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TDもADも、同じ「デザイナー」??  アートディレクターと考える“体験”のデザイン【前編】
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TDもADも、同じ「デザイナー」?? アートディレクターと考える“体験”のデザイン【前編】

「テクニカルディレクター」、通称TDという職種の人たちをご存じでしょうか。テクニカルということばでプログラマやSEのような完全なる技術職に思われるかもしれませんが、デジタルを前提とした社会の生活者に対して“体験”を設計しディレクションする新しいクリエイティブ職の人たちです。博報堂では今、TDが着々と増えています。まだ、馴染みのないTDですが、本連載ではそのTDがホストになり、さまざまな方と話しながら、気持ちよい体験づくりのヒントを模索していきます。
初回は、博報堂のアートディレクター(AD)と語り合いました。ADの仕事も、体験づくりの観点など業務内容が変容してきています。前編では、お互いの職務の違いと共通点、それぞれの仕事をどう捉えているのかを探りました。

互いの領域が重なりつつある

栗田
今日はADとして柿﨑さん、岡室さん。TDとして僕と西濱さん、田中さんに集まってもらいました。博報堂のTDは仕事に確たる定義があるわけではなく、誰とどう組めばいいのかも模索中です。僕は岡室さんとは仕事をさせていただいたことがあるのですが、学びが多く、博報堂のADの知見をもっと借りられればと思って、この「みんなのUXマガジン」初回のゲストにお声掛けしました。
お二人は、学生時代からの同期だそうですね。まず、最近どんな仕事をしているのかうかがえますか?
柿﨑
半分くらいはいわゆる広告の仕事で、飲料、車、通信などさまざまなカテゴリの企業のマス広告から、もっとコアなブランドまで、様々なアートディレクションを担当しています。加えて最近の傾向としては、UXを考える、デジタルの領域に関する仕事も増えてきました。また後ほどお話ししますが、WebサイトのUI/UXを踏まえたデザインや、メタバースのデザインなども出てきています。
岡室
基本的な業務内容は柿﨑くんと一緒ですが、僕も少しずつ従来の広告とは違う仕事が広がっています。“体験”を考えて発想するような、そういう仕事がADにも増えていると感じています。加えて、博報堂のデザイナー採用にもかかわっています。博報堂で広告領域以外の「新領域」と呼んでいる業務を担う、要するに皆さんのようなTD職も含めて採用するには、これまでの仕組みや方法を変えていく必要があって、デジタルを前提としたデザインや体験設計なら、僕らのような美大出身者だけでなく、理系や情報系の領域にも素養がある人が必要だと思っています。

TDの皆さんはバックグラウンドがさまざまですが、お三方はどういった経緯でTDになったんですか?

栗田
僕は以前電機メーカーにいて、クリエイティブというよりはエンジニアリングがメインでした。ただ、クリエイティブには興味があって、博報堂の採用が自分の当時のスキルで受けられそうだったので、転職しました。そして、博報堂に入ってすぐは、研究開発の仕事をしていたのですが、どうしてもクリエイティブになりたくて、社内職転試験を受けて、今ここに居場所を見つけたという感じです。
西濱
僕は理工学で修士をとった後、新卒で博報堂に入社しました。そこからは、新しい組織ができるとそこにいるという状況が続きまして、10以上の部署を渡り歩きました。ずっと感じていることは、世の中がシステマティックになるにつれて広告会社はその先の体験をつくってきた、ということです。広告会社がブランディングやマーケティングとともに、社会実装をしてきたんじゃないかなと思っています。
田中
僕はまだ、転職して1年ほどなんです。完全にテクニカル領域の出身で、前職は地図やナビゲーションの領域でプログラマをしていました。だんだん、そのソフトウェアをどうやってお客さまに導入していただくか、みたいなところを営業と一緒に模索するようになり、仕事の領域が広がっていきました。
西濱
田中さんはこの3人の中ではいちばん“実装”の経験がある人ですね。

アート軸とテクノロジー軸でデザインを整理してみた

栗田
早速、さっきの岡室さんの採用の話が興味深いです。新領域でデザインの素養がある人材、デザインの観点で体験づくりに活躍してほしい人材をどう採るか、それはいわゆるAD職とどのくらい重ねられるのか、ということですよね。どういう整理をしているんですか?
岡室
結論として、グラデーションではなく、同じ「デザイン」の傘の下にいるという整理と理解をしています。
新領域が得意な皆さんのような仕事は、やはりテクノロジーと密接です。その知識があるかないかでできる施策、できない施策が変わってきますよね。
一方、僕やカッキー(柿﨑愛称、以下カッキー)の仕事のように、ADの守備範囲も広がっている。なのでまず、僕らがずっとやってきたグラフィックのデザインや映像のデザインから、プロダクト、Webサイト、体験設計そのものまで、デザインが関係する領域を挙げてみました。そして、ADから近い順に整理したんです。要するに、グラデーションなのかなと思って。
でもやってみて、僕自身がしっくりこなかったんですよね。なんでグラデーションにしなくちゃいけないんだっけ、“新領域”って僕らから遠い話なんだっけ、と。
栗田
なるほど。
岡室
アートから新領域のグラデーションがあって、それぞれに強い人がいる……のではなく、そもそもアートと新領域という2つの領域が横並びであって、それが融合しつつある。アート側にいるのはアートディレクションを軸にデザインする人たちで、新領域にいるのは体験を主軸に全部をデザインする人たち。今この時代の“体験”とはテクノロジーと密接だから、イコールその素養も持つ人たち、となる。で、どちらも「デザインする」のは同じなんだ、と考えるほうが腑に落ちました。
融合しているといっても、ADとTDの能力の両方を兼ね備えるのはなかなか難しい。でも、生活者の状況や感覚を考えると、両方が必要ですよね。そうすると、アート軸の人たちと、体験軸でサービス設計できる人たちが組むことが重要。これが、今後の博報堂のデザイナーの形だね、という話をしています。
西濱
今の話、すごく納得できます。今、聞きながら描いてみましたが、こんな感じですよね?全部、広義の意味でデザイナーだと。
岡室
そうそう。後者は美大卒じゃない人たちもできる。そういう人を含めて採用し、育成する基盤づくりが課題ですね。
栗田
今、体験と対になる言葉がデザインではなくアートだっていうのが、ちょっと理解しきれていないんですが、どういう意図で「アート」なんでしょうか?
岡室
日本ではアート教育は充実しているんだけど、デザイン教育はまだ発展途上なところがあって、何らかの課題解決策としてのデザインやアイデアを考えるところが弱いと思います。表現そのものを追求していて、表現を解決手段に使うことにはあまり目を向けていないんです。
本来、デザインとは思想とクラフトが合わさって初めて成立するものだけど、そんなふうに教えられていないから、今後も変わらず美大の彼らを採用していくには、アート軸で語ってあげる必要はあります。ただ、課題を解決できるという意味の「デザイナー職」にアートのバックグラウンドが必要不可欠かというと、そうではない。
その点、カッキーは変わっていて、油絵専攻なのに今話したような「デザイン」に強い。広告学校とか行ってたよね。
柿﨑
そうね。油絵科に入っていちばん油絵を描かなかった学生だと思います(笑)。
先端芸術表現の先生に出会って、「体で覚えたもの以外はアウトプットするな」と言われたんです。あるとき「油絵のルーツは教会の壁画だ」という話を聞いて。まだ、キャンバスに絵が描かれて持ち出したりできるようになる前の時代、人々にとって教会の壁画はある種、信仰に“没入する装置”だったんですね。体験の装置であり、インスタレーションだと。
それを踏まえて「君は教会の壁画以上の『絵を描く理由』があるのか」とその先生に問われて、「ないな」と思った(笑)。それで油絵は全然描かず、代わりにたとえば自分が歩いた足跡を使ったアートのような、体を使ったアウトプットや体験を掘り下げることをしていました。なので、今の“体験”を加味した表現はもともとの興味と近しいし、ずっとおもしろいと思ってきましたね。

ADもTDも、デザイナーという傘の下にいる

西濱
今のお二人の話とリンクするかもしれないのですが、日本とアメリカで建築を学んだ友人の話が興味深かったので話します。極端な例ですが建築デザインのアプローチが違うそうなんです。日本で建築を学ぶと、まず何をつくるか、建物はどうするかと考えていくけれど、米国ではその建物を建てるのに誰が賛同していて、どこからお金を捻出して、そこに住む人が建物を見たときにどう思って、そのエリアの自治体とは何を交渉するのか、といったことをひっくるめて考える。それが「デザイン」と捉えられているそうなんです。
考えてみれば本来、建築とは建物そのものではなく、人がどう建物を体験するかを考えるべきですよね。友人は、根本的な考え方の違いを教わったと話していました。おそらくクリエイティブの領域にも同じことが言えて、一周回って今、デジタルの浸透を大きな背景に日本の「デザイン」のアップデートがなされているのだと思います。
栗田
その流れの中で、TDという職務が生まれたとも言えますね。
西濱
そうなんです。なぜTD職が設けられたかというと、メディアの変化によってWebやアプリなど仕組みを考えないと全体がデザインできない領域が広がってきたから。それが得意な人材にいったん名称をつけないと、強化できないからだと思っています。システムの専門家ではなく、ブランドづくりとそれに根差したコミュニケーションのマッチングをして、体験を創出するのが僕ら。
とはいえ、“テクニカル”という言葉からプログラマやSEを強く想起させてしまうんですね。そこがまだまだ誤解されている。僕らはその素養もあるけれど、どちらかというと岡室さんがおっしゃったように、ADやほかのデザイン職の人たちと同じ傘の下にいたいと思っています。
岡室
自分で実装できるかどうかをいったん置いておくと、実は同じ職種ですよね。ADだTDだ、ではなく、その上に大きな概念があって、言うならばデザイナーっていうこと。だから採用も一緒にしようとしているんです。
西濱
そうですね。博報堂でデザイナーというと、その職を名乗るのはおこがましいと強く思うのですが……。
岡室
いやいや。栗田くんと一緒に仕事したときに、あ、話す内容や考え方って基本一緒なんだなと思ったから。アイデアの出し方が一緒だったんですよね。その後の実装は、僕らADにはできないけど、それはもう一つレイヤーの低い話というか。
田中
僕は3人の中でいちばん技術寄りだと思いますが、実は同じ職種だよねというのはすごく共感します。
少し前までは欧米のサービス事例の話題が多かったように思えますが、ご存知のとおりアジア全体でもアプリのビジネスがどんどん発展していて、UX/UIのつくりや見せ方がうまいなと思う事例が多いんです。多くの人に受け入れられるには、技術力だけでは不十分で、クリエイティビティの視点が必要だと思ったのが、博報堂に来た理由でもあります。
プログラミングはあくまで得意な手段として持ってはいますが、何をしているのかといえばクリエイターというか、体験をつくる職務だと認識しています。
岡室
おもしろいですね。テクノロジーもアートも同じレイヤーにあって、僕らはアートを先に考えているというだけ。同じADでも得意分野がさまざまで、タイポグラフィが得意な人、発想力が豊かな人、言葉や写真の扱いに長けた人などいますが、でも一様に僕らも“体験”を考えるようになっているし、今まで以上に考えないといけないと思います。
西濱
アートが先か、テクノロジーが先かというのは、どこの虫眼鏡を持っているかという話ですよね。田中さんとよく話すんですが、プログラマはビジョンから実装までができる人でもあるのに、日本のテクニカル領域では実装の技術を持つ人を単に“手を動かす人”のように捉えられたりするのは違うな、と。本当はもっと上流から一緒に考えられるほうがいい。実際徐々にそうなりつつあるとも感じています。
もちろんTDも人によってさまざまで、僕らのようにビジョンを描くところから始めて、それをどう実現するのかを考えるのが好きで得意な人間もいれば、技術者や専門家の色が強い人もいるという感じですね。

止まっていていいのか? ADが持つべきDXの視点

栗田
ADのお二人も、生活者がこれだけデジタル環境になじんでいる今、仕事の考え方やその表現も変わってきていると思います。業界でも、たとえば“DX”と聞かない日がないくらいですが、そのあたりにどう向き合われているんでしょうか?
岡室
まず、DXはもちろん生活者の体験の観点からも時代の要請としても、もはや前提ともいえます。でもその割に、皆あまりちゃんと説明できないよね、とも思っていて。DXって、そもそも何なんですかね?
栗田
ひとつ、僕がいつも思っているのは、デジタルトランスフォーメーションの“トランスフォーム”、つまり変革のほうが本質だということです。デジタルのほうに目がいきがちですが、何が何に変わるのか、そのときの設計や実行をどうするかを考えるのを見失わないようにしないといけないな、と。
岡室
同感ですね。きむとうさん(注:木村透CDコピーライター)から聞いた話ですが、僕らを含めて今の生活者にとってのデジタルは、人類が火を見つけたのと同じタイミングの位置づけなのだと。要は、どう使うかの可能性をこれから探っていく段階だというんですね。
だけど、火の模索と違って、デジタルでは可能性の模索や体験の創出がとんでもなく速いスピードで進行しています。ちょっとデザインすると、もう進化してしまうし、生活者もちょっと体験するとすぐ飽きる。そしてすぐさま次の新しい体験が出てくる。生まれて飽きて、生まれて飽きてのサイクルが広範囲で尋常じゃなく起きている、未知の時代だと思います。
栗田
本当、そうですね。
岡室
たしかに、デジタルの広がりによって、グラフィックのポスターや店頭ツールのつくり方にも影響が出ていると思います。従来のやり方でよかったんだっけ、静止画で「止まっていて」よかったんだっけ、みたいにふと感じることが出てきました。
つまり、ADにもDXの視点が必要なんです。具体的にデジタルで何ができるかを設計するというよりは、デジタルによって可能になった「動いている」とか「つながれる」とか、「物語を共有できる」みたいな概念を僕らの仕事の新しい前提にする、というか。
それを考えると、博報堂ADの大先輩である大貫卓也さんや佐藤可士和さんは、ずっと前からそういう仕事をされていたんだな、と最近気づきました。ADがDXを考えるようになったというより、ADを含むCDは、昔からコミュニケーションのトランスフォーメーションをしてきたのだろう、と。
柿﨑
基本的に僕らは昔も今も、受け手がわくわくするものをつくることを目指していて、今はそのわくわくの可能性がDXにものすごく広がっている状況ですよね。
さっき岡室くんが言った「止まってていいんだっけ」というのも、よくわかる。もちろん印刷物の良さは今後もありつつ、でも時間軸を持つことで長く息を吹き込める、継続して関係を築ける側面もありますよね。それは、デジタルで可能になったことだと思います。僕もそれなりにADの仕事をしてきた自負はあるのですが、日々挑戦もしています。
岡室
たぶん僕らも昔から“体験”をつくろうとしてきたけれど、それを意識していなかったし、デジタルを踏まえた体験のつくり方には全然慣れていない。だから極力たくさんの意見を聞きたいと思うよね。前よりも皆でつくる感覚が強くなっている感じがしています。
特に、若い世代の人がどう感じているかを聞きたい。世代によって、心地よい体験が小刻みに変わっているから、その感覚に都度ちゃんと向き合わないと、もう仕事ができないという危機感がありますね。
西濱
都度向き合わないと、というのは僕も強くそう思いますね。生活者発想に近い考え方かもしれませんが、体験を届けるというのは「わかる人にはわかる」ではダメで、誰にでも理解できるし入っていけるユニバーサルな環境じゃないといけなくなる。では、僕らTDにとってDXとは何かというと、それは「次の“当たり前”をつくること」だと思っています。
かつて「こうだったら」と想像で終わっていたことも、今ではかなりの部分がテクノロジーで実現できるようになっている。手仕事じゃなくデジタルだから、再現性もあります。博報堂が過去から積み重ねてきた経験や知見を、今からこの領域に入ってくる若手は前提として使えて、そこをスタート地点にオリジナリティを発揮することができます。
そこで一番大事なのは「コアアイデア」です。これまで博報堂の先輩方はすごくこだわって作ってきていたと思うし、ブレずに大事にしてきている。そういう過去からの蓄積をリスペクトしながら、自分の仕事に織り込んで今の時代の流れの中で再設計していくのが、博報堂ができるDXの本質だと思います。
後編に続く
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  • hakuhodo DXD テクニカルディレクター
    2021年に博報堂入社。ソフトウェア会社にて乗換案内・カーナビ等のtoCサービスの開発経て、テレマティクス・物流業界向けソリューションを担当。その後、訪日外国人向け観光事業、地方創生、MaaSなど官公庁事業に従事。モバイルアプリ、Webサービス事例多数。
  • hakuhodo DXD テクニカルディレクター/UXディレクター
    デジタル領域を中心に体験、サービス・プロダクトの企画・開発、UI/UXデザイン業務に従事。
    あいみょんとSMAPが好き。
  • hakuhodo DXD テクニカルディレクター
    大学院にてタンジブルインタフェースの研究を行った後、2011年博報堂入社、現在はhakuhodo DXDに所属。
    企業・ブランドのサービス&UX開発、メディア開発など、進化するテクノロジーを生活者価値に変換する業務を得意とする。
    フロントエンド、バックエンド、ソフトウェア、ハードウェアなど幅広いテクノロジーに関する知見をクリエイティブに昇華させる。
    社外活動実績:
    デジタルハリウッド大学特別講師、『イノベーションデザイン 博報堂流、未来の事業のつくり方』出版協力、
    特許第6654721号 喫食判定システム、コンピュータプログラム及び情報機器
  • HAKUHODO CREATIVE VOX  クリエイティブディレクター / アートディレクター
    東京藝術大学 視覚演出研究室 修了。
    アートディレクションを軸に、新しいコミュニケーションの可能性ややり方を模索。クリエイティブの領域をメディアそのものを作るところまで広げる活動も合わせて実験的に活動している。
    東京ADC賞、東京TDC準グランプリ、JAGDA新人賞、JAGDA賞、D&AD、CANNES LIONS、ADFESTなど受賞多数
  • HAKUHODO DESIGN チーフアートディレクター
    東京藝術大学 油画科卒。
    ジャンルやメディアを横断してカルチャーに貢献するアートディレクションを心がけている。
    東京ADC賞、ACC 賞グランプリ、D&AD、CANNES LIONS、ADFEST、SPIKES ASIA、日経広告賞 大賞、毎日広告デザイン賞 最高賞、朝日広告賞、読売広告大賞、グッドデザイン賞、電通賞など受賞。