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「小売のメディア化」を実現するために──リテールメディア、その課題と可能性(前編)
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「小売のメディア化」を実現するために──リテールメディア、その課題と可能性(前編)

小売事業者がもつ顧客基盤や会員システムなどをベースに、生活者の購買データや行動データを活用して広告配信を行う「リテールメディア」。小売を「メディア化」するこの新しいモデルの発祥は米国ですが、日本での本格的な市場の立ち上がりはまだこれからと言われています。日本版リテールメディアを実現するにはどうすればいいのか。現在リテールメディアの試みに携わっている4人が、それぞれの立場からリテールメディアの可能性と課題について話し合いました。

杉浦 克樹氏
セブン-イレブン・ジャパン 
商品本部リテールメディア推進部総括マネジャー

稲森 学氏
アドインテ 取締役副社長兼COO

望月 洋志氏
D&Sソリューションズ 取締役 共同CEO

徳久 真也
博報堂 ショッパーマーケティング事業局長
    ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー

「リテールメディア」をどう定義すべきか

徳久
リテールメディアという言葉を耳にする機会が増えています。まず、それぞれのお立場から「リテールメディアとは何か」ということについて、ご意見をお聞かせいただけますか。
稲森
リテールメディアという言葉を定義することは、すごく難しくなってきていると感じています。「小売の顧客基盤と顧客接点を広告にいかすモデル」というのが一つの定義ですが、店頭にサイネージを設置するのも、アプリに広告枠をつけるのもリテールメディアと考えられますが、それもリテールメディアの広告メニューの一つでしかありません。一方、米国におけるリアル店舗のリテールメディア最大の成功事例と言われるウォルマートの取り組みを見ていると、データ分析やクリエイティブ制作、広告配信メニューもかなり高度なことをやっていますよね。
望月
店頭における商品サンプリング。あれもリテールのメディア的活用と言えますよね。それからチラシももちろんメディアです。そういった古くからある手法がデジタルに置き換わっていったときに、どういう新しい価値が生まれるか。そこに定義のポイントがあるように思います。シンプルに「媒体」と捉えるべきなのか、顧客に提供する「機能」をメディアと考えるべきなのか。そのあたりを皆さんと議論してみたいですね。
杉浦
リテールメディアに注目が集まっている背景には、リテール自体の存在意義が変わってきているという事情があると思います。小売店舗は、商品をお客さまにお届けする場所から、さまざまな顧客体験を提供する場所へ変わらなければならない。そうなると必然的に店舗自体がメディア化していかなければならない──。それがリテールメディアの根本にある考え方であると私は捉えています。
徳久
店舗における豊かな顧客体験を実現し、顧客との関係をより深く、より継続的なものにしていく。そして、その関係の基盤の上で広告などのメッセージを届けていく。そんな考え方ですよね。

杉浦
そうです。もっとも、それを実現しようとすると、システムやサイネージなどのハードウェアへの投資が必要になります。私たちのように全国に大規模に店舗を展開している事業者にとって、その投資額は莫大なものになります。そこが一つ大きな課題ですね。

リテールメディア部門と商品部門の連携が不可欠

望月
投資の「出どころ」をどうするかという問題もありますよね。例えば、店頭でのタブレットを使ったセルフ決済の仕組みなどは、買い物を楽にしたり、人件費を抑制したりするための投資、つまり店頭オペレーションに関わる投資です。では、店頭にリテールメディアの機能を加えようとする場合、その投資の原資はどの部署が出すべきかのか。
杉浦
おっしゃるとおりです。弊社のリテールメディアの取り組みの場合、たまたま私が、現場の責任者やアプリ開発などいろいろな部署にこれまで携わってきたので、その「切り分け」がある程度できています。店舗のオペレーションのための投資なのか、顧客体験価値の向上に寄与するための投資なのか、広告収入を得るための投資なのか。そのさじ加減のようなものがわかるので、調整がしやすいわけです。
稲森
杉浦さんのように全体を俯瞰できる方がいらっしゃると、上手なバランスをつくれるのでしょうね。しかし、多くの小売企業には、やはり部署も縦割りでバラバラになっているので、今のところそういうポジションの方は少なくなってしまうと思います。いろいろな部署と連携しながらリテールメディア事業全体を統括できる人をアサインすることが必要かもしれません。

望月
リテールメディアを実現しようとすると、いろいろな部門の関与が必要になります。MDはもとより、在庫管理や物流などのオペレーションも重要ですし、配荷率などの視点も求められます。もちろん、広告宣伝部門の協力も不可欠です。そのフォーメーションをいかにつくっていくかが鍵になりそうです。
稲森
リテールメディアは、重要なファーストパーティーデータを活用し、購買分析までできるのが強みですが、商品認知を上げる施策などフルファネルで広告展開できるポテンシャルがあると思います。しかし、それを実現するには広告主側の社内連携も必要かもしれません。
望月
DX(デジタルトランスフォーメーション)と似ているところがあると言えそうですね。関係各部署をトータルに把握できる視点を持っている人がいないと、なかなかDXは進んでいきません。
徳久
セブン-イレブン・ジャパンの場合、商品本部の中にリテールメディア推進部があるというのが特徴的ですよね。
杉浦
そうなんですよ。そこはすごくこだわったところです。新規事業なので、本来であれば企画部門に入るのが普通なのですが、商品本部内に置いた方が良いのではと意見しました。というのも、リテールメディアを実現するためには、MD(マーチャンダイジング=商品化計画)の部署との関係が非常に重要になると考えたからです。店舗における商品展開を管轄しているのはMDです。そこと二人三脚の体制をつくることができなければ、店頭のサイネージで商品の広告を流しても、店舗にその商品が置かれていないという事態が発生しかねません。
徳久
それは非常に重要な視点だと思います。日本で比較的多いのは、DX戦略推進室や営業企画部門内にリテールメディア推進機能が新設されるケースですが、そうすると杉浦さんがおっしゃるように、広告でプッシュしている商品と商品本部(バイヤー)がプッシュしている商品との間に齟齬が生まれる可能性があります。ですから、小売としてお客様に訴求したい商品戦略があって、それとの整合性が取れる形で広告事業も展開できると調整が速いですし強い。そう考えると、商品本部にリテールメディア部が組み込まれているのは理想的な姿の一つだと思います。

「顧客体験」の重要性をいかに共有していくか

杉浦
リテールというビジネスは、構造的に「売り」に近いところが最も重要であると考えられてきました。つまり、店舗におけるオペレーションや商品戦略です。そこに「メディア」というこれまでになかった機能を加えていくのは、やはり簡単ではないと思います。

徳久
そのためにも、先ほど話のあった「顧客体験の向上」という視点を店舗現場やMDと共有していく必要があるのでしょうね。
望月
リテール事業者の皆さんの間では、一般的に「顧客体験」という視点はどのくらい重視されているものなのですか。
徳久
一般的な考え方では、最も重要なのが店舗オペレーション、2番目がMDで、顧客体験の提供は3番目という優先順位になっていることが多いと思います。
杉浦
顧客体験を重視しようとすると、パーソナライズという考え方が必要になります。魅力的に感じる体験の内容は、それぞれのお客さまによって異なるからです。しかし、セブン-イレブンのように、1日の総来店客数が2000万人という規模になると、「一人ひとりのお客さま」という視点をもつことが難しいというのがこれまでの現実でした。とはいえ最近では、ID-POSなどでお客さまをある程度「個」として把握することも可能になってきています。このような仕組みをいかせば、顧客体験の向上の取り組みは可能だと思っています。

CRMを実現し、LTVを向上させるツールとしてのリテールメディア

徳久
顧客を「個」として把握できるようになれば、短期的な売り上げだけでなく、顧客との継続的な関係をつくるCRMを実現したり、LTV(Life Time Value:生涯顧客価値)を上げたりすることもできるようになります。
杉浦
必要なのは、その可能性を数字で示していくことです。ID-POSを使うと、例えばアプリで配信したクーポンをきっかけに来店したお客さまが、その後リピーターとなっていくという流れを把握することが可能です。実際、これまでもそういうケースがありました。このような事実を示すことによって、リテールメディアの可能性をいろいろな部署の人たちに理解してもらうことができると考えています。逆に言えば、そういったファクトがないところで「CRMやLTVが重要」と言っても、なかなか伝わらないということです。
徳久
リテールメディアの強みは、最終KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)まで検証できるという点にありますから、リテールメディアに取り組む中長期的な意義についても、データやファクトで裏付けをもって説明し、共有・説得をし続けていくことが必要ということですね。
望月
本来、CRMやLTVといった視点をより強くもっているのは、メーカーの宣伝担当やブランドマネージャーの皆さんです。そういった方々とリテールの側が価値観を共有することができれば、広告主とメディアが力を合わせてリテールメディアという新しい市場を成長させていくことができるように思います。

稲森
そのためには、リテールメディアにおける広告効果をしっかり可視化していくことが求められそうですね。

(後編に続く)

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  • 杉浦 克樹氏
    杉浦 克樹氏
    セブン-イレブン・ジャパン 
    商品本部リテールメディア推進部総括マネジャー
    1998年セブン-イレブン・ジャパン入社。長野・山梨、西東京にて加盟店を支援する現場でゾーンマネジャーを経験し、2018年からセブン&アイ・ホールディングス  新規事業会社の立ち上げを実施。その後、2021年3月よりセブンイレブン・ジャパン デジタル販売促進統括マネジャーとしてセブンイレブンアプリの責任者を経て、2022年9月より、現在のリテールメディア推進部統括マネジャーとして、リテールメディアの立ち上げ、戦略企画、実行の責任者を担当。
  • 稲森 学氏
    稲森 学氏
    アドインテ 取締役副社長兼COO
    通信会社で営業として働き20歳で起業。
    24歳で自身の会社の株式を売却し、株式会社イーファクター大阪支社立ち上げに従事。
    その後、2度目の起業で、SNSに特化したマーケティング会社を設立。
    2016年に株式会社アドインテと合併し副社長に就任。
    アドインテでは、DX推進事業部とセールス部門を統括。
    その他、資金調達や新規サービス立ち上げ、アライアンス業務など幅広く担当。
  • 望月 洋志氏
    望月 洋志氏
    D&Sソリューションズ 取締役 共同CEO
    セブンネットショッピングで小売企業の店舗在庫モデルのネットスーパーや倉庫在庫モデルのネット通販のマーケティング・立ち上げ支援の後、博報堂プロダクツに入社。大手流通グループのデジタルマーケティングや、SM向けのスマホアプリソリューション「Katta!」の立ち上げを行い、現在は日本アクセスでマーケティング及びIT子会社のD&Sソリューションズで「情報卸」を推進。リテールメディアネットワークを構築中。
  • 博報堂 ショッパーマーケティング事業局長
    ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー
    外資系経営コンサルティング会社を経て、2005年に博報堂入社。流通・消費財メーカーを中心に、マーケティング戦略立案、ブランディング、クリエイティブ開発、データドリブンマーケティング等に従事。2014年より、データ・テクノロジーを活用した新規事業/サービス開発に従事。国内外で11個の特許を取得/出願。自社事業、得意先とのJV立ち上げ、複数の協業ソリューションの企画・開発・グロース実績あり。2021年より現職。博報堂DYグループ9社横断戦略組織「ショッパーマーケティング・イニシアティブ®」リーダー。