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NTT・渡邊淳司×博報堂Humanity Lab 触覚研究のパイオニアがめざす、言葉を越えたコミュニケーションとは
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NTT・渡邊淳司×博報堂Humanity Lab 触覚研究のパイオニアがめざす、言葉を越えたコミュニケーションとは

デジタルやバーチャル、AIが生活に深く入り込み、日常の多くが“画面越し”に完結するようになった今、生活者はあらためて身体性を伴った自分の感覚で得られる体験を求めるようになっています。
本記事ではHumanity Labの金じょんひょん、伊藤幹、伊勢山暁子が、触覚研究のパイオニアであるNTTコミュニケーション科学基礎研究所 渡邊淳司氏と共に、言葉にならない情報を伝えるコミュニケーション・ツールとして触覚の可能性を探ります。

 

命を感じる、触覚

渡邊さんは、心臓の鼓動を音ではなく手のひらの触覚で感じる「心臓ピクニック」や、いろいろなテクスチャーを組み合わせることで言葉を使わずに自己紹介する「触感名刺」といった、触覚を使ったコミュニケーション・ツールを研究・開発されてきました。いろいろな感覚のなかでも触覚を手段にしたコミュニケーションを研究されているのはなぜですか?
渡邊
僕の場合、触覚という感覚自体よりも、触覚によって伝えられるものに興味があるのだと思います。たとえば「心臓ピクニック」のワークショップをしていると、「これは触覚の研究なのですか?」と聞かれることがあります。そう言われてみると、僕は「触覚を伝えよう」というよりも、「一人ひとりの存在や命を伝え、感じあう体験」をつくろうとしているんだなと思います。

視覚や聴覚のメディアであるテレビやラジオは、「みんなに同じものを届ける」ことを主たる目的としていますが、触覚はあえて言うと「その人そのもの」を伝えるものではないかと。たとえば心臓ピクニックが伝える心臓の鼓動は、自分にとって一つしかないものです。だから僕自身の感覚としては、「『人と共にどうあるか』を研究していて、触覚はそのための手段」というのがイメージに近いですね。

なるほど。現在の領域を研究するようになったいきさつを教えていただけますか。
渡邊
大学時代から「人間の心」に興味があり、それがテクノロジーとの関わりでどのように変わっていくのかを研究しようと思っていました。なので、大学院では、その両方が扱えるバーチャルリアリティの研究室を選びました。
博士論文では、点滅する光とサッカードという眼球運動による残像で二次元の絵が知覚される現象について研究しました。アイドルなどのライブで、棒状のLED光源を速く振ると2次元の残像が見えることがあります。私が研究したのは光源を動かすのではなく、逆に固定された光源の前で目が動くことで像が現れる現象です。このように学生の頃は、触覚ではなく視覚の研究をしていたんです。博士課程が終わってから、触覚の領域に進みました。触覚の心理学の研究者は現在でもあまり多くありませんが、当時はもっと少なくブルーオーシャンの領域だったんです。
ブルーオーシャンだとしても、あえて触覚を選んだことには何か理由があったんでしょうか。
渡邊
触覚は比較的「直感が働く」領域だったこともあります。僕はギターのチューニングができないくらい音の違いがわからないんです。味も匂いも違いが分からない。聴覚・味覚・嗅覚はまったくだめでしたが、残った感覚、視覚と触覚を通じた存在感覚はなんとなくイメージがありました。「そこにある」とか、「ここにいる」とかそういう感覚です。
きっかけとしては、博士課程のときに、ダンス公演のサポートメンバーをしていたことがあるかもしれません。ダンサーの動きに合わせてリアルタイムで映像を変化させる技術のサポートをしていました。その時に、舞台にいるダンサーの存在と映像の関係とか、気持ちいい空間配置とか、言葉にならないコミュニケーションのタイミングだったり、わからないながらも必死でアーティストの方々についていこうとした経験が活きているのではないかとも思います。

渡邊さんと伊勢山が、チューブでつながれたボールを握り合い触覚で感情を伝え合う「触覚共有ボール」を体験する様子 

触覚の魅力は、その複雑さにある。

伊藤
一般に「触覚の研究」と聞くと、圧力や温度、質感といった肌の表面で感じる物理刺激、いわゆる五感としての「触覚」の研究が思い浮かびますが、渡邊さんは、たとえば大阪・関西万博にも出展した「ふれあう伝話」では、離れた場所にいる人同士が振動でやり取りをしていたように、単なる感覚の表現だけでなく、それを通したコミュニケーションに主眼を置かれているのが特徴的です。
渡邊
「ふれあう伝話」は大阪・関西万博に来場した人同士、及び関西国際空港と万博会場の人を映像・音声に加えて、振動をやりとりできるコミュニケーション装置です。画面越しに知らない人同士がいきなり話しを始めるのは抵抗がありますが、この装置では、言葉ではなく叩いた振動が伝わり、相手からも返ってくることがコミュニケーションのきっかけになるのです。関西国際空港には海外からもたくさんの来訪者がいらっしゃるので、言葉が通じなくても気持ちを伝えあうという体験ができます。

大阪・関西万博に来場した人同士がつながる「いのちふれあう伝話」(いのち動的平衡館(左)とNTTパビリオン(右)を接続)。 (写真:渡邊氏 提供)

 関西国際空港と大阪・関西万博に来場した人がつながる「ハイタッチでふれあう伝話」(関西国際空港(左)と日本館(右)を接続)。(写真:渡邊氏 提供) 

触覚の魅力のひとつは、複雑なものを複雑なまま伝えることができることです。私たちが気持ちを言葉にして伝えようとすると、簡潔になると同時に必ず何かが抜け落ちてしまいます。一方で、心臓ピクニックや触感名刺の体験では、生きているという実感や複雑な感情をできるだけ言葉を使わないやり方で伝えようとしています。心臓ピクニックで心臓の鼓動を感じた人は、子どもも大人もみんな、触れた瞬間に目の色が変わります。そんな反応を起こせる感覚は他にはなかなかないと思います。
また、感覚と言葉のあいだの表現として、オノマトペについても研究しています。オノマトペの面白さは音の響きが感覚と結びついていることで、「ねばねば」のように最初にNがつくオノマトペが表す触感はやわらかい、「ざらざら」のように最初にZがつくオノマトペの触感は粗いと、音と触感に関係があるのです。

伊勢山
単純に表現できない情報が包含されていることが、渡邊さんが触覚やオノマトペに感じている魅力なんですね。
渡邊
音楽なら音階、色彩なら色相環と、他の感覚には感覚同士の関係を表現する「中間言語」がありますが、触覚にはそれに相当するものがありません。たとえば「さらさら」というテクスチャーと「もふもふ」というテクスチャー、素材同士の関係性やその組み合わせのルールがまだない。そのような触覚における「中間言語」をどうやってつくるのかというのが僕のやってきた研究なんだと思います。
伊勢山
私はデザイナーとして、製品パッケージや書籍のように触り心地があるものだけでなく、Web上のヴィジュアルのような視覚情報だけに基づくものでも、身体全体での感じ方まで含めてデザインしている感覚があります。
ですから渡邊さんが「間」や「伝え方」を研究されている感覚だというのにも納得感がありました。

渡邊
直接触れないヴィジュアルに対しても人は身体を通して反応しますし、おっしゃる通り、感覚を超えてコミュニケーションのフレームワークが存在しているのだと思います。

失われているのは、触覚の「多様性」

伊藤
Humanity Labでは、現代人の感覚についてのアンケート調査を行っています。
その中で、「デジタル化が行き過ぎて、人間として大事な感覚・感性が失われている」と思っている人が4割にのぼることが明らかになりました。さらに「現代社会で最も失われていると思う感覚」は何だと思うか訊ねたところ「触覚」と答える人が43%と最も多かったんです。

物体に触る機会自体が大幅に減ったわけではないとも思うのですが、多くの人が「触覚が減った」と感じているというのはとても面白い結果だと思います。この結果を渡邊さんはどう思われますか。

渡邊
ものに触れる機会はあるにしても、そこで感じる触感の多様性は減っているんじゃないでしょうか。人工物ばかりというか、身の回りにある触感のバリエーションの数が減っているというのもありますし、また、危ないものや、触れるにあたって気を遣う必要があるものも減っていますよね。
伊勢山
たしかに、身の回りからざらつきのような触覚の種類がなくなってきている感じがありますし、学校の建築も、角丸加工が増えるなど子どもが怪我をしないように設計されるようになっていますね。
どんどん暮らしやすく、安全になってきたことで、触覚を気にしなくなっているかもしれないですね。あらゆる触覚が「つるつる」や「さらさら」に収斂されている感じはします。やはり触覚の多様性はあったほうがいいでしょうか?

渡邊
たくさんのボキャブラリがあるほうが、触感の違いを味合うことができます。また、そこから「私にとってざらざらよりさらさらのほうが心地よい」という自分の嗜好を知ることもできるでしょう。自分の触覚世界のなかにたくさんのボキャブラリがあり、自分との関わりの中でその違いを感じ取れることが大事だと思います。もちろん、これは触覚に限らず、あらゆる感覚に言えることでしょうし、違いがわからないというのは生存戦略としてもよくないですよね。
伊藤
同じ調査の「あなたはどのような瞬間に『心の豊かさ』を感じますか?」という質問に対しては、たとえば「山で視覚で癒やされて、嗅覚で自然を感じ、触覚で水の冷たさを感じた」のように五感を複合的に使って感じている答えが多くありました。こういった複合的な感覚は「空気を肌で感じる」「鳥肌が立つ」など触覚で表されていることが多い気がしますね。
渡邊
たとえば「粘着質な人」「頭がやわらかい人」というように、性格を表す言葉も触覚の言葉を使うことが多いですし、触覚の言葉は「感覚を超えた印象」を表現できるのかもしれませんね。

重さ・周波数・ベクトル…肌触りの豊かな触覚体験

伊勢山
Humanity Labで開発を進めている「HUMAN TEXTURE」は、人の肌のテクスチャーには心を穏やかにする力があるのでは?という考えをもとに開発しました。公開実験を行い実際に触ってみた感想をもらったところ、「穏やか」以外の感情もつくり出せることが示唆されていて、豊かな可能性を感じています。実際に触ってみて渡邊さんはどう感じられますか?

渡邊
テクスチャーに触れるときは、その触り方も考慮するとよいですね。僕の場合、片手の指先で触れると、指先だけに振動が集中して対象物の「質感をスキャンする」感覚ですが、両手で持って両手で振動を感じると「対象物全体のイメージ」を把握したり、その形や構造にも意識が向きやすくなります。
「HUMAN TEXTURE」の5種類のテクスチャーの中でも、違いがあって面白いですね。「かかと」のテクスチャーは粒々があって抵抗感があるけれども、大きさにもよりますが、指の動きを妨げない「重たいけれど前向き」な印象です。ゆっくり落ち着きたいときに欲しい感覚ですね。「くちびる」も抵抗感を感じますが方向性を持っていて、「ある方向に向かう力のベクトル」を強く感じます。この2つは、指先の物理的な抵抗が、心理的な抵抗として感じられている感覚があります。
「指先」のテクスチャーは指紋に対して垂直方向になぞると自分の指の皮膚が「一定の周波数で揺れる」ことで衝動を引き起こす感じがあります。逆に水平方向になぞると、指紋間が狭いテクスチャーだと「すっ」と指が動くのですが、間隔が広いとテクスチャーに沿って指が揺らされている感じがして「むむっ」と不快感を感じます。

「指先」のテクスチャー 

伊勢山
私がこのテクスチャーを作った時は「肌触り」という一言で捉えていました。けれどもそれを渡邊さんは「重さ」「周波数」「ベクトル」と細分化して表現されていて、触覚が持つ要素をたくさん教えていただけました。同じモチーフのテクスチャーでも模様の間隔が広いと「むむっ」、狭いと「すっ」というように全然違うオノマトペの表現になるのも面白いですね。
伊藤
実際の触感に加えて「人の皮膚テクスチャーをもとに作られている」というストーリーも、テクスチャーに新しい意味や豊かさをもたらすと考えています。

渡邊
今回のテクスチャーは「○○さんの皮膚」という個人ではなく、「ヒトの皮膚」として一般的なものとしてつくられていますよね。触覚はコンピュータグラフィクスでいうところの「ポリゴン」、つまり骨組みのようなものですから、その上にどんなヴィジュアルや物語を付け足すかで全く意味が変わってきます。たとえば赤ちゃんの写真を置いて、くちびるに矢印を延ばして「ここをテクスチャーにしました」とするだけでも印象が変わるかもしれません。
伊藤
なるほど。応用可能性として「大切な人の手のテクスチャーです」とすると意味が生まれそうですね。たとえば子どもが生まれた時に記念として型取りしたり。
渡邊
それはいいですね。2歳のときのテクスチャーと5歳のときのテクスチャーが残っていて、比べられたら面白い。
伊勢山
触覚の思い出はなかなか残しづらいですから、そういった方法で活用できるといいですね。
伊藤
触覚は人と人の間の複雑な感情・感性を伝えるコミュニケーション材料にもなることがとてもよく理解できました。また、刺激から来る直接的な感情だけでなく、ストーリーや意味を内包した様々な情報を伝える1つのフレームとして、「触覚のデザイン」には深大な創造性と応用可能性を感じました。

 ※肩書は取材当時のものです

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  • 渡邊 淳司
    渡邊 淳司
    NTT株式会社 上席特別研究員
    人間の触覚のメカニズム、コミュニケーション、情報伝送に関する研究を人間情報科学の視点から行う。触覚や身体感覚を通じて、自身の在り方を実感し、人と人との共感や信頼を醸成することで、様々な人のウェルビーイングが実現される方法論について探究している。Ars Electronica Prix審査員、文化庁メディア芸術祭(アート部門優秀賞受賞)、日本基礎心理学会「心の実験パッケージ」開発研究委員会委員長等、美術館や科学館での表現・体験領域の設計にも携わる。活動は、研究領域にとどまらず、学校現場でのワークショップ、政策提言への関与など、学術と実社会をつなぐ活動も積極的に行う。ウェルビーイングの教育分野にも関わり、ウェルビーイング・コンピテンシーの育成について取り組んでいる。WELL-BEING TECHNOLOGY 展(2024~)実行委員長。ウェルビーイング学会 理事。近著に、『ウェルビーイングのつくりかた』(2023 年・共著)、『<わたし>のウェルビーイングを支援する IT サービスのつくりかた』(2024 年・監修)。『ウェルビーイング・コンピテンシー 学びの現場にウェルビーイングを取り入れるための考え方と実践方法 』(2025年・共著)
  • 博報堂生活者発想技術研究所/Humanity Labリーダー
    2024年より生活者発想技術研究所。研究・技術にクリエイティブをかけ合わせ、新たな体験を創造する業務をメインに従事し、プロダクトやサービス、研究開発を幅広く取り組む。書くを楽しむボード「Write More」やビールのおいしさを増幅させる音楽「CROSSMODAL : BEER」、呼吸するクッション「fufuly」などを開発。CES Innovation awardsを始め、Innovative Technologies、d&adなど、国内外で受賞多数。日本バーチャルリアリティ学会理事。
  • 博報堂生活者発想技術研究所/Humanity Lab
    2001年 武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科卒・博報堂入社 アートディレクターとして、化粧品や自動車メーカーをはじめ、幅広い業種のヴィジュアル開発に携わる。ブランド・イノベーションデザイン局では、ブランディング業務と並行して、ワークショップを重ねながら共創型デザインを実践し、プロジェクトに伴走するクリエイティブのあり方を探求。現在は生活者発想技術研究所に所属し、「感覚」をテーマに、美しく豊かな体験の設計に取り組んでいる。受賞歴にLondon International Awards、ACC賞など。
  • 博報堂生活者発想技術研究所/Humanity Lab
    2017年 東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、博報堂入社。ストラテジックプラニング職として企業のマーケティング戦略やコミュニケーションプラニング支援に従事し、2025年より現職。生活者や社会の幸福・ウェルビーイングをテーマに、「豊かさ」の研究やソーシャルプロジェクト開発・運営を行う。共著に『SBNRエコノミー 「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』 。ACC Creative Innovation部門受賞。ウェルビーイング学会員。

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