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【Media Innovation Labレポート37】テクノロジーで広がる多様性
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【Media Innovation Labレポート37】テクノロジーで広がる多様性

本稿は生活に関係する最新のテックトレンドをご紹介。ファッションテック、ビューティーテックからフェムテック、エドテックまで、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)の高橋二稀と博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の小林舞花がその動向を実体験も交えて語り合います。

■ビューティー領域で進むパーソナライズへのデータ活用

小林
今回は、最近気になるテックトレンドについて女性ならではの視点から語りたいと思います。数年前のCESでは肌の色を読み取ってファンデーションをつくる機械が注目され、そこから海外の企業もビューティーテックに相当力を入れていると聞いています。高橋さんはいまどんなビューティーテックに注目していますか。
高橋
DNA検査やデバイス開発などによって、パーソナライズが高度化している点に注目しています。
たとえばある化粧品メーカーは肌の状況を分析し可視化して個々に合わせたスキンケアを提案するサービス、を発表していて、個人の健康や肌環境に着目した体験づくりを重視していると感じます。海外だと、個人の髪質を分析するデバイスが開発され、頭皮にデバイスを充てるだけで髪の水分量などを測定でき、その人に適したケアを美容師が提案できるようにするものです。これまで感覚的に認識していた髪質や髪の構造を正しく把握したうえでシャンプーやヘアケアメニューを選択できるようになり、よりリッチな体験づくりにつながりそうです。

また、いまの日本では、パーソナルカラー診断や骨格診断、顔タイプ診断など、専門家の診断をもとに自分に合った製品を絞り込んで購入する行動が、20代30代の間で拡がっています。失敗がなく、確実な商品を選べるという意味で、テックを使ったパーソナライズもトレンドになっているようです。

小林
そうですね。ここ数年は服でも化粧品でも、イエベやブルべ、骨格などから似合うものを診断することが増えていますが、あくまでも自分の感覚が頼りなので、正直その診断が正しいのか自信がもてませんでした。データも活用した上でより正確にパーソナライズできるなら、信頼できるし、より便利になりそうです。データ活用においては、大手企業だけでなくAI活用や肌データを専門に取り扱う企業も出てきている。企業規模に関係なくその動きは活発化していきそうです。
高橋
あと最近は、大量のデータを使っていろんな人に合う商品をつくるというよりも、専門性が高く、その人の悩みに対してピンポイントでアプローチする商品が流行っています。たとえ高価でも、より自分の肌に合った、効果がきちんと出る商品を求める傾向が高まっているのかもしれません。また、韓国発の美容整形や美容施術専門のニッチなレビューサービスの日本版もできて、人気となっています。他にもDNA検査やAI検査による肌診断なども話題ですね。
小林
美容整形も、みんながオープンに話題にしやすくなっていますよね。
高橋
そうですね。いい情報があれば仲間内で共有することも多いです。
接客や購買体験のDX化も進んでいますが、スキンケア用品やコスメの場合、実際に使ってみなければ自分の肌に合うかわからないという物理的なハードルがあるので、マーケティング的にはやはりOMOが有効だと思います。ビューティーやファッションの場合、“身に着けて変わる”というスペシャルな体験そのものが購買要因の中心になるので、店舗においても、ECにはないプラスオンの体験が求められるのではないでしょうか。最近はパーソナライズサプリを使う人も多いですが、そうしたサプリのサブスクについても、サプリの選定から、受け取った後の効果の説明など、一連の体験にどれだけプレミアム感を出せるかが大きなポイントになりそうです。商業施設で実店舗を構えているかなど、プレミアム感やブランドの安心感も、ある種勝ち筋を左右しているのかなと思います。
小林
確かに、OMOによる快適な体験の実現がますます重要になってきそうですね。店頭で商品を試してからオンライン購入するという行動は増えてはいますが、実はそれができる環境は都市部に限られていたりします。店頭ではなく、最初からものを取り寄せて家で試すという人に対しても、どういう瞬間にプラスオンの体験を与えられるか、今後いろいろと開拓されていくのでしょう。それから、パーソナライズサプリに興味はあっても自分の悩みすら明確にわからないという人もいるようです。悩み診断などにAIを使うことで、より多くの人が気軽に使えるようになる気がします。
高橋
そうですね。男性にしても、最近は「きれいな肌のほうが好印象を与える場面もある」という価値観を提示されて初めて課題に気づくということが結構あると思います。すべての人が一様にスキンケアをすべきとは思いませんが、個人を深堀りして、課題をがあればそれにあう美容を提案することは大事だと思います。

■サステナブルを実現するさまざまなファッションテックが登場

小林
ファッションにおけるここ何年かのキーワードは“サステナブル”かなと思います。
それから、ファッションのさまざまな段階にテクノロジーが入ってきているという印象もありますね。
高橋
おっしゃる通り、サステナブルは最近のファッション業界のトレンドワードで、大量生産された商品の大量廃棄などは、業界の存続にもかかわる切実な課題になってきています。ファッションとテクノロジーはこれまであまり結びつけて考えられてきませんでしたが、デザインや生産、販売などサプライチェーン全体における無駄を防ごうと、各メーカーが急ピッチで最適化に取り組んでいる状況です。需要や販売数をAIで予測したり、3D計測やAR試着ができるような技術や、レコメンドエンジンでアイテムの販売数を最大化・最適化するといった技術はすでに存在していましたが、近年サステナビリティへの意識が高まったことでさらに採用が進んでいるようです。

購入後の生活者側の対策としては、廃棄しても環境に優しい新素材の開発や、リサイクル・リユースサービスへの注目度も高まっています。製造過程におけるCO2排出が抑制された植物性の新素材もいくつか開発されていますが、個人的に注目しているのは、植物由来の成分を発酵させて製造する繊維「Brewed Protein」。繊維は紡績糸以外にもレザーなどさまざまな素材に加工することができ、幅広い用途で利用できます。

リユース・リサイクルという点では、海外ではThredUPやTrove、Depopなどのプラットフォーマーが出てきているし、ブランド自身が再販ECを構築し、ブランディングを守りつつ再販も行うという動きも見られます。

デザインや製造段階での無駄をなくす動きとしては、3Dモデルなどによるシミュレーションを使いながらデザインしたり、デジタル上で型紙までをつくり、生産直前の段階までもっていくことができるようなソリューションも存在しますし、アバターでファッションをつくるアプリと、実際のファッションをつくるアプリの両方を手掛けるようなベンダーも多く存在します。
特に進化の著しい3Dプリント技術は、素材を無駄にすることなく製造できる点で注目が高まっています。日本では以前から3Dプリント的な要領で一本の糸のみでニットを編む技術が開発されていましたが、無駄がなくリサイクルしやすいという点から海外で再注目されていて、関連するスタートアップも立ち上がっています。

小林
そうなんですね。3Dプリントも、本当に自分に必要なものだけをプリントするという意味で個人や企業でもっと取り入れられるようになれば、さらにファッションのパーソナライズに寄与しそうです。
高橋
3Dプリント用の素材開発、柔軟性の開発も進んでいるので、将来は、おっしゃるようなパーソナライズできるサービスなどに発展するかもしれません。

■女性の生きやすさ、働きやすさをサポートしてくれるフェムテックが続々登場

小林
東京都は9月に卵子凍結への助成を始めると発表し、経済産業省はフェムテックを活用した女性の就業継続支援をしています。10月には第2回フェムテック東京という展示会が開催されるなど、フェムテックが確実に広まりつつある印象を受けます。フェムテック周りで、いま高橋さんはどんなことに注目していますか?
高橋
生理用品周りのフェムテックで、アプリで会員登録をするとトイレ内にある専用デバイスで生理ナプキンが無料で貰えるというサービスがあります。最近ヘルスケアアプリのDLランキングでも上位にランクインしているものです。生理用品の調達や管理については何かしら解決したいと思っている人も多いと思うので、その解決になれば何よりですね。トイレ内DOOHの設置も増えつつあり、それに合わせてサービスも普及していくことを期待しています。
小林
先日訪れたフェムテック東京でも、アメリカの学校で、トイレ内にトイレットペーパーのロールのようにナプキンが連なって設置されており、誰でも自由に使えるようにしている様子が紹介されていました。別の国では、毎月生理用品が一式届くサブスクの事例もありました。貧困状態にある人が、誰かに相談せずとも無料で自由にナプキンを使える環境づくりや、確実に生理用品を個人に届けるという取り組みが、世界的に広がりつつあるようです。
高橋
最近はスマホで完結するピルのオンライン処方もあります。ビデオ通話で診療できて、薬は毎月サブスクリプションで届くというもので、実は私も使っています。生理の問題って、誰かに相談したり婦人科に行くのはやはり心理的なハードルがあるので、医療や薬にリーチしやすいことは非常に助かります。ルナルナのような月経・健康管理アプリが一般的になっているように、フェムテック自体がそもそもパーソナルな問題に直結するものなので、モバイルだけで完結する仕組みと非常に親和性が高いのだと思います。
小林
フェムテック東京でも、モバイルの活用が多数見られました。初めての生理から更年期までカバーするアプリや、企業の福利厚生として更年期と向かい合っていくようなサービスもありました。女性が生きやすい、働きやすい環境整備がテクノロジーによってもたらされている現実をとても嬉しく思います。ほかにも妊娠できる期間を教えてくれるおりものシートなども興味深かったです。

高橋さんがフェムテック東京で注目されたポイントは何ですか?

高橋
座るだけで筋力が鍛えられるような、骨盤底筋を鍛えるデバイスが結構多いのに驚きました。膣周りの筋肉を鍛えることで老化を防ぐほか、尿漏れをはじめとする老後の課題にも対応できるというもので、面白いなと思いました。あと企業向けの、更年期の女性社員を助けるHRTechも増えています。実際に導入が進むかがやはり気になるところですが、大手企業から導入していけば、スムーズに普及するかもしれませんね。
小林
小規模にスタートした小児科の先生とオンラインでつながれるサービスなどは、コロナ禍を経ていまや全国の自治体や企業に広まっています。更年期周りのテックもそのように広まっていけば理想的ですね。

写真左:フェムテック東京会場にて 写真右:アメリカの学校等に設置されているロール型ナプキン(小林撮影)

■子どもから大人まで、学ぶ楽しさを後押ししてくれるエドテック

小林
エドテックは、2025年には、世界で35兆円 (HolonIQ、2019年)、日本でも2023年に3000億円超(野村総合研究所、2018年) の市場規模になると予測されるなど大きな伸びを見せていて、子を持つ母としても非常に気になるところです。日本の教育分野も、2020年からプログラミング教育が必修化されるなど、実は大きな変化が訪れています。コロナ禍初期は、一部の人がエドテックを活用するという状況でしたが、今はもう一歩、二歩踏み込んで、活用がより一般化しつつある印象です。

また、体育といえばどちらかというとあまり投資されてこなかった教育分野ですが、最近は高校野球などでもテックの活用が進んでいます。苦手な部分がテクノロジーによって可視化され、効率的に反復練習できるようになることで、これまでならついていけなかった子たちにも伸びるチャンスが与えられるし、逆にデータ分析のほうで強みを伸ばしてくるような子たちも出てくるかもしれません。

高橋
バスケットボールのシュートの仕方や、プレーの仕方を分析する技術を提供するスタートアップもあります。面白いですよね。
小林
そうした技術を取り入れる学校やクラブチームが増えていけば、“強いチーム”のあり方も変わってきそうですね。

また、日本の教育は正解を覚える学習から探求学習へとシフトしつつあると思います。生成AIがPCの標準装備になるという話もニュースになっています。たとえば日本では大学入試に電卓を持ち込むことはできませんが、海外だとそれは当たり前で、それを応用して何ができるかが見られます。宿題にChatGTPの使用を認めるかどうかという議論もありましたが、これだけ生活にテクノロジーが入ってきている中、どうテクノロジーと共存すべきか考えることも、探求学習の流れとともに求められているような気がします。

高橋
確かにそうですね。最近は「アダプティブ・ラーニング」と言われるように、学習レベルを可視化、個々の学習状況や関心度合に合わせた問題を出題できるテックもあります。これまでも一部学習塾などで導入されていましたが、いまは公立の学校でも導入が進んでいて、ITによって学習機会の均等化がもたらされているのを感じます。最近はオンライン画面に映る生徒の顔を分析することで、感情を分析し、理解度を把握できるツールもありますが、学習成果や結果、テストの点数だけじゃなく、生徒個々人の感情や関心度に目を向けられるのは、デジタルならではのメリットだと思います。

探求学習においては、インタラクティブな学習法もテックで可能になってきています。生物や理科などで、3DディスプレイやVRデバイスを用いた立体やアニメーションを使うことで、構造を理解しやすくできるほか、スマホとARを使って天体観測や人体模型が学習できるような仕掛けもあります。没入感のある体験をすることで、これまでよりも豊かな学習体験ができるのだと思います。

小林
医学部など一部の専門的な分野で使われていたテックが、他分野でも使われるようになってきた感じはしますね。教科書で見るだけではなく、より実践的な学習ができて、子どもたちもより興味がわきそうです。
小林
日本の人口は減少傾向なので、「教育市場」は伸びしろがないと思われる方もいるかもしれませんが、何も教育は子どものものだけではありません。リスキリングやリカレント教育は何歳になってもニーズがありますから、こうして楽しく学べる方法がどんどん広がっていくといいなと思います。

バーチャル空間も教育に活用され始めています。子どもたちの習い事にもMinecraftやRobloxがどんどん活用されるようになっています。最近はメタバースプラットフォームのClusterもClusterエデュケーションを発表していて、教育機関ならどこでも無料で使えるようになっています。これらは確実に日本のICT教育の加速を後押ししていますし、結果的にデジタル人材の育成にも力が入っていくのではないでしょうか。エドテック分野の成長は、今後もますます加速していきそうです。

小林
子どもから高齢者まで、テックをきっかけに学ぶ楽しさが広がっていくといいですね。

■男女の垣根なく、すべての人が生きやすくなるためのテックに注視していく

小林
テックというとどうしても女性や子どもから離れたイメージがありましたが、いまや機械、ハード面だけではなく社会全体の考え方などにまでテクノロジーが拡大、浸透してきています。

日本の場合、最新技術は誰でも使えるように易しくすることが優先され、進展はゆっくりですが、中国の場合わからない人は置いてでも、どんどん先行すべきという考え方で、猛スピードで技術革新が進められていきました。いずれにしてもここまでAIやテクノロジーが発展してくると、誰もが簡単に触れるテクノロジー、触れたいと思うテクノロジーが求められ、生まれていっているという印象です。

博報堂DYグループとしては、コミュニケーションなどでイノベーティブな分野に関与していくことがより容易になるでしょうし、企業としてデータを活用しながら商品開発などに関わることももっと増えていくでしょう。テクノロジーが手に届くようになってきたことで、よりさまざまな職業、職種の方がテクノロジーをビジネスに生かしていくことができるように思います。

高橋
いまは多様性の時代ですが、個々人のウェルビーイングを向上させていくには、データによるパーソナライズや分析によって個人の特性を伸ばし、活かすことが一番重要だと感じます。今回は女性にフォーカスした話題になりましたが、いわゆる女性の分野とされていた領域でも当たり前にテックが使われていて、もはや男女で分けて考えること自体、とても勿体ないと感じます。ビューティー領域のテックでももちろん男性が使っても違和感はないですし、フェムテック領域に分類されるソリューションでも、男性向けのヘルスケアソリューションとして機能するものもあります。今回取り上げた領域のテックも、男女関わらず利用する日が今後来ることになると思うので、垣根なく注視する必要があると思います。

またテクノロジーは、これまでの、デジタルでどんどん進化するというフェーズから、人間が持つ力、フィジカルな部分を掛け合わせることで進化が進むフェーズに入っていると思います。そういう意味で、触れたくなるテクノロジーが増えているというのはかなりいい傾向なんじゃないかと思います。

小林
インクルージョンはいまの大きな潮流なので、男女の区別はますます関係なくなっていくだろうし、本当にすべての人にとって暮らしやすい、生きやすい世界に近づけるような技術が、より重視されていくのでしょうね。
高橋
そうですね。
またマーケティングの視点から見ると、フェムテックやエドテックにおけるデータは個人情報も含まれるため、取り扱いはセンシティブな課題になると思います。とはいえエッジ処理などの対応もできますし、匿名化してパネルとしても活用できる可能性はあるかと思います。またデータだけではなく、サービスを提供する事業会社のオウンドを通じたコンテクストターゲティングなどや、雑誌をはじめとするメディアと連携したキャンペーンなども、有効な手段として利用できるのではないかと思います。
小林
かつてタブーとされてきたこともオープンにできる環境が増えていると思います。まだまだ埋もれた課題はあると思うし、それをとらえたキャンペーンなどが有効な手段になっていきそうですね。

本日は以上となります。ありがとうございました。

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

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  • 博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
    2004年博報堂入社。トイレタリー、飲料、電子マネー、新聞社、嗜好品などの担当営業を経て2010年より博報堂生活総合研究所に3年半所属。 2013年、再び営業としてIR/MICE推進を担当し、2014年より1年間内閣府政策調査員として消費者庁に出向。2018年10月より現職。
  • デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム
    新規テクノロジー事業開発本部 研究開発局 広告技術研究室
    2020年DAC入社。Z世代のデジタル行動やECソリューションなど、生活者に近い接点を中心としてデジタルビジネスのトレンド調査、事業開発を行う。