらい。むしろ自分たちの生活の妨げになるととらえる人が多かった。海外との認識の差はかなり大きいのが実情です。またそれ以上に大きな差がついているのが、アクションを起こせているかという点です。博報堂の調査でも、正直いまの生活を変えたり何かを我慢することは難しいという、生活者の本心が明らかになっています。ただそれでも、アクションのきっかけ、トリガーになりそうな鍵が二つ見えてきました。ひとつは欲望×ストーリーです。楽しみながら無理なくできること、ふだん感じている可愛いとかおいしいとか楽しいとか素敵といった欲望にちゃんとかなうようにすることで、一歩を踏み出す後押しにつなげることができると考えます。さらにはストーリー。取り組みや商品の背景にある想いやこだわりを、応援したくなるものにすることもポイントです。これら欲望×ストーリーが押さえられていなければ、いまの生活者は動きません。それから貢献実感も重要です。自分の行動が何の役に立ったのか目に見えなければ、なかなか「次も」という気持ちにはなれません。どんな小さなことでも、貢献度が可視化されることで生活者はより動きやすくなるということがわかりました。

一方インフラ面でいうと、たとえば地域を挙げて住宅に太陽光パネルやEV充電器を設置し、消費電力モニターをつけたケースでも、EV自動車の所有率は日本はまだ1%以下ですし、消費電力モニターもほとんど見ていなかったりします。インフラがあるからといって生活者がアクションを起こすわけではないというのが、現状の課題です。さらに僕らが若者世代を中心にした50人のデプス調査を行ったところ、多くの人がエコや脱炭素などを全面に押し出した商品やサービスに対してかなり懐疑的ということがわかりました。「サステナブルな商品なのでどんどん買ってね」というメッセージに企業の姿勢の矛盾を感じるため、大事なのは理解しても買いたくない。いわゆるSDGsウォッシュ、グリーンウォッシュだと捉えられているのです。たださらに深堀すると、「押し付けられるのが嫌なだけで、本当は重要性をわかっている」「あくまでも自分がおいしいとか素敵だと思った暮らしの結果が、脱炭素の実践になっているなら、もっと続けたい」という心理も見えてきました。つまりマーケティング的に認知・理解・興味にサステナブルや脱炭素を使おうとしても逆効果になりがちですが、リピート・ファン化といった側面では寄与するわけです。

こうした理解をふまえ、博報堂ミライの事業室と三井物産が協働で進めているのが、「Earth hacks」という取り組みです。主語が企業や国ではなく、あくまでも一人ひとりのアクションで脱炭素の社会づくりを推進する活動で、環境に良いからだけではなくあくまでもアクションの選択肢の一つとなるよう、「この商品素敵でしょ」「こんなストーリーがあるんだよ」という形で紹介し、さらにどんな環境価値があるかを伝えています。海外の先進的なサービスも複数取り入れながら、日本人が脱炭素を自分事として受け入れる形にし、仲間を増やすプラットフォームにできればというのが狙いです。

田代
なるほど。脱炭素に寄与するアクションの数値化にも取り組まれていますね。
関根
貢献実感をきちんと得られるための新しい選択基準として「デカボスコア」という評価基準を考案しました。特徴は、従来の素材や手法でつくられた製品と比べ、CO2排出量を何%削減できているかを表示していること。たとえば「これは製造過程で3.0キログラムのCO2を排出しました」とプリントされたTシャツなども海外ですでにありますが、日本の場合、その数値を見てもピンと来ない人の方が多いです。それよりもむしろ、「従来よりもどれくらい削減できているか」の差分を示す方が、イメージがわきやすいのです。そこで、スコア表示を「〇%off」という見せ方に統一し、誰が見てもぱっとわかるようなロゴにし、さまざまな企業、自治体、行政も巻き込んだ動きにしていこうとしているところです。

田代
面白い取り組みですね。7月には「Earth hacksマルシェ」というリアルイベントも開催し、個性的なブランドから大企業まで30ほどのブランドが参加したと聞いています。
江口
私も実際に行ってみたのですが、自動車の廃材を利用したリュックや廃棄する野菜で染色したタオルなど、おしゃれで、デザインとしても先端的な商品が多く、「買いたい」欲望にかなった商品ばかりという印象でした。
関根
ちなみに僕が愛用しているバッグも、エアバッグやシートベルトなど自動車の廃材が利用されていて、CO2排出量は56%削減できているそうです。単純にデザインがいいというだけではなく、環境価値が定量的にも証明されれば、より生活者も選択がしやすくなるはずだと考えます。

7月に開催された「Earth hacksマルシェ」の様子

田代
いまは訴求の仕方もいろいろ工夫していく必要がありますよね。特に若者世代に広めていくためのヒントは何かありそうですか。
関根
これは単なるトレンドだったり、一部の人が好きでやることでもない。地球に住むすべての人が取り組むべき活動だと思います。ですから若い世代ももちろん、より多くの人に接触してもらうためにも各メディアの役割も大切だと思います。いまは各社それぞれが、独自のSDGsに関する情報発信や取り組みを行っているので、僕らも連携していきながら、一緒に取り組んでいきたいところです。また、多くの小中学校などですでにかなりの時間がSDGs関連授業にあてられています。そういうなかで、普段の自分たちの生活でどれだけCO2を排出しているかわかるツールを使ってみたり、身近な学校の備品や自分の持ち物がそれぞれどれだけCO2排出量を削減できているか可視化するといったことは、これから実現できることです。教育面でも貢献できることはあるはずだと思います。
田代
今後ビジネスとして可能性がありそうなことや、取り組んでみたいことを教えてください。
江口
やはりストーリーを伝えることは不可欠でしょう。生産者がどういうこだわりをもち、その生産方法を選び、その製品を生み出したのか。その過程を見せることが大事だと思います。デカボスコアのようにわかりやすい形で可視化することは広告会社の役割だと思いますし、さらに第三者として公平性、透明性をもって伝えていく価値のあることだと思います。広告面でも、出稿した際にどれくらいCO2が排出されたのかなどがわかるソリューションなどを、もっと活用していくべきなのかもしれません。企業のひとつの価値として、進めていく必要があると思います。
関根
他社の取り組みではありますが、 どうしても電力が必要なCM制作において、再生可能エネルギーや人力を活用するというゼロカーボンCM制作に取り組んでいる事例もあります。他にも、従業員が各自どれだけのCO2を排出しているかを公表し、来年はどれだけ減らそうとしているか宣言している企業もあり、多くの企業に求められる姿勢だなと感じます。博報堂DYグループならではのネットワークを活かして、さまざまな得意先と一緒にこの動きを一気に広げていくことができるといいですね。
田代
脱炭素は広告やメディアビジネスと遠いようでいて、実は近い。エンタメ的な視点や体験づくりという視点から、またコマースそのもののプロデュースという意味でも、私たちグループとしてもぜひ取り組むべきことだと実感しました。
今日はありがとうございました。

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

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  • 博報堂 ミライの事業室 Earth hacks プロジェクトマネージャー
    東京工業大学大学院生命理工学研究科生体システム専攻修了。細胞学を研究しながら、生物多様性や地球温暖化など環境問題を伝えていくことを仕事にしたいと思い、博報堂に入社。入社後は営業として様々な企業のブランディングなどを担当し、博報堂従業員組合の委員長を経て、2020年よりミライの事業室ビジネスデザインディレクター。 2020年4月から三井物産 エネルギーソリューション本部 New Downstream事業部 新事業開発室に出向中。
  • デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社 新規テクノロジー事業開発本部 研究開発局 広告技術研究室
    2018年DAC入社。先端テクノロジーや海外メディアの調査・研究に従事、新たな市場・ビジネスへの対応提案を行う。またデジタル広告業界団体「IAB」との連携を担当し、グローバルでの広告業界の潮流を捉え、HDYグループ全体へのナレッジ共有(社内セミナー運営等)を推進。
  • 博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局メディアインテリジェンスグループGM兼Media Innovation Lab
    博報堂入社。テレビ局、メディアマーケティング局、博報堂香港、メディアビジネス開発センターなどを経て2019年よりメディアやテクノロジーのグローバルトレンドを研究。

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