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“新生”買物研 【第2回】購買ビッグデータから導き出す新しい買物行動 その方法とこれからの可能性とは?
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“新生”買物研 【第2回】購買ビッグデータから導き出す新しい買物行動 その方法とこれからの可能性とは?

“新生”買物研【第2回】は、「ECモールでの“知られざる購買行動”に関する共同研究」でご協力いただいた、楽天グループ株式会社(以下、楽天)のサイエンスプロダクトグループのマネージャー、シャオさんと、 AIサービス統括部に所属しているプロジェクトマネージャー石野さんをお招きし、ビッグデータから導き出す新しい生活者の買物行動、知っていそうで知らなかった発見につながりそうなデータ解析やデータ活用の視点など、リアルなお話をお届けします。

肖文硯 氏(シャオ ウェンヤン)
楽天グループ株式会社
サイエンスプロダクトグループ マネージャー

石野まなみ氏
楽天グループ株式会社
サービスプランニングチーム アシスタントマネージャー

酒井崇匡
博報堂生活総合研究所
上席研究員

垂水 友紀
博報堂買物研究所 所長
博報堂 ショッパーマーケティング事業局

ビッグデータ(定量)×インサイト(定性)
データと人間の掛け合わせが奏功

垂水
有名なデータマイニングの一例として「1990年代 の“おむつとビール”の併売」があげられますが、令和版は何なのだろうか?そんな疑問から始まった研究でした。具体的には、 2021年1年間に楽天市場で買物をしたユーザー1万人の購買データをベースに、調査を行い、令和の知られざる併売状況を明らかにしたわけですが、おかげさまで、2022年9月のリリース以降、いろいろなメディア等でも取り上げていただきました。

本研究では、ECモールでメンズとレディースの同一ジャンルの商品が同日に買われる「ペア購買」の傾向があること、特にナイトウェアや下着、シューズのジャンルが高いという面白い発見がありました。購入層は40代が中心ということがわかり、「なぜそういう行動を行ったのか」をデプスインタビューで深堀りしたところ、スニーカーは男性からの影響や趣味の共有体験などが影響を与えている、などの結果が得られ、さらに現象の解像度が上がりました。

石野
そうですね。購買ビッグデータを分析した結果、“30-40代でちょっと収入高めのご夫婦”というペア購買の属性が見えて、さらにデプスインタビューで深掘りした結果がストーリー性をもってつながったのは面白かったです。実際に、私の周りにもドンピシャのご夫婦がいたこともあり、「こういうことか!」と思いました。

楽天市場における各ジャンルの性年代別の購入率

酒井
デプスインタビューの中には、例えば、「外でお揃いははずかしいので、ナイトウェアを夫婦でお揃いにしました」「ナイトウェアを同じブランドにしたことによって、夫婦のコミュニケーションが少し増えた気がします」といった声があり、意外なところでの発見がありました。
垂水
1年分のデータを分析するのは大変だったと思います。過程でのトライ&エラーにはどのようなことがありましたか?
石野
私たちはふだん、因果関係がわかりやすいデータを分析することが多いのですが、因果関係が簡単に読み取れないものを分析しその中から、新たな買物行動を見つけるというのは初めての取り組みでした。

私たちが出したLift値*に対して、博報堂買物研究所のみなさんから「このデータはこう解釈できるのでは?」という仮説を返してもらって、また、それに対しての検証を行うということを繰り返しました。その連携がうまく機能したと思います。

*ペア購買の起こりやすい商品ジャンルの算出方法:Lift = (X&Y/N)/(X/N * Y/N)
ある G3_X と G3_Y の同時発生(購買)確率 ÷ G3_X と G3_Y の発生(購買)確率の積。
G3=楽天のアイテムジャンル第三階層で今回の場合はメンズ/レディースを活用/N=ユーザー数

酒井
最初のデータセットから異常値を発見した際に、両社でディスカッションできたことは良かったですね。結局、データの裏側にある生活者をインサイトする部分に関しては人間が想像力を働かせないといけません。データと人間のコラボレーションが功を奏しました。
石野
トライ&エラーという点では、まずは、Lift値を出したときに、違うジャンル間の併売でも当たり前と思われる、例えばプロテインとお肉などもあり、併売の定義を少し変えたりして最適化を図りました。

また、データの中には、ポイントコンシャスな人のまとめ買いや、ビッグセールでの買い回りによる併売など、プロモーションによるバイアスがかかっている併売もみられました。ですから、当初は、面白い組み合わせが出た!と喜んで、それに対する仮説をいただいて、それを検証してみたら思っていたものとは違ったな、ということもありました。

データ分析の各ステップで正しい問いを設定する
翻訳作業こそが大事

酒井
ビッグデータの分析でこそ見つけられるプロファイルというものはあるのでしょうか。また、ビッグデータからインサイトは導き出せるのでしょうか。
シャオ
通常私たちデータサイエンティストは、依頼を受けると、まず大きな仮説を立ててビッグデータ分析を始め、データの傾向を掴みます。次に、その分析に様々な角度から細かく仮説をぶつけて、データの範囲を精緻化していきます。その後、インサイト分析と合わせて検証しソリューションを導き出していきます。

やはり、量的なビッグデータ分析と質的なインサイト分析という2つの異なる分析方法が融合することで、ビジネスソリューションにつながる可能性は高まると思います。

そして、ビッグデータから確度の高い答えが得られるかどうかは、問題の設定にかかっているといえるでしょう。データを分析する際に正しい問題が設定できれば、どのデータをどの方法で分析するかが決まり、それがより確度の高い答えを導くことにつながります。

酒井
問いの設定、大事ですよね。私は、博報堂生活総合研究所でデジノグラフィ(デジタル空間上のビッグデータを活用した生活者研究)を専門にしていますが、ビッグデータを見る前に、研究対象となるアプリを使用したり、購入体験を実際におこなってみて自分自身で仮説を持つようにしています。そうしないと分析のための正しい問いが出せないからです。
シャオ
よくわかります。ビジネスサイドの要求を、データサイエンティストがインサイト分析する前にわかりやすい問題に落とし込む作業がとても重要だと考えます。

この翻訳作業をスムーズにするために、私たちのチームでは、リクエストフォーマットを標準化しています。具体的には、ビジネスクエスチョンを、自分たち自身で10のクエスチョン、例えば「KPIは?」、「何を達成したいの?」などに落とし込みます。最初に提示された問題だけでなく、データ分析チームにとって必要な問題に分解することが重要です。

酒井
まずは、ビジネスクエスチョンから始まり、それがリサーチクエスチョンになり、データサイエンティストへのアナリシスクエスチョンへ落とし込んでいく。データ分析の各ステップでの翻訳があるのですね。

垂水
今回の共同研究も、最初は「併売状況を知りたい」というかなり大きなビジネスクエスチョンだったわけですが、データをLift値に変換してもらってリサーチクエスチョンが明確になり、分析が深まっていったという過程が改めてよくわかりました。

ペインポイントを突くか、興味ポイントを突くか

垂水
次に、楽天の購買データ分析の取り組みについて、どのようにビジネスに活かしているのか教えてください。
シャオ
力を入れているのは、カスタマー・ナーチャリングにおけるソリューションの提供です。ナーチャリングのサブテーマは、リードナーチャリング、コンテンツマーケティング、インセンティブストラテジー、カスタマージャーニーなど多岐に渡ります。

例えば、同じ顧客に対して、いつも同じクーポンを一斉配信する、新規顧客獲得のために同じクリエイティブを配信し続ける、といったケースは往々にして見受けられます。それに対して、私たちのソリューションの中には、クーポン配信やコストを削減する方法、メッセージをセグメントに応じて多少変えてみる方法などあらゆる手法が用意されているため、ケースに応じて選択し、キャンペーン効果をより効果的にしていくことが可能になります。

垂水
効果を検証する際にはABテストをするのだと思いますが、実際にテストをして発見があった面白い事例はありますか?
シャオ
例えば、異なるいくつかのペルソナを設定したうえで、それぞれのペインポイントや興味に焦点を当てたクーポンなどのクリエイティブを作り、メールを配信します。

これまでの経験上、ペインポイントや興味に刺さる時には、人々はより早く、アクティブにメールをクリックすることがわかっています。ただ、実際にやってみると、ある業種においては、ペインポイントを訴求するとクリック数やコンバージョンが上がるけれど、興味ポイントを訴求しても反応があまり起きない、というケースがあるのです。

そこで、なぜだろう?と考えると、今の時代、基本的にメールに流れてくる情報はその人の興味のあるもので、その中で興味ポイントだけを押しても、メールを開くことやクリックにつながらないことがわかってきました。業種や状況に応じて、メールやアプリのプッシュ通知など、チャネルの特性によってコミュニケーションのスタイルを変えることが大切だ、ということは、実際にABテストをする中でわかってきた面白い点の一つです。

ナーチャリングのゴールはLTV(ライフタイムバリュー)の最大化

酒井
パーソナライゼーションによる最適化が大切だと思のですが、ものすごく強いクリエイティブがあったとしたら、それ1つを全員に適用するほうが高い効果を発揮するケースがある、というジレンマがあります。ビジネスを最大化するために、パーソナライゼーションをどのように活用されていますか。

シャオ
先ほどお話したカスタマーナーチャリング・パッケージの中には、たくさんの分析の切り口やアルゴリズムがあり、個々の問題に対応できるパーソナライゼーションが可能です。しかし、ナーチャリングの大きな共通ゴールは、買物におけるライフタイムジャーニーを通してLTV(Life Time Value)を高めて、ビジネスを最大化することだと考えています。

1年間、まずは売り上げを高めたいということであれば、パーソナライズしたクーポンキャンペーンを行います。ただし、最初のKPIが達成できたとしても、キャンペーンを止めればもちろんその効果は止まってしまいます。このような時でも、私たちは、2年目、3年目の施策を考えながら、LTVを高める買物体験の最適化を行っていくことを目指します。

酒井
LTVの最大化を目指す場合、時間がかかると思いますが、検証が待てないという問題は発生しませんか?
シャオ
LTVの最大化はカスタマーナーチャリング・パッケージの共通のゴールとされています。もちろん、ビジネスオペレーションレベルでは、ビジネスの健全性をフォローするために、より多くのタイムリーな指標(例えば、週次、隔週、月次モニタリング等)が必要です。
LTVを最大化するプロセスとして、まず、誰がロイヤルカスタマーなのかを見極めることから始めなければなりません。 具体的には、アクセス可能な過去1年間のデータから、RFM(Recency、Frequency、Monetary)と機械学習モデルを用いて、ロイヤルカスタマーを定量的に定義します。その結果、楽天のナーチャリングプランでは、年間を通じて月に2回購入するユーザーを育成する必要があることがわかりました。
この数値は、月単位で計測する重要な指標となり、長期的なLTV目標は、よりタイムリーで追跡可能な目標に分割されることになったのです。
石野
確かに、LTVの結果を見るには時間を要しますが、ポイントキャンペーンなどのイレギュラーな変動を加味しても、数カ月である程度の効果を検証することは可能です。また、ショートタームのキャンペーン効果検証を行いながら、並行してロングタームのLTVも検証していくケースもあります。

マーケターが経験豊富でデータへの知識があると、ロングタームでのLTVを重視することが多いと感じます。一方で、とにかくまずはこの1キャンペーンの結果を見てみたい、といった要望も多々あります。後者のような場合は、長期的な取り組みを通してLTVを構築することの大切さを伝えるようにしてします。

垂水
私が携わったデジタルキャンペーンでも、「お得」に反応する人もいれば、コンテンツに反応、エンタメに反応する人もいる中、複数回参加してくれる人が確実にいました。回を重ねることでLTVを上げていく、という考え方はよくわかります。

世の中の気分を反映する先行指標がウォッチできると面白そう

垂水
お話を伺って、購買データを使った分析の可能性をますます感じています。最後に、今後の共同研究について、何か面白いテーマやアイデアを聞かせてください。
石野
世間のトレンドを入れた分析をやってみたいですね。例えば、今なら“推し活” みたいな世の中の流行っていることを買物データと組み合わせて、何か世の中に役に立つことや新しい発見につながるといいですね。
垂水
世間で言われていることと掛け合わせで情報を発信していくことは、今後やってみたいことの一つです。例えば、今、世間では物価高だと言われていますが、ECの買物で具体的にどのようなことが起きているのか?もしかしたらECでは、少しでも安く買物しようと、今までECで買っていなかったような人がむしろ積極的に買物をしているのではないか?など。

また、例えば、元旦は、ダイエットや、結婚などの欲求が高まるタイミングで、“決心消費”があるといわれています。元旦や干支といった、買物に影響を与えそうな象徴的なファクターと楽天の購買データを掛け合わせて、毎年定点で見ていくのも面白いのではないでしょうか。

酒井
フローとして何がきているかという波の研究は大事にしたい一方で、長く使い続けられる定義や定理みたいなものが発見できるといいな、とも思います。ある現象、たとえば今であれば物価高による“買い控え”が指標化されて、毎月定点的にウォッチして変化を見える化することで、世の中に対して、ちょっとアラートを上げる、といったことが可能になってくると思います。

また、こうした一種の景気動向の先行指標的なものが定期的にレポートされると、マーケターにとって役に立つのはもちろんのこと、意味が広がるのではないでしょうか。

垂水
予測という意味では、生活総研で続けている消費予測(「来月の消費予報」)に近いですね。
酒井
多くの人が、ここまで来たら次はこうなる、という何かしらの閾値が引ければいいな、そこで何か手を打てたらいいな、と思っています。

買物データから定理を見つけるのは、いろいろな要因が絡むので難しいでしょうが、まずは、ゲームのルールがある程度はっきりしているカテゴリー(例えば化粧品など)一つからでもトライできるといいかもしれません。何かしら予測できる指標をもつことで新たなビジネスソリューションにもつながっていくと思います。

垂水
ビッグデータ×インサイトの可能性、無限に広がりますね。
酒井
いずれにしても、大切なのは、冒頭の振り返りでも話が出たように、楽天と買物研で毎月その動向をチェックして、一緒にデータを読み解いていくこと。データと人間のコラボレーションの部分が大事ですね。
垂水
楽天×買物研×生活総研の共同研究第2弾、是非実現させましょう!
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  • 肖 文硯 氏
    肖 文硯 氏
    楽天グループ株式会社
    サイエンスプロダクトグループ マネージャー
    2016年Huawei Western Europe HQにてマーケットリサーチアナリスト、データアナリストに従事。2019年に楽天グループ株式会社に入社後、プロジェクトマネージャー、チームマネージャーとしてマーケティング領域におけるサイエンスソリューションの構築を牽引している。
  • 石野 まなみ氏
    石野 まなみ氏
    楽天グループ株式会社 AIサービス統括部 サービスプランニングチーム アシスタントマネージャー
    2015年楽天グループ株式会社に入社、新サービス事業部で広告販売促進を担当後、グローバルアドディビジョンにて広告商品の企画、開発に従事。2019年よりマーケティングAI部にて「Rakuten AIris」の利用促進や、データサイエンティストのプロジェクトマネジメントを行う一方で、自らもペルソナ作成など定性的な分析業務を行う。
  • 博報堂生活総合研究所 上席研究員
    2005年博報堂入社。マーケティングプラナーとして諸分野のブランディング、商品開発、コミュニケーションプラニングに従事。12年より博報堂生活総合研究所に所属。デジタル空間上のビッグデータを活用した生活者研究の新領域「デジノグラフィ」を様々なデータホルダーとの共同研究で推進中。行動や生声あるいは生体情報など、可視化されつつある生活者のデータを元にした発見と洞察を行っている。
    著書に『デジノグラフィ インサイト発見のためのビッグデータ分析』(共著・宣伝会議)、『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)がある。
  • 博報堂買物研究所 所長
    博報堂 ショッパーマーケティング事業局
    2016年博報堂中途入社。化粧品、日用品、飲料、健康食品など消費財のマーケティング戦略、商品開発、サービス開発に従事。
    2022年より現職。「買物インサイト」を起点に、新しい買物を生み出すソリューションを提案・実行する実践的研究所を運営