
対談〈AI PARTNERS〉第7回──「AI依存」と「AI活用」のジレンマをどう乗り越えるか?
博報堂DYグループのAI研究の拠点「Human-Centered AI Institute(HCAI)」の代表である森正弥が、AIをテーマにしてグループのキーパーソンと対話する連載〈AI PARTNERS〉の第7回。今回は株式会社博報堂テクノロジーズ代表取締役社長COOの米谷 修に、今後特に注力する施策やAIを活用した価値提供のあり方などについて聞きました。
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米谷 修
株式会社博報堂テクノロジーズ 代表取締役社長COO
森 正弥
株式会社博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
Human-Centered AI Institute代表
「AIありき」ではなく「ニーズありき」のAI活用が重要
- 森
- AIの技術革新がものすごいスピードで進むなか、企業はいろいろと悩みながら対応策を模索しています。博報堂テクノロジーズでは、新年度のビジネス環境をどのようにとらえていますか?
- 米谷
- AIをはじめとするテクノロジーの活用は、今やビジネスにおける常識となっており、今後さらに強化していかなくてはならないのは間違いありません。AIに対する期待が高まり、ハイプ曲線(特定の技術の成熟度、採用度、社会への適用度を図示したもの)で言えば若干落ち着きを見せるなか、各企業は「結局AIをどう使うとビジネス効果が得られるのか」という最適な選択を求めはじめているフェーズだととらえています。
そのような状況下で、博報堂テクノロジーズが今後注力するのは①博報堂DYグループが推進するAIの取り組みや新しい技術の周知②テクノロジーを活用したクライアントの増加や売上・利益の拡大③業務効率化によるコスト削減④新規事業の創出という大きく4つの領域があります。
特に博報堂テクノロジーズが注力すべきは、2番目の「売上拡大」と3番目の「業務効率化」です。これらを実現するために、AI活用を進めて事業に貢献していくとともに、AIに関する取り組みの周知や新規事業立ち上げ時の専門家として、クライアントを支援することも重要な役割と考えています。
当社グループでは統合マーケティングプラットフォーム「CREATIVITY ENGINE BLOOM」を提供していますが、その構築で最も重要なのは会社間をまたぐデータの活用です。フルファネル型のマーケティングが求められるなか、博報堂テクノロジーズではデータマネジメント部門を新設し、データガバナンスで重要な要素となるメタデータ管理や、グループ各社で分散していたデータウェアハウス(DWH)をデータ仮想化ツールを用いて統合することで、複数の会社をまたいだデータ管理基盤を構築しました。
さらに、データマネジメントの「コンシェルジュ機能」を設け、担当者がユーザーからの問い合わせに応じて、必要なデータの所在を案内する体制を整えています。これにより、ユーザーは欲しいデータの場所を素早く把握でき、効率的なデータの活用が可能になっています。
今年度は、データマネジメントの仕組みを通じたシナジー効果をより一層高めるとともに、 AI活用による部門間の連携強化など、テクノロジーで組織を再編していくことを加速させる予定です。
- 森
- データガバナンスは、特に多くのグループ企業を持つ会社で複雑な課題となっています。中央集権的な管理が求められる一方で、全てのデータを中央に集約することは現実的でない場合があります。こうした状況ではメタデータの管理やデータ仮想化での統合は非常に重要な打ち手です。データの所在や意味、構造を把握し、グループごとに分散されたデータ環境でも、効果的なデータガバナンスを維持することが可能になる。各部門の自律性を尊重しつつ、組織全体でのデータによるAI活用の促進とビジネス価値の最大化を目指すことにつながると思います。。
- 米谷
- AI活用はデータの整備が極めて重要であり、適切なデータ基盤がなければ、AIの効果的な利用は困難だと言っても過言ではありません。現在、AIの使いどころを模索する段階を超え、業務の一部をAIに置き換えたり、業務そのものを削減したりと、効率化や高品質化のために日常的にAIが活用されている状況です。例えば、コールセンター業務では生成AIを用いた顧客サービスの自動化が進み、コスト削減や待ち時間の短縮が実現されているわけです。
当社グループでは、統合マーケティングプラットフォームのもと、クリエイティブを提供する「CREATIVE BLOOM」やマーケティング戦略を描く「STRATEGY BLOOM」、メディア効果を最大化する「MEDIA BLOOM」といった各専門領域で実現したいニーズに応じてAIを活用しています。やはり重要なのは「AIありき」ではなく「ニーズありき」でAIを活用することなのではないでしょうか。
AIに振り回されないためにもアクセルとブレーキのバランスを意識する
- 米谷
- 一方で、最近では「みんながAIを使っているからうちも導入しよう」という風潮が広がっていることに少し懸念を感じています。個人的には、AIを使わなくても同じことができるのであれば、無理に使う必要はないと考えています。
もしかしたら、AIを使わなくても、現場でバラバラに行われている業務を標準化するだけで、十分な効果が得られるかもしれません。なので、本当にAIで効率化していく運用が最適かどうか、もう一度冷静に考えるべきだと思います。
世の中はAIを全面的に導入する流れになっていますが、例えば実際に100億円を投資した場合に、その100億円を取り戻せるのかという点は誰かが責任を持って判断しなければなりません。新しい技術を活用したり、キャッチアップしたりすることは比較的簡単ですが、AIを活用してしっかりと投資回収していくのが難しいわけです。ここをうまく実現していきたいというのが、私たちの目指すところだと考えています。
- 森
- アクセルとブレーキは常に両方必要だということですね。アクセルだけを踏み続けても、カーブを曲がることはできませんし、ブレーキがしっかり機能しているからこそ、アクセルを踏んだときに効果的に働くという話だと感じました。
また今のAIは進化が非常に早く、1~2ヶ月ごとにパラダイムシフトのようなテクノロジーが次々と登場していますが、それもすぐに塗り替えられていく。そういう意味では、キャッチアップするのはいいことですが、本当に大事なのはAIやテクノロジーの話だけに目を奪われるのではなく、クリエイティビティや生活者発想といったビジネスの強みを常に磨き続けることです。
もしも、そうした自社の強みを磨かずにテクノロジーだけ追いかけていったら、時を待たずして競争に負けてしまい、マーケットから退場させられてしまうでしょう。
- 米谷
- まさにその通りで、自社の強みを活かす戦略性がすごく大事になってくるでしょうね。AIの変化が激しすぎるからこそ、ずっと追い続けるのではなく、あるタイミングで追い続けるのをやめて、これまでの「進化」を「利益」へ変えることにリソースを振り向けるべきだと思います。正直なところ、AIの進化や変化をずっと追い続けてトライアンドエラーを繰り返すのはあまり効率的ではないかもしれません。
- 森
- 米谷さんから見て、博報堂DYグループの強みはどこにあるのでしょうか?
- 米谷
- 明らかに強いと感じるのは、社員のクオリティの高さです。そのクオリティをどのようにお客様との関係に活かすかは、まだ差別化の要因としてはっきりとはわかりませんが、ベースとして非常に優れたクオリティがあることは確かだと感じています。
- 森
- 私が感じているのは、この会社には非定形の業務が多い、あるいは、独自性を求められることが多いという点です。クライアント企業ごとにそれぞれのケースに合わせて個別に考え、カスタマイズしなければならない部分が多くあるわけですね。スタンダードなプロセスに合わせる能力ではなく、常に新しい課題に対して“別解”を考える能力が求められています。正解を追求するよりも、むしろ別解を見つけることが重要になる。だからこそ、個々人のクオリティに関しては、確かに他に類を見ない部分があると思っています。
また組織としても、例えば2024年度は生成AI研修をグループ各社で合計75回以上実施し、のべ8,500名超の従業員が参加しました。研修内容も基本的なツールの使い方などにとどまらず、クリエイター向けのプロンプトエンジニアリングのテクニックや、ストラテジックプラナーの実業務での使い方を学ぶなど、非常に高度なレベルのトレーニングが行われているんです。
「AI依存」と「AI活用」のジレンマをどう乗り越えるか
- 米谷
- 一方で懸念なのは、現在高いレベルの仕事をしている人たちは、もともと下積みの経験を積んで、段階的にスキルを磨いてここまで来ているということです。それがAIの台頭で、単純な業務がAIに置き換わり、人から下積みの経験を奪ってしまう。その成長のルートが断たれてしまったら、将来的に高度な仕事を担う人材が育たなくなる恐れがあります。
例えば、今はスマホやPCの自動変換に頼りすぎて、漢字をまともに書けなくなっている人が増えていると言いますよね。AIも例外ではなく、むしろさらに深刻な問題を招くかもしれません。
- 森
- 「AI依存」の問題ですね。 AIへの依存が進むと、米谷さんもおっしゃるように基礎的な経験を積む機会が失われる懸念が生じます。AI時代においては、「どうやって本当に必要な実践力を身につけるのか」という視点がますます重要になってくるかもしれません。同時に、国・社会レベルの視野に広げても「AI依存」には潜在的な懸念があります。現代社会では、クラウドやデジタルサービスが生活に不可欠となっています。AIは国産の選択肢が少なく、最高レベルのサービスを求める場合にはそもそも国産が選択肢に入ってこない現状があります。「デジタル封建制」という言葉も出てきました。経済安全保障の観点から見ると、いざという時に「自分たちだけでビジネスを続けられるのか」という不安があるわけです。
- 米谷
- 私たちの会社はコミュニケーションのプロフェッショナルで、膨大な知識やナレッジを持っていますが、それらは下から上へと積み重なりながら現在のトップ人材を育ててきたわけです。AIで業務の効率化や自動化は進めるべきですが、あまりにやりすぎると、今まで築いてきた「成長の道筋」が断たれてしまいます。
だからこそ、中長期的な視点でバランスを見極め、ある程度は従来のやり方を残す必要があるのではと考えています。もし極端にAIによる自動化を推し進めてしまうと、若手が経験を積みながら育つためのバイパスがなくなってしまい、結果的に長期的な競争力を失ってしまう可能性もあるでしょう。
AIエージェントは本当に革新的な技術で、これまでなかなか乗り越えられなかった「ホワイトカラー業務の自動化」という壁を突破しつつあります。一方で、日本では「AIに業務を任せるけど、最終的には人が確認する」といったように“慎重さ”が重視されます。そのため、AIのリスクをどこまで受け入れられるかが重要なポイントになりますが、こうした自動化が進みすぎると、結局は「自分たちでもできる」と感じるようになり、企業の競争力が削がれるリスクもあるわけです。
本当にこのジレンマは悩ましいところですが、AIの進化はものすごく速いので、今話したリスクには特に敏感であるべきだと思うんです。
- 森
- 歴史を振り返ると、自動車が登場した19世紀後半頃にイギリスでは「赤旗法」という法律がありました。これは「自動車は馬車に比べて事故のリスクが高い」という理由で、車の前を赤い旗を持った人が歩き、その後を車がついていくことを義務づけたものです。結果として、イギリスでは自動車の普及が遅れた一方で、アメリカはこのような規制がなかったため、一気にモータリゼーションが進んだのです。
規制は確かに重要ですし、リスク管理も必要ですが、過度な制限を設けることで新しい技術の発展を妨げてしまうこともある。AIに関しても同様で、適切な規制と自由な発展のバランスを取ることが重要だと言えます。
AIと向き合ううえでは「0か100か」の選択を避ける
- 米谷
- 今後数年は、AIを積極的に活用して自動化や効率化を進めるのと同時に、「どこでその活用に制限をかけるべきか」をしっかり考えることも重要だと考えています。AI以外の手作業や人間の判断を残す選択肢も考えながら、うまくバランスを取ることが大切です。
もしバランスを無視して技術に依存しすぎると、みんなが受け身になり、ひいては自分たちの成長を止めてしまう恐れもあります。楽な道を選ぶこともできるなかで、あえて難しい道を選び続けることが、結果的に本当の成長を促進するのではないでしょうか。
- 森
- HCAIはまさに、単にAIを使うだけでなく人間自身をどう鍛えていくか。人間とAIの関係をどう構築するかを重要なテーマに据えています。博報堂DYグループとしても、このテーマを見据えながら人材のトレーニングを進めていく必要があるということです。自動化や効率化を全てAIに任せきりにするのではなく、人材がどのようにレベルアップしていくかに焦点を当てることが大切になるでしょう。
博報堂の著名クリエイターの実践知と生活者の調査データを活かした「STRATEGY BLOOM CONCEPT」も非常に素晴らしい仕組みです。同時に我々が長年かけて培ってきた一人ひとりのクリエイティビティやオリジナリティを育てていくことも変わらず続けていくことが必要だと思います。
- 米谷
- 個人的に関心があるのは、効率化と非効率化のバランスで、特に我々の競争力の源である「知識」をどう守っていくかということです。AIによる効率化の名のもとにこれまで培ってきた知識や人材を無視するような「0か100かの選択」は避けるべきだと考えていますね。
- 森
- 最後に、HCAIに何か期待することがあれば教えてください。
- 米谷
- 冒頭で博報堂テクノロジーズが注力する4つの領域を話しましたが、そのうちの1つ目は、私たちの会社がどれだけテクノロジーに対して先進的に取り組み、どのような活動をしているのかを対外的に発信していくことだと述べました。
一部の事例は外部のカンファレンスで発表したりしていますが、AIというカテゴリーをグループ全体で統合し、外部に伝えていく活動には大きな期待を寄せています。現場からそれぞれの情報を発信することも大事ですが、グループで統合して1つのメッセージとして発信することはとても大切で、ぜひ継続していただきたいですね。
そしてもう1つは、 博報堂DYグループにおける会社・組織間 での知見やノウハウの共有です。AIは変化の激しい分野であり、私たちもAIに関する技術情報や業務情報に追いつくのが難しいと感じています。そこで、HCAIという切り口でグループ全体の知識を統合するハブとしての役割を果たすことで、有用なナレッジを活かせると思っています。
この記事はいかがでしたか?
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株式会社博報堂テクノロジーズ 代表取締役社長COOプロダクト開発のリード、DX組織の立ち上げなどを経て、2022年より博報堂DYグループのテクノロジー戦略を担う博報堂テクノロジーズに参画。
現在は同社代表取締役社長COOとして、経営とテクノロジーの両軸から事業の成長と価値創出をリードしている。
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株式会社博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
Human-Centered AI Institute代表外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、慶應義塾大学 X Dignity(クロス・ディグニティ)アドバイザリーボードメンバー、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。