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日本データバレー生みの親渡辺啓太さんに聞く(後編)ースポーツビジネスにおけるデータ活用 ファンとの絆を強めるために
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日本データバレー生みの親渡辺啓太さんに聞く(後編)ースポーツビジネスにおけるデータ活用 ファンとの絆を強めるために

スポーツ・アナリティクスの第一人者である、日本スポーツアナリスト協会代表理事の渡辺啓太さんと、博報堂プロダクツ・大木真吾による対談企画。前編の「試合に勝つためのデータ活用」の話に続き、さらに、データを自分ごと化するための秘訣や、スポーツビジネスにおけるデータCRMについて、話題が展開していきます。スポーツ界で、いま何が起こっているのか?後編も興味深い話題が満載です。
(敬称略)
*日本データバレー生みの親 渡辺啓太さんに聞く、アナリストの仕事(前編)はこちら

データは、自分で勝つことにつなげていくもの

渡辺
ただでさえ、コート上は1万人以上のお客さまが観ていて、選手自身も興奮しているし、緊張もしています。そんな中で、瞬時にいろんな数字を思い出して、かつ判断ができるって難しいんですよね。試合という環境がそもそも特殊ですし、一時停止ボタンもなく相手はサーブを打ってくるわけですから。
ですから、できるだけ選手の頭に残すために、ミーティング資料は空白を多めにしてあります。一方通行でインプットするだけじゃなくて、そこに必ず、少しでもアウトプットを書き込んでもらうんですよね。「自分がこの試合の中で何をやるべきか」を書き込んだら、自分でも整理ができる。飲み込んで噛み砕いて、ちゃんと栄養にできるんです。さっと喉元を通しただけだと、試合中に思い出せないんですよね。
合宿中、選手たち自らがそういうデータ分析を体験するワークショップを、コーチと一緒になって実際にビデオを観ながらやってみるんです。「相手のアタックコートの特徴を、みんなで取り上げてみよう」とテーマを出して、コート図に線を引いてもらったら、選手によって違いが出るんですよね。そこで、「やっぱりブロックに当たったコースって分かりにくいよね」とか「データでも誤差があるんだ」とか、「だったら映像を観て確かめてみよう」とか、いろいろな気づきがそこから生まれる。そうやって、データはただ与えられるものではなくて、自分で勝つことにつなげるものにしなくてはいけないんですよね。
大木
データを取れるのが当たり前になってくると、今度はそれを解釈する力とか、アクションに結び付けさせる教育とかが大事になってくるんですね。
渡辺
今のスポーツ界が特殊な状況なのかもしれませんけど、僕がアナリストになりたての頃はそもそも専属アナリストがいない時代で、選手は勝とうと思ったら、ビデオを撮って自分でリモコンで何度も巻き戻ししながら相手の研究をするしかなかったんです。そこへアナリストがやってきて、「この選手のアタックだけ編集して」とか「このローテーションだけ見たい」とか、今まで大変だった「作業」が効率よくできるようになると、そのぶん分析に多くの時間がかけられる……というハッピーなストーリがあるはずだったんですが。
大木
違うんですか?
渡辺
アナリストがいなかった時代の選手たちは、勝つために自分で情報を得るための蛇口をひねって、情報のシャワーを浴びるのが基本でした。それが今はどこのチームにもアナリストがいるのが当たり前になってきて、ずっとシャワーが出続けている部屋に自分から入っていく、という感じになってしまっているようなこともあるかなと。。
例えば、「今日の大会のビデオください」と言ってきた選手に、「どこが気になるの?」と聞くとフリーズしちゃう。もらうことが習慣化されてきた一方で、「何のために」ということが欠けてきちゃうんです。環境が恵まれすぎているゆえに、目的意識を持って自分たちで蛇口をひねる力がないと、同じデータでも受け方が違ってくるので難しいですね。
大木
私たちも、課題を解決するために「まず仮説を持とう」という話はよくしています。最初からデータだけ眺めても何も見えてくるわけじゃないので、「こういう意味合いの結果が出るであろう」という意志を持った上で向き合うと、ちゃんと道筋が見えてくる。さらに、仮説を持ちつつ出てきた結果をどう解釈するか、解釈のセンスとでもいうんでしょうけれど、それも後のエグゼキューションに影響を与えますよね。
博報堂プロダクツ 大木真吾
渡辺
選手たちは個性が強いし、優れたキャリアを持つ監督やコーチもある意味バイアスを持っているので、データをもってそのバイアスを解くのが難しいときも多々あります。
ですから最近は、「仮説を検証する」というアプローチ以外にも、わざとデータの海におぼれながら、いろいろなものを探し回って、監督やコーチが気づかなかった知見を発掘するといったアプローチも起きています。以前は言われたことを検証するだけだったのが、ちゃんとしたエビデンスを元に「実はこうだったんですよ」と論理展開して、固定概念を崩す知見を発見できたりすると、分析する側としては面白いし、それでチームにメリットをもたらすことができたときには、すごくやりがいを感じますね。

競技データのマルチユース化で、広がりはじめたサービスの幅

大木
もうひとつ伺ってみたかったのが、よりファンに何度も来てもらうためのデータの活用です。データそのもののビジュアライズから、観戦の仕方を変えるための手法、または純粋なマーケティングアクションもあるかもしれません。そのあたりの最近の動きってどうですか?
渡辺
先日お台場で開催したイベント「スポーツアナリティクスジャパン(SAJ2017)」でも取り上げましたが、スポーツビジネスサイドでも、データを使って何か仕掛けようという取り組みは盛んになっていますね。CRMの話でも、Bリーグなどは明確にデジタル戦略をもってお客様の情報を集約し、共通のプラットフォームの中でバスケットファミリーを把握していく、といった流れがあります。
現在のスポーツ界の大部分ではまだ、各競技のデータベースは競技者の個人登録が中心で、どれだけ登録料を払って登録してもらって、大会に出てもらうか、という仕組みになっています。本当はもっと、例えば代表戦のチケットを買って観に来た人が、どれだけ国内のリーグ戦も観に来たか、といったことも追求していかないといけない。今後はいろいろな競技の中で、そういったデータ活用による競争も生まれていくんじゃないですかね。
大木
そのイベントの中で、スポーツならではだなと思ったのは、野球のスイングのVR。バーチャルでプロの選手と対戦できるというのは、まさにファンを喜ばせる体験ですよね。エンタメ的なコンテンツビジネスのひとつの有り様として、データを活用したビジュアライズとか、体験まで昇華させるというのは面白いと思いました。
渡辺
そうですね。いま、スポーツ界では大きく分けると「競技フィールド」と「ビジネスマネジメント」の両方でデータ活用が求められていると思います。
例えば、テニスやバレーボールで用いられている「ホークアイ」というシステムでは、ミサイルの弾道計算の技術を応用して、ボールの軌道を自動で計算してチャレンジシステム(ビデオ判定)の際などにイン/アウトを判定するのに使われています。あれは、もともと取られている全ての軌道データを判定に使う、という競技運営を目的に始まったものなんですけど、最近は、せっかくデータを取っているんだからと、徐々にメディアサービスに転用されるようになってきています。
例えばバレーでは、位置情報と時間を使って、テレビ放送で決まったスパイクのリプレイをスローで流しながら、そのスパイクの時速を表示したり、1セット終わった後に、日本チームはどのエリアにサーブを多く打ったのかマッピングしたりとかもできます。
さらに女子テニスでは、オフィシャルデータサービスとして、WTAトーナメントの中で、今日の試合でどれだけ前で打てているか、押し込まれて後ろに下がっているなどの分析がアプリケーションの中でできて、しかもオンコートコーチングが認められているので、試合中にフィードバックができたりします。
何が言いたいかというと、最初は競技運営のために取っていたデータが、さまざまに活用できるマルチユース化してきていということ。大木さんがおっしゃっていたような、ファンを楽しませるコンテンツやメディアサービスもそうですし、選手自身のパフォーマンス向上にも役立てられますし、もちろん競技運営にも役立つ。そんなふうに、競技フィールドのデータ活用の仕方が広がってきています。
そうなると、スポーツビジネスフィールドでもマーケティングフィールド同様に、お客様のデータを取るためにモバイル会員を導入して、そこでチケット買ってもらって……という流れになっていくと思っています。会員がスタジアムに入ったらお気に入り選手のユニフォームのレプリカの10%OFFクーポンがもらえたりとか。いわゆるデータを使って、ファンサービスもどんどんOne to Oneになっていくんじゃないかと思いますよ。
今はどちらかというと、「お客様をたくさん集める」というのが目的で、今まで来ていなかった人に知らせるマーケティングや、来た人を総じて満足させるための総合的な取り組みが中心だったんですけど、デジタルデバイスを使った会員制度やチケットになってくると、個人の趣向がもっと拾えるようになって、一般のビジネスのマーケティングと同様に、一人ひとりの好みに合わせたいろんなアプローチが、どんどんできるんじゃないかと思いますね。
日本スポーツアナリスト協会代表理事の渡辺啓太氏

点在するデータの統合が、スポーツとマーケティング共通の課題

大木
先日たまたま、地方のプロスポーツ関連の会合に参加させていただいたんですが、そこでお客様が初めて観戦に来た理由を深堀すると、「他人に誘われて観に来たら、自分の方が引き込まれちゃった」というのが大勢を占めていたんですね。そこで、誘う側の人が誘いやすいツールを用意するとか、誘いやすい状況をつくる施策内容とかを、その時に議論してですね。
その時に、あるアイドルグループの話をしたんですが、モバイルメンバー制度というのがあって、コンサートに来たとか、グッズを買ったというアクティビティがわかり、さらに月額有料で自分のお気に入りメンバーを登録すると、そのメンバーから自分宛にメールが来るというサービスがあるんです。そこで、コンサートに来て誰をお気に入り登録して、どんなグッズを買って……といった、その人がどういう体験をしたのかという履歴が全部繋がってくると、コンサートに来た人にいかにグッズを買ってもらうか、いかにもう一回来てもらうか、といったアプローチやメッセージを何通りも想定できるんです。それってもしかしたら、スポーツで特定の選手を応援する動機にも近いものがあるかも、って話をそのときにもしましたね。
渡辺
面白いですね。スポーツ特有のコンテンツ特性として、勝ち負けが生まれるので、来場されている方は当然、自分が応援しているチームが勝ったらハッピーになるし、負けると暗くなってしまう、という部分はどうしてもあります。ただ、それ以外のところでいかに満足度を高めることができるか、来てよかったと思ってもらえる施策ができるかは、今後、いろんなエンターテインメントにあふれる日本社会において、東京オリンピックが終わった後も、スポーツがちゃんとライブエンターテインメントとして魅力を感じていただけるコンテンツであり続けるために、すごく必要なことだと思います。
ただし、そこの部分でいうと、スポーツの場合はまだこれからかもしれませんね。どんなお客さんが来ているかを意外と主催者側知らないというケースも多いです。例えば、やはり男子の試合は20代の女性層が多いよね、というデータを元に、だったら若い女性向けにこういうグッズやプロモーションを考えよう、ということがあまりできない。施策を検討していくためのエビデンスとなるデータがあまりないんです。これはちょっと残念なことですね。
サービスとしては、やっぱりプロスポーツの方が意識は高い。日本でいったらプロ野球とかJリーグ、Bリーグは、お客様にどうサービスするか真剣に考えていますね。企業スポーツがベースになっていると、どれだけお客様に来ていただけたのかをそれほど意識できていなくても、何とかその後も運営できてしまっているというのが難しいところです。これは問題だと思っていて、今後変えていかなきゃならないし、変わっていくと思っています。
大木
データの価値に気づき始めて、今まで外にお任せしていたものを、自分たちで管理して使わないともったいないという流れになってきているんですね。
渡辺
まずは点在しているデータをどう統合していくかが重要な課題ですね。バレー界でも、チケット購買者のデータはチケットプロバイダーが持っていて、グッズはECサイトが持っている。バレーボールファミリーといわれる人たちが、何歳から登録していつからいつまでバレーをやっていて、ここに打てばバレーを応援してくれる、誰か誘ってきてくれる、といった施策をうとうにも、データベースがバラバラにあるんです。早くそれを繋げて、新しい価値を見出していかなきゃなりません。
大木
データを統合するという観点のプロジェクトは最近多いです。物販・他サービスなど多くの領域に取り組む事業会社様の場合は、新しいポイントプログラムを立ち上げて全IDを統合しました。それによって、グループ経済圏の買いまわりや、どこで誰が何をどう買うと最的にLTVが一番良いかなどが、きれいに可視化できるようになったんですね。
某セレクトショップでは、バラバラだったECと実店舗の来客データを繋げて、一定の割合で両方買い回っている、ということが可視化できました。じゃあどうして買い回りするのか、ECだけで完結させていても良いのか、ダメなのか? そのへんの学びをようやく得はじめたところです。マーケティング業界の中でも、このような動きが増え続けています。
渡辺
次はぜひスポーツ界でやってくださいよ。まずはバレーからみたいな(笑)。データを統合して新しい価値を作っていくっていうのは、共通していそうですね。

選手やファンのリアルを支えるデータドリブンへ

大木
ここまでお話を聞いてきて、スポーツにおいても、デジタルとリアルの融合っていうのが、選手にとってもファンにとっても次世代型の世界になっていくんだろうなと感じました。勝ち負けもあるんでしょうけど、スタジアムの体験が全てだと思うので、それを支えるデジタライゼーションであったり、データドリブンっていうところが今後キーになるのかなと。データを活用することで、選手たちの質も上がるし、お客様ももっともっと楽しくできそうだなっていう印象を持ちました。
渡辺
スポーツ界でも、ぽこぽことデータ素材が取れるようになってきて、今度はそれを上手く調理できる人たちのニーズが高まっています。年に一度の「スポーツアナリティクスジャパン」の中で、「スポーツアナリティクス甲子園」という学生限定の分析コンペをやっていて、前回は「Jリーグのデータをもってお客さんを増やすためにはどうしたら良いか」というテーマで分析して、施策提案するっていうのをやったんです。25チームくらいがオリエンテーションに来てくれたんですけど、学生ならではの柔軟な発想がいくつもあって、その中でも優秀なチームは本当に優秀なので、ゆくゆくはそういう人材のリクルーティングの場になっていくんじゃないかと思っています。スポーツ界の中で、そういう人が輩出される仕組みをぜひつくっていきたいですね。
大木
その施策で実際にテストマーケティングできれば、本当に成果があったかどうかでランキングをつけられますね。
渡辺
そうですね。例えば、今回の最優秀チームの特典は、横浜マリノスさんのFRM事業部長にプレゼンできることになっています。学生の頃からそういった分析に興味を持っている人を上手に育てていくことはすごく重要だと思いました。
大木
そういった実証実験的な取り組みはすごくいいですね。とかくデータ活用の大事なところは表にでにくい部分があると思いますが、もしかして今は、こんなことをやったらこんな作用が起きたっていう実験と成果をもっと認知していただくステージなのかもしれないと思っています。それも球団だったり種目だったりをまたいだ取り組みだと、将来のためにもすごく大事なことですね。ぜひ機会があれば、何かの形でご一緒させていただければと思います。
本日はお話を通して、選手にとってもファンにとっても「何が必要なのか?」「何を知りたいのか?」を考えることが重要なのだということを強く感じました。
興味深いお話を、本当にありがとうございました。
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  • 渡辺 啓太
    渡辺 啓太
    日本スポーツアナリスト協会 代表理事 日本バレーボール協会 ハイパフォーマンス戦略担当 シニアアナリスト
    専修大学ネットワーク情報学部在学中に、柳本晶一監督率いるバレーボール全日本女子チームのアナリストに抜擢。世界で初めてiPadを用いた情報分析システムを考案・導入し、眞鍋政義監督率のもと、2012年ロンドンオリンピックでは、28年ぶりの銅メダル獲得に貢献。情報戦略マネジメントのエキスパートとして活躍している。
  • 博報堂プロダクツ データビジネスデザイン事業本部 エグゼクティブデータマーケティングディレクター
    データに立脚した顧客理解を。 目指すは、良質な顧客体験の創出。
    2005年博報堂プロダクツ入社。 データ分析に立脚した戦略設計、施策プランニングから実施・効果検証までワンストップで対応するマーケティングプランナーとして、様々な業界のデータドリブンなPDCAを支援。