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【連載 Creative technology lab beat Vol.2】 「クリエイティブ・テクノロジスト」が生み出す新しい生活者体験
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【連載 Creative technology lab beat Vol.2】 「クリエイティブ・テクノロジスト」が生み出す新しい生活者体験

「クリエイティブ×テクノロジー」によって新しい価値を生み出すことを目指す博報堂DYグループの横断型組織「Creative technology lab beat」。その取り組みを紹介する連載の第2回をお届けします。今回は、早い時期から「クリエイティブ・テクノロジスト」として制作に先端技術を取り込む活動を続けてきた松﨑健に話を聞きました。
beatのソリューション開発を担う松﨑が考えるクリエイティブとテクノロジーの融合のあり方とは──。

第1回はこちら

木下 陽介
博報堂DYホールディングス
統合マーケティングプラットフォーム推進局 局長
博報堂テクノロジーズ マーケティングDXセンター 副センター長
テクノロジスト

松﨑 健
博報堂DYメディアパートナーズ クリエイティブ&テクノロジー局
クリエイティブ・テクノロジスト

クリエイティブ・テクノロジストの役割とは

──松﨑さんの職種は「クリエイティブ・テクノロジスト」とのことです。
これはどういった役割をもった職種なのでしょうか。

松﨑
文字どおり、クリエイティブとテクノロジーを融合させて価値創出を目指すのがクリエイティブ・テクノロジストの役割です。僕はもともと博報堂のマーケターだったのですが、2000年代後半にニューヨークに出張した際、ソーホーのクリエイティブブティックを訪ねて衝撃を受けたことがありました。そのブティックでは、クリエイティブディレクターとテクノロジストが一緒に働きながら、広告やプロダクトを制作していました。当時としてはかなり斬新なスタイルで、このやり方を博報堂DYグループにも取り入れられないかと考えました。

帰国後、テック企業や大学の研究所との連携を進め、博報堂DYメディアパートナーズにきてからは、本格的にテクノロジーを活用した制作に取り組むようになりました。そこからですね、クリエイティブ・テクノロジストという職種を名乗るようになったのは。

──いわゆるエンジニアではないでのすね。

松﨑
ええ、エンジニアではありません。オーダーに応じて自らの手で何かをつくるのがエンジニアだとすれば、僕の仕事は、クリエイティブやテクノロジーを理解したうえで、社外のテック企業などとの協業モデルをつくって、そこから新しい価値を生み出していくことです。
木下
現在では、博報堂DYグループとテック系スタートアップとの協業はよく行われていますが、当時の松﨑くんの取り組みはかなり先駆的なものでした。その経験や知見をCreative technology lab beat(以下、beat)で生かしてもらうために、メンバーになってもらいました。beatの中では、僕がブランデッド領域、前回の対談で話をした柴山大さんがパフォーマンスクリエイティブ領域、松﨑くんが先端クリエイティブ領域でそれぞれリーダーの立場を担っています。

──これまで松﨑さんは具体的にどのようなことを手がけてこられたのでしょうか。

松﨑
最初に手掛けたのが「3Dホログラム」という空間に映像を投射する技術でした。映像は実際には平面上に映っているのですが、錯覚を利用することで物体や人物を立体的に見せる技術です。欧米で本格的に使われ始めたのは2010年代の前半くらいからで、この技術を手がけているロンドンの企業と協業してさまざまなことに取り組んできました。

──3Dホログラムにはどのような用途があるのでしょうか。

松﨑
海外では、マイケル・ジャクソンが亡くなったあと、ステージ上にマイケルの姿を再現する試みが話題を呼びました。そういったエンタテインメント領域のほか、遠隔で海外の国際会議に参加したり、ライブイベント等の興業で映像を投射するなど、さまざまな使い方があります。

3Dホログラム以外の取り組みとしてご紹介できるのが「デジタルヒューマン」です。撮影した映像とCGを組み合わせることによってバーチャルに人の動きや表情を再現する技術で、これも例えば亡くなった歌手の姿を再現して、歌や踊りの自然な表現を生み出すことが可能です。エンタテインメント分野での活用ができないか、現在模索しているところです。

映像を高解像度化する「H-AI UpRes」
静止画から動画を生成する「H-AI NARRATIVE」

──beatではどのようなソリューションを手がけられているのですか。

木下
beatはこれまで、AIをクリエイティブやマーケティングに活用するソリューション群である「H-AIシリーズ」を開発してきました。H-AIシリーズには、現在のところ7つのソリューションがあります。そのうち「H-AI UpRes(アップレゾ)」と「H-AI NARRATIVE」を担当したのが松﨑くんです。

──「H-AI UpRes」についてご説明ください。

松﨑
AIを使って映像を高解像度化するソリューションが「H-AI UpRes」です。2010年代後半から、過去の映画作品のリマスターに各社が取り組むようになったのですが、その作業には非常に長い時間とコストがかかっていました。しかし近年になって、AIを活用することで効率的に映像の解像度を上げることができるようになってきました。「H-AI UpRes」には、イスラエルのスタートアップが開発した高解像度化の技術を活用しています。

用途として考えられるのが、例えば過去のCM映像の4K化です。古いCMを4Kクオリティにアップグレードして、新しい映像と組み合わせることで新感覚のCMをつくり出す。そんな活用の仕方があると思います。システムによって、比較的簡単な操作で高解像度化を実現することが可能です。

──「H-AI NARRATIVE」についてもお聞かせください。

松﨑
静止画から動画を生成するディープフェイクという技術を使って、生活者の画像を動画の中に組み込むことを可能にするのが「H-AI NARRATIVE」です。これもイスラエルの別のAIスタートアップとの協業によって生まれたソリューションです。

「ナラティブ」とは物語のことですが、マーケティング用語としては「生活者が主体となるストーリー」を意味します。CM、ドラマ、ミュージックビデオ、ゲームなどの映像の中に生活者が入り込んで、その世界観を自分ごと化していく。それが「H-AI NARRATIVE」のコンセプトです。

──静止画を用意するだけでそれが実現するのですか。

松﨑
そうです。一枚の静止画をもとに、AIが類推によって表情をつくっていきます。笑ったときの口の中の様子も表現されます。画像を動画に組み込むのに要する時間は、数秒から30秒くらいです。

──マーケティングの用途としてはどのような使い方が考えられますか。

松﨑
例えば、CM映像と生活者の生成映像を組み合わせて、タレントと生活者が一つの映像の中で「共演」することで、これまでにないキャンペーン体験が可能になると思います。また、イベント会場に入るときに参加者の写真を撮って、イベント中にその写真から生成されたストーリー映像をモニターに流すといった使い方もありそうです。
木下
映像を使ったユーザー参加型のプロモーションを実現できるのが「H-AI NARRATIVE」の価値であると考えられます。生活者にブランドの世界観の中に入り込んでもらって、その体験を自分なりに表現しSNSで拡散してもらうといった展開もありうると思います。

もちろん、このソリューションをたんに使うだけでは有効なプロモーション施策にはなりません。ブランドの世界観と生活者の体験がうまくフィットするようなUIやUXをつくっていく必要があります。つまり、テクノロジーだけではなく、ユーザーが参加する動機づけをサポートしていくためのクリエイティビティが求められるということです。

生成AIにどう向き合っていくか

──現在、「ChatGPT」を始めとする生成AIが話題を集めています。クリエイティブ・テクノロジストとしてどう生成AIに向き合っていくか。お考えをお聞かせください。

松﨑
「H-AI NARRATIVE」にも生成AIの技術が使われています。生成AIを活用する際に重要なのは、AIに読み込ませるデータの取り扱いであると考えています。個人情報、企業情報、著作権、肖像権──。それらの扱いに細心の注意を払って、トラブルが起きないようにすること。そのうえで、生活者に魅力的なサービスを届けていく工夫をすること。それが僕たちの役割だと思います。
木下
今後、AIを活用する際のガイドラインをいろいろな企業がつくっていくことになると思います。僕たちもクライアントやコンテンツホルダーの皆さんとおつき合いする中で、AIとの向き合い方をしっかり話し合っていく必要があります。

最近ニュースで見た油絵画家のコメントが非常に示唆的でした。生成AIはクオリティの高い絵を短時間で大量生産することができる。しかし人間の場合、プロの画家でも通常一点の絵を描くのに最短で一週間はかかる。その時間の中で、描き手は絵に「想い」を込める。しかし、AIが生成する絵に「想い」はない。その「想い」の有無が人間とAIの違いである──。そんなことを油絵画家は語っていました。

いくぶん情緒的な話でありますが、とても大事な視点だと僕は思いました。伝えたい想いがあって、それを実現するために生成AIを使う。そのようなスタンスを明確にすることによって、生成AIの活用は社会的に許容されていくことになるし、逆に、何を伝えたいかが不明瞭なままに生成AIに自動で作品をつくらせるという行為は人々に共感されないと思います。現在は、人間とAIがどのようなバランスで共創していけばよいかの役割が定まっていく過渡期なのではないでしょうか。

──いかに人々の心を打つ(beat)ためにAIを使うか。そういった視点が求められるということかもしれませんね。そのモデルを博報堂DYグループが率先してつくっていくことが必要ではないでしょうか。

松﨑
そう思います。現在も、サービス開発や制作のプロセスで倫理チェックをする仕組みを整備していますが、AIを活用する場合は、そのような仕組みを今まで以上にしっかりつくっていく必要があります。また例えば、肖像権や著作権の保護という観点から、AIに読み込ませてはいけない写真や作品を自動的に防御するといったシステムづくりも必要になるかもしれません。多少お金がかかっても、取り組む意義は大いにあると思います。
木下
生成AIの活用によるポジティブな成果を生み出していくことも僕たちの役割だと思います。すでに業務効率化の事例はいくつも生まれていますが、beatが目指しているのは、クリエイティブの付加価値を高めていくようなAI活用です。僕たちがクリエイティブにおける生成AI活用の成功モデルを積極的に提示することによって、議論が活発化していけばいいと思っています。

──AIのリスクを強調するだけでなく、ポジティブな活用法を考えていこうということですよね。

松﨑
生成AIを上手に活用することによって、人間のクリエイティブ力が高まることは間違いありません。AIを使いこなすスキルを高め、可能性を追求しながら、同時にリスクヘッジもしていく。そんな構えが求められるのだと思います。

生成AIの時代に即したチーム組成のスキルを

──テクノロジーを使ってクリエイティブを生み出していくに当たって、今後とくに大事にしたいことをお聞かせください。

松﨑
生成AIの活用シーンが広まっていくと、クリエイティブが大衆化していくことになります。誰もがある程度の「作品」を生み出せるようになっていくということです。その中で、僕たちがプロフェッショナルとしてクオリティの高いものを世に出していくためには、「チーム力」が必要になると僕は考えています。AI技術の開発力や運用力をもった国内外のプレーヤーと最適なチームを組成することによって、優れたアウトプットを生み出すことができるはずです。そのためには、従来の広告クリエイティブのスキルとは異なる新しいスキルが求められると思います。生成AIの時代に即したチーム組成のスキルを継続的に磨いていく。そんな姿勢を大事にしたいと思っています。
木下
ものをつくるという意味でのクリエイティブだけでなく、それが世に出たときにどのような価値を生み出すか、それがどうビジネスとして成立するかといったところまでを考えてデザインする力が今後はより求められるようになる気がします。それがクリエイティブ・テクノロジストの要件になるし、松﨑くんにはその力があると思います。

──では最後に、beatという枠組みの中で成し遂げていきたいことをお聞かせください。

松﨑
beatが目指しているのは、「テクノロジー×クリエイティブ」によって今までになかった表現や体験をつくり出していくことです。これは僕がやりたいことと完全にシンクロしています。beatでの取り組みを続けていくことが、まさに僕自身が目指しているキャリアにつながる。そう思っています。

もう一つ、業務の効率化にもぜひ取り組んでいきたいですね。広告制作業務は、どうしても労働集約型になる傾向があります。そのやり方だと、こなせる業務量が限られてしまいます。テクノロジーの力で制作業務をサポートすることで効率化を実現し、同時にこれまでになかった表現を生み出していく。つまり、ワークスタイルとクリエイティブの両方の質を上げていく。そんな取り組みを進めていきたいと考えています。

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