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生成AIで変わる生活者の情報探索行動 ―プラットフォーマーや広告ビジネスに求められる変化とは 【東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授 柿原 正郎氏】
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生成AIで変わる生活者の情報探索行動 ―プラットフォーマーや広告ビジネスに求められる変化とは 【東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授 柿原 正郎氏】

Chat GPT の登場をはじめ、日進月歩で進化を遂げる「生成AI」。
インターネットやスマートフォンが社会を変革したように、生成AIも過去に匹敵するパラダイムシフトを起こし 、広告やマーケティングにも大きな影響を与えると言われています。生成AIはビジネスをどのように変革し、新たな社会を切り拓いていくのか。

博報堂DYホールディングスは生成AIがもたらす変化の見立てを、「AI の変化」、「産業・経済の変化」、「人間・社会の変化」 の3つのテーマに分類。各専門分野に精通した有識者との対談を通して、生成AIの可能性や未来を探求していく連載企画をお送りします。

第8回は、デジタル環境におけるユーザーの情報探索行動を研究する東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科の柿原 正郎教授に登場いただきます。検索エンジンが普及してきた過去から考えるべき生成AIのあり方や役割について、生成AIも含めた先進技術普及における社会的枠組みの整備・事業活用に多くの知見を持つクロサカ タツヤ氏とともに、博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センター室長代理の西村が話を伺いました。

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柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授

クロサカ タツヤ氏
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授
株式会社 企(くわだて) 代表取締役

西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター室長代理
株式会社Data EX Platform 取締役COO

生活者の情報探索の初手は、検索エンジンからSNSへ

西村
生活者の情報取得行動・購買行動は、検索の時代からSNSの時代、そして動画の時代へと変化を続けてきました。柿原先生はこれまで国内外の大手デジタルプラットフォーマーにお勤めでしたが、その目線で見たときの課題についてはどのような認識をされていたのでしょうか。
柿原
2000年代初頭は、各社ともモバイルへの対応も進めてはいたものの、まだ大部分のサービスはPCベースでの提供が中心で、事業者側も「モバイルでできることは、あくまでガラケーの延長線上に過ぎない」と考えていました。それが2008年以降、スマートフォンの急速な普及にともない、モバイルアプリ市場におけるエコシステムの発展や将来性が急速に注目されるようになりました。事業者だけではなくさまざまなサードパーティや一般ユーザーがモバイルアプリをリリースできる環境が提供されるなど、エコシステムの広がりを肌で感じられる時期だったわけです。こうした流れのなかで、大手プラットフォーマーもモバイルファーストを打ち出し、スマホ対応を急ピッチで進めていきました。さらに、2000年代後半からSNSが一気に社会に浸透していったことで、 生活者の情報取得や探索の仕方なども変わってきたのです。SNSを使うユーザーの動機として、当初はSNS上では友達同士が繋がってたわいもない雑談や趣味の話をするだけかと考えられていましたが、それだけではないことが徐々にわかってきて、世の中に一気に浸透していったわけですね。

そんななか、私が個人的に長年追いかけているのが「デジタル環境における生活者の情報探索行動」です。スマホとSNSの普及によって、人の情報探索行動がどう変わっていくのか。それに対して事業者は何を提供しなければならないのか。そして、生活者はどういった心構えでサービスを利用しなければならないのか。また私が大手プラットフォーマーに在職していた当時は、“ググらない若者”という言葉が象徴的に示しているように、“何かを情報収集する際にウェブ検索しないユーザー“が増えているのではないかということが、プラットフォーマーの課題認識として広がりつつあった時期でもありました。その“ググらない若者”の存在の真偽を確かめるという目的も含め、若者への調査を中心に情報探索行動の分析をかなり深くやっていましたね。

西村
SNSに対する当初の捉え方が“ユーザーはたわいもない話をしている”という観点は興味深いと思いました。当時は、何かを知りたくて情報取得するための検索行動があり、その一方で、たわいもない話をする場としてのSNSがあった。次第に検索しなくなってきたことで、SNS自体の役割も変わってきたということなのでしょうか。
柿原
その点については、そもそも人はなぜ情報を得たいと思うのか。そこにある動機やモチベーションに関わってくる部分だと考えています。検索エンジンは、すでに何かのテーマやトピックに対して“知りたい”という動機を持っている人が、PCやスマホで検索エンジンを開き、検索キーワードを打ち込んで得られた検索結果から情報を取得する、というユーザー行動を前提にしているサービスです。しかし人は、情報を取得する際の目的や問題意識をいつもしっかりと持っているのでしょうか。
スマホを手にしている時間の大部分は、何かを知りたいという意識を持っているわけでも、検索キーワードを頭に思い浮かべているわけでもないという人は多いと思います。言ってしまえば、SNSで自分用に自動生成されるフィードを眺めながらスワイプしていくなかで、特に目的意識も持たないまま情報を取得し、それを消費して、何らかの認知や理解が頭の中でされていくわけです。それも人間の生活においては非常に重要な情報取得のひとつですし、何ならユーザー自身も気づいていないかもしれない。でも、そうした何気ない情報取得の行動こそ、いろいろな意思決定や問題認識に多大なインパクトを与えていると思っています。

現代社会のメディア環境を考えてみても、新聞やテレビの普及のプロセスと同じように、 いつの間にか人々の情報取得のプロセスに“無意識にSNSをチェックする”という行動が埋め込まれていっていると感じています。ユビキタスコンピューティング(社会や生活のあらゆるところにコンピューターが存在し情報にアクセスできる環境をあらわす概念)の祖として知られるマーク・ワイザー氏の、「最も意味深い技術は消えて見えなくなってしまう技術だ」という言葉を大学院生の時に知って、まさに言い得て妙だなと思って、それ以来私の研究の指針になっています。技術が消えて見えなくなるというのは、それ自体がなくなってしまうのではなく、人々の生活や意識の中に深く埋め込まれていき、本当に誰も気がつかないくらい、自然に浸透していくプロセスこそが技術の普及の本質だということです。そういった「デジタル技術が消えていくプロセス」に私もすごく関心があり、そのプロセスの中で起こる人間の行動や意識の変化をずっと研究しているのです。

以前実施した若者への調査では、多くの人が情報探索の手段としてもっとも利用しているものとしてSNSを挙げました。ですが、そこからより深くヒアリングしていくと、実は検索エンジンもかなりの頻度で利用していたことがわかりました。多くの若者には“検索エンジンを使っている”という認識自体はないものの、SNSからの日常的な情報取得を通じて形成された認知や理解のプロセスのなかで、気にも留めずにスマホのアプリやウィジェットなどから検索エンジンを使うのが、現代のデジタル環境における情報探索行動における自然なプロセスだと言えるでしょう。

SNS時代の情報探索は「コンサマトリー」なモチベーションから

西村
生活者の情報探索の初手が、検索エンジンからSNSへと変化してきているわけですね。一方で、それは果たして調べているうちに入るのか。もしくは能動的に調べるというモチベーションはなく、単に暇つぶしでSNSを見ているだけなのか。柿原先生はどのようにお考えでしょうか。

柿原
そこは私の研究テーマの中でも、大きな問題意識として捉えているうちの1つですね。
慶應義塾大学の山本 晶教授との共同研究に、人の情報探索行動における動機を定量的に明らかにしたものがあります。人が何かの動機を持って情報を取得しようとする場合、次の3パターンに分けられます。

・情報取得のモチベーション
・トランザクション(取引)目的のモチベーション
・コンサマトリー(自己充足的)なモチベーション

最初の2つは、1990年代から続くウェブ検索の研究のなかで“インフォメーショナル”と“ナビゲーショナル”と言われてきたものですが、3つ目の“コンサマトリー”というのは、何かの目的を達成するためではなく、その行為そのものが楽しかったり、面白かったりという「自己目的型の行為」を表しています。SNSというのは、まさにその動機に刺さっているんだと思うんですよね。何かをやりたいとか知りたいとかではない、自己目的型のコンサマトリーな情報探索をごく当たり前にやっている。まさにSNS時代の情報探索行動だと感じています。生活者における初手の情報探索行動として、SNSから新しい情報の取得や接触が行われているんですね。そして、能動的に情報を取りにいっているわけでなくても、「今はこんなのが流行っているんだ」という情報を提供される頻度や量は圧倒的に多く、さらにただ楽しいだけでは終わらずに、関連したプロモーションも出てきている。こうしたコンサマトリーな情報探索行動の重要性を、事業者サイドはそれほど理解できていないのではないでしょうか。

オンラインプラットフォームにとって最大の収益源は広告であることが多く、それはオンラインでサービスを提供する事業者の多くが広告に強く依存しているとも言えます。広告は近代社会の発展を支えた社会的イノベーションであり、それこそ画期的な「発明」と言ってもいいくらい大きなものだと私は考えています。広告というものがあるからこそ、色々なモノやコトが世の中にアクセスしやすくなり、利用しやすくなった。また、広告という収入の柱があるために、大部分の生活者が日常的に利用するテレビやラジオ、オンラインサービスの多くは無料で提供されていますよね。いわば、事業者が広告で収益を得ていることによって、我々生活者は多大な恩恵を得ているわけです。

こうした状況のなか、生活者に対して本当に公平公正で、透明性の高い情報を提供する上でのプラットフォーマーの立ち位置や持つべき責任、信頼を担保する仕組みなどをビジネスモデルへ組み込んでいけるかが大きな課題となっています。多くのオンラインニュースメディアやSNSなどは、無料でオンライン上で情報提供するサービスを提供することに主軸を置き、それを広告主からの広告収益で支える仕組みを作りましたが、一方で特にオンライン広告は行き過ぎた広告表現に歯止めをかけられる健全なエコシステムを構築できなかったとも言える。これは事業者側だけで完結する仕事ではなく、規制を作る国の視点が必要になってくる領域かもしれません。事業者がすべきなのか、国がしっかりと規制すべきなのか。その辺りが焦点になってくるのではないでしょうか。

生成AIのプロンプト入力は検索エンジンを代替するか?

西村
“何かを知りたい” という能動的な情報探索のモチベーションに対して効果的だったのがリスティング広告、そしてコンサマトリーな情報探索行動に合わせたたことで伸びたのがSNS広告です。さらにここへ生成AIが絡んできた時に、「プロンプト入力」が検索エンジンでキーワードに入力するユーザー体験と同じような構造になっている。果たして、生成AIのプロンプト入力は検索を代替していくのか。あるいはコンサマトリーな情報探索をさらに助長していくのか、先生の所感をお聞かせください。
柿原
その問いについてはずっと考えているのですが、検索エンジンの開発と普及のプロセスと同じように生成AIの開発と普及が進むのか、それともまったく違うことが起きるのか、という考え方を私はするようにしています。つまり、検索エンジンを技術普及のある種の先行ケースとして捉え、そこでの成功と失敗を理解し直すことが生成AIの発展や社会浸透において大きな鍵になっていると考えています。

何かの目的意識を持ってウェブ検索するという行為は、例えば学校の宿題をやるとか論文を調べるといった行為が当てはまり、クリアな目的がある場合には最初から検索エンジンを利用することが多いと思います。一方で、SNSを含め多くの日常的な情報探索のケースでは、それこそ衝動的、瞬間的に情報を取得し、「これってどういうことなんだっけ?」と思った瞬間に、無意識に近いかたちで検索エンジンで情報探索するプロセスを踏むんですよね。

この枠組みを下敷きにして生成AI、特にチャット型生成AIの利用を考えてみます。その人が持つ情報探索の目的に対し、自分でプロンプトを入れて答えを探したり、生成AIとの対話型のやり取りや働きかけから徐々に自分の知りたいことがわかってきたりと、生成AIは自分の気づきや理解を深め、考えて行動していく際に活用できるでしょう。その観点では、チャット型生成AIは検索という情報取得の側面と、対話型のUIによって表示される情報がただ楽しいというコンサマトリーな情報探索の側面の両方を備える可能性があります。しかし、正確で明瞭な回答を得るために適切なプロンプトを入力することは実は相当難しい。人に喋るようにシステムへ問いかけたら、流暢な自然言語で答えを出してくれるのが大きな革新と驚きだったわけですが、本当に欲しい情報を得るためにはプロンプト入力をかなり工夫する必要があります。極端に言えば、検索エンジンに打ち込むキーワードを適切に選ぶ以上に、適切なプロンプトを作るのは難しい。プロンプトというユーザーインターフェースを利用している以上、一般的な生活者の情報探索行動のなかに生成AIが浸透するのはまだかなり時間がかかるのではないでしょうか。

生成AIの浸透で事業者に求められる倫理観や責任意識

西村
確かに検索キーワードよりもプロンプト入力の方が圧倒的にハードルは高いですね。一方で、生成AIサービスにはAIの方から何かを問いかけてくるものがあります。いわゆる自分の“エージェントとしてのAI”が、SNSのような情報閲覧自体が楽しいコンサマトリーな情報探索に侵食してくる可能性はあるのでしょうか。
柿原
生成AI側が我々に対して能動的に、流行っている事柄や自分の好きなことを自然言語で問いかけてくれる。それが面白い、楽しいといったコンサマトリーな情報探索の刺激を与える役割を生成AIが担うようになる可能性はあると思っています。ただし、今度は誰がそれを管理しているのか、誰が作っているのかといった問題がやはり出てくるでしょう。ユーザーは生成AIに気づかないでサービスを利用することが増えれば増えるほど、事業者サイドが倫理観や責任意識を持って取り組まないといけない。デジタル技術を中心とした無料のサービスを提供する際に、議論の必要性があると思うのは「無料版と有料版で享受できるベネフィットの差異と使えるサービスの切り分け」です。ある生成AIのサービスを利用するときに有料版を使いたいと考える人は、AIリテラシーや知見を持っていてサービスの特性を生かすことで有効活用したいというモチベーションを持つ属性の人たちだと思います。一方で無料版は広くあまねく大衆的に使えるようなユーザビリティが提供されるわけですので、生成AIを理解していない人でも簡単に使えてしまうからこそ、生成AIによって提供されるサービスや情報の責任は誰が持つのかという点が重要になってくるでしょう。

現状のチャット型生成AIは、大規模な事前学習と事後的なファインチューニングを施したモデルがプロンプトに応じて生成物を出すわけですが、「たまに間違っている場合があるけど、それは許してね」というのが事業者の現在のスタンスだと思うんですよね。有料版を使える知識とリテラシーを持っている人たちにとってはこのスタンスでいいと思うのですが、無料版のユーザーはその理屈を通すのに限界があると私は考えています。生成AIへの理解や関心がない一般ユーザーの視点で見たときに、無料版のサービスによって提供されるべきものは何なのか。そこに対する責任や信頼性をコントロールする主体は誰なのかという議論はあまり進んでいないように感じています。

西村
今までの広告モデルでは、情報探索していくなかで広告に接触する可能性があるという大前提があったと思いますが、 生成AIの登場で、生活者の質問に対してピンポイントな回答という形式で情報を出す形が普及した場合、それは新しい広告商品として成り立つのでしょうか。
柿原
繰り返しになりますが、広告は世紀の大発明だと思っており、広告がなかった世界線を考えてみると、たぶんテレビもエンターテインメントもスポーツもなくなってしまうでしょう。広告モデルがあることで、世の中のさまざまな事業が支えられていて、ユーザーもお金を払わずに恩恵を享受できるわけです。しかし、オンライン広告のエコシステムのこのカオスな状況というのは、事業者が半ば意図的にコンテンツと広告の境界線を曖昧にし、業界を発展させてきた側面もあるなと思うのです。もちろん、広告は有益な情報になり得るわけで、ある検索キーワードに対して適切な広告を提供すれば、ユーザーのベネフィットにも繋がります。一方で、何が検索結果で何がオーガニックなコンテンツなのかという線引きをある意味曖昧にしてきた部分もあると思うんですよ。生成AIの現状を考えてみると、AIによる生成物とオーガニックなコンテンツの線引きは、広告とコンテンツの境界線以上に曖昧になっていく可能性もあります。そうして生成AIが日常のライフスタイルへ深く浸透して、我々が無意識にAIによる生成物に触れるようになった場合に、「生成AIはたまに間違った回答をするかもしれない」という免責事項だけで果たして許されるのかという疑問が残るわけですね。この課題にどう対応していくかが、生成AIによる情報提供を広告商品として成立させることができるかどうかにも密接に関わっていると思います。
西村
スマホの中のエージェントとして何か有益な情報を話しかけてくるような形で、いわば広告とコンテンツが曖昧な方が生成AIの良さを活かした方が、生活者のコンサマトリーな情報探索のニーズを満たせるのではと感じました。ですが、その場合だと責任の所在についてのクレジット記載や、広告とコンテンツの切り分けの明記などが必要になってくる。コンサマトリーな情報探索の要求を満たすためには、生成AIのコンテンツ生成能力とフィットしていくことで発展する可能性が高いのかなと思います。そういう意味では、生成AIの世界において広告とコンテンツの切り分けは難しいのでしょうか。
柿原
生成AIにおいては、従来の検索連動型広告に準ずるようなフィードに埋め込む広告とは異なる形式で出てくると思っています。オーガニックなコンテンツと生成AIコンテンツ、加えて広告コンテンツの3つをどのように切り分けていくかが非常に重要になるでしょう。オーガニックコンテンツと広告コンテンツの切り分けの問題ですら、最適解を見出すのには苦労がありましたし、失敗した部分もあった。ここにさらに生成AIコンテンツが加わると、リテラシーのない生活者が理解できるように切り分けの線引きを明示するユーザーインターフェースを作らないと厳しいでしょうね。
クロサカ
政府での議論もまだ煮詰まってはいませんが、問題意識は同じところだと思っています。スマートスピーカーがハードウェアとしての責任を負ったように、生成AIについても事実上、プラットフォーマーの責任を認める形でレギュレーションを作るしかないのではないでしょうか。なおかつ、オーガニックコンテンツを供給する人たちにはプラットフォーマーが悪意や嘘があるコンテンツをちゃんと排除しているかを確認する必要があり、広告主側も出稿するコンテンツには一定の責任を負う必要がある。そうした責任分解をちゃんと設定した上で、誰が最終的な責任者となりえるのかといったことを整理していくしかないと考えています。

「生活者一人ひとりの集合知」を取り入れ、生成AIによって社会を豊かに

柿原
生成AIは進化と普及のプロセスがあまりにも早すぎて、まわりの準備や対策がまったく追いついていないんですよね。特にチャット型生成AIは登場からわずか1年ほどで、検索エンジンの少なくとも5年くらいに相当する進化と普及を遂げています。当然ながら、法律や規制の枠組み、事業者や生活者の理解もまったく追いつかないまま、生成AIだけがものすごいスピードで進化していく。もう待ったなしの猶予がない状況で、誰がどう舵取りしていくべきなのかを、真剣に考える必要があります。その際に、何かしらの制約的な介入に一辺倒なアプローチをしても、うまくいかないような気がしています。個人的には、生活者の集合知というか、市井の人々の小さな知恵や工夫を集約していくのが肝になるのではと考えています。

事業者と規制当局だけで議論するのではなく、生活者一人ひとりの集合知こそ、 何かに活用していけると思うんです。既存のSNSにおける「いいね」や「リコメンデーション」はある種の集合知のシグナルになっていますが、現状はアテンションを獲得するための刺激競争みたいになっている。そうではなく、ユーザーフィードバックをしっかりとサービスの中心に据え、なおかつ全体のエコシステムの設計の中に埋め込む仕組みを事業者はもっと考えるべきだと思いますし、 規制当局も生活者の意見やフィードバックをエコシステムのなかにビルドインする方法を探るべきだと考えています。

西村
最後に、生成AIによって生活がどのように変わっていくのか。生活者に与えるインパクトへの期待についてお伺いしたいです。
柿原
私は本当にデジタル技術が好きで、それによって生まれる世の中のポジティブなインパクトを長年研究してきた人間です。やはり、デジタル技術は善のために利用されるべきですし、それを後押しする仕組みも用意することが大切になってくるでしょう。そのような観点では、生成AIは人間のさまざまな情報取得や判断を支える、広い意味でのアシスタント、エージェントとしての役割を十分に担えると思っていますし、期待をしています。

一方で、事業者がどのようにサービスを提供し、生活者の日常的なシーンの中に埋め込もうとするのか。それによって生まれる不都合や不利益からユーザーを保護するセーフティーネットを作るためには何をするべきなのかも考えないといけない。あまりにも生成AIの普及のスピードが早すぎて誰も準備できていないのが、私の中では最も懸念していることなんです。
これほど進んでしまった以上もう後戻りはできないので、目まぐるしい生成AIの進化を受け止めつつ、ポジティブとネガティブのさまざまな評価やリスクを世の中全体が共有して議論できるといいですよね。生活者だからこそ思いつくちょっとした創意工夫の集合知をもとにサービスやガイドラインの設計を導いていけば、規律や目線が合っているサービスが出てきて生活が豊かになる。“集合知”というとWeb2.0的でもう古いのかも知れませんが、私はまだ可能性を信じていますし、うまく働かせる仕組みがいまからでも作れると思っています。
これまでのテレビやラジオ、インターネットが我々にもたらしてくれたポジティブなインパクトは非常にたくさんありますよね。それと同じように、生成AIについても生活者の声をもっと拾い上げて見える化し、うまく活用していけるような議論の場がもっと広がって欲しいと感じています。

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  • 柿原 正郎氏
    柿原 正郎氏
    東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
    1973年生まれ。関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門は経営情報システム、ユーザー行動分析。Google在職中から続く研究テーマは、デジタル環境下における消費者の情報探索行動。最近は、eスポーツやVTuber等のエンターテイメントコンテンツビジネスにおける消費者行動についても研究を進めている。
  • クロサカ タツヤ氏
    クロサカ タツヤ氏
    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授
    株式会社 企(くわだて) 代表取締役
    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
    三菱総合研究所を経て、2008年に株式会社企(くわだて)を設立。
    通信・放送セクターの経営戦略や事業開発などのコンサルティングを行うほか、総務省、経済産業省、内閣官房デジタル市場競争本部、OECD(経済協力開発機構)などの政府委員を務め、5G、AI、IoT、データエコノミー等の政策立案を支援。
    公正取引委員会デジタルスペシャルアドバイザー。
    Trusted Web推進協議会タスクフォース座長。
    オリジネーター・プロファイル技術研究組合事務局長。
    近著『5Gでビジネスはどう変わるのか』(日経BP刊)、『AIがつなげる社会』(弘文堂・共著)他。
  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
    株式会社Data EX Platform 取締役COO
    The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
    株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
    2019年より株式会社Data EX Platform 取締役COOを務める。2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。