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【第1回】広告会社と大学系VCが協業することの意味とは ~東大IPC×ミライの事業室
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【第1回】広告会社と大学系VCが協業することの意味とは ~東大IPC×ミライの事業室

博報堂が東京大学の100%子会社である東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)のファンドへの出資を決定したのは、2021年4月*でした。現在、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズの新規事業開発組織「ミライの事業室」が東大IPCとの連携を進めています。大学発のスタートアップ育成をミッションとするベンチャーキャピタル(VC)と「ミライの事業室」が協業することの意義と可能性について、両社のキーパーソンたちが語り合いました。
(*https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/90166/)

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水本 尚宏氏
東京大学協創プラットフォーム開発
チーフ・インベストメント・オフィサー

古川 圭祐氏
東京大学協創プラットフォーム開発
投資担当マネージャー

吉澤 到
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室
室長

諸岡 孟
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 
ビジネスデザインディレクター

アカデミア連携の領域にアクセルを踏み込む

諸岡
それではよろしくお願いします。と言っても日頃から多くのやりとりをさせてもらっている間柄ですので、このようにあらたまった形で対話させてもらうというのは出会ったばかりの頃を思い出すような感覚です。思い返すと、 東京大学協創プラットフォーム開発(以下、東大IPC)の皆さんとの出会いは、「HONGO AI 2019」 でしたね。
古川
ええ。「HONGO AI 2019」は、東大IPCも運営に関わっている アーリーステージのAIスタートアップのコンテストで、博報堂にはスポンサーとして参加していただきました。

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吉澤
マンガの多言語翻訳の仕組みをつくった東大スタートアップのMantraに「博報堂賞」を進呈させていただいて、ロゴやコピー、Webサイトデザインの制作などブランディングの支援をさせていただきました。 結果としてとても感謝していただいて、スタートアップ企業に我々がこういう形でバリューを提供できるというのは、僕たちにとって大きな発見でしたね。
水本
スタートアップがビジネスを軌道に乗せていくに当たって、ブランディングやクリエイティブは非常に重要な要素です。その点で博報堂の皆さんとスタートアップの結びつきには大きな可能性があると感じました。
吉澤
ロゴは企業にとってのDNAであり、パーパスやビジョンの端的な表現です。クリエイティビティの力でスタートアップをご支援するのは、まさに僕たちが得意とするところです。そして、その支援を通じて信頼関係が築かれ、様々な連携や協業へとディスカッションが広がっていきました。

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諸岡
そのご縁が、東大IPCの「オープンイノベーション推進1号ファンド」への出資につながったわけです。もともとミライの事業室は、アカデミアの皆さんとの連携によって新しい産業や新しい市場を生み出していくことを一つの目標に取り組んできていましたが、なかでも先端的な知を生み出す東大やその社会実装を担う東大スタートアップなどが集う東大エコシステムのポテンシャルには高い魅力を感じていました。 東大IPCとの出会いによって、アカデミア連携の領域に大きくアクセルを踏み込むことができました。
吉澤
イノベーションや新規事業を生み出していくに当たって、産学連携が非常に重要であると以前から言われてきました。しかし、技術系ではない博報堂のような企業がアカデミアとつながるのは簡単なことではありません。その点で、東大IPCの存在は極めて大きいと思います。東大IPCの皆さんとの出会いがなければ、アカデミアやスタートアップとのつながりをこのような形で持つことはできなかったと思います。

「あるべき社会像」から始まるビジネスを

諸岡
あらためて、東大IPCのミッションをご説明いただけますか。
古川
東大IPCの大きなミッションは、大学の研究開発を世の中に実装していくことです。その方法として、スタートアップへの投資があり、産学連携の推進があります。運用しているファンドは2つで、博報堂に出資していただいた「オープンイノベーション推進1号ファンド」は、大学の知見と企業のビジネスを結びつけて新しい価値を生み出したり、大企業と一緒にスタートアップを育成したりすることを目的にしたものです。
水本
優れたスタートアップに投資するだけではなく、スタートアップを支援してよりよい会社にしていくこと。それが私たちの役割です。私たちにとってLP(出資者)の皆さんは、お金を出してくださるパートナーであるばかりでなく、スタートアップを一緒に支援していただくパートナーです。その点、コミュニケーションやクリエイティブのプロフェッショナルである博報堂の存在は非常に心強いと感じています。
吉澤
これからの時代は、技術によって産業をつくるというよりも、あるべき未来の社会の姿をイメージし、それを実現させるために必要な技術を発掘していくという発想が求められると思います。未来の社会の姿をイメージするために必要なのは、人々が何に困っていて、何を求めているのかを見極めることです。それを博報堂では生活者発想と呼んでいます。

コミュニケーション力、クリエイティビティ、そして生活者発想の力。それらをスタートアップの高い技術と掛け合わせる ことによって、よりよい未来づくりに技術を役立てていく道筋をつくることができると僕たちは考えています。

水本
技術からではなく「あるべき社会像」から物事を考えるというのは、極めて重要な視点だと思います。大学発スタートアップが往々にして失敗するのは、プロダクトアウト型でビジネスを構想するケースです。こんな技術がある、だからこういうビジネスがやりたい──。そういった発想で始まったビジネスは、なかなか成功しないものです。

まず目標とする社会像がある。それを実現するために今取り組んでいる技術がベストと言えないのならば、それを捨てて、あらためて新しい技術にチャレンジする。そんな大胆さがあっていいと私は考えています。そのくらいの覚悟のあるスタートアップを支援していきたいですね。

諸岡
あるべき社会像を見通すという観点では、研究者の方々の存在も重要です。専門分野の技術や研究をひとつの切り口として中長期的な展望を描き、その実現にむけたロードマップを設計して一つひとつ実践していくプロセスは、僕らの考え方と非常に親和性が高いように感じています。

経済的価値と社会的価値のハイブリッド

諸岡
東大IPCでは、どのような視点で投資判断をしているのですか。
水本
最も重視しているのは、ペインポイント(課題)の定義が明確であり、それに対するソリューションが的確かどうかです。ペインと技術のマッチングがしっかりしていることが大事で、マッチングさえできていれば技術自体のレベルは必ずしも高度なものでなくてもいいと思っています。
古川
技術によって何を解決しようとしているのか、ということですよね。それを自分の言葉で語れる起業家を支援したいという思いが私たちにはあります。技術には向かい合っていても、顧客、つまりその技術が生み出す価値の享受者には向き合っていない。そんなケースが実際には少なくありません。ペインを見極めるには、想定される顧客の声に耳を傾けなければなりません。顧客の声をどれだけ聞くことができているか。それもまた重要な投資判断基準の一つです。
諸岡
ペインと技術の関係性については僕も全く同意です。それと同時に、技術自体に関する一定レベルの理解や知見がないと務まらない領域だとも考えています。僕自身は東大の計数工学科の出身で、物理や数学の方法論を駆使して世の中の多様な事象の解析や制御を試みるという学問を専攻しました。そのため割と幅広い技術分野に土地勘を持てているような感覚があり、その経歴が現在のアカデミア連携の取組にも活きていると感じています。東大IPCではどのように技術理解を進めているのでしょうか。
水本
本人が興味関心を抱いた技術分野を攻めていく、という考え方で行っていることが多いかもしれませんね。自分の志向性に合った技術分野であるほど次から次へと深り下げていきたくなり、そうした集中的な攻略により理解の速度も高まるので、合理的な方法だと考えています。
諸岡
1stRound と呼ばれる起業支援プログラムにも取り組んでいらっしゃいます。このプログラムについてもご説明いただけますか。
古川
1stRoundの対象となるのは、設立3年以内で、まだVCなどからの出資を受けていないスタートアップ企業、もしくは法人化前のチームです。年2回ピッチコンテストを行い、選ばれたスタートアップにいろいろな分野の専門家が半年間伴走し、事業を成功させるための課題を洗い出して、その解決を手助けします。

支援するのはアカデミア発のスタートアップが基本で、現在は、東大、東工大、東京医科歯科大、筑波大の4大学のスタートアップを対象にしています。今後、対象をどんどん広げていきたいと考えています。

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吉澤
どのくらいのスタートアップがこのプログラムから育っているのですか。
古川
これまで43社を採択し、うち9割が1年以内に外部から資金を調達できています。これは驚異的な数字と言っていいと思います。
諸岡
僕たちも1stRoundに参加させていただきましたが、これに参加すると、若い世代の起業家がどのようなテーマに注目しているかがよくわかります。投資家目線ではなく、起業家目線のプログラムであるという点に大きな特徴がありますよね。
吉澤
教育的視点というのでしょうか、若い起業家の皆さんをしっかり支援して成長させようという意志を感じます。東大という教育機関のエコシステムの中にあるVCならではの取り組みだと思います。
水本
東大IPCは国立大学法人という公共的な性格をもった機関が100%株主となって運営する投資事業会社です。私たちは、投資をよりよい社会の実現に結びつけるという視点を忘れてはいけないと考えています。もちろん、損失を生み出すことは避けなければなりませんが、リターンの可能性だけで投資する対象を決めるわけではありません。リターンを目指しながら、社会価値の創出につながる支援を行う。そのバランスが大事だと思っています。
吉澤
経済的価値と社会的価値のハイブリッドということですね。その2つの価値を橋渡しする役割は、今後ますます重要になると思います。
古川
そのハイブリッドの実現には、大企業がもつリソースも必要です。大企業の資金力や人材力と、スタートアップの技術力やアイデアを結びつけることによって、経済的価値と社会的価値の両方を生み出すことができる。そう私たちは考えています。私たちが大企業とベンチャーの連携に力を入れている理由はそこにあります。

「起業家発想」で若い人材を育てていきたい

諸岡
大企業がスタートアップと連携する際に、気をつけなければならないことは何でしょうか。
古川
私たちが大企業の皆さんに常々申し上げているのは、「とりあえず、スタートアップの製品やサービスを試してみてください」ということです。お金を払ってユーザーとなることで、スタートアップに対する理解は格段に深まるからです。
水本
ユーザーになるには予算を確保しなければなりませんが、その費目を「調査費」とすることを私たちは提唱しています。新しい事業を生み出すパートナーを見つけるためのリサーチ費用ということです。
吉澤
なるほど。スタートアップの「顧客」になれば、見えるものが違ってきますよね。
水本
そうです。そうやって得たインサイトをもとに投資や連携の判断をすることで、そこから得られる成果は格段に大きくなるはずです。起業家から見ても、自分たちの製品やサービスへの正当な評価が投資につながるのは、非常に嬉しいことだと思います。
諸岡
大学は新しい技術を生み出す場所であるだけでなく、優れた人材を輩出する場所でもあります。大学の人材力もまた、社会価値創出の資源となりそうですね。
水本
おっしゃるとおりです。技術を使いこなし、新しい価値を生み出すのはあくまでも「人」です。技術と人。その両方で価値を生み出していくという視点を忘れてはいけないと思います。
吉澤
「人」を重視するのというのは、先ほど触れた生活者発想につながる視点であり、それはまた「起業家発想」にもつながる考え方と言えます。若い学生の皆さんの「こういう社会をつくりたい」「こんなビジネスをしてみたい」という思いを受け止めて、それを支援していくことで日本社会を元気にしたい。それが僕たちの願いです。起業を目指す若い皆さんは、目がキラキラ輝いていて、本当に魅力的です。この人たちが存分に力を発揮できる環境を僕たちがつくっていかなければならないと強く感じます。
水本
同感です。この仕事をしていて一番楽しいのは、たくさんの若い起業家と話ができることです。
古川
1stRoundで6カ月間忖度なしにつきあうと、彼、彼女らの人となりや考え方がよくわかるし、起業に対する思い、社会をよくしたいという思いもよく理解できるようになります。投資というのは、結局のところ、そんな彼、彼女らを応援することなのだと思います。全力で応援したいと思えること。仮にその人たちが失敗しても、投資する立場としてまったく後悔はないと思えること──。それが何より大事だと考えています。

人が循環するエコシステムを

諸岡
東大という社会への大きな影響力がある場所から「起業家発想」が広がっていけば、たくさんの若い人たちが、起業を普通のことと考えられるようになりそうですよね。それによって東大の先端知の社会実装が加速し、よりよい社会の実現に近づいていくというのは素晴らしいストーリーだと思いますし、そこへ僕らも微力ながら寄与できる立場にいるというのはありがたいことだと感じています。さて、今後連携を深めていくに当たって、博報堂に期待することがありましたらお聞かせください。
水本
「ジョブセキュリティ」の実現にぜひお力を貸していただきたいと思っています。現在は、起業する人の多くは「失敗しても次がある人」です。しかしながら、起業で成功することは狭き門であることは間違いなく、一方で起業に挑戦する機会はより広げていきたいものです。
失敗を含め、自らチャレンジした経験をもつ人材を積極的に活用する仕組みがあれば、今より多くの人が起業にチャレンジできるようになるはずです。起業を目指す人たちは能力が高く、キャリアをピボットする力もあります。ビジネスを通じて社会をよりよくしたいという思いもあります。そういう人たちを積極的に登用して、新たなチャレンジの背中を押していただきたい。それが博報堂をはじめ、大企業の皆さんにお願いしたいことです。
諸岡
確かに、そのような仕組みがあれば、素晴らしい人材が安心して起業にチャレンジできるようになるし、仮に失敗しても大企業の中で新規事業開発などに力を発揮できそうです。
吉澤
人が循環するエコシステムをつくっていくということですよね。起業を目指したけれどそれが叶わなかった人は企業の中で力を発揮すればいいし、逆に企業の側から起業を目指す人材が出てきてもいい。僕たち自身もそのようなエコシステムの一員でありたいと思います。
水本
私たちと博報堂の皆さんの関係も、そのようなエコシステムの中で捉えるべきですよね。まず、出資という形でリスクをとっていただきました。次は私たちがそれに応えて、成果を還元していく番です。そんなふうにそれぞれにメリットを提供し合いながら、エコシステムを大きく育てていく取り組みをこれからご一緒していきたいと思います。
諸岡
今日は、東大IPCの皆さんと、僕たち博報堂ミライの事業室のメンバーが、それぞれの立ち位置から同じ方向を向いていることをあらためて確認できたように思います。現在両社で進めているいくつかの具体的な取組に関しては、今後また機会をつくりディスカッションできればと考えています。 これからますます実りあるパートナーシップをともに育んでいきましょう。

(参考)博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室

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  • 水本 尚宏氏
    水本 尚宏氏
    東京大学協創プラットフォーム開発
    チーフ・インベストメント・オフィサー
    大和SMBCキャピタル(現、大和企業投資)にてIT・医療などのハイテクベンチャー投資を担当。その後、昭和シェル石油にて、タスクフォースリーダーとして決済、新電力プロジェクト、店舗のDXなど、新サービス企画から市場導入まで主導。2017年より東大IPCに入社。ベンチャー投資業務を担当、起業支援プログラム1stRoundを創設。AOIファンドを立ち上げ、CIO就任。投資、起業支援、オープンイノベーション推進と横断的に取り組む。 京都大学院修了(技術経営学)。
  • 古川 圭祐氏
    古川 圭祐氏
    東京大学協創プラットフォーム開発
    投資担当マネージャー
    ソニー株式会社にて、テレビ事業本部の欧州マーケティングチームに配属。欧州での各販社のマーケティング活動のサポートやビジネスプランニングを担当。ロシアの販売会社にて営業チームを率いる。その後、Golden Whales GroupにVP of Sales として参画。ベンチャー投資関連、新規事業開発、技術営業などを管掌。2019年東大IPCに入社。ITやロボットなどの分野を中心に投資及び事業開発を管掌。慶應義塾大学法学部政治学科、INSEAD MBA修了。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室
    室長
    東京大学文学部卒業。ロンドン・ビジネス・スクール修士(MSc)。1996年博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクターとして20年以上に渡り国内外の大手企業のマーケティング戦略、ブランディング、ビジョン策定などに従事。その後海外留学、ブランド・イノベーションデザイン局 局長代理を経て、2019年4月、博報堂初の新規事業開発組織「ミライの事業室」室長に就任。クリエイティブグローススタジオ「TEKO」メンバー。著書に「イノベーションデザイン~博報堂流、未来の事業のつくり方」(日経BP社)他。
  • 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 
    ビジネスデザインディレクター
    1983年生まれ。東大計数工学科・大学院にて機械学習やXR、IoT、音声画像解析などを中心に数理・物理・情報工学を専攻し、ITエンジニアを経て博報堂入社。データ分析やシステム開発、事業開発の経験を積み、2019年「ミライの事業室」発足時より現職。技術・ビジネス双方の知見を活かした橋渡し役として、アカデミアやディープテック系スタートアップとの協業を通じた新規事業アセットの獲得に取り組む。東京大学大学院修士課程修了(情報理工学)。