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データ・クリエイティブ対談【第13弾】 分子調理学から3Dフードプリンタまで。食を科学するとは(前編)ゲスト:宮城大学 石川伸一教授
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データ・クリエイティブ対談【第13弾】 分子調理学から3Dフードプリンタまで。食を科学するとは(前編)ゲスト:宮城大学 石川伸一教授

さまざまな領域のプロフェッショナルと「データ」や「クリエイティブ」をテーマに語り合う連載『データ・クリエイティブ対談』。
今回は、「食」をサイエンス、アート、デザイン、エンジニアリングとクロスさせて多角的に研究する石川伸一教授をたずね、宮城大学におじゃましました。レシピサイトのビッグデータをもとに、食の嗜好分析も行うデータサイエンティスト篠田裕之が、「食」をテーマにお話をうかがいます。

石川伸一氏
宮城大学 食産業学群 教授

篠田裕之
株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局

おいしさのメカニズムを解明したいというニーズが生まれたのは、ここ10年、15年

篠田
本日は研究室までおじゃまさせていただきありがとうございます。
僕は広告の分野で、食品メーカーのPRや新商品開発、食を用いた観光施策、テレビ番組の企画などで食にまつわるデータ解析をしています。扱うデータはレシピデータから生体データ、また解析手法は自然言語処理や画像処理など多岐にわたります。食に関するデータ分析を行っている中で、分子調理はじめ食に関して最先端の研究を行っていらっしゃる石川先生にぜひお話をお聞きしたくうかがいました。まず、先生はなぜ分子調理学の分野に進まれたのか、バックグラウンドを教えていただけますか?
石川教授(以下石川)
私は福島県で生まれて、実家が農家ということもあり食が身近な環境に育ちました。大学も東北大学の農学部で学び、はじめは食の健康機能に興味があって、機能性食品に関する研究をやっていたんです。でも、2011年の震災で被災したときに、機能性食品は売れ残り、普通の食べ物がなくなっている状況を目の当たりにしました。自分自身も、「おいしいものが食べたい」「いつも食べているものが食べたい」という心境になった。その経験から、よりおいしいものをつくる科学や技術に関心が移っていったという経緯があります。
篠田
先生が大学で学んでいた頃から分子調理学という学問はあったのでしょうか?
石川
調理というのは経験則の分野なので、どうしたらおいしくできるかというメカニズムの研究は農学系の学問としてはあまり行われていませんでした。でも、ここ10年、15年、世の中的に科学が重要視されるなかで、おいしさのメカニズムを解明したいというニーズが企業や一般の方からも出てくるようになりました。それまで研究をしている人も少なかったし、自分も興味があったので料理研究の分野に移行していったという流れです。

篠田
調理科学というのは、料理分野の人と科学分野の人、どちらから波が起こったものなのでしょう?
石川
両側からでしょうね。料理分野でいえば、スペインの「エル・ブジ」のシェフ、フェラン・アドリアは、実験室にあるような装置を使ってこれまでにない驚くような料理をつくるというアプローチをしていますし、逆に科学者が学生に数学や物理の法則を説明するとき、お肉を焼いたり調理をして説明したというのが1990年代後半くらいにははじまっていたといいます。
篠田
先生のところにはレストランや食品メーカーからのご相談も多いと思いますが、どういった依頼が多いのですか?
石川
企業が困っていることを科学的に明らかにするということが多いですね。たとえば、ソフトクリームミックスをつくるとき、まったく同じ材料を使っているのに、ベテランの職人さんが混ぜるといい感じにできあがるのに、新人さんだとうまくいかない。そのメカニズムはなんなのかを明らかにするといったご相談です。数年くらい時間をかけて、じっくり取り組むことが多いです。

人が食を選ぶ理由はそれぞれ。十人十色どころか「一人十色」だからむずかしい

篠田
僕の業務では、たとえばデータから生活者の食の好みや食生活を分析したうえでこういう売り出し方はどうですか?こういう新商品のレシピ開発はどうですか?とご提案するのですが、他の業種のデータ分析以上に、こと食に関しては「意外性と納得感のバランス」がすごく難しいなと思っていて。データから素直に読み解くと、ともすれば当たり前の提案になってしまうし、奇抜すぎると受け入れられない。石川先生も著書で「食に対する好奇心と恐怖感」と表現されていましたが、先生が新しい食を提案するときに気をつけていらっしゃることはありますか?

石川
新しいものへの恐怖心と好奇心という相反する心理構造が共存するのは、食の心理学でもたしかにあって、それはベースの考え方。食品メーカーの人にもよく話すのですが、新しいものを発売するとき、どれくらい新奇性をのせるのかといえば、1%か2%ぐらいでしょうね。10%も新しさを加えると一般の方は受け入れられないものなので、ほんのちょっと変えるくらいでちょうどいいんです。
篠田
以前ある食品メーカーとの取り組みで、10種類のフレーバーがある商品を生活者ごとにパーソナライズしてサイト上でレコメンドしたいというオーダーがあって。個々の生活者のレシピ閲覧傾向の推移や普段の興味関心、デモグラフィック情報などのデータから推測した食の好みに合わせてフレーバーを出し分けるというプロモーションなんですが、食の好みの予測精度を上げることよりも、生活者に対してサイト上で提示する「なぜこのフレーバーが自分におすすめされたのか」、というレコメンドの納得感をつくることがむずかしかったんですよね。
石川
食を選ぶ理由はそれぞれですからね。
好きなカレーの話をしたとしても、風味が好きという人もいれば思い出と結びついている場合もあったり、個人の選ぶ基準にすごく幅がある。さらに、同じ一人の人間の中でも、食べたいものはいつも同じなわけじゃなくて、食に関しては十人十色を超えた「一人十色」だと私はよく言っています。
篠田
文化やライフスタイルによっても変わりますよね。以前、とあるテレビ番組の企画で東京と福島でのラーメンに関するSNSのつぶやきの分析をしたことがあるのですが、東京では「締めのラーメン」、福島では朝食に食べる「朝ラー」に関するつぶやきが多いという結果になりました。

また、調理されたものだけではなく、食材そのものに対するイメージも人それぞれだと思います。僕が大学院生時代、オランダからの留学生が甲殻類を食べることができないと言っていて、理由をきくとアレルギーでも宗教上の理由でもなく「虫に似ているから」という。食材に対するイメージというのは千差万別ですよね。先生は昆虫食関連の研究もされていますがいかがですか?

石川
やはり食経験のないものを取り入れるのはむずかしいなという印象はありますね。これから需要がぐんぐん伸びるということはなくても、なくなることもないと思います。食べる人は食べるし、食べない人は食べない。
篠田
やはり恐怖心に近いのかもしれないですね。昆虫食のなかではやはりコオロギがよく扱われていますか?
石川
雑食なので圧倒的に育てやすいというのがあります。未来のタンパク質源としては非常に有用性があるのですが、なにせ虫嫌いですとね(笑)。
篠田
先生が、食べたことはないけれど食べてみたいものってありますか?
石川
食べ物にものすごく執着する人間なので、これってどんな味なんだろう?と思うことはよくありますね。たとえばザラザラした壁があったとき、これってどんな食感なんだろうみたいな。実際に舐めたりはしないですけど(笑)。食べ物じゃないものの食感を想像することはよくあります。

後編へ続く

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  • 石川 伸一氏
    石川 伸一氏
    宮城大学 食産業学群 教授
    東北大学農学部卒業。東北大学大学院農学研究科修了。日本学術振興会特別研究員、北里大学助手・講師、カナダ・ゲルフ大学客員研究員(日本学術振興会海外特別研究員)などを経
    て、現在、宮城大学食産業学群教授。専門は、分子調理学。関心は、食の未来学。
  • 株式会社 博報堂DYメディアパートナーズ
    メディアビジネス基盤開発局
    データサイエンティスト。自動車、通信、教育、など様々な業界のビッグデータを活用したマーケティングを手掛ける一方、観光、スポーツに関するデータビジュアライズを行う。近年は人間の味の好みに基づいたソリューション開発や、脳波を活用したマーケティングのリサーチに携わる。

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