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データ・クリエイティブ対談【第12弾】 「データドリブンなサッカー」を実現するために ゲスト:東京大学運動会ア式蹴球部・テクニカルユニットの皆さん
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データ・クリエイティブ対談【第12弾】 「データドリブンなサッカー」を実現するために ゲスト:東京大学運動会ア式蹴球部・テクニカルユニットの皆さん

好評連載「データ・クリエイティブ対談」の第12回は、東京大学のサッカーチームである東京大学運動会ア式蹴球部でデータ分析を担当している「テクニカルユニット」のメンバーをお招きしました。近年、スポーツにおいて各種生体センサーや動画解析などの発展とともに、これまで以上にデータ活用の重要性が増しています。東京大学で進められている「データドリブンなサッカー」に向けた取り組みとは──。

木下 慶悟氏
東京大学
工学部システム創成学科4年

松尾 勇吾氏
東京大学
理学部生物情報科学科3年

篠田 裕之
株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局

データを扱う専門部隊「テクニカルユニット」

篠田
スポーツの世界では、データを活用して試合の勝率を上げたり、選手のパフォーマンスを向上させたりすることを目指す取り組みが進んでいます。今回は、大学のサッカーチームにおけるデータの分析と活用について、東京大学運動会ア式蹴球部のテクニカルユニットのお二人にお話を伺っていきます。僕自身、世界的な大会はロシア、カタールと現地観戦するほどのサッカーファンですので、お会いするのをとても楽しみにしていました。まず、部とユニットの概要についてお聞かせいただけますか。
松尾
東京大学運動会ア式蹴球部は、1918年に設立された部で、現在は100名ほど部員がいます。うち、選手がおよそ60名、それ以外のスタッフがおよそ40名という構成になっています。僕たちが所属しているテクニカルユニットがつくられたのは2011年です。はじめは、選手がスカウティング(相手チームの分析)を兼任するという形でしたが、5年ほど前から専属のスタッフが主体になりました。ユニットの現在のスタッフ数は19人で、その中の10人くらいはチームに深く関わり、残りはスペシャリストとしてデータ分析に当たるといった体制です。
木下
東大ア式蹴球部は、「日本一価値のあるサッカークラブになる」という存在目的を掲げています。テクニカルユニットの役割は、チームの勝利と、サッカー界におけるプレゼンス向上に寄与することです。「日本一のテクニカル集団になる」ことを大きな目標としています。
松尾
テクニカルユニットの具体的な活動は、「試合前のスカウティング」「試合中のリアルタイム分析」「試合後の自チーム分析」の3つで、そのサイクルを、シーズンを通じて回しています。

試合前のスカウティングについては、相手チームの過去のいくつかの試合の映像を見て、戦術などを分析し、監督と相談しながら試合のプランを策定します。それを資料化して映像と一緒に選手にプレゼンテーションするというのがここでの取り組みになります。

試合中のリアルタイム分析は、ベンチにテクニカルユニットの分析担当が1人入り、それ以外のスタッフが試合を撮影して、ベンチにライブ配信で届けるという形で進めます。ベンチ側のスタッフがその映像を監督に見せて、戦術や選手交代のタイミングなどを見極める材料にしてもらいます。また、試合中には全選手にGPS機材を装着してもらい、フィジカルデータを取得します。

さらに試合後には、映像分析のサービスやアプリケーションを活用し、データを可視化して監督や選手にフィードバックします。具体的には、パスの流れ、1つのパスから何人の選手を抜くことができたか、そこからどのくらいのシュートにつながったかといったことを視覚化し、映像と一緒に提示することが多いですね。また、GPS機材で取得した走行距離や疲労度などのデータを選手に提供し、トレーニングにいかしてもらうようにしています。

篠田
なるほど。データ活用の取り組みはいつくらいから始まったのですか。また、最初から今のような体制だったのでしょうか。
木下
テクニカルユニットは10年以上前に設立されたのですが、しばらくの間はデータを取得する仕組みがありませんでした。そこで2年ほど前から自分たちで独自にプログラムを書いて、データを集める取り組みを始めました。チームにはテクニカルユニットのほかにプロモーションユニットという部隊があります。 そのメンバーや僕たちがデータ分析の取り組みを外部に発信したところ、企業がスポンサードしてくださったり、OBから寄付金が寄せられたりしました。そのお金を使わせていただいて、ソフトウェアや機材を導入したというのがこれまでの流れです。それによって、データ取得と分析のインフラがようやく整いました。そのデータをどう加工し、どういかしていくかというフェーズにまさに今入っているところです。

データ分析の結果をどう伝えるか

篠田
Jリーグはシーズンが始まると中断期間を除き毎週試合がありますが、大学のサッカーリーグはどのようなスケジュールになっているのですか。
松尾
4月にシーズンが開幕して、そこから毎週試合があるので、ペースとしてはJリーグと同じですね。ただ、1シーズン20試合くらいなので、トータルの試合数はJリーグほどではありません。
篠田
ということは、かなりタイトなスケジュールでデータ取得からデータの整理、前処理、分析、施策立案をしているわけですね。分析の指標などは、プロチームと共通しているのでしょうか。
松尾
プロチームでどのような分析が行われているかはわからないところも多いのですが、海外のものを含め、メディア記事や論文の情報は参考にしています。とはいえ、どのようなデータを重視するかは指導者によって異なるので、監督やコーチがより強く求めているものにフォーカスしているのが現状ですね。
篠田
監督や選手に分析のアウトプットをフィードバックする際、相手によって分析結果をシンプルに伝えた方がいい場合と、その結果がなぜ導き出されたかを詳しく伝えた方がいい場合があると思います。そのようなコミュニケーションの工夫はしていますか。
木下
まさに、「一番大事なのはフィードバック」というのがデータ分析班の共通認識です。東京大学の学生ということもあってか、データの詳細を知って 自分で納得したい選手が多いという感覚があるので、できるだけ細やかな内容のアウトプットを出しています。さらに具体的には、コミュニケーションツールのSlackに選手一人ひとりの個人チャンネルをつくり、そこに映像やデータをアップして、選手とテクニカルユニットのスタッフ、あるいはほかの選手たちが自由にコミュニケーションできるようにしています。

松尾
難しいのは、データに関する専門的な情報やテクニカルなことを細かく伝えても、理解してもらえない場合があることです。データを分析している僕たちが納得していても、監督やコーチや選手には納得してもらえなければ、チームの改善にデータをいかすことはできません。分析の手法だけではなく「伝え方の手法」を考えていかなければならないと思っています。
篠田
その点はとても共感できますね。僕もマーケティング業務でデータ分析をするときに、「この分析結果は果たしてアクションにつながるのだろうか」といつも考えます。データを具体的な行動につなげるためには、「意外性」と「納得感」のバランスが大事だと思っています。映像を見ただけではわからなかった意外な視点を提示して気づきを与えることと、直感的に薄々感じていたことがやはりデータからみてもそうだったと納得してもらえること。その両方が必要で、「そんなこと言われなくてもわかっているよ」といった当たり前の提案をしても、逆に「全員試合中に20キロ走ろう」というような実行不可能な提案をしても、データから新しい行動を生み出すことはできない。そんなふうに思います。

下の代にスキルを受け継いでいかなければならない

篠田
データ分析に取り組み始めてからのこの2年間で見えてきた成果がありましたら教えてください。
木下
現在のところ、まずは試合の映像を見て、「ここが課題かな」という仮説を立てて、それをデータで裏づけるというのが僕たちが主に取り組んでいることで、それが例えば勝率などの具体的な数値にどう影響しているかまではまだ明らかにはできていません。ただ、シーズン内に1度対戦した相手の分析をデータも用いながらすることによって、2回目の対戦時に注意すべき相手選手を特定したり、有効な戦い方を導き出したりする、といった使い方はある程度実現しています。
松尾
選手のフィジカルデータに関しては、1シーズンを通じてデータをトレースしていくことで、例えば走行距離が伸びているとか、身体レベルが向上しているといったことが明らかになります。その点は選手たちから助かっていると言ってもらえています。

篠田
人材に関しても質問させてください。テクニカルユニットに入ってくる人は、サッカーが好きなのか、データ分析が好きなのか、それともその両方なのでしょうか。
松尾
サッカーが好きで入ってくる人が大半です。高校までサッカーをやっていたとか、サッカー経験はないけれど見るのが好きといった人たちですね。一方、メンバーの半数程度は理系学生なので、学部でデータを扱い方を学ぶことが多いというのもこのユニットの特徴です。そういう意味では、サッカー好きでデータ分析にも興味がある人が多いと言えますね。
篠田
もう一つ、大学はメンバーが年々変わっていくので、データ活用のスキルやノウハウを下の代に受け継いでいかなければなりませんよね。その点の難しさもお聞かせください。
木下
そこはまさに大きな課題だと考えています。僕たちはツールがないところから、自分たちで仕組みを考えて、プログラミング力を培ってきました。現在はツールを導入しているので、下の代のメンバーはそれほど苦労せずに済むと思います。しかしそのぶん、プログラミングを学ぶモチベーションが下がってしまうのではないかと危惧しています。ツールがあるとはいえ、チームにとって使いやすい仕組みをつくっていくには、ある程度自分たちで手を動かすことが必要です。その力をどう身につけていってもらうか。その点をこれから考えていかなければならないと思っています。

日本のサッカー分析を世界レベルに

篠田
今後、データ分析や活用にどのように取り組んでいきたいとお考えですか。
木下
僕は今「「被カウンターリスクを定量化する」というテーマの研究を学部で進めています。ボールを相手チームに奪われたとき、その時点の両チーㇺのプレーヤーの配置をもとに、どのくらい失点の可能性があるかを可視化する研究です。僕が知る限りこのテーマでの先行研究は十分にないので、とてもやりがいがあるのですが、この研究結果をチームに還元しようと思ったときの問題は相手チームの選手の位置座標を計測できないことです。
篠田
相手にこちらのGPS機器をつけ、かつデータも提供してもらうわけにはいかないですからね。
木下
そうなんです。 映像から画像認識技術によって位置座標を取得する方法にチャレンジしたこともあるのですが、まだまだ難しそうです。もし相手のデータを取れるようになれば、チームにも具体的に貢献できるようになると考えています。
松尾
僕はやはり、分析結果を実際の試合にいかして勝利に貢献できる方法を確立したいですね。どれだけデータ分析が高度になっても、それをパフォーマンスに反映させるには別のノウハウが求められます。その課題の解決を目指す場として、大学は非常に適していると思っています。東京大学発の独自の手法を開発していくことがこれからの目標です。
木下
僕たちは長期的な目標として、「日本のサッカー分析を世界レベルに引き上げること」を掲げています。日本のサッカー界はプロも含めて、残念ながらデータ活用で世界に後れを取っているのが現状だと考えています。サッカー界が大学をはじめとする学術機関と連携して、人材を育成しながら、データ分析のレベルを上げていく──。そんな取り組みに僕たちも積極的に関わっていきたいと思っています。
篠田
皆さんのユニットが、まさに「データドリブンなサッカー」を日本で実現する実験場になっていきそうですね。これからの取り組みに期待しています。
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  • 木下 慶悟
    木下 慶悟
    東京大学
    工学部システム創成学科4年
    2000年生まれ、埼玉県出身。2019年に東大ア式蹴球部にプレーヤーとして入部したのち、テクニカルスタッフに転向。対戦相手のスカウティングやデータ分析、サッカーメディアでの記事執筆などを担った。部を引退し2023からはエリース東京FCのテクニカルコーチを務める。
  • 松尾 勇吾
    松尾 勇吾
    東京大学
    理学部生物情報科学科3年
    2000年生まれ、大阪府出身。高校まで選手としてプレーし、2020年に東大ア式蹴球部にスタッフとして入部。主に対戦相手のスカウティングに携わる中で、データを扱う分析にも興味を持ち現在勉強中。今季はユニット長として全体のとりまとめも担っている。
  • 株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
    メディアビジネス基盤開発局
    データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。